かくれんぼ
体の一部を切り取るなどの残虐な表現が出てきます。不快を示す方はご遠慮ください。
少年は目を覚ました。ここはどこだろうか。見覚えがない。一筋の光さえない真っ暗な闇の空間。物音ひとつしない。なぜ自分はここにいるのだろうか。
困った。
何が困るのかと聞かれたらその理由は多大に挙げられるのだが敢えて言うならば、ここに自分がいる理由が何一つとして思い当たる節がない、ということであろうか。
(……家?)
エントランスなのだろうか。目の前に階段が見える。それ以外に行く道がない。少年は意を決して階段を登った。ひんやりとした空気が上から流れてきて少年の肌をそっと撫でる。少年はぶるりと体を震わせた。階段を上りきるとひとつの扉が目に入った。少し扉が開いているのかほんのりと明かりが漏れている。
少年はホッと強ばっていた肩を下ろした。誰かいれば、ここがどこなのか聞いて家に帰してもらえる。
少年は扉を開いた。扉の先に影が見える。どうやら人がいるようだ。少年は声をかけようと口を開いた。
「あ、の…」
「誰だ?」
男は急な訪問者に訝し気な視線を送った。男の黄色く濁った目は少年を舐めるようにギョロギョロと動く。少年の頭の髪の先から足の爪先までじっとりと存分に目にいれた後、男は黄ばんだ歯を見せてニヤリと口角をあげた。
「あ、の…あなたは…?」
「俺の名か?お前が俺の名を知る必要はないだろう。」
下品な笑みを浮かべながら男は大きな体を曲げるように少年に近づいた。かさついた唇から覗く八重歯が妙に尖っている。まるで何かで研いだかのように鋭い。
「あ、あの此処は、」
「此処がどこかって?それを知る必要もないな。」
そうだろう?と男は答えを求めない問いを口にする。そしてニタニタとした顔を隠そうともせず少年を見下ろした。
「あぁ、その目は良い。恐怖に怯えた眼球は最高に旨いスープの出汁になる。」
男は厚みのある刃の包丁を両手に一本ずつ持ち上げ、自分の首と腹に当てる仕草をした。
「ァアアアア、ゾクゾクするなァア!!子供の皮膚は最高に肌触りが良い!軟らかくて艶があるから最高の上着ができる!骨は丸ごと揚げて、赤く新鮮な肉は刺し身にしよう。搾り取った血は樽に入れて発酵させれば最高に甘いワインになる!アァ良い!身震いするほど良い!!!」
包丁を握ったまま涎を足らす男に少年は動くこともできない。喉の奥から声にならない悲鳴があがる。
パチン!と暖炉に押し込まれた木が炎の中で音をたてた。
殺られる!そう覚悟した瞬間少年は何かに手を引っ張られたかのように抜けた腰が立ち上がり、どこからか吹く風に背を押されるように扉を抜けた。少年が部屋を出た途端に扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。少年の足は少年の意思とは無関係に走り続ける。真っ暗な廊下を突き抜けると扉のない広い部屋についた。
部屋の中で少女がゆったりとした二人掛けのソファーに座っている。室内なのに赤い頭巾を被った少女は足を無理やり閉じ込めたかのように小さな赤い靴を履いている。なにやら分厚い本を膝の上で開いていた少女は少年の存在に気がつくと、真っ赤な表紙の本をソファーに置いて立ち上がった。
「あら、あなたはなぁに?」
ふわふわとしたスカートを揺らしながら、少女は少年に近付いた。コツコツとなる靴の音が静かな部屋に響く。
「た、たすけて…」
少年は自分と同じくらいの年齢の少女に助けを求めた。
「助ける?あなたを何から助けるの?」
少女はさして興味もなさそうに、ただ儀式的に問いに答えた。
「わ、わからない…っ、」
