7・チョロくても、好き。
咲主催のクリスマスパーティーは大盛況で幕を閉じた。
我々メイドは残って後片付けをしてから部屋に戻った。みんなはもうそれぞれ自室で休んでいる。
……ただ一人、私を除いて。
現在、私は誰もいない静かな廊下を一人歩いている。廊下を歩くたびにメイド服のスカートがひらりと揺れ動く。
自室でくつろがない理由なんて一つしかない。今日のことを咲に謝るために、彼女の部屋に向かっているからだ。
咲の部屋の前で足を止める。
立ち止まると、自分の足が震えていることに気づいた。
「どうしよう。緊張してきた……」
一度大きな深呼吸をする。
大丈夫、私はメイド長。後輩の部屋に押しかけて謝罪するくらい、なんてことないわ。緊張してどうするのよ。
「……謝らないと、駄目」
私の盲目な恋心のせいで、どれだけ彼女に迷惑をかけただろう。
キチンと、謝らなきゃ。
おそるおそる咲の部屋の扉をノックした。
「咲? 奈月だけど、今大丈夫かしら?」
私の声は、はたして震えていなかっただろうか。
扉の奥から「はい。今開けます」と、くぐもった声が聞こえる。そしてバタバタと走る音。まったく……はしたないのだから。
ドアノブが回り、扉が開く。
「お疲れ様でーす、メイド長。何かあたしにご用ですか?」
「なっ――なんという格好をしているのです!」
咲はタンクトップに短パンという薄着エロな服装だった。ちょ、私のこと誘ってるって勘違いしちゃうでしょうが!
じ、地味に乳デカいわね……それに、少しだけ見えているおへそがセクシーだわ。仕事着から解放された細い生足もすごくキレイ! 小振りだけど、丸みを帯びたヒップも最高よ!
テ……テンション上がってきたぁぁぁ!
「メイド長、鼻血! めっちゃ出てますよ!」
「はっ!? だ、大丈夫。心配無用よ」
慌ててハンカチを取り出して血を拭う。危なかった。これ以上、咲の小悪魔ボディーを堪能していたら、理性が崩壊した私が咲を襲うところだったわ。
…………襲う? あのままだと、私は咲を襲っていたの?
たとえば、私が咲の服装を注意したとして――
「咲。そんなだらしない服装をしては駄目」「も、申し訳ありません。メイド長」「今すぐ着替えなさい」「え……ここで、ですか?」「もちろん、私の目の前でです。監視しておかないと、あなたの場合、絶対に着替えないでしょう?」「わ、わかりました……あまり見ないでくださいね?」「わかったわ……へぇ、可愛い下着ね」「メ、メイド長! からかわないでください!」「いいから早く着替えなさい」「でも、見られるの、恥ずかしくて……」「じれったいわね……ふふっ、私が脱がしてあげる」「あっ、メイド長……お戯れが過ぎます……」「いいではないの。女同士でしょ?」「そういう問題では……やぁん! あっ、あっ、メイド長、そこは――っん!」「あら? ここ、とても熱くなっているわね。どういうつもり?」「そ、そんなの決まってるじゃないですか……言わせないでください。メイド長の、いじわる――」
H E N T A I か !
これではただの変態上級者じゃないの! もはや犯罪者の域だわ! 有罪よ! 罪の十字架を背負いしメイド、二階堂ギルティー奈月爆誕よ!
