第十四話 火柱立つ
1
「だめじゃ。滝の周囲を隈なく捜索したが……どこにもおらん」
エルの言葉にカンパネラは青褪めた。
そして絞り出すような声でそっと呟いた。
「あの子達一体、どこへ行ってしまったのかしら……」
するとカンパネラの肩を優しく抱いていたニンバスが意を決したような顔つきとなって言った。
「僕はもう一度滝の周辺を探してみるよ!」
そう言うとニンバスはそっとカンパネラの肩を掴む手を離し、彼女の前に歩み出るとそっとおでこにキスをした。
そして決意も新たにぎゅっと奥歯を噛み締め、日頃の優しげな表情とは大いに異なる精悍な顔つきとなって勇躍と家を出て行った。
するとエルもまたニンバスと同様にきびしい顔つきとなって言った。
「わしはもっと広範囲に捜索の網を広げてみるとしよう。ずいぶんと辺りは暗くなってきおったが、わしの目は夜目が効く。空からこの森全域を探ってみようと思う」
「お願いします。エル様」
「うむ。お前はここで待機じゃ。あの子等が帰ってきたときに誰もおらんでは困るでの」
カンパネラがうなずいたのを確認したエルは、すぐさま踵を返して家の外に出ると、前足を大きく伸ばし、曲げた後ろ足をぶるぶると震わせながら全身の力を溜め込んだ。
そして次の瞬間、渾身の力を振り絞って地面を蹴るや否や、エルの巨体は物凄い速度で上空高く舞い上がっていった。
カンパネラはエルの姿が見えなくなると肩を落として家の中へと入っていった。
そして静かに長いすに腰を下ろしたカンパネラは深く大きな溜息を吐いた。
(ああ一体どこへ行ってしまったのかしらあの子達……いまごろどこかで迷子となって泣いているんじゃないかしら……ああ一体どうしたらいいの……神様…………!)
するとカンパネラの脳裏にある日の出来事がふいに甦ってきた。
(そうだ!ルキフェル様から頂いたあの甕!)
カンパネラは途端に俊敏な動きとなり、甕が保管されている倉庫のある床を剥がそうと試みた。
だがそこでエルの言葉がカンパネラの脳裏にこだました。
(その甕、断じて割ってはならんぞ)
しかしカンパネラは、暫し躊躇はしたものの、結局意を決して床を勢いよく剥がしてしまったのだった。
2
(だめじゃ。おらん!どこにもおらんぞ!……あやつら一体どこへ行ってしまったんじゃ!?)
エルは広大な森の上空を手当たり次第に飛び回って双子を捜索していた。
しかし一向に双子を見つけ出せないばかりか、彼らの痕跡すらも見当たらない現状に大いにあせっていた。
(やはりおかしい。このわしの鼻をもってしてもあの子等のにおいを嗅ぎ取れないとは……)
エルは一次捜索の段階で、双子の足取りを追おうと自慢の鼻で嗅ぎ回っていた。
しかし彼らのにおいは滝の周辺でぶっつりと途切れていた。
エルは一瞬、二人が川でおぼれたのではないかと思ったが、すぐにそれはないと判断した。
なぜならば川の水深は極めて小さな小魚でなければ泳げないほど浅かったからであった。
では彼らはどこへ?
次にエルが考えたのは、大型の猛禽類にさらわれた可能性であった。
巨大な翼と強力な爪を持つ猛禽類ならば、上空高くで獲物を視野に入れるや否や急速下降し、地面すれすれでその大きく鋭い爪でもって獲物の肉を抉るように捉え、急激なカーブを描いて急上昇し、あっという間に飛び去ってしまうという荒業も可能だろう。
だが問題は、二人同時にさらわれるなんていうことがあるのか、という疑問点であった。
大型の猛禽類はそれぞれの個体が非常に広い縄張りを持ち、決して重なることがないはずであり、二匹が同時に双子をさらうなどということは通常考えられないことであった。
ならば一匹が二人を同時にさらったのであろうか?
エルの知らない超巨大な猛禽類が二本の足で片方ずつ双子を捉え、逃げ去った可能性はないだろうか?
可能性は低い、とエルは思った。
だが現状考えられるのはそれ位しかなかったため、エルは捜索範囲をさらに広げることを決心し、限界まで飛行速度を上げることにした。
だがその時、エルは背後で爆発的なエネルギーの上昇を感じた。
そのためエルは急激に飛行速度を落として中空で立ち止まり、恐る恐る後ろを振り返った。
すると、エルたちがこの数年肩を寄せ合い慈しみあって築いてきた暖かなやすらぎの棲家から、尋常ではない高さの火柱が凄まじい勢いで吹き上がっていた。
「な……なんだあれは!!」
エルはあまりのことに呆気にとられ、しばし呆然とその火柱を眺めていた。
だがしかし、つかの間なんとか我に返ったエルは、家にいるはずのカンパネラの安否を思い、脱兎の如く最高速度で飛行した。
そして火柱に近づくにつれ、それが実際に巻き上がる炎そのものではなく、通常は目に見えないはずの生体エネルギーが、あまりにも高密度で膨大な量のため実体化して見えているのだと判った。
とりあえず火災により家が燃えているわけではないことにほっと胸を撫で下ろしたエルであったが、眼前の爆発的なエネルギーを放出しているのが誰であるのかを考え、大いなる胸騒ぎを憶えていた。
「この感じは……まさか……お前なのか?……」
エルはある一つの答えが直観的に頭に浮かんではいたものの、それを口にすることで何か大切なものが壊れてしまうのではないかという強迫観念に襲われ、その名を口にすることを躊躇うのであった。