わからない。今自分に何が起きているのかが。
なぜここにいるのか。なぜ命が狙われるのか。
あの男はなんだったのだ。この屋敷はなんなのだ。
この少女は何者なのだ。
「ふ~ん。ねぇ、それより、」
少年の戸惑いに知らんふりをして、少女は熟れた莓のような赤い唇をにぃっと上げた。
「その足折ってもいい?」
「…え?」
少年は瞳を大きく開いた。
この小さく愛らしい少女の口から聞こえた言葉が信じられない。
少年は戸惑いながらも、首を横に振った。
「…駄目なの。そう、残念ね。」
少女はひどくがっかりした表情を浮かべたかと思うと次の瞬間には嬉々とした笑みを浮かべた。
「じゃぁ、腕は?腕を逆に曲げるのはどうかしら!」
少女は両手をパチンと合わせて「とっても楽しいわよ!」と言いながらうふふと笑った。愛らしい大きな目は獲物を見つけた獣のように輝いている。
少年は青ざめた表情で壊れた人形のように首を横に振り続ける。そんな少年の様子に少女は先ほどのとはまるで違う苛立ちを見せた表情をつくった。それでもまだ少女の顔は幼子のように愛らしい。
「じゃぁ、耳を千切るのはどう?目を抉りとるのは?指を切り落とすのは?」
そのどの提案にも決して首を縦に振らない少年に少女は興ざめした視線を送る。
「どれも駄目なの?我が儘ねぇ。」
少女はソファーに置いた本を取り上げて少年に表紙を見せた。『赤ずきん』
「今日のあたしは赤ずきんなのよ。」
そう言って少女は赤い頭巾を撫でた。小さくて愛らしくて無知な赤ずきん。そんな赤ずきんが少年の目の前にいた。
「でもねぇ、あたし狼に食べられるより、狼を食べたいの。」
少女はどこから取り出したのかバスケットを腕に提げて首を傾げた。バスケットの中にはワインの代わりにナイフが、パンの代わりにノコギリが、チーズの代わりにヤスリが、花の代わりに金槌が顔を出している。
「あなたはか弱い赤ずきんを食べようとしている狼さん。」
少女は頬に両手を当てて「さぁ、大変」と囁いた。
「狼に狙われた憐れな赤ずきんは戦うことにしました。」
少女はにっこりと笑みを浮かべて手にノコギリと金槌を持った。
「頭をかち割って、首を落としてもいいかしら?」
少女はコロコロと話を変えて芝居をしているかのように大袈裟に話す。少年は恐怖に体を縛られた。少女の言葉に首を横に振るも、それが意味のない抵抗であると少年には分かっていた。
「それもだめなの?じゃぁ仕方ないからお腹を割っさばいて腸を引きずり出すだけでいいわ。あぁ、でも口に手を突っ込んで脳髄を握りつぶすのもいいわねぇ。」
少女は小さな顎に指を沿わせて「どうしましょう」と悩む。どちらにしようか。爪を順番に剥がしていくのもいい。歯を抜いて、舌を抜いて、筋肉を削ぎ、骨を抜いて、別の神経同士を結ぶのもいい。あぁ、どうしましょう。どれがいいかしら。たくさんたくさん出てくるわ。困ったわねぇ。
少女は少年に選択肢を与えることに決めた。
「ねぇ、あなたはどれがいいかしら?・・・あら?」
少女が振り返ると少年は消えていた。
男の部屋から逃げた時と違って、少年はいつの間に少女の部屋から消えていた。次に少年がいた場所は先ほどとはちがう部屋のようだ。少年の心はこの屋敷が『普通』でないことを警告するかのように激しく波打っている。
「おや、お客さんかい?珍しいねぇ。」
少年の後ろから一人の男性が声をかけた。誰もいなかったはずの暗闇から現れた男性と白い丸テーブルと白い二脚の椅子に少年は警戒する。
「さぁさぁ、お座りなさい。お茶を入れてあげよう。君は何が好きかい?アールグレイ?オレンジペコ?ダージリン?砂糖はいくつかな?あぁ、ミルクを入れるかい?」