「あの……メイド長? あたしに用事があったのでは?」
咲の顔は若干引きつっていた。マズい。変態妄想していたせいで、私の顔も少し変態になっていたのかもしれない。
「とりあえず、上がってください」
「え、ええ」
お言葉に甘えて咲の自室に入った。彼女の部屋に入るのはこれが初めてだ。
室内は意外にも簡素だった。タンスと化粧台、ベッド、本棚、テーブルのみ。それらの家具はところどころに、赤やピンクが散りばめられている。女性の部屋らしさはあるものの、無駄なものは一切置かれていない印象を受けた。
ベッドの上には携帯ゲーム機が置かれていた。私が来るまで、あれで遊んでいたのだろうか。
咲が「紅茶でも淹れてきますか?」と提案する。私には「あ、その、お構いなく」と返事をするのが精いっぱいだ。
どうしよう。上手く話せない。心臓の音がやけに耳に障る。手は汗でぐっしょり濡れてしまっていた。
私、今すごく緊張している。
「適当に座ってください」
言われるがまま、私はそのへんに腰を下ろす。咲は私の隣に座った。
「で、話ってなんです?」
チラリと隣にいる咲を見る。彼女は不思議そうに私を見返すだけだった。
……緊張して黙りこくっていても、何も進展しないわよね。
よし。言うのよ、私。
「その……咲に言いたいことがあるのよ」
「私にですか?」
「ええ。この気持ちをあなたにちゃんと伝えないとって思って……」
謝りたいというこの気持ちは、今日のうちに伝えないといけない気がするから。
「あたしに、この気持ちを伝えたい? そ、それってもしかして……こ、こくは……」
咲の頬が朱に染まる。驚きと困惑が混じったような、複雑な表情をしていた。
何か様子がおかしいけど……私、変なこと言ったかしら?
「咲? どうかしたの?」
「いや、ちょっと……きゅ、急にメイド長がいい雰囲気を作るものだから……」
「いい雰囲気? よくわからないけど……私ね、今日は咲が望むなら土下座をする覚悟で来たの」
「土下座は重すぎる! どんな気持ちの伝え方ですか!?」
「え? 日本ではわりとメジャーな形式でしょう?」
「マイナーですよ! もっとこう、ベタですけど満天の星の下とかがいいです!」
「なんでそんなにロマンチックなのよ!」
「べっ、べつにいいじゃないですか! あたしの憧れなんですよ!」
「憧れとかあるんだ!?」
謝罪されたい憧れのシチュエーションとか、考えたこともないんだけど。
「そ、そっか……咲には悪いけど、今ここで言うわね」
「ええっ!? ちょ、まだ心の準備ができてな――」
「咲!」
「は、はいっ!」
「今日はあなた主催のクリスマスパーティーの邪魔をして、本当にごめんなさい!」
ぎゅっと目を閉じて、頭を下げる。
罵倒されるだろうか。それとも呆れられるだろうか。
そもそも、私はこの子に許されるのだろうか。
どんな結果であれ、私は咲の気持ちを受け止めるつもりだ。
まぶたの裏の闇の中で、祈るようにして咲の言葉を待つ。
…………あ、あれ? 咲の反応がないようだけど。
おそるおそる目を開けて、頭を上げた。咲はジト目で私を見つめている。な、なんかとても怒っている気がするんだけど。
「メイド長……伝えたい気持ちって、謝罪のことだったんですか?」
「え? さ、さっきからそう言ってなかったかしら?」
「言ってないですよ! 緊張して損しました!」
咲が頬をふくらませて私をにらむ。さ、咲さん怖いです!
「はぁ……まぁいいですけどね。というかあたし、今日のこと全然怒ってないですから」
咲の表情が破顔する。
えっと……怒ってないの? あれだけ足を引っ張ったのに?
