5・このミノムシが! あ、ミノムシじゃなくてチョロムシの舞香お嬢様だった。
「続いてのレクリエーションはコスプレ大会です」
咲がお嬢様方の前に立ち、説明を始める。
「ルールは簡単! この箱をご覧ください」
咲は立方体の白い箱をお嬢様方に見せた。
「この中に入っているくじを皆様に引いていただきます。くじには衣装の種類を書かせていただきました。皆様はくじに書かれた衣装を着ていただきます。衣装は季節もののサンタやトナカイはもちろん、普段は味わえない一般市民の普段着なども取りそろえております」
お嬢様方は、きゃっきゃうふふとはしゃぎながら咲の説明を聞いていた。特に一般市民の普段着には興味があるようで、豊かに想像をふくらませてお話している。
「では、あたしがくじを持って皆様のもとにうかがいます。くじを一本だけ引いてくださいねー」
咲は弾むような声でそう言って、テーブルを順番に回り始めた。
お嬢様方は楽しそうにくじを引いていく。
そして舞香お嬢様の隣に座っている、銀髪縦ロールの無口なお嬢様――井笠真子お嬢様が白い箱に手を入れた。
井笠の家系は代々ギャンブルの才能に長けている。その才能を活かして、一般市民だった井笠家は富豪へとのし上がった。普通ではありえないような、かなり特殊な家柄なのだ。
ギャンブルの才能とは、数学的な能力や観察力、運、勘、情報収集力だけではない。
勝つためには――ずる賢さと、手先の器用さも重要だ。
何を隠そう、井笠の姓を持つギャンブラーは天才イカサマ師。井笠真子お嬢様も例外ではない。
彼女には舞香お嬢様の隣に座り、あらかじめ私が用意しておいたくじと交換しておくようにお願いした。方法は企業秘密だそうで教えていただけなかったが、あの箱にも細工をしていただいた。これで舞香お嬢様は、私が用意したハズレくじを必ず引くことになる。
手段がゲスい? いいえ違うわ。これが大人の……メイド長のやり方よ!
ちなみに井笠お嬢様には、舞香お嬢様の寝顔写真で手を打っていただいた。井笠お嬢様は可愛いもの好きだから、見た目だけは天使の舞香お嬢様の写真は垂涎ものだろう。こういうのはお金じゃ買えないものね。
うん……私、ますますクビに近づいているかもしれない。というか、人として何か踏み外している気がする。
「はい、ではみなさん引きましたねー。こちらにご用意したついたての奥に衣装をご用意しております。どうぞ、お着替えください。女性同士とはいえ、もしお着替えに抵抗がある方がいらっしゃいましたら、更衣室にご案内します。なんなりと申し付けください。また、お着替えにメイドが必要な方も申し付けくださいませ」
咲はお嬢様方に声をかける。彼女たちの耳には咲の言葉など入ってこないのか、ワイワイと楽しそうについたての奥に入っていく。
奥のほうから、楽しそうな若い女の話し声。そして微かに聞こえる衣擦れの音。時折、短い悲鳴のようなものが聞こえるのは、おそらく、発展途上の未成熟な体を確認し合う『お戯れ』をしたからだろう。
……いい。着替えているのは子どもだけど、これはこれでなんかいい。見えないのが逆にいいっ!
「メ、メイド長? 鼻血が出ていますよ?」
近くにいたメイドが心配そうに私の顔を覗きこむ。私は慌ててハンカチを取り出して血を拭った。
「大丈夫。心配無用よ」
「そうですか? ならいいのですが」
「ありがとう。私はいいから、持ち場に戻りなさい。咲のフォローをお願いします」
「は、はい!」
そのメイドは返事をして咲の元へ駆けていった。
ふぅ。なんとか誤魔化せたわね。
さて――少しの間、至福のときを味わおうかしら。
私は聞き耳を立てて、お嬢様方のお着替えが終わるのを待った。
そして……数分後。
先ほど会話していたメイドが私のそばにやってきた。
「奈月メイド長。咲さんがお呼びで――メイド長!? 鼻血出すぎです! 壊れた蛇口から水が漏れてるような感じになってますよ!?」
「だ、大丈夫。ちょっと目まいがするだけだから」
「それ完全に血の出しすぎですね! 大丈夫じゃないですよ。休まれてはいかがです?」
「休んでなどいられません。私にはやらねばならないことがあります!」
そう……このクリスマスパーティーを台無しにするという私用がね!
