第十五話 困惑
ようやく家へとたどり着いたエルは、建物全体を覆った巨大なエネルギー柱を見上げ、あらためて深く嘆息した。
「……なんという……巨大な……」
だがエルはカンパネラの安否を確かめねばならぬと覚悟を決め、もてる勇気を振り絞ってそのエネルギー柱の中へと一歩足を踏み入れたのだった。
すると、エネルギー柱はあっさりとエルの侵入を許した。
エルはそこで全てを悟ったかのような顔つきとなった。
そしてゆっくりと、だが敢然とさらに歩を進めて家の中へと入り、この膨大なエネルギーを発し続けている張本人の前へと進み出て、とても優しそうにその対象に語りかけた。
「やはりお前だったのだな……カンパネラよ……」
そうエルが断じたのには理由があった。
本来、生体エネルギーというものは外敵に対して拒否反応を示し、その侵入を防ごうとするものなのだが、このエネルギー柱はエルの侵入を易々と許した。
これはつまり、エルをよく見知った者の放出したものであるということであった。
だからエルはこのエネルギー柱の源がカンパネラであろうと思ったのだった。
「カンパネラよ……聞こえておるか?」
エルは、再度カンパネラに呼びかけた。
だがカンパネラは応えず、穏やかそうな顔つきで瞑目しエネルギーの奔流に身を任せるようにゆらゆらと揺れながら佇んでいた。
そのためエルはこの数年間というもの、慈しみ続けてきた対象の名を今一度、これまで聞いたことがないくらい優しげな口調で呼んだ。
「わしじゃ……エルじゃ……わかるかの?」
するとカンパネラはようやく気付いたのか、ゆっくりとまぶたを開き始めた。
そして彼女もまたこの数年、敬愛し続けてきた対象の名を呼んだのであった。
「……エル……様?……」
ようやく口を開いたカンパネラに安心したのか、エルは一つ安堵の溜息を吐いた。
「うむ。わしじゃ、どうやら意識はあるようじゃな」
「……ごめんなさい……」
カンパネラはエルの姿を確認すると、伏し目がちに消え入りそうな声で、まず謝罪をした。
それを受け、エルは委細承知とばかりに大きくうなずいて言った。
「甕を割ってしもうたのじゃな?」
「…………はい…………」
エルはそこでルキフェルが持ち込んだ甕の正体について自身の考察を述べた。
「そうか。どうやらあの甕はルキフェル様の膨大なエネルギーを溜め込んだ貯蔵庫のようなものだったのじゃな」
エルが見たところ、カンパネラの身体から吹き上がるエネルギー柱の総量はエルのそれを遥かに上回っており、エルの知る限りにおいては神々のそれとほぼ同等のものと思われたからであった。
だがそれを聞いたカンパネラは首を横に何度も振って否定した。
「……いえ、違います……」
「違う?……貯蔵庫ではないと言うのか?……ではお前が発しているこの膨大なエネルギー柱はなんじゃ?」
「……これは……わたしです……」
「……わたし?……わたしとはなんじゃ?……どういう意味なのじゃ?」
エルはカンパネラの言葉の意味がまったく理解出来ず、ひどく混乱した。
「このエネルギーは誰のものでもなく、わたし自身のもの、という意味です」
「ばかな!?こんな莫大なエネルギーをお前が持っていたと言うのか!?……信じられん……」
「正確には、以前のわたしが持っていたもの……です」
「以前のわたしとな?……さっきから一体なにを言っておるのじゃカンパネラよ」
「……そうですね。順を追って説明をしなければなりませんね……ただそれはあの子達を探し出してからにしましょう」
「おお!そうじゃった!まずはそれが先決じゃ!」
「……では……」
言うや否や、カンパネラは一瞬の内に虚空へと消え去った。
エルは大きく目を瞠り、口をあんぐりと開けて驚いた。
「そんな馬鹿な……あやつが瞬間移動なぞ出来るはずが……エネルギーの総量といい、一体これはどういうことなのじゃろうか……わからん……わからん……まったくわからんわい……」
エルはめまぐるしく変わる目の前の事態を把握しきれず、ついに完全に思考停止状態となってしまった。
「とりあえずカンパネラの帰りを待つしかあるまい。あの子等が無事であるのならよいのじゃが」