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1・舞香お嬢様、まじチョロい。

 こんばんは、上村夏樹と申します。


 「メイド長である私は後輩メイドが好きなのですが、ワガママお嬢様が邪魔すぎて困る。」は、はなうた様からいただいた原案をもとに、私が執筆した合作です。

 素敵な原案をくださったはなうた様、本当にありがとうございます! そしてキャラクターを私色に染めてしまって申し訳ない!


 合作も百合も我々にとって未知でしたが、終わってみれば、二人だからこそ書けた百合コメディーになったと思います。一人でも多くの方に楽しんでいただけたら幸いです。


※最終話のあとがきに、はなうた様のコメントを掲載いたします。

「さて……あの舞香(まいか)お嬢様のことです。お食事中とはいえ、誰かに八つ当たりをしているに違いありませんわね」


 独り()ち、九条家の廊下を歩く。


 廊下を照らす照明も、窓やドアの装飾もキラキラと光り輝いている。煌びやかな雰囲気は、さすがは富豪の家柄といったところ。

 ただし、嫌味な成金趣味ではなく、家具一つとっても非常に上品だ。多少派手な高級品ではあるものの、それらすべてに気品がある。家主である九条様のセンスは実に素晴らしい。


 九条グループという名を知らぬ者はいないだろう。たった二代で自動車産業のトップに躍り出た経営の天才だ。二代目の旦那様はまだ若いけれど、初代の九条様を超える才能をお持ちだとか。


 それに比べて旦那様の一人娘――舞香お嬢様のワガママっぷりには困ったものだ。はぁ、来年から中等部に上がるというのに、あまり成長の兆しが見えないし……。


「何よこれっ!」


 大食堂の前に着くなり、室内から罵声が聞こえてくる。

 あー……またお嬢様だわ。


「ここはメイド長の私の出番かしら……」


 ため息をこらえ、大食堂のドアを開ける。


 長いテーブルの一番奥、いわゆるお誕生日席に舞香お嬢様は座っていた。金髪ツインテールを前に垂らしている、童顔のお嬢様。子どもみたいに頬をふくらませて、今日もワガママ言い放題だ。

 そして舞香お嬢様の隣では新人メイドが頭をぺこぺこ下げている。


「ちょっと! この紅茶熱すぎよ!」

「も、申し訳ございません、舞香お嬢様ぁ!」

「謝ってる暇があったら、とっとと変えなさいよね!」

「は、はいぃ! ただいま新しい紅茶をお持ちいたしますぅ!」


 怒鳴られたメイドは涙目でカップを下げている。まだ新人なのに、かわいそう――


「あーあ。マジかわいそうですよねー」


 隣でのんびりした口調でつぶやいたのは、メイドの東雲咲(しののめさき)だった。

 咲はこの九条家に来て二年目の若いメイドだ。年齢は十八歳。私の二つ下だ。

 彼女は勤続二年目にして、メイド長である私に次ぐ実力者だと、メイドの間でも評判だ。彼女たちが咲の噂話を楽しそうに話しているのをよく見かける。もちろん、私も咲を評価しているわけだけど。


 何故ここまで評価が高いのかといえば、咲はこのワガママな舞香お嬢様のお相手が異様に上手いのだ。

 舞香お嬢様のご機嫌を取るのはベテランメイドでも至難の業。この私でも苦戦するというのに、咲はなんなく舞香お嬢様をなだめてみせる。家事全般は平均的な能力であるにも関わらず、彼女が次期メイド長と噂されているのはそのような背景があった。


奈月(なつき)メイド長。舞香お嬢様がまた騒いでいます」


 私の名を呼ぶ咲は、どこか嬉しそうな顔でそう言った。


「はぁ……今日は何が原因なのです?」

「九条様ご夫妻がクリスマスの日、お屋敷に戻られないそうなんですよ。それでお嬢様、ちょっとご機嫌ナナメみたいなんですよねぇ」

「やはりそうでしたか……」


 旦那様からお話はうかがっていた。もしかしたら、クリスマスは屋敷に帰れないかもしれないと。そうなったときは、舞香お嬢様をよろしく頼むと言われたのだが……無茶ブリにもほどがある。


「こまったなー。食堂の雰囲気がなんだか悪いなー」


 咲はあまり困ってなさそうに腕を組んだ。柔らかい笑みを浮かべて首を傾げると、セミショートの黒髪がはらりと揺れる。

 咲の表情はコロコロ変わる。普段は明るくて、まぶしい笑顔が印象的。まるで人懐っこい犬のようだけど、どこか不思議と品がある。


 ただし、あくまでそれは見た目の話。口調は軽く、失言も多い。その軽い態度が原因で、おもてなししたお客様を怒らせたこともある。


 咲の態度はメイドとしてあるまじきとは思うが、私は怒るに怒れない。

 何故なら私は、この問題児の笑顔に……こっ、恋を――


「メイド長? あたしの顔に何かついてます?」


 不意に咲が私の顔を覗きこむ。ちょ、近いわよ! そ、それになんか柑橘系のいい匂いがする……くんかくんか。あ、シャンプー変えたのね――ってなんでそんなこと知ってるのよ私! これではまるで変態ストーカーメイド長よ! 