「たしかに、なんで意地悪されるのかなって思いました。でも、あんなの邪魔のうちに入りませんよ。だって、あの舞香お嬢様ですよ? メイド長が意地悪しなくても、結局泣いて駄々こねるに決まってます」
「そ、そんなことは…………あるけれど」
たしかに、咲の言っていることは否定できない。舞香お嬢様は地雷だらけだから、どのみちワガママを言い出すに違いないのだ。
「それにあたし、メイド長には感謝してるんです。というか、憧れに近いのかな?」
咲は照れくさそうに笑った。
赤く染まった頬を人差し指でかきながら、目を細めて。
「あたしは舞香お嬢様の相手をするのが得意です。あ、べつに奢りとかじゃないんですよ? あたしにとって、舞香お嬢様の相手をするのは、実家にいる私のワガママな妹の相手をするようなものなんです。だから、得意。でも、その他の能力は他のメイドと同じかそれ以下です」
「えっと……何が言いたいの?」
「あたしは舞香お嬢様のことしか面倒見れません。でも、メイド長は誰よりもみんなの面倒を見てるじゃないですか。それがすごいなって思うんです」
「わ、私が?」
そうじゃない。
私は主のことを第一に考えられない、駄目なメイドなんだ。
「咲が言うほど、私は立派なメイドじゃないわ」
「そんなことないですよ」
咲は左右に首を振る。
「今日だって助かりました。たとえば『イス取りゲーム』をするって言ったとき、お嬢様方は未知の遊びに恐怖していましたよね? あたし、あのときはちょっとテンパってました。それを察してか、メイド長は目で合図して、あたしをフォローしてくれたじゃないですか。皆様の恐怖とあたしの不安を和らげてくれたのは、他でもない……メイド長です」
イス取りゲームのとき……たしかにあの瞬間だけは、私は他のお嬢様に楽しんでいただきたいと思った。それだって、咲と舞香お嬢様以外の方に迷惑をかけたくなかったからだ。褒められるようなことじゃない。
「咲……私にはもったいない評価だわ。私は自分のために動いただけ。あなたの思うようなメイドじゃない」
「うーん。それじゃあ、今日のことはそれでもいいです。でも、あたしのフォローをしてくださるのは、いつだってメイド長なんです」
咲は恥ずかしそうに頭をかいた。
気づけば、恥じらう彼女の横顔に釘付けになっていた。
「普段は照れくさくて言えないけど……あたし、メイド長に感謝してます。いつもありがとうございます、奈月メイド長」
その言葉にどれだけ救われたのだろう。
嬉しいのに……胸が強く抱きしめられたみたいに、苦しい。
駄目よ、咲。
容易につけいるスキを作らないで。意志の弱い私を誘惑しないで。
無防備で、無自覚すぎるのよ。もっと私の気持ちを汲み取って。
私、すごく辛いの。
あなたの言葉と――毎秒変わる豊かなその表情は、いつだって私を舞い上がらせるから。
これ以上、私に優しくしないで。
そんなに優しくされたら、甘えてしまいたくなる。好きだって気持ちをぶつけたい。自分を許して咲の胸に飛び込みたい。そっと撫でてもらいたい。ぎゅって抱きしめてほしい。できることなら、素肌で体の温もりを交換したい。
許されるわけがない。
咲の好意に甘えすぎてはいけない。
だって、私は今日、謝りに来たのだから。
頭ではわかっている。自分の愚かさも、咲が優しいことも、全部知っているつもり。
でも――今だけはお願い。
この感情だけは、今言わないと駄目な気がするから。
「メ、メイド長?」
私は咲の手を握った。
憧れだった彼女の手は、思ったよりも小さかった。
「ごめんなさい。もう二度とメイドの仕事を放棄したりしない。あなたの信頼を裏切らない。だから……もう少し私のそばにいて。不甲斐ない私をこれからも支えて」
今はこれくらいしか言えないし、言う資格なんてない。
あんなことをした以上、好きだとか、愛してるとか、自分に都合のいい言葉を並べてはいけないんだ。
でもいつか、あなたに見合う女になれたそのときは……覚悟しなさいよね。
「……あたしのほうこそ、これからもよろしくお願いします。奈月メイド長」
「ええ……」
しばらくの間、私たちは恋人のように指を絡めて手を握り合っていた。
翌日、朝の大食堂である。
「ちょっと! この紅茶、甘すぎよ!」
「も、申し訳ございません、舞香お嬢様ぁ!」
「謝ってる暇があったら、とっとと変えなさいよね!」
「は、はいぃ! ただいま新しい紅茶をお持ちいたしますぅ!」
例によって、舞香お嬢様はワガママ言い放題。新人メイドは涙目で紅茶を取り換えていた。
そして、咲がご機嫌ナナメの舞香お嬢様に近づいた。これも見慣れた光景だ。
「舞香お嬢様。甘い紅茶はお嫌いですか?」
「何よ! 咲のクセに生意気ね!」
理不尽に罵倒される咲だったが、華麗に聞き流して話を続ける。
「ご存知ないのですね……糖を取ると背が伸びるらしいですよ?」
そんなわけあるか。どこの学会で発表された論文よ。
舞香お嬢様だって、そんな子ども騙しの嘘になんか引っかかるわけない――
「ちょっとそこのメイド! シュガー十本追加よ!」
くそぅ、やっぱりチョロかったか! 安定のチョロさです、舞香お嬢様!
