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『私のことをライザと呼び捨てろ』
『・・・』
『あくまで立場は対等だぞ、ウォル』
『わかったよライザ』
『それでいい』
満足したように僕の左腕をとったライザ。
薄手のドレスは、深い胸の谷間が見えた。
ライザは胸が大きい。
普段はブレストプレートや鎧で見ることができないものだ。
『ウォル、私とお前は同い年だぞ』
『士官学校出の同期だもんね』
『このドレスは胸元が涼し過ぎるな』
『胸元を引っ張ってアピールしないでよ・・・』
下着は着けているだろうが、とても深くまで谷間を凝視してしまった。
『ん?興奮したか?』
『したよ』
『そうか。このドレスを着てよかった』
『ライザ、そこ段差あるから気をつけて』
『ウォル、照れを隠そうとするな』
ライザおすすめの店は城下町で一番大きい料理店であった。
たしかつい最近できたばっかりとか。
貴族がこぞって来るため毎晩のように盛況しているみたいだ。
『ライザで二名予約しているのだが』
『いらっしゃいませ。すぐご案内致します』
僕らはボーイの後を着いて行った。
ライザが個室で予約をとっていたので、すぐだった。
『なかなか良い感じの店だな』
『まだ新しいし、料理もうまいらしいから、みんなここ来たがってるね』
『ふふ、私もその一人だ』
『僕はラッキーだな。ライザと知り合いで良かったよ』
ワインを注がれたグラスを持ち、ライザとカチンと合わせた。
『ウォルとの出会いに感謝。そしてこれからに乾杯だ』
『初デートが失敗しないように乾杯』
『デート。そうかこれは立派なデートか』
ふふふふ、と妖しく笑みを浮かべるライザに冷汗が背中をつたった。
『ふむ、料理はどれもうまいな』
『うまいねぇ。こんなうまいもん食べたことないよ』
『ワインも格別だ。私が酔い潰れたらよろしく頼むな』
ライザは、ぐいぐいとワインを水の様に飲んでいた。
お酒にも強いとは。
『お酒はほどほどにしておいてよ。お姫様を介抱するにはいささか自信がないからね』
『ふふふ、それも悪くないな。無骨な人間の戦士とエルフの姫か』
『無骨って・・・』
『きっと不器用ながらも優しく私を介抱してくれるのだろうな』
『・・・はは』
ライザは上機嫌だ。
僕も段々と楽しくなってきた。
女性と二人きりでいく食事は楽しいものなんだ、と僕は感じた。
『よし、そろそろ出ようか』
『そうだね。あらかた食べ尽くしたみたいだし』
『支払は事前に済ませてあるから気にするな』
『ごちそうさま』
席を立ち、またライザに左腕をとられて、店を出た。
しばらく城の方に歩いていたが、ふいにライザが立ち止まった。
『ウォル、慣れない靴なものだから足が痛くなってしまった』
『僕の背中で良かったら』
『願ってもないことだ』
僕より背の高いライザを背負うのに辛くないかと思案したが、どうってことなかった。
『ライザは軽いね』
『胸が重い』
『酔ってるでしょ』
『お互いな。あぁ男の背中を借りるなど初めてだが、良いものだな』
ライザは僕の首に両腕を回し、顔を僕の顔にぴったりとつけていた。
『いいぞウォル。今日のお前は合格だ』
『ありがとう』
『城に入ってからも私を背負って部屋まで行くことができたら、今夜は私と寝てもいいぞ』
『がんばるよ』
僕はライザを背負ったまま城門を通過し、場内を進み、ライザの執務室まで歩いた。
ライザを部屋まで送り届けたあと、僕は自分の部屋に帰った。
ライザは一緒に寝ようとしつこく言ってきた。
どう考えても寝られるわけないだろう。
『ウォルいつまで寝ているんだ』
『ふえ?』
『せっかくの休日を寝て過ごすつもりか、お前は』
がばっ、と僕は跳ね起きた。
なぜライザが僕の部屋にいるのだろう。
『あの』
『鍵が開いていたぞ。不用心なやつめ』
『そ、そうでしたか』
『む、ウォル。今は二人きりだぞ』
『いや、昨日のは昨日限定じゃ』
『そんなわけないだろう』
ライザはベッドの横にあるデスクのイスに足を組んで座っていた。
『ライザ様に一つ聞きたいことがあります』
『言ってみろ』
『ライザ様は、その、私のことが好きなのですか?』
『またストレートな質問だな』
ライザは微笑しながらそう言った。
『執務室でのことや、昨日の食事のことを考えたのですが。
私にはそう考えなければ有り得ないと思いました』
『全く、ウォルは女を知らないんだな』
『必要に感じませんでしたから』
『かくいう私もだがな』
『・・・』
お互いに沈黙が支配しそうになったので、僕は顔を洗ってきますと部屋を出た。
戻ってきたときには、ベッドがきちんとなっていて驚いた。
『ライザ様にお手数かけさせてしまって、申し訳ないです』
『少しは女らしいところを見せただろう』
『ライザ様は立派な女性ですよ』
『話し方、変えてくれないか』
ライザが心底嫌気がさした面持ちでそう告げたので、僕は話し方を昨日のように変えた。
『ごめん』
『ウォル。私が良いと言っているのだから遠慮することはない』
『ライザは僕の目標だし手の届かない人だと思ってるから』
『いま手を伸ばせば、私にはすぐに触れられるぞ』
僕はベッドに腰掛け、ライザはその前でイスに座っていた。
『物理的な距離じゃないよ』
『わかっている』