「メ、メイド長?」

「な、なんでもないわ!」

「でも、あたしのことじっと見てたじゃないですかー。やっぱり何かついてます?」


 ジト目で咲が私をにらむ。マズい。ここはなんとか誤魔化さないと。


「ねぇ。何がついてるんですか? 意地悪しないで取ってくださいよぅ」

「それはその……ぎゃ、逆にあなたは見えていないのですか? 床にも届きそうな長い黒髪を垂らした、白装束の女性の姿が!」

「やっぱり何か憑いてますよねぇ!?」


 咲は怯えたように周囲に視線を配り、存在しない霊を探し始めた。危ない危ない。なんとか誤魔化せたわね。この調子で咲を言いくるめて、舞香お嬢様のご機嫌取りもさせてしまおう。


「咲。その霊を祓う方法、知りたいですか?」

「霊って言った! メイド長、今霊って言いましたよね!」

「ええ、言いました。咲は霊を祓いたいのでしょう? その方法を教えましょう」

「あなたは陰陽師ですか……で、その方法とは?」

「それは舞香お嬢様のご機嫌を取ることです」

「強引っ! すごく強引ですメイド長!」

「お願いです、咲。あなたが一番舞香お嬢様に信頼されているでしょう?」

「むぅ……しょうがないなぁ。わかりましたよー。メイド長がそこまで言うのなら、あたしがやりますぅー」


 薄桃色の唇を突き出して文句を言いつつも、咲は首肯した。

 な、なんて挑発的で生意気な唇なのかしら……じゃなかった。これで一安心ね。あの子に任せておけば、きっと大丈夫。


 咲は舞香お嬢様に近づき、膝を曲げて腰を落とした。目線を低くすることで、自身を舞香お嬢様よりも下の身分であることを暗に伝え、安心感を与えているのだろう……たぶん。実際のところ、咲のご機嫌取りスキルは、どこがどう優れているのか私にはイマイチわからない。


「舞香お嬢様」

「何よ! 咲のクセに生意気よ! あんた馬鹿なんじゃないの!?」


 まだほとんど発言していないにもかかわらず、罵られる咲。まったく、舞香お嬢様の横暴っぷりには困ったものだ。

 しかし、罵倒など涼風同然と言わんばかりに、咲は笑顔を崩さず話を続けた。


「舞香お嬢様。クリスマスの件ですが、舞香お嬢様のお父様もお母様も屋敷に戻られないと聞きました。とても寂しいですよねー。舞香お嬢様、かわいそう。心中お察しします」

「そ、そんなことないわよ! お父様とお母様がいなくても、わたくしは全然寂しくないもん!」

「え、そうなのですか!? それはすごいですね!」

「な、何がよ?」

「だって、あたしだったら絶対に寂しいですもん。いやーさっすが舞香お嬢様だなー」

「あ、当たり前でしょ! 咲なんかと一緒にしないでよね!」

「あははは。失礼しました。ご立派ですよ、舞香お嬢様」

「ふふん、九条家の娘としては当然よ」


 咲の言葉を受けて、上機嫌の舞香お嬢様。さすが咲だわ。あの舞香お嬢様の機嫌を取るのに一分もかからないなんて。

 一番すごいのはあのキャラクターだ。お嬢様に向かってあのような粗暴な口の利き方をしても、一切叱られない。おそらく、あの底抜けの明るさと笑顔を前にしたら、叱る気力も萎えてしまうのだろう。というか、私はいつも萎えている。


 咲はなおも続けた。


「あ、そうだ! あたし、いいこと思いついちゃいました!」

「いいことって何?」

「はい! クリスマスの日はご友人を屋敷にお招きして、クリスマスパーティーをするというのはいかがでしょう?」

「ふぅん。パーティーは面白そうだけど……何をするつもりなの?」

「それはナイショです」

「ど、どうして?」

「知らないほうが、当日の楽しみが倍になるじゃないですか」

「そっか……うん! それもそうね!」

「あ、やっと笑ってくださいましたね。やはり舞香お嬢様は笑顔がお似合いです。素敵ですよ」

「んなっ!?」

「舞香お嬢様、かっわいいー」

「ば、ばかっ! 咲のクセにからかわないでよね!」


 舞香お嬢様は顔を熟れた林檎のように赤くして、恥ずかしそうに咲から視線を外した。咲はというと、悪戯な笑みを浮かべて舞香お嬢様の顔を覗きこもうとしている。


「お嬢様。もっとかわいいそのお顔を見せてくださいよぅ」

「ダメぇ! み、見るなー!」


 顔をぶんぶんと左右に振る舞香お嬢様。その微笑ましい所作のたびに、咲はちょこまかと動き回り、舞香お嬢様の顔を覗こうとしている。

 彼女たちの戯れは、傍から見ると、仲のいい女友達同士がイチャついてるようにしか見えない。


 ……いやべつに怒ってないけどね?


