6・愛しのメイドは、いつだってチョロいお嬢様のために。
好評を博したコスプレ大会が終わった。もう皆様はお着替えになって、元の服装に戻っている。
あのはしゃぎようを見る限り、皆様それぞれの衣装を楽しんでいたようだ。どうやらご満足いただけたらしい。
お嬢様の中には、衣装を譲ってくれないかとおっしゃる方までいた。もちろん快諾したけど、まさかそこまで楽しんでいただけるとは……企画を考えた咲のすごさを改めて思い知った。
感心していると、
「では、最後のレクに参りましょう!」
咲が皆様の注目を集めた。
盛り上がる声と同時に「もう最後ですのね……」と終わりを惜しむ声も聞こえてくる。このパーティーが成功している証だ。
もちろん、舞香お嬢様もパーティーを楽しんでいることだろう。それはつまり、彼女の咲に対する評価も上がったことを意味する。それはマズい。なんとしても、この最後のレクで咲の評価を下げなければ。
「最後のレクはプレゼント交換です。招待状にご自身でプレゼントをご用意していただけるようお願いいたしましたが、忘れた方はいらっしゃいませんね?」
咲がお嬢様方の様子をうかがう。彼女たちは無言だったが、皆様笑顔でうなずいてみせた。
「それではご説明しましょう。ルールは簡単。皆様には円を描くように並んでいただきます。こちらで音楽を流しますので、リズムに合わせて、プレゼントを右隣の人にお渡ししてください。そして左隣の人からプレゼントをいただく……このやり取りをひたすら繰り返します。音楽が終わったとき、手元にあるプレゼントをいただけるというレクです」
咲の説明を聞き、皆一様にはしゃいだ。
「面白そうですわね!」「何が貰えるかわからないなんて、ドキドキです!」「ねぇ! 早くやりましょうよ!」「あらあら、はしたないですわ」「わ、わたくしとしたことが、つい……」
と、そこで食堂に笑い声が響き渡る。なんとも微笑ましい光景だ。お嬢様とはいえ、やはりまだ子どもなのだなと実感する。
皆様が笑う中、真顔なお嬢様が一人……井笠お嬢様だ。
彼女には最後のレクも手伝ってもらっている。今度こそ抜かりはない。レクは失敗に終わり、舞香お嬢様は咲のことをお嫌いになるに違いないわ!
内心でほくそ笑んでいると、
「流す音楽ですが……『仰げば尊し』はやめましょうか」
咲がそう提案した。
その意見には賛成だ。あんな渋い歌を選ぶよりも、もっと賑やかな歌を――
「では、ホルストの『木星』はいかがでしょう?」
「だからなんで渋いのよ!」
しかも、歌じゃなくてクラシックだし。
さすがにクラシックを嗜むお嬢様方とはいえ、こういうパーティーでは楽しい音楽を望むのでは――
「「「「まぁ、最高ですわ!」」」」
「感性のズレがひどくないかなぁ!?」
なんとなく、こうなるとはわかっていたけども! もう私の手に負えないわよ!
はぁ……とりあえず、満場一致で『木星』に決まったわけね。
「それでは始めましょう」
咲が言った。
お嬢様方はプレゼントを持って円形に並ぶ。皆様、他の方のプレゼントが気になるのか、視線をあちこちに忙しなく動かしている。
そうこうしているうちに『木星』が食堂に響く。
そもそも『木星』は、『惑星』という管弦楽曲を構成する、七つの楽章のうちの一つ。さらに『木星』は四つの主題で構成されているのは有名な話だ。
今流れているのは、もっとも世に広く知れ渡っているであろう、三拍子の美しい第四主題。某有名アーティストがこの第四主題に歌詞をつけてリリースしたことで、高い知名度を誇る曲だ。
重厚な旋律は豊かに盛り上がりながら、終わりへと向かっていく。美しい音色が空間に響き、安らぎをそっと届けてくれる。
そして、心地よいメロディーは余韻を残してフェードアウト。
「はいはい! プレゼント交換は終了です! さてさて、お手元のクリスマスプレゼントには何が入っているでしょうかー?」
咲の声を合図に、お嬢様方は一斉に袋を開けた。プレゼントを見て、きゃっきゃうふふとはしゃいでいる。
それにしても……皆様はいったいどのようなプレゼントをご用意されたのだろうか。お嬢様なだけあって、やはり豪華なものなのだろうけど、子どもが喜びそうな豪華なものって何かしら?