「メイド長……体調が悪いのに、そこまで真剣にお仕事に取り組むなんて……かっこいい。まさにメイドの鏡だわ。私も見習わないと!」
意図しないところで評価が上がったー! 何この子、頭の中があったかすぎる!
罪悪感で胸がきゅっと締めつけられたけど……ま、まぁいいでしょう。
私は鼻血を拭き取ってから、咲に近づいた。
「呼んだかしら?」
「はい。もうお着替えが終わったようなので、そのご報告をと思いまして」
「私の許可なんていらないわ。今日はあなたの好きなようにやりなさい。信頼してるわ」
「さ、さっきは台無しにするとか言ってたのに……メイド長、よくわかんないです」
咲が怯えた瞳で私を見つめる。
やはり咲の中で私の評価が下がっているようね。これは非常にマズい事態だわ。
……もう失敗は許されない。
「咲。進行を」
「はい。では皆様! お着替えがお済みになったようですので、ついたてからお出でくださいませ!」
咲の声を聞いたお嬢様方は、ぞろぞろとついたてから列をなして出てきた。
瞬間、おもわず息を飲む。
先頭はミニスカサンタのお嬢様。幼い容姿と大胆な丈のサンタ服がアンバランスでとても可愛らしい。恥ずかしそうにスカートの裾をぎゅっと掴んでいるのもグッドだ。
お次はトナカイのコスチュームを着たお嬢様。緩いシルエットがあどけない表情と相まって非常に愛らしい。あの脚やわきのダボダボ感がたまらないわ。ああっ、今すぐ駆け寄って抱きしめたい!
その後ろには上下スウェットのお嬢様。これは一般市民の家で着るラフな服装だ。
……このコスチュームを選択した咲は天才かもしれない。
気品のあるお嬢様にスウェットは一見ミスマッチに思えるが、実はそうではない。お嬢様の意外な一面を覗いたかのような、ある種新鮮な衝撃を受ける。それはまるで、桜舞う春に渡り廊下で先輩男子と運命の出会いをしたときのトキメキのよう!
他にも季節感のある衣装や、一般市民の服を着たお嬢様方が次々と出てくる。こ、これはお金を取れるレベルの見世物ッ!
そんな中、一人だけ異質なコスチュームをしているお嬢様がいる。舞香お嬢様だ。
「うぅ……どうしてミノムシの衣装なんて着なきゃいけないのよぅ……」
舞香お嬢様はミノムシの格好をして出てきた。顔の部分だけは見えるようになっている。衣装には足を出す穴がないため、バランスを保ちつつ、ぴょんぴょん飛び跳ねて前に進んでいる。
ふぅ……こんなこともあろうかと、事前にミノムシの衣装を用意しておいてよかったわ。ふふふ……メイド長たる者、このような事態を想定することなど造作もなきこと!
遠くのほうで、青いスモッグを着て黄色い帽子をかぶった井笠お嬢様が、親指をグッと立ててこっちを見ている。幼稚園児が背伸びしてかっこつけているみたいで、すごく微笑ましい。
「うぅー可愛くないこれぇ……もうやだぁ。クリスマスパーティーなんかやりたくないよぉ」
舞香お嬢様、涙目。申し訳ございません。でも、それはそれでなかなか可愛いと思います。
……うん?