 メイド長であるこの私が、まさか舞香お嬢様に嫉妬しているわけないでしょう? 私はそこまで器の狭い人間ではありません。べつにお嬢様の立ち位置最高だなー、私もお嬢様と同じく「メイド長。あなたの笑顔をあたしだけのものにしてもいいですか?」とか咲に言われたいなーとか思ってないし(※そもそも言ってない)。「あたしのことを、メイド長だけの専属メイドにしてください。そ、その……全力でご奉仕させていただきますから」とか言われたら白飯三杯もんやでとも思ってないし! 「いぇすGOHOUSHI!」とか思ってないんだから!


 思ってないけど……ないんだけど!

 なんかムカつくぅぅぅぅ!


 怒りが込み上げてきた頃、一仕事終えたかのようないい顔をして咲が戻ってきた。


「あーら、咲。随分とお嬢様にご執心のようね?」

「ご執心というか、まぁ仕事ですし……というか、今回の件はメイド長に強引に押しつけられたのですが」

「あなた、その……お嬢様のこと、好きなの?」

「そりゃあ好きですよ。あたし、実家に妹いるんですけど、妹と接するみたいで楽しいですもん。あのワガママっぷりはどうにかしてほしいですけどねぇ」

「……嘘でしょ? ねぇ嘘よね?」

「メイド長? なんでちょっと涙目なんですか?」

「どうして……どうしてあんなちんちくりんが好きなのですか! 普通の感性なら嫌いでしょう!」

「ええっ!? 今さらっとすげぇこと言っちゃったよこの人!」

「何故あのようなワガママで世間知らずで運動音痴で未だにおねしょする残念美少女であり、かつたった戦闘力5のゴミであらせられる『あの方』が好きなのか訊いているのです!」

「ボロクソか! お言葉ですがメイド長、それは言いすぎです! たしかにクソ生意気で性格ブスでみんなを振り回す無茶ブリ姫であり、まさに半分に折れてしまった消しゴムのごとく扱いにくい『あの方』ですが、言っていいことと悪いことがあります!」

「――うるさいわねぇ。咲はともかく、奈月まで一緒になって何騒いでるのよ」


 瞬間、嫌な汗が頬を伝った。

 声のしたほうに視線を向ける。舞香お嬢様が私と咲を交互に見ている。


 しまった……興奮して咲と言い争っていたせいで、舞香お嬢様が近寄って来たことに気づかなかった!


 どうしよう。今の会話、絶対に聞かれていた。『あの方』とぼかしたけれど、さすがに気づくだろう。いくら舞香お嬢様でも、そこまで馬鹿ではないはず――


「あの方って誰よ。陰口はよくないわ。文句があるのなら、ちゃんとその人の前で言わなきゃダメよ?」


 気づかれなかったぁー! 舞香お嬢様のオツムが弱くて助かったぁぁー!


「ま、舞香お嬢様っ! ささっ、お食事の後はお風呂ですよ?」

「え? いつもは少し食休みしてから――ちょ、咲ぃ!?」

「お風呂最高ですよねー! いっそお風呂に住みたいですよねー!」

「それは嫌よ! な、なんで急に意味不明なこと言い出すのよ……ふふっ。変な咲」


 咲は舞香お嬢様の背中を押して、きゃっきゃうふふと騒ぎながら退出した。さすが咲。機転の利いた行動だわ。


 でも……またイチャついたわね! ちっきしょぉぉぉぉ!

 くぅー! どうにかしてあの二人の仲を引き裂いてやれないかしら……。


「――あ」


 そうだ。クリスマスパーティーだ。


 咲の提案したクリスマスパーティーが失敗に終われば、舞香お嬢様の咲に対する評価がガクッと下がる。咲は舞香お嬢様に嫌われるでしょう。


 お嬢様にお叱りを受けて傷心中の咲に、私はこう言うのです。



「ねぇ咲。あなたに涙は似合わないわ。濡れた頬など、私が枯らしてみせましょう」「え――ふぁっ!? メ、メイド長! そんな、涙を舐めたりしたら汚いです!」「汚いわけないでしょう。あなたはこんなにも綺麗なのだから」「メイド長……あんっ。そこ、耳たぶ……濡れてないですよぅ」「あら、これは失礼。では……どこが濡れているのか、正確に教えてくれる?」「そ、そんな恥ずかしい――メイド長、そこは駄目ぇっ! あたし、怖いです……」「大丈夫。天井のシミを数えているうちに終わるわよ」「メイド長、えっちぃです……」「今は奈月って呼んで?」「やぁんっ! あんっ! な、奈月……」「何かしら?」「あの……せ、責任、取ってくださいね――」



 ば か か わ た し は !



 妄想を振り払うように、食堂の壁に頭をガンガン叩きつける。この場にいるメイドたちの視線が私の体を貫くけれど、そんなことを気にしている場合ではない。一刻も早く、この邪な気持ちを捨てないと。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 なんとか妄想を追い出すことに成功した私は、ふらつきながらも食堂を出た。額から温かい液体がどばどば出ているような気がするが、きっと何かの勘違いだろう。


「ふふっ。見てなさいよ! クリスマスパーティー、台無しにてやるわ! おほほほほ!」


 私の笑い声は、自分でも引くくらい廊下で不気味に響いたのだった。




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