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レイジィは男勝りな女剣士だ。
肌は白く、短めのブロンドの髪。
華奢な外見からは想像もできないパワーを持っている。
プライドや種族意識が高い。
黙って何もしなければ美人なのにな。
あ、ライザだ。
『今日も一人で打ち込みか、ウォル』
『相手がいませんからね』
『レイジィはどうした』
『レイジィは・・・』
『ふむ』
レイジーは訓練場の隅っこで体育座りして、いじけていた。
のの字を書いてどよんとしていた。
『ライザ様に叱られてしょげていますね。』
『叱ったつもりはないのだがな。
いずれまたいつもの状態に戻るだろう』
『そうですか』
穏やかな笑みを浮かべてそう話すライザは、とても美しかった。
同時に、同じエルフ同士通じるものがあるのか、と思ってしまう自分もいた。
普段の訓練とは別に、ライザの公務を手伝うことが多い僕は、ライザの執務室によく出入りをしていた。
『いつもすまないな、ウォル』
『ライザ様に迷惑がかからないように必死にやっています』
『迷惑などない。とても助かっている』
ライザはよくねぎらいの言葉を僕にかけてくる。
『ライザ様、この書類はいかが致しましょう』
『ん、どれだ』
ライザは僕が使っているデスクに寄ってきた。
僕の後ろから両肩に手を置き、目の前の書類を覗き込んだ。
『これか。全く上は何を考えているのだか・・・』
ライザ様からほのかに香る甘い髪の匂い。
『ライザ様』
『なんだ』
『スキンシップにしては刺激が強いのですが』
『お前はいつも私が体に触れると文句を言うな』
『文句ではないのですが』
執務室で二人きりになると、ライザはよく僕の体に触れてきた。
それも手を触れたり、肩に触れたりする程度だったが。
『自分からはライザ様には触れませんし』
『なぜだ』
『きっと、触れたら手を離したくなくなるからですよ』
『お前は世辞がうまいな』
そう言ってライザは、肩に回していた手を僕の首に巻きつけ、後ろから抱き付いてきた。
背中に伝わる胸の感触。
すぐ横まで近づいた綺麗な顔。
恥ずかしさで、体温上がる。
『耳が赤いぞウォル』
『申し訳ありません。平常心を保つことができません』
『フフ、顔まで赤いぞ。修業が足りないな』
『私から体に触れる男など、お前だけだぞ』
『ライザ様の肌に触れたい男なら何百人といるでしょうね』
『私の体に触れたのはお前だけだ』
『とても嬉しいことですね』
憧れでもある女性。
憧れていなくても、容姿だけなら目を引く女性。
それがライザ。
『私とお前は同期入隊じゃないか。
二人きりのときくらい名前を呼び捨てても構わないぞ』
『そんなことできるわけありません』
『私が隊長だからか?』
『憧れの存在だから、では理由になりませんか』
『ならないな』
ライザは後ろから僕の顔を覗き込んできた。
唇が触れ合いそうなほど距離は近い。
『私と対等でいてくれないか』
『え・・・』
『二人きりのときくらいいいじゃないか』
『・・・』
『気を許す相手が欲しいってことだ』
お互い少しでも動けば唇が触れ合う。
僕の目を見つめているライザは、とても真剣な瞳だった。
『対等でいるには近すぎる距離だと思うのですが』
『そんな赤い顔で言われても説得力がないな。
私と口付けを交わしたいと顔に書いてあるぞ』
『ライザ様と口付けを交わしたくない男なんて、この世にいませんよ』
『全く、お前は世辞しか言わないな』
『それだけ、ライザ様のことを評価しているんですよ』
『私が口付けをしてもいいか、と聞いたらどう答える?』
『・・・』
『断るか?』
『いいえ』
『口付けをしてもいいか?』
『・・・』
『はい、とは言わないんだな』
『言えません』
ここまで積極的なライザは初めてだった。
僕は動揺している心を必死に落ち着けて、言葉を選んでいた。
『私じゃ不満か?』
『そういうことではありません』
『では理由を言ってみろ』
『・・・』
『ウォル』
『今の自分のまま、ライザ様のお誘いに乗っても良いものか悩んでいます』
『わかった、今日のところは引いてやろう』
『申し訳ありません』
『だが、肩でも揉んでもらおうかな。
私の肌に触れるのに慣れさせないとな』
『深くは考えないようにします』
『お前はからかいがいがあるな』
ライザは僕から離れて自分の席に戻った。
そして、早く来い、と言わんばかりの視線を僕に送ってきた。
ライザは訓練のときに手を抜かない。
『はぁっ!!』
『ぐ・・・』
『ウォル、前にも言ったはずだ。隙が出来やすい分、それをカバーする動きが重要だと』
『はい・・・』
『もう一度だ』
『はい』
手加減をいっさいしない分、生傷は絶えない。
訓練が終わったあとは、いつも同じ隊の僧侶であるミィルに傷を治してもらっていた。
『ミィル、いつもありがとう』
『別に・・・これが仕事だから』
ミィルは口数が少なく、神秘的な印象を持つエルフだった。
体は小柄で眼鏡をかけている。
髪型は肩にかかる程度の蒼髪だ。
『ウォルはいつもライザ様にボコボコにされてるよねぇ』
ケタケタ笑いながら僕らを見ているのは、魔導師のエナだ。
黒のロングコートに赤いロングヘアー。
切れ長の目は少々きつい印象を与えるが、性格はどっちかといえばおちゃらけている方だ。
『僕が中々上達しないからね』
『そのうち殺されたりしちゃうんじゃないのぉ』
『エナ、言い過ぎ』
『・・・そうならないように頑張るよ』
ミィルとエナは、静と動というかウマが合うみたいでよく一緒にいる。
身長の差で表面的には凸凹だが。
『あたしらもライザ様と魔法訓練すると、足下にも及ばないからねぇ』
『・・・ライザ様、強い』
『そうなんだ。すごいね、ライザ様』
本当になんでもできる人なんだな。
みんなが憧れるのもしょうがないという感じだ。
『ウォルも魔法覚えてみる?