好奇心で、そばにいた二人組のお嬢様に近づいてみる。
「まぁ、中身は株券ですわ!」
「わたくしは別荘の所有権譲渡の契約書です!」
どんなクリスマスプレゼントよ! サンタ的にハードル上げすぎよ!
お嬢様方はやはり常識がズレている。その点に関してだけは、舞香お嬢様はまともなのかもしれない。
でも、皆様可愛いから憎めないのよね。むしろ、愛おしくさえ感じるわ。ああ、学校では教わらないこと、手とり足とりマン・ツー・マンで教えてあげたい。じゅるり。
「――って妄想してる場合じゃないわ! じゅるり!」
そうだ。舞香お嬢様のプレゼントはどうなったの?
口もとを袖で拭い、舞香お嬢様に視線を移す。
「……これが、プレゼント?」
舞香お嬢様が手に持ったプレゼントを見下ろし、悲しそうにつぶやいた。
彼女が持っているのはくまのぬいぐるみだ。これもまた企業秘密で教えていただけなかったが、井笠お嬢様の仕業である。
皆様は豪華なクリスマスプレゼントを貰ってはしゃいでいる中、くまのぬいぐるみを受け取った舞香お嬢様。目には涙をため、悔しそうに唇を噛んでいる。
「……くまのぬいぐるみなんて、いらないよぅ……別荘がよかったよぅ……」
うぉぉぉい! ちゃっかり別荘狙ってたのかよ!
内心でツッコミつつ、小さくガッツポーズをした。
今回は絶対に上手くいったわ。気に入らないプレゼントを貰った舞香お嬢様は、きっとまた駄々をこねるに違いない。
しかも、舞香お嬢様は別荘が目的だった。コスプレ大会のときはお目当ての衣装がなかったから、咲は上手く言いくるめたようだけど、今回は違う。欲しかった別荘以外のプレゼント――しかも安物のぬいぐるみで、あのワガママな舞香お嬢様が納得するわけがない。
勝利を確信したそのとき、咲が舞香お嬢様に近づいた。
「舞香お嬢様。どうかされましたか?」
「咲のせいだぁ……咲がプレゼント交換するとかいうからぁ……くまのぬいぐるみなんか、ほしくなかったぁ……」
「くまさんでは、駄目ですか?」
「こんなもの、いらないよぅ……!」
舞香お嬢様の手からくまのぬいぐるみが滑り落ち、床に転がる。彼女はその場にしゃがみこんでしまった。
さて――どうする、咲?
あなたの実力は認めましょう。自他共に認める天才メイド、それが東雲咲。いつメイド長の座を譲ってもいいわ。
でも、この戦いは私の勝ち!
