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3・レク? チョロいチョロい! そんなことより、咲のおしりの話よ!

「本日は九条家主催のクリスマスパーティーにご参加いただき、誠にありがとうございます」


 お嬢様方の前で、咲は深く一礼した。その様子を私は少し離れたところから見ている。

 咲が頭を上げたので、さり気なく咲とアイコンタクトを取る。彼女は短くうなずき、説明を始めた。


「これより食後のレクリエーションに移りたいと思います。今回のコンセプトは『一般市民が楽しむレクリエーションをやってみよう!』となっております」


 言い終わると、お嬢様方はみな楽しそうにはしゃいだ。


「まぁ、レクリエーション?」「一般市民のお遊戯ですの?」「大衆の文化……興味深いですわねぇ」「こーほー。こーほー。ふしゅー。ふしゅー」「楽しみですわ!」


 ……一人だけ全身黒ずくめの暗黒卿みたいなお嬢様がいるようですが、とにかく! 前評判は上々のようだ。


「喜んでいただけて、こちらも嬉しいです。お客様の笑顔が何よりのご褒美です」


 咲が(うやうや)しく頭を垂れた。堂々としているのは好印象だけど……ず、随分と胡散臭いことを言うのね。どこのサービス業の方よ。

 咲は説明を続ける。


「レクは三種類ご用意しております。まずは一つ目のレクに参りましょう! 皆様、心のご準備はよろしいですね?」


 笑顔でお嬢様方の顔を見る咲。彼女たちも目をキラキラと輝かせて、期待のまなざしを咲に送っていた。


「一つ目のレクリエーションは――『イス取りゲーム』ですッ!」


 咲が高らかに宣言すると、お嬢様方たちに動揺が走る。


「イス取りゲームとはなんでしょう?」「国盗りゲームをイスに置き換えて行うお遊戯でしょうか?」「や、野蛮な香りがしますわ」「こーほー。こーほー。ふしゅー。ふしゅー」「一般市民は蛮行を好むのですね……」


 ……一人だけ長さ1メートル程の光り輝く尖形状の刀身を持っているような気がするけど、とにかく! イス取りゲームに不安を覚えているお嬢様たちは多いようだ。


 お嬢様方の反応を見た咲の表情からは、焦っているのが見て取れる。

 仕方がない。ここはフォローしておきましょうか。私の狙いは舞香お嬢様ただ一人。他のお嬢様方にはパーティーを楽しんでいただかないと。

 

 すかさず咲に目で合図を送る。咲は小さくうなずくと、


「では、まずルールのご説明をいたします。その後で、私とメイドの奈月が一度ゲームを実演させていただきます。そのままご着席いただいた状態でご覧になっていてください」


 な、奈月って名前で呼ばれた……べ、べつに嬉しくないし!


 高揚する気持ちをを悟られないよう普段どおりの(たたず)まいで歩き、咲の隣に立った。


「ただいまご紹介に預かりました、二階堂奈月(にかいどうなつき)と申します」


 私が自己紹介を終えると同時に、食堂の隅に立っていたメイドがイスを一つ持ってきた。

 彼女はまた隅に戻り、ノートパソコンを広げて、それを小さな机の上に乗せた。机の上にはスピーカーまで置かれている。なるほど。音源はあのノートパソコンか。


「では咲、説明をお願いします」

「はい。皆様、ここに一つのイスがあります。ゲームの参加者はこのイスを囲んでいただきます。こちらでBGMを流しますので、音楽が聞こえたら時計回りに歩いていただきます。注意していただきたいのが、BGMは途中で止まるということ。BGMが止まったら、急いでイスに座ってください。座れた方がゲームの勝者です」