咲は舞香お嬢様から離れた。ニヤニヤした顔で、私のほうにやってきた。
「咲。あなたねぇ……舞香お嬢様をなんだと思っているの?」
「ぷぷぷ……やばい。お腹痛いです、メイド長」
「話聞きなさいよ!」
まったく……困った後輩メイドね。
でも、寂しがり屋の主の心を満たすことができるこの子は、間違いなくメイドの鏡だ。
そんなことを考えていると、食堂に大声が響いた。
「咲ぃぃ! ちょっとこっち来なさいよ! 糖じゃ背は伸びないってみんな言ってるんだけど! どういうことか説明しなさい!」
舞香お嬢様の怒鳴り声を聞いても、咲は相変わらず楽しそうに微笑んでいた。
「さーて! もういっちょ、舞香お嬢様で……じゃなくて、舞香お嬢様と遊んできますか!」
うん……メイドの鏡よね? だいぶ不安になってきたんだけど、メイドの鏡でいいのよね?
「舞香お嬢様。お呼びですか?」
「咲! どうして嘘をついたのよ!」
「はぁ……これだから素人は困るんですよねぇ」
「へ? ど、どういうこと?」
「舞香お嬢様に質問です。人間の脳の全機能を説明できますか? 宇宙が何でできているのかわかりますか?」
「え? それってまだ完全には解明されてないんじゃ?」
「そう! この世には現代科学では説明できないことがある! 霊の存在なんかもそういう類のアレです!」
「な、なるほど! つまり科学的根拠はないけど、糖を取ると背が伸びるのね!」
「はい。説明こそできませんが、効果はちゃんとデータが物語っています。甘いもの好きの成人は、辛いもの好きの成人よりも平均身長が三センチ高いという統計が西暦2013年、アメリカのとある学会で発表されています。現にあたしの父、甘いもの好きで背が高いですし」
「そ、それじゃあ……?」
「ええ。迷わずシュガー十本追加です!」
「わかったわ!」
舞香お嬢様……咲におもちゃにされすぎです。咲が説明したデータ、絶対に嘘ですから。
「咲ぃ。甘いよぉー……なんか口の中がおかしいよぉー……」
「ぷぷぷ……お、大人のカラダを手に入れるためです。頑張りましょう……ぷぷーっ!」
「どうして笑ってるの!?」
食卓では、咲の楽しそうに弾む声と、舞香お嬢様のやかましい声が入り乱れる。
あのねぇ……だからイチャコラしすぎだってのよぉぉぉ! むきぃぃぃぃ!
はぁ……どうすれば、咲は私だけを見てくれるのかしら。
誰か相談に乗ってくださらない?
メイド長である私は後輩メイドが好きなのですが、ワガママお嬢様が邪魔すぎて困るのです。
こんにちは、はなうたと申します。
今作では主に、キャラや世界観などの原案を出させていただきました。
今作はいかがでしたか? 作中で、お気に入りのキャラは見つかりましたでしょうか。
私としては全員可愛いですが(もちろん力子もだよ!)、皆さんの心の中にも、誰か一人でも棲まわせていただけると幸いです!(←何そのサイコ……)
えっと、今作は私史上初めてのコラボ作でしたが、びっくりする位順調に仕上がりました。
元々脳内で寝かせていた案だったことも一因としてあります。
でもそれよりももっと重要なことが……。
それはなんと言っても、執筆して下さった上村夏樹さんが十二分に信頼できるお方だったから!
……これです。おかげ様で私の案も日の目を見ることができました。今回の機会に巡り会えたこと、本当に嬉しいです。いい経験させていただきました。この場をお借りして感謝を!
……後半私事になって申し訳ないですorz
ではでは改めまして、最後までお読みいただきありがとうございました!