第十六話 前世
1
「さあ、ゆっくりおやすみなさい」
カンパネラはエルの前から忽然と消えた後、わずかばかりのうちに双子とニンバスを連れて家へと戻ってきていた。
そして疲れた様子の双子をベッドに寝かしつけて言ったのだった。
「「おやすみなさい」」
双子はそう言うと瞬く間に深い眠りに落ち、すやすやと静かな寝息を立てた。
カンパネラは双子が完全に寝入ったのを見て取るとゆっくりと踵を返し、エルとニンバスが待つリビングへと戻ってきた。
「疲れてたのね。すぐに眠ってしまったわ」
「とりあえず安心だね。よかった」
ニンバスは人の良さそうな笑顔でカンパネラに語りかけた。
カンパネラもその笑顔に、慈愛で満ちた微笑みで返したものの、すぐにきびしい顔つきとなってエルへと向き直った。
「説明してくれるな?……カンパネラよ」
「……はい……そうですね……どこから話せばよいか……」
「……どこからでもよい……お前の好きなように話すがよい」
エルにそううながされ、カンパネラは少し考えてから言った。
「それではわたしの前世からお話しします」
エルは驚き、いきなり話の腰を折って叫んだ。
「前世だと!?お前に前世があるというのか?」
エルの疑問は当然であった。
カンパネラはイリスの気まぐれで造られた命ある人形のはずだったからである。
つまり他の生物とは違い、輪廻転生の枠外にいるはずであった。
だがエルはそこでカンパネラに関する重大な疑問点が一つあることを思い出した。
それは「なぜカンパネラに感情が芽生えたのか?」というものであった。
カンパネラに命を吹き込んだイリスには感情を植え付ける能力はなく、それがあるルキフェルは自分は植え付けていないと否定している。
ではなぜカンパネラには感情があるのか。
エルはその辺りがこの事象のキーワードだと直感した。
「それはお前に感情があることと関係しているのか?」
「はい……わたしは二人目なんです」
「二人目?……それはつまり以前にもイリス様は人形を造り、命を吹き込まれたことがあると?そしてその人形にも感情があった、ということか?」
「いえ、一人目の時は……人形を造ったのも命を吹き込んだのも……そして感情を植え付けたのも全て……ルキフェル様の仕業でした」
「ルキフェル様が……ん?ちょっと待て。それではその姿かたちはルキフェル様を模したニンバスと一緒。ならば二人目なのはニンバスの方なのではないか?」
「いえ、ルキフェル様は姿かたちをイリス様を模して造りました」
「なぜじゃ?なぜルキフェル様はイリス様を模した人形を造ったのじゃ?」
カンパネラはエルの問いに少し顔をそむけて節目がちとなり、若干の戸惑いを見せながらおもむろに口を開いた。
「……慰みものにするためでした……」
「……な……んと……」
エルは思いもよらないカンパネラの回答に、声にならない声を上げた。
傍らのニンバスもまた同様に驚きを隠せないでいる。
カンパネラはそんな二人を見て一瞬悲しげな表情を見せたものの、すぐに持ち直して決然とした顔つきとなって言った。
「そう。わたしはかつて、慰みものとしてルキフェル様に造られたのです」
2
「……それは、つまり……ルキフェル様はイリス様のことを……」
エルは混乱する頭を必死で回転させ、カンパネラの話しを理解しようとしていた。
「本当のところはわかりません。ただわたしは……そうなのだろうと思っていました」
「……そうか……」
エルは、終始うつむき加減に顔をそむけるカンパネラを見て気の毒に思った。
だがここで話しを打ち切ってしまっては事態の全貌が明らかにならないため、躊躇する気持ちをおさえ心を鬼にして問うた。
「……カンパネラよ……その……ルキフェル様のお相手をするのは……嫌……だったのじゃな?」
カンパネラはエルの踏み込んだ質問にゆっくりと、だが確実に応えた。
「はじめは特に嫌ではありませんでした。そういうものだと思ってましたから……だからただ機械的にお相手をしていました…………でもいつの頃からかその行為が嫌いになってきました……なぜかといえば……ルキフェル様がいつもその行為の最中、わたしを見てイリス様の名を呼ぶからでした…………わたしにはそれがたまらなく嫌だったのです……だからいつしかその行為そのものが嫌いになっていったのです」
「……そうか。さもありなん……それでお前はどうしたのじゃ?」
「はい。わがままを言うようになりました」
「わがまま?それはどのようなものだったのじゃ?」
「綺麗なドレスを着てみたいとか豪奢なベッドで寝てみたいといった他愛もないことから……エル様みたいに空中を飛行する能力や瞬間移動の能力が欲しいといったことまで、様々でした」
「そうか……それで、ルキフェル様はそのお前のわがままにどう対処されたのじゃ?」
「すべて与えてくださいました。わたしの言うがままに……すべてを」
「それでお前はあの莫大なエネルギーと能力を手に入れたということか……しかしルキフェル様はなぜお前の言うがままに受け入れられたのか……」
「……たぶんそれは……うれしかったんだと思います」
「うれしい?お前にわがままを言われることがか?」
「はい。だってわがまま放題なのってイリス様の性格そのものみたいじゃないですか?」
「……なるほど。言われてみれば確かにそうじゃな」
「それにわたしに様々な能力を授ければ、わたしは容姿や性格だけでなく能力までイリス様に近づくわけですし」
「そうか。お前が全てにおいてイリス様同様となるならば、ルキフェル様にとっては願ったり叶ったりということか」
エルはカンパネラの説明に心から納得し、そう言って大きく何度も頷いた。
だが次の瞬間、カンパネラの発言に大いに目を瞠り、心底驚愕することとなった。
「はい……だからわたしは……ルキフェル様を殺そうとしたのです」