そのときだった。
「……えっ?」
逆境に立たされたというのに、咲がクスリと笑った。
咲は素早くくまのぬいぐるみを拾い上げる。
そして舞香お嬢様と目線を合わせるためにしゃがみ、自分の顔のあたりに、くまのぬいぐるみを持ってきた。
『舞香お嬢様ー』
咲は普段より幼い声で、くまで腹話術をし始めた。
『舞香お嬢様。泣いているクマ?』
「な、何やってるの咲?」
『咲じゃないクマ。ボクはくまクマ。ねぇ、どうして泣いているクマ?』
「……くまのぬいぐるみなんて、ほしくないからよ」
『舞香お嬢様……ボクのこと、嫌いクマ?』
「えっ?」
『ボクは舞香お嬢様と遊びたいクマ。くまのぬいぐるみは必要ないクマか?』
「そ、そういうわけじゃないけど……」
その質問を受けて、舞香お嬢様は言葉に詰まった。いくらぬいぐるみとはいえ、自分を慕ってくれる者を切り捨てることに戸惑いを覚えたのだろう。
『ボク、舞香お嬢様といっぱいお話したいクマ! ボクとお友達になってクマ!』
「そ、そんな子ども染みたことしないわよ!」
『そうクマ? でも舞香お嬢様――いつも寂しそうクマ』
瞬間、舞香お嬢様の肩がビクッと震えた。
驚きのせいか、舞香お嬢様の目は大きく見開いている。その無垢な瞳をくまが覗きこんでいた。
「さ、寂しくなんてないわよ」
『舞香お嬢様は強いクマね。でも、たまには素直になってもいいと思うクマよ?』
クマの右手が、舞香お嬢様の頭をぽんと叩く。
その瞬間、舞香お嬢様の瞳が滲んでいく。少し遅れて、彼女は慌てて目元をごしごしと袖で拭った。
咲は続けて言葉を紡ぐ。
『ご両親は忙しくて、家ではいつも寂しい思いをしているクマね? 今日は寂しい思いをしないで、お友達と思いっきり遊べる日だクマ。だから舞香お嬢様は、今日のクリスマスパーティーを楽しみにしていたクマ』
「そ、そんなこと、ないもん……」
舞香お嬢様は否定する。
だけど、その声は弱々しくて、逆に肯定を意味しているようにさえ聞こえた。
『ボクは舞香お嬢様の笑顔が見たいクマ。悲しい顔なんて見たくないクマよ。だからボクがお友達になって、寂しさを紛らわせてあげたいんだクマ!』
温かい言葉が、舞香お嬢様の表情を和らげていく。
そうか……咲がすごいのは、メイドとしての能力ではない。
本当にすごいのは、誰よりも舞香お嬢様の気持ちを理解していることだ。
一人の人間として……メイドとして恥ずかしい。
主のために働く最高のメイドの顔に、私は泥を塗ろうとしていたのか。
私は馬鹿だ。嫉妬で頭がおかしくなりすぎた。
女である以前に、私はメイド。自分の幸せを優先する前に、主の幸せを優先しなくて何がメイドだ。これでは咲と舞香お嬢様に迷惑をかけただけではないの。
一番ワガママなのは舞香お嬢様じゃない……自分だった。
「ま、まぁ? くまのぬいぐるみもインテリアとしては悪くないんじゃない? 特別に部屋に飾ってあげる」
『本当クマ? やったクマ! 舞香お嬢様とお友達になれたクマー!』
「か、勘違いしないでよね! あんたなんか、ただのインテリアなんだから! クマとお話とかしないし!」
『……クマぁぁん?』
「ほ、本当よ! 何疑ってんのよ! くまのクセに生意気ね!」
『わかっているクマ。ボクとお話することは舞香お嬢様とボクだけの秘密にしておくクマ』
「全然わかってないじゃないの!」
『ごめんクマよ。機嫌直すクマ』
「まったく……ねぇ、咲。その……いつもワガママばかりの私の面倒見てくれて……あの、本当はあなたにとっても感謝し――」
『……クマぁぁん?』
「何よそれ! ムカつくのよその反応! もう絶っっ対にお礼なんて言わないんだから!」
二人の微笑ましいやり取りを見ていると、キリキリと胸が痛む。
私は間違っていた。
こんなことして咲を振り向かせようとしても意味がない。いくら彼女が優しくても、いつか愛想をつかれてしまう。
ズルしちゃ駄目。
今日のことはちゃんと謝ろう。
そして新しくスタートを切ろう。
密かに決意し、二人のやり取りを遠くから見守っていた。