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転生君主外伝 ~カンパネラの甕~  作者: マツヤマユタカ
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第十八話 別れのとき

 1



「……ルキフェル様はなぜにそのような……」


 エルはささやくような小声でつぶやいた。


「おそらくは今もなんらかの方法でわたし達を天国から監視しているのだと思います」


 カンパネラは覚悟を決めた者特有の、(りん)とした声音ではっきりと言った。


「……なにゆえじゃ……」


「多分、退屈なのでしょう」


「そんなことで!……い、いや……そうかもしれんな……」


 エルは静かに独りごちた。



「だから……わたしは行きます」



 カンパネラは、ピンと張った弓の(つる)(はじ)いたときのような張り詰めた声で言った。


「行く?どこへ行くというのじゃ?」



「ルキフェルの元へ」



「なにをしに行くつもりじゃ!?」


 エルの叫びにも似た問いに、カンパネラははっきりとは応えずただ寂しそうに笑った。


「だめじゃ!行ってはならんぞ!ルキフェル様に勝てるわけがないではないか!また嘆きの川に(とら)われるか、もしくは今度は魂を消滅させられるかも知れんのだぞ!?」


「そうだよ、だめだよカンパネラ。それはだめだ」


 ニンバスがたまらず二人の間に割って入った。


「もし君がいなくなったら子供たちはどうなるんだい?あの子たちには母親が必要なはずだよ?」


「ニンバスお願い。もしわたしが帰ってこなかったら、あの子達のこと頼むわね」


「だめだよカンパネラ。僕一人じゃ無理だよ」


「ううん。ニンバスならきっとあの子達を幸せに出来るわ。それにエル様だっているもの。大丈夫よ」


「だめじゃ!カンパネラよ。くだらぬ前世の記憶なぞ捨ててしまえばよい!そして今生(こんじょう)(せい)をわしらと共に生きるのじゃ!」


 だがカンパネラはそんなエルの願いに対し、ただ静かに微笑むだけであった。


「ぼくらがこんなに頼んでもだめなのかい?どうしても行くっていうのかい?」


 ニンバスは静かに声を震わせながらそう言った。


 だがカンパネラはそれにも答えず、慈愛に満ちた微笑を(たた)えるだけであった。


「無意味じゃ……いまさら前世の決着をつけようなどと……何の意味もないではないか……」


 エルはそれから繰言(くりごと)を散々に言い(つら)ねたが、カンパネラの様子に変化はなく、遂にエルは(こうべ)()れて(あきら)めた。


 ニンバスもまた、深く頭を垂れがっくりと肩を落としている。


 そのため彼らのいる部屋は、沈黙によって支配されたのだった。



 そしてカンパネラが暫くの時を経て、ついにその沈黙を破った。



「……では……行きますね……」



 カンパネラの言葉に、二人はハッとして顔を上げた。


 だが二人とも言葉が口をついてでることはなかった。


 

「エル様……色々教えてくださり、ありがとうございました。もっと一杯教えてほしかったけど……ごめんなさい」


「……カンパネラ……」


 エルは事ここに至り言うべき言葉が見つからず、ただ彼女の名を呼ぶことしか出来なかった。


「ニンバス……いつも優しいニンバス……あなたと出会えて本当に幸せだったわ……ありがとう」


 カンパネラの愛に満ち溢れた言葉にニンバスは耐えかね、堰を切ったように泣きじゃくった。


「二人とも本当にありがとう。ニンバス……愛しているわ。エル様も……愛しています。勿論あの子達も……二人ともあの子達をよろしくね…………さようなら」


 言うやカンパネラの身体は一瞬の内に虚空へと消え去った。


 残された二人は言葉もなく、再び深くうなだれるのであった。



 2



「やはりだめですか?」


 ニンバスの問いに、エルは首を横に大きく振りながら答えた。


「だめじゃ。何度も白亜の塔に戻ろうと試みたがどうしても戻れん。どうやらわしは天界を追放されたようじゃ」


「そうですか……じゃあカンパネラの安否は……」


「わからん……じゃがあれから既に二週間も経っておる。残念だが望みは薄いじゃろうな」


 ニンバスはエルの無情の言葉を聞いて天を見上げ、愛する女性の名をそっと呟いた。


「……カンパネラ……」


 だがそれに答えるものはなく、ニンバスはゆっくりと頭を垂れてうなだれることとなった。


 その姿を見たエルは励ましの言葉をかけようと試みた。


「ニンバスよ。気を落とすでない。我々にはやるべきことがあるのだぞ」


「……なんです?」


「ほれ、あの子達を立派に育てることじゃよ」


 彼らの視線の先には元気に庭先で遊びまわる子供たちがいた。


「……そうですね……ええ、そうですよね」


 ニンバスはそう言いながら何度もうなずいた。


 二人は子供たちを眺めながら、これから先彼らを待ち受けるであろう幾多の困難を思いながらもなんとはなしに大丈夫だろうと互いに思っていた。


「あの子達なら大丈夫ですよね……エル様?」


「うむ。大丈夫じゃろう……アダムとイヴの二人ならばな……」


 夕暮れ時の黄昏(たそがれ)に染まった庭に子供たちの嬌声(きょうせい)がこだましていた。


 後に兄妹でありながら愛し合い、夫婦となり、子を産み育ててゆく彼らの声がこだましていた。



 後に彼らのその行為が神々に(うと)まれ、人類に原罪として重くのしかかることになるとも知らずに……

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