なんならあたしが手取り足取り教えるよぉ?』
『・・・エナ、下品』
『遠慮します。斧や大剣が好きだから』
『あらそぅ、残念ね』
『・・・回復魔法なら私が教えてあげる』
『ちょっとぉ、私に下品だって言ったばかりじゃないのぉ!』
『・・・スパルタ』
『あらぁ、激しいのねぇ』
『・・・』
治癒魔法はかけ終わっていたので、僕は音を立てないようにその場を去った。
『ウォル、何度言ったらわかるんだ!!』
『・・・ぐ、申し訳ありません』
今日も激しく怒られている僕。
『レイジィ、お前もだぞ!!』
『は、はい!!(なんで私までブツブツ)』
レイジィは僕のとばっちりを受けていた。
あとで謝っておこう。
『よし、今日はここまでだ。各自、後始末をしたあとにゆっくり休んでくれ。明日は訓練はないからな』
『『『はい』』』
『・・・・・・はい』
僕が返事に遅れた理由はボロボロで横たわっているからだ。
『あぁそれとウォルは、このあと私の執務室にくるように』
『・・・』
『わかったか(ギロリ)』
『・・・了解です』
そのままライザは立ち去っていった。
『アンタねぇ、アンタができないせいで私にまで被害がきたじゃない!』
『・・・ごめん・・・レイジィ・・・』
『あーもうミィル!治癒してあげなさい』
とレイジィがミィルを呼んだとき、
『ウォルには治癒魔法かけるんじゃないぞ!!』
とライザの叫び声が訓練場に響いた。
コン、コン
『ウォルです・・・』
『入れ』
壁に手を付きながら、体を引きずってライザの執務室まできた。
ガチャ
『し、失礼します』
『ウォル、あのソファーに横になれ』
『・・・え、は?』
『肩を貸してやる』
僕が入室したとき、ライザは扉の目の前にいた。
そして僕に肩を貸すと、ソファーまで連れて行ってくれた。
『体を楽にしろ』
『・・・はい』
ライザはソファの前に膝をついて、横たわった僕に治癒魔法をかけ始めた。
『・・・ライザ様』
『なんだ』
『ライザ様に治癒してもらわずともミィルが・・・』
『私に治癒されたくないと言うのか』
『そういうわけでは・・・』
ライザは自分で僕に治癒したかったのだろうか。
『・・・お前は、肌の白いエルフの方が好みか?』
『・・・ライザ様?』
『私がつけた傷だ。私が治癒してやるのが筋というものだ』
『・・・ライザ様の褐色の肌、僕は好きですよ』
僕は意識朦朧としている頭で言葉を出す。
『本当か?』
『・・・はい』
『そうか。ならば特別な治癒をしてやろう』
目に見えて機嫌がよくなったライザは、両手で行っていた治癒魔法を中断して、僕の顔に自分の顔を近づけてきた。
『人口呼吸みたいなものだ。意識しないでいいぞ』
『そ、それって』
『ん・・・』
ライザは僕に口付けをしてきた。
喋っている途中に口付けされたため、僕の口は開いたままだ。
口から魔力が全身に流れた。
すごい。
みるみるうちに体に力が戻ってくる。
『どうだ、あっという間に治癒できたろう』
『はい、でもなんていうか・・・』
『意識してしまったか』
しばらくして唇を離したライザは、僕をからかって笑った。
『するなと言う方が無理ですよ』
『ふふふ』
ライザによって全快した僕に待っていたのは、公務だった。
例によってライザの仕事を手伝った。
『ウォル、それが終わり次第上がっていいぞ』
『わかりました』
『どうだ、今夜は一緒に食事でも』
『恐れ多くて自分にはお相手が務まりません』
食事に誘われたのは初めてかもしれなかった。
なんていうか、今日のライザは積極的だな。
『なぜだ』
『自分はライザ様より背が低いですし、顔も』
『表面的に釣合いがとれていないと、私は男と食事に行ってはいけないのか?』
『そういうことでは・・・』
『じゃあどんな意味なのだ、言ってみろ!!』
デスクを両手で強く叩きライザは立ち上がった。
赤いルビーのような瞳は僕を貫きそうだ。
『ウォル、お前わざとやっているなら私は怒るぞ』
『・・・自分で構わないのなら、お食事にお供させてもらいます』
『始めからそう言えば良いものを・・・』
ライザはそう言ったあとに、着替えてくると言って自分の部屋に入っていった。
ライザの執務室の奥にあるドアの向こうは、私室になっているのだ。
『待たせたな』
『ライザ様』
『どうだこのドレスは』
『お美し過ぎて声が出ません』
『それは本心か?』
『はい』
『ふふ、その顔を見ればわかることか』
黒のノースリーブのドレスに身を包んだライザは、とても美しかった。
あまりごってりとしているものではなく、普段着るにも申し分ないものだった。
どこぞの貴族か王家の令嬢にしか僕には見えなかった。
『では行こうか。良い店を知っている・・・というか予約をしていたんだがな』
『はい』
『女のエスコートの仕方を叩き込んでやろう』
『お手数かけます』
『まず、私がリラックスするために上司と部下という関係はやめろ』
『は?』