 咲の説明を聞いても、お嬢様方はぽかんとした表情だった。ただ、危険はないとわかったのだろう。不安気な表情をしている者は誰一人いなくなった。

 咲は笑顔を崩さずに周囲を見回した。


「BGMは『仰げば尊し』でよろしいでしょうか?」

「選曲が渋いっ!」


 どうして卒業式のノリなのよ。クリスマスパーティーなのだから、ここは定番のクリスマスソングのほうが、お嬢様方もお喜びになられるのでは――


「「「「まぁ、素敵な選曲ですわ!」」」」

「意外と好感触!?」


 お嬢様方がそれでいいのならかまわないけど……彼女たちには常識が通用しないことを改めて思い知った。というか、咲はよく皆様の趣味嗜好がわかったわね……。


「では実演したいと思います」


 咲がノートパソコンの前に座っているメイドに合図を送った。直後、『仰げば尊し』のメロディーが流れてくる。

 それと同時に私と咲は、イスの周りをぐるぐるとスキップする。

 二十歳の女がスキップ……な、なんだか罰ゲームをやらされてるみたいな感じがした。


 そして、約十秒後――BGMが止まる。


 急いで座りたいところだけど、必死に座って咲と衝突でもしたら、お嬢様方に野蛮で危険なゲームだと思われかねない。ここは上品にゆっくりと座るのが正解だ。おそらく、咲もそれは理解しているはず。

 案の定、咲はさほど急がずにイスに近づいて座ろうとする。私もそれに(なら)ってイスに接近して腰を下ろそうとした。


 ――ぽよん。


 私のおしりが咲のおしりにぶつかった。跳ね返されて、私はイスの横に倒れ込む。


 なんかこう……柔らかくて小ぶりで上品なおしりだった。あのスカートの中に、なんというけしからんものを忍ばせているのだろうか。きっとショーツの中には、熟れた果実のように瑞々しくて弾力のある桃尻があるに違いないやだ何それ私得じゃないじゅるり。


 立ち上がり、慌ててよだれを拭き取ったと同時に、


「はい、あたしの勝ちでーす!」


 咲は太陽に向かって伸びる向日葵のように、明るく元気に笑ってみせた。

 楽しそうに笑う咲を見たお嬢様方は、まるで瞳の中に星を散りばめたかのように、目を輝かせている。


 ただの子どもの遊戯だけど、お嬢様方にとっては未知の遊び。面白そうに見えたのかもしれない。それに加えて、咲の無邪気にはしゃぐ姿を見て、ご自身もやってみたいと思ったのだろう。


「どうでしょうか。やってみたいという方、いらっしゃいますか?」


 咲が問いかけると、お嬢様方の中でおずおずと挙手した方が二名。


「わ、わたくしやってみたいです!」

「わたくしも!」


 私が「どうぞ、前へお越しください。足元、お気をつけて」とエスコートする。

 二人のお嬢様がイスの周囲に立つと、BGMが流れ出す。彼女たちは照れくさそうにイスの周囲を歩き始めた。


 ――音楽が止まる。


 二人のお嬢様がイスに座るとするが、その動きがピタリと停止する。

 そして二人は互いに譲り合うかのように一歩後ろに下がった。


「あの、お座りになって?」

「いえいえ。あなたがお座りになって?」

「いいえ、あなたが」

「いえいえ、どうぞ」


 微笑ましすぎる! イス譲りゲームになってるじゃない!

 そして一人のお嬢様が、はにかみながらイスに座った。


「か、勝ちました!」


 瞬間、メイド一同とお嬢様方から拍手が送られた。

 ま、まぁ盛り上がっているのならいいけど……ゲーム性は皆無ね。


「では、他にやりたい方いらっしゃいますか?」


 私の問いかけに一斉に手が挙がった。

 私がお嬢様を指名する。イス取りゲームが行われる。その繰り返しだ。


 時間はあっという間に過ぎていく。


 そして、とうとう舞香お嬢様の番が回ってきた。

 私が舞香お嬢様の相手に指名したのは――権部鳥力子(ごんぶとりちからこ)お嬢様だ。

 権部鳥お嬢様は身長178センチ、体重111キロのパワー系淑女。ご趣味はラグビーというパワフルなお嬢様だ。

 先ほどから「こーほー。こーほー。ふしゅー。ふしゅー」と言っていたのは彼女だった。ありていに言えば、太っていらっしゃるから呼吸が荒いのだ。


 小柄な舞香お嬢様と彼女がイス取りゲームをしたら……いったいどうなるのかしらね? 衝突し、ふっ飛ばされて泣いて、ご機嫌が悪くなるかもしれないわ。


 そうなったら、舞香お嬢様はこのレクを企画した咲を嫌うでしょう。そして二人の間には深い溝ができる……ふふふ、作戦通り!

 檀上に二人が上がってきた。二人とも楽しそうに談笑しておられる。

 ……これから起こる、悲劇のことなど露知らず。


 咲はBGM係のメイドに合図を送った。


「それでは始めましょう。BGM、スタートです!」



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