第十話 共同生活
1
ファルスに促されカンパネラの前に姿を現したニンバスは、うつむき加減でどことなくもじもじとしていた。
だがそんなニンバスの様子など一向にお構いなしにカンパネラは朗らかにニンバスに語りかけた。
「ふ~ん。よくわからないけどよろしくね!ニンバス」
するとニンバスは恥ずかしそうだった素振りが一変、パーッと明るい表情となって言った。
「う、うん!よろしくカンパネラ」
そんな二人の様子をみてファルスはさも不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふん。お尻がむず痒くなってきましたわ。まったく気分が悪いったらないわね。……でもまあいいわ。わたしの用は済んだわけだし、帰るわ!」
言い終えるとほぼ同時にファルスは虚空に消え失せた。
いきなり早口で捲くし立てたかと思えば、急に消えていなくなったファルスの行動に、残された二人は呆気に取られてお互いの顔を見合わせた。
そして次の瞬間、二人は大いに笑いあっていた。
そうして最初の人間、カンパネラとニンバスは運命の邂逅を果たしたのであった。
2
「カンパネラよ。ニンバスはどこへいったのじゃ?」
エルに問われ、カンパネラは洗い物の手を休めて言った。
「畑にいきましたよエル様」
「ふむ、そうか。わしに言われる前に行くとは、ニンバスは働き者じゃな」
「カンパネラだって働いてますよ~」
カンパネラは頬を膨らませてエルに苦情を言った。
「ふむ、そうじゃな。カンパネラも働き者じゃ」
「へへへ。カンパネラは働き者~♪」
カンパネラは機嫌よく鼻歌を歌いながら洗い物を再開した。
エルとカンパネラにニンバスを加えた三人での奇妙な共同生活が始まってから、既に三ヶ月余りの月日が経っていた。
この三月余りというもの、エルはニンバスには農耕と狩りを教え、カンパネラには引き続き家事を教えていた。
初めのうちこそぎこちなかったニンバスであったが時間が経つにつれ次第に慣れ、今では狩りも農耕も一人で出来るようになっていた。
カンパネラも日々精進を重ねた結果もはやエルに注意を受けるようなことはなくなり、家の全てを取り仕切る家事マスターとなっていた。
そのためエルは日がな一日家の中でだらだらとぐうたら三昧な日々を送っていたのであった。
「平和じゃの~カンパネラよ。……ところで飯はまだか?」
「なに言ってるんですかエル様。さっき食べたばかりですよ~」
「ほーそうじゃったかのー。まあいいわい。なんかくれ」
「いやいや、太りますよエル様?……ていうか既に太っているし」
カンパネラの言うとおり、エルはここ数ヶ月の怠惰の見返りに、でっぷりと肥え太るはめとなっていた。
「いーや、まだ大丈夫じゃ。ほれなんかよこせ」
「駄目ですって。これ以上太ったら動けなくなりますよ?」
「大丈夫と言うておろうに。……お前最近わしに口答えするようになったの……」
「……そうですか?結構、最初からのような気がしますけど……」
「……言われてみればそんな気が……」
と、そこへニンバスが元気よく帰ってきた。
「ただいま!カンパネラ!エル様!」
「おかえり~♪畑どうだった?」
「うん。順調だね。すくすくと育ってる」
「ふむ。それは重畳じゃな。畑から収穫できるようになれば、作物を蓄えることが出来るようになる。そうなればいつぞやのように狩り場に獲物が見当たらず、三日間も食いっぱぐれるなんていうことも無くなるじゃろう」
「腐ったりしないんですか?」
エルは、カンパネラの当然の疑問に間髪を入れずに素早く答えた。
「野菜などは腐る。じゃが穀物類は乾燥させたりすれば長期に保存がきくのじゃ。そして食べる時は水を含ませることで元に戻し、それを火で焼いたり煮たりと調理をすれば美味しく食べられるというわけじゃな。カンパネラよ、与えられた知識の中にもあるはずじゃぞ?探ってみよ」
カンパネラはエルに言われて、しばし考え込んだ。
「……う~ん…………あっ!ありました……料理できそうです」
「よかった!それならカンパネラの美味しい料理のレパートリーが増えますね」
ニンバスからのうれしい言葉にカンパネラは喜び、ぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねた。
「ニンバス良いこと言う!今日も腕によりをかけて料理作っちゃうね!」
そんな二人の様子をみて、エルは半ば呆れ顔ながらもうれしそうに言った。
「おぬしらずいぶんと仲いいの~」
「いや!そんな僕たちは…………ねえ、カンパネラ?」
「う、うん!そんなんじゃないですよエル様」
「そーかのーお似合いじゃと思うぞ。と言うかそのためにルキフェル様がニンバスを遣わされたのじゃからな。わしに構わずそうなってよいぞー。わしは心置きなく舅として居座るがな」
エルは二人をからかうような口調で言った。
だがこれはエルの本心であった。
この三ヶ月間というもの、エルは二人のことを間近でじっくりと見てきた。
そしてカンパネラは勿論、ニンバスのこともすぐに好きになり、カンパネラ同様愛情を注いで見守ってきていた。
だから二人には幸せになってもらいたかった。
そしてそれには二人が番となることが一番いいとエルは思った。
エルは照れあう二人をほほえましく眺めながら、近い将来そうなることを強く心に願うのであった。