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4・作戦がチョロかった原因はこの私! 咲というメイドは最高の仕事をしたわ。

 食堂に『仰げば尊し』が響き渡る。


 舞香お嬢様はぴょんぴょんと跳ねるようにイスの周囲を回っている。対して、権部鳥お嬢様は大地を力強く踏みしめて歩いていた。もはやウサギを追いかけているゴリラにしか見えない。


 心地よいBGMに耳を傾ける。

 しっとりとしたピアノの旋律が優しく耳朶を打つ。打楽器や弦楽器も入り混じり、原曲よりもポップな音楽にアレンジされている。

 脳裏によぎるのは学びの園……そして、師との別れ。さすが卒業式の定番ソングだ。色あせていた小学校時代の時間が今、カラフルに色づき蘇っていく。


 思い出を慈しんでいると――唐突にメロディーは鳴り止んだ。


 瞬間、イスに近づく舞香お嬢様。ほぼ同時に権部鳥お嬢様もイスに座ろうとする。

 そして、私の思惑どおりに二人は衝突した。


「んごげっ!」


 カエルの鳴き声に似た悲鳴を上げ、舞香お嬢様はふっ飛ばされた。まるで連続で前転をするかのようにゴロゴロと転がり、食堂の壁に激突。ごんっ、という鈍い音が辺りに響いた。


「う……うぅ……っ」


 見る見るうちに、舞香お嬢様の瞳に透明な液体がたまっていく。唇を噛み、必死に涙をこらえていた。

 お腹の底から罪悪感が込み上げてくる。

 うん……や、やりすぎちゃったかな。


 慌てて舞香お嬢様の元へ駆け寄ろうとすると、私よりも早く咲が飛び出した。


「舞香お嬢様。お怪我はございませんか?」

「うぅ……咲ぃぃ……痛いよぉー。クリスマスパーティーなんてもうやりたくないよぉー」

「よかった。お怪我はないようですね。よく涙をこらえました。ご立派です」

「うぅ――へっ?」


 咲が舞香お嬢様をそっと抱きしめた。まるで、子を愛でる母親がそうするように。


「ちょ、ちょっと! 何すんのよ! みんなが見てるんだからやめなさいよ!」

「失礼しました……ふふっ」


 咲は舞香お嬢様から離れて笑みをこぼす。


「な、何笑ってるの?」

「いえ。舞香お嬢様はお強いなぁと思いまして。さっきまで泣きそうだったのに、もう立ち直られていらっしゃいます」

「んなぁー! 泣いたりなんかしないわよ!」

「そうですか?」

「そ、そうよ! でも……その」

「はい?」

「怪我とか、その、心配してくれて……ありがと……っ」

「えっ? よく聞き取れなかったので、もう一度『ありがと』って言ってください」

「ばっちり聞き取れてるじゃないのよ! もういい! 咲のあほー!」


 舞香お嬢様は目元をごしごし擦って、ご友人たちのもとへ戻っていった。その様子を咲は優しい表情で見守っている。


 ……どうしてよ。

 どうして逆に仲良くなってんのよぉぉぉぉぉぉぉ! むきぃぃぃぃぃぃぃぃー!


 私のプランは完璧だったはずではないの? 権部鳥お嬢様はやりすぎってくらいに舞香お嬢様をふっ飛ばした。その舞香お嬢様も泣いたし、クリスマスパーティーに文句を言った。思惑どおり、咲も馬鹿と罵られたじゃない!


 操り人形のごとく、みんなは私の脚本どおりに動いた。それはもうチョロかったわ。

 それなのに真逆のエンディングを迎えてしまった。


 つまり……キャストがチョロいのではなく、私の脚本がチョロかったというの?


 きっと私の用意した脚本では、咲と舞香お嬢様の仲を深めるだけだったんだ。私は作戦を立てた段階で失敗していたのだ。

 私はどこかで咲を甘く見ていたんだわ。彼女は次期メイド長候補。現役メイド長のこの私に数段劣る……というか、端的に言って咲はチョロいと思っていた。

 敗因は下手なシナリオを書いたこの私! 脚本に踊らされていたのは私の方だったのね。


 二人の仲は余計に深まってしまった……ああもう! 舞香お嬢様をどうにかしないと、咲は私のモノにはならないのに!


「ぐぬぬ。舞香お嬢様のくせにぃぃぃ……爆発しろぉぉぉぉ!」

「よくわかりませんが、メイド長。あれ、我々の雇用主です。爆発させちゃダメです」


 いつの間にか戻ってきた咲が、引きつった顔でそう言った。


「……ファインプレイだったじゃない、咲。見直したわ」

「ありがとうございます。ちょっと冷や汗かきましたけどね」

「ええ、本当にファインプレイでした……ちっ。作戦失敗ね」

「今作戦って言ったこの人!? まさか……さっきの事故、実はメイド長の仕業だったんですか?」

「どうしてわかったの!? 咲、おそろしい子!」

「今ご自分で失言したじゃないですか……何故このようなことをするのです?」

「ククク……我が野望のためならば、私は悪魔にでも魂を売るわ!」

「何言ってるかちょっとよくわかんないですけど……で、野望ってなんです?」

「そ、それはわたくしが咲のことを……その……す、すすす……っ」

「メイド長が、私のことを……酢?」

「すっ、すすすスキだらけよ! えいっ!」

「いたっ! ちょ、すねを蹴るのやめてください!」

「やかましい! いいこと、咲! あなたが提案したこのパーティー、私が台無しにしてやるんですからね!」

「ええっ!? ど、どうしてあたしに意地悪するのですか!?」

「あ、あなたは知る必要のないことです! ふんっ!」


 なんとか誤魔化して、私はその場から離れた。

 去り際に、


「わざと意地悪するなんて……こ、これが厳しいメイド社会の洗礼か。女って怖ぇぇ……」


 咲の盛大な勘違い発言を耳にしたけど、聞こえないフリをした。うぅー、逆に私の評価が下がった気がする……。


 ええい、落ち着くのよ奈月。チャンスはまだあるのだから。

 そう――レクはあと二回残されているわ。

 そこで咲と舞香お嬢様の仲を引き裂くのよ!


「ククク……やってやるわ」


 部屋の隅で笑いつつ、私は次の作戦の準備を始めた。





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