『話を戻すけど、ライザが僕のことを好きだというなら、関係をもう一度考え直したいんだ』
『私が嫌いだと言ったら?』
『余計な感情を捨てられるように努力する』
『ほう』
僕を試すような視線を向けてきた。
心を読む魔法を使っているのかどうかは、わからない。
『私はウォルがかわいくて仕方ない』
『それはどういう意味だい』
『ウォルは私が言ったことにいつも全力だ。
自分しかいない戦士を誇りをもってやっている』
『・・・』
『私がああしろこうしろと言ったことを、不器用ながらも、いつも一生懸命にこなそうとしている』
ライザはふと窓の方に目を向けた。
僕もつられて目を向けると、窓の外に広がる青い空に目が吸い込まれた。
『結果がついてくれば尚良いのだがな。
こればっかりはしょうがない』
『姉のような感覚かな』
『近いかもしれないな』
『・・・』
嫌いだった女が憧れに変わり。
憧れが上司になり。
その上司に対等でありたいと言われ。
『男女の好きという感覚ではないんだね』
『経験がない分、答を急いでいるな』
『しょうがないでしょ』
『昨日はそのまま送り狼にでもなるのかと期待していたんだが。
お前は帰ってしまったな』
『ライザ、自分の立場が嫌なのはわかるけど。
試されるようなのは僕は嫌だよ』
『私の体に触るくらいは許してやろうと思っていたのだがな』
僕はライザに弄ばれているんじゃないかという感覚に陥った。
『触っていいなら触るよ』
と僕はライザの方に手を伸ばした。
触れる直前にライザは僕の腕をとり、関節をきめてきた。
『いたたたたた』
『ムードもへったくれもないな』
『しらないよそんなこといたたた』
しばらくして僕は解放された。
『ライザには恋愛感情をもたないように努力していくよ』
『いきなりだな。体に触らせなかったからか?』
『からかわれるのが嫌なんだよ。
対等でいたいとか言っておいて、結局は僕を下に見てる』
『私は強い。お前は弱い。そういうことだ』
『わからないよ。
だったら自分より強い騎士とでもイチャついてろよ』
バシッ
ライザは立ち上がり、僕に平手打ちをした。
『お前は私のことを何だと思っているんだ』
『自分の思い通りになる男を弄ぶ女だろ』
ドカッ
ライザに殴られた僕は壁に叩きつけられた。
『いっつぅ・・・』
『お前は今まで出会った人間とは違うと思っていたのだが、どうやら勘違いだったみたいだ』
『ただの人間だよ。それ以上でもそれ以下でもない』
『買い被り過ぎたか』
『わかっただろう。勝手に期待されてもこんな人間なんだよ、僕は』
『確信した。もうお前には何も期待しない』
『は、力と権力が有り余ってるのが羨ましいよ』
ぐい
ライザに片手で服の胸元を掴まれ、僕の体は持ち上げられた。
『言わなくていいことを言うから、こういうことになるんだぞ』
『ぐ・・・』
『何が一人だけの戦士だ、ウォル。
人と競争して負けるのが怖いだけだろう』
『!?』
な、なんだと・・・
『僕は、僕は・・・』
『甘ったれて生きていけるほど、世の中はうまくできていないのだよ』
ドガン
僕は、そのままさっきとは反対の壁に投げつけられた。
鈍い痛みが全身を襲う。
『お前を立派な人間として更正する。
明日を楽しみに待っているんだな』
『く・・・ぅ』
ライザは鋭い視線で僕を睨みつけたあと、部屋を出ていった。
『罪人ウォル。お前はエルフを侮辱した罪で裁かれる』
『・・・』
次の日、僕はエルフを侮辱した罪で城にある法廷に立たされた。
人間とエルフが共存して生きている国だ。
種族がどうのこうのと言ってはいけない法律がある。
人種差別をするなということだ。
『何か言いたいことはあるか』
『・・・ありません』
ライザが僕を人種差別の罪で訴えたのだろう。
差別をした証拠など何もないのに、これが権力だと思い知った。
『本日から更正施設に入ってもらうことになる。
これは強制で拒否することはできない』
『・・・はい』
手錠をかけられ、野次馬でごった返している城内を歩く。
ライザ隊のメンバーもいた。
『ウォル、お前』
『何も言わなくていいよレイジィ』
『ウォル、あんたはあんなことしない人間のはずだ。何かの間違いじゃないの』
『エナ、ありがとう』
『・・・ウォル』
『ミィル、短い間だったけど、いつも治癒してくれてありがとね』
目隠しをされ、手足を縛られて馬車に放り込まれた。
僕はこれからどこに連れていかれるのだろうか。
しばらく馬の蹄の音とジャリ道を走る馬車の音しか聞こえなかった。
『ウォル、今の気分はどうだ?』
『ライザ!?』
『くくく。お前を正しい人間として更正する担当は、この私だ』
『なぜ』
『部下の不始末は上司が面倒みないとな』
まさかライザが馬車にいるとは、いや僕を更正する任務を受け持っているとは。
『でっちあげで罪人つくって楽しいか』
『私がやったというのか?』
『・・・』
僕はもう何も言わなかった。
力ない者は、力ある者には敵わないんだ。
戦士という職業を選んだのも、競争を避けていたというのは僕にも覚えはある。
考えないようにしていたけど。
僕は弱いから。
結局、たいした力はついていなかったんだ。
『着いたぞ』
『・・・』
『反抗的な態度は刑期が延びるだけだぞ』
『目隠しされていて見えないんだよ』
『返事くらいはできるだろう?』
『・・・くそう』