そうだ。よく見ると、結構可愛い。一生懸命ぴょんぴょん飛び跳ねているあのお姿は、大人の胸を打つものがある。なんというか、庇護欲がわくのだ。
不安に思っていると、咲が舞香お嬢様のもとへ駆け寄った。
「舞香お嬢様!」
「咲ぃ。なんでミノムシなのよぉ。もっと可愛いヤツがよかったよぉ」
「何をおっしゃいます! これ、めっちゃ可愛いですよ!」
咲がミノムシ、もとい舞香お嬢様を褒めちぎる。
「うー……こ、こんなのが可愛いの? ほんとに?」
「本当です。リアルなミノムシはたしかに可愛くないですが、お嬢様の着てるの、すごく素敵ですよ? その跳ね回る動きも、とっても可愛い! 皆様もそう思いませんか?」
咲は他のお嬢様方に話題を振る。皆口々に「素敵ですわ!」「とても可愛いです、舞香さん!」と褒めている。
「そ、そんなことないわよぅ……えへへ」
舞香お嬢様は照れくさそうに笑った。チョ、チョロすぎる……。将来、絶対悪い男にだまされますよ、舞香お嬢様。
実際、舞香お嬢様のご機嫌を取るのは難しいことなのだ。しかし、咲はまるで呼吸をするのと同じように、ごく当たり前に彼女を上機嫌にしてみせる。
皆様に褒められた舞香お嬢様は、
「咲……コスプレ大会、楽しいね!」
満面の笑みで咲を見上げた。咲もまた、穏やかに微笑みを投げ返す。
まただわ……また準備段階で失敗したぁぁぁぁ! ちっきしょぉぉぉぉ!
今度は衣装選びで失敗した。こんなことなら、もっとえげつない衣装を用意しておくべきだったわ。
舞香お嬢様め……どうしても私の恋の障害として立ちふさがるというのか!
「おのれミノムシぃぃぃぃ!」
「よくわかりませんが、メイド長。さっきも言いましたけど、あれは我々の雇用主です。ミノムシじゃないです」
例によって、いつの間にか戻ってきた咲が引きつった顔でそう言った。
「でもおかしいですね? ミノムシなんて衣装、あたしは用意してなかったのですが」
「……ふん。私が用意したのよ」
「そうでしたか。いやーさすがメイド長! 衣装選びのセンスあるなぁ」
「センスないわよ! あんなものを舞香お嬢様に着せるなら、ぴっちぴちの全身タイツでも着させるべきだったわ!」
「それはなんかセンスが古いっ! でも、全身タイツはあたしも着たくないですねぇ……」
「着たくない……そういえば、咲はコスプレしないのですか?」
「いえ、しませんけど?」
「そう……」
「どうして残念そうな顔してるんですか?」
「な――ざ、残念なんかじゃないわよ! むしろ、コスプレなんて許すわけないでしょう! コスプレは駄目! あなたなんかメイド服がお似合いよ! それはもう、すごく似合ってるわ! 可愛い! 素敵! マジ天使!」
「急に褒めてきた!?」
「しまった。つい本音が」
「えっ? 本音ってなんですか?」
「あ、あなたは知る必要のないことです! ふん!」
なんとか誤魔化して、私はその場から離れた。
去り際に聞こえるのは咲の声。
「今日のメイド長はおかしい……まだ若いのに更年期?」
誰が更年期か! そもそも、私が怒っているのはあなたの態度のせいでしょうが! うんにゃぁぁぁぁ!
奥歯を噛みしめる。ギリッと嫌な音が骨を伝わり、私の鼓膜を震わせた。
「次が最後のレクね……確実に舞香お嬢様を仕留めてみせる!」
自分でもかなり物騒なこと言ったなと思ったけど、とにかく! 私は負けるわけにはいかないの!
談笑をするお嬢様方を見ながら、最後の戦いに向けて人知れず闘志を燃やした。