少年の喉は砂漠のようにカラカラと乾き、ひゅーひゅーと掠れた息しか出てこなかった。バケツいっぱいの水を飲みたいと、そう思うほど口渇していたが、目の前に出された紅茶を飲む気にはなれなかった。
「おや、残念。私の入れるお茶は定評がいいのだがねぇ。」
男はさして残念そうな態度も見せず少年に差し出した紅茶を自分の手元に引き戻し、コクリと一口飲んだ。そして、「あぁ、やっぱり美味しい」と口にして、シュガーポットから砂糖をひとつ摘まんでカップに沈めた。耽美な作りの銀のティースプーンを長い人差し指と親指でつまみ、カップの中をくるくると回す。
「ところで私に何か用かい?」
男は紅茶の薫りをスーッと鼻で吸い、まるで小さな仔ウサギを見るかのようなうっとりとした瞳で紅茶のカップを見つめた。
少年は先程までの状況を思いだしひぃっと声をあげて身を震えあげた。
「おやまぁ。あの子に会ったんだね。あの子は悪戯が好きだから。困った子だ。」
男性はカラカラと笑うと、少年に人の良い笑みを向けた。少年はホッと息をついた。緊張と恐怖に強ばっていた体から力が抜けるのを感じた。今までのはいたずらだったのだ。珍しい客人を歓迎するためのほんの少し度の越したブラックジョーク。
「さぁさ、もう安心だよ。」
男性の言葉に少年は少年は引きつったままの口元を無理やり上げて笑みを浮かべた。やっと帰れる。
「私が君の心臓を握りつぶしてあげるからね?」
男性は少年の胸元に手を伸ばした。少年の声にならない悲鳴が屋敷の中に響き渡った。
***
少年は目を覚ました。
どうやら気を失っていたらしい。先程の男性はどうしたのだろうか。自分はなぜここにいるのだろう。なぜ皆で自分を追い詰めるのだろう。冗談なのか悪戯なのか。そのどんな考えもしっくりこない。少年には分かっていた。男や少女や男性の行動の全てがまぎれもない『本物』であるということを。
少年はゴクリと咽を鳴らした。カラカラと渇いていた咽が今度は溢れだすほど唾液で満たされている。まるで『リセット』されたかのように身体に違和感もなければ、恐怖心も緩和されている。少年は横たえていた体を起こし立ち上がった。まだ暗闇から抜け出せていない。この暗闇に光がさす場所は『ヒト』がいる所だ。
ヒト――――――なのだろうか。
人である少年を恐怖に陥れるあの者たちはヒトの形をした異形なのではないか。そう考えて少年は頭を降った。人ではないがヒトの形をしている『モノ』。少年は妖や霊や化け物と呼ばれる類いを信じていない。少年の目に映ったあの者たちは確かに人であった。ならば…。
少年が思考に陥っていると、ポツリと明かりが現れた。少年は明かりの示す方へ足をすすめた。
何歩進んだところだろうか。障子があった。赤みがかった橙色の灯が漏れている。少年がその前に立つと、障子はひとりでにゆっくりと左右に開いた。
「あらあら、どうしたの坊や。」
女がいた。まるで遊廓を思わす部屋の中に女が一人座っている。はだけた着物の襟元から白粉をふんだんに塗った首を露にし、女はゆったりと肘をついていた。少年は蠱惑的な雰囲気の漂う女に気圧され、居心地の悪さに身動ぎした。女は少年をねっとりと見回すと、おもむろに口を開いた。
「まぁ、それは怖かったわねぇ。でも大丈夫よ。あたしが坊やを守ってあげる。」
少年が何も言っていないのにも関わらず女はまるで全てを見てきたかのように言葉をつなぐ。
「あたしが坊やを脅かすものから守ってあげる。そうねぇ、」
女はふふ、と何かを含んだような笑い声をたてた。
「ソレをくれるなら。」
女は少年の胯間をゆるりと見た。白い指が気だるそうに少年を指差す。少年は女が指すものが何か分からずただ呆然と女の口が動くのを見つめた。
「あたしソレが欲しいの。坊やのソレが。」
女は妖艶に膨らむ玉虫色に光る唇を歪ませてふふふ、と笑った。そして素早い動きで少年ににじり寄ると、少年の胯間に手を当てた。まるで少年に身を委ねるかのように少年の腹部に頭を寄せる。少年はぎょっと目を開き、女から離れようと体を後ろに沿わせようとした。しかしそれを許さんとばかりに女は驚くほど強い力で少年の腰を掴む。
「狡いわ。あたしも欲しいのに男の子にしかないんだもの。」
眼を光悦に輝かせ、娼婦のように黒く緑に塗った唇を拗ねたように尖らせて己の手を置いた少年の胯間を舐めるように眺める。濃密な息を吐きながら赤黒に塗った指先をいやらしく下唇に沿わせた。女の視線に囚われた少年は動くことができない。唯一自由のきく頭をふるふると動かすが、女の視線は少年の『その部分』にしかない。少年が拒もうが女には関係がないのだ。
「ねぇ、頂戴?」
坊やの大切なソレ。真っ赤な舌がゆっくりと唇を舐めた。まるで獣のように光る眼が少年の自由を奪った。
「ね、いいでしょう?あたしに渡しなさいな。きっとあたしは坊やよりソレを巧く使えるわ。」
少年は今までの3人のように残虐な言動をされたわけでもないのに、自分のモノを欲しがるこの妖艶な女がそのどの者よりも恐ろしく残虐に見えた。
「良い子だからあたしにちょうだい?だいじょうぶ。大切にたいせつにもっておくから。だから、」
坊やについてるモノをあたしにちょうだい。
女の手が少年を男と示すものを掴もうとした瞬間、少年はかつてないほどの恐怖と嫌悪を胸に抱いた。少年は自分の足元にしなやかに体をくねらせ、しかし目だけはギラギラと熱を発するこの女の頭をガシリと掴むと、容赦なく自分の体から女を離した。
女が呆気ないほど簡単に倒れたのをどこか冷めた瞳でチラリと見た後、開いたままの障子に素早く体をねじり込ませた。するとどこかに吸い込まれるような感覚が少年の体を覆い込んだ。かつてないほど冷えた体をしたまま少年はまた暗闇の中に取り残された。先ほどまで女が触れていた部分から白粉の香りがする。自分のその部分を女が触っていたと考えると、少年はゾワリと背筋が冷えた。ひどい嫌悪感が少年を支配する。ただキモチワルイという感覚だけしかなかった。
「うーん!君いいねぇ!さいこーだよー!!君のその嫌悪に歪んだ表情!!ふふ、ゾクゾクしちゃうなぁ…!!」
少年が女の化粧のにおいを思い嘔吐感に見舞われていたその時、どこからともなく声がした。
「ねぇ、君。君の身体に花を咲かせてあげようか。」
『声』は上から落ちてきた。自分よりいくらか年上らしい青年が、暗闇の中からまるでサーカス団の一員のようにくるりと一回転をして落ちてきた。音もなく地に足をつけると青年は満足な顔で微笑んだ。青年は少年に近づくと、真っ赤に熱された焼きごてをどこからともなく取り出して少年の胸に当てる仕草をした。
それを見た瞬間、少年は胃がきゅうっと縮こまる思いがした。お腹が空きすぎた時に痛むような、そんな感覚だった。
華やかな花の模様の鏝は思わず見惚れてしまうほど端整なつくりである。いつのまにかぼーっとそれを見ていた少年の視線が青年に向けられると、青年は焼きごての熱されていない握り手の部分に頬を当てて恋をしているかのように甘い表情をした。
「この子はね、とっても良い子なんだ。肌に押し付けた時に恐怖と苦痛の叫び声を聞かせてくれてね、それからジュワっと肉の焼ける匂いを漂わしてくれる。そして何より白い肌に真っ赤な華を咲かせてくれるんだ。ふふ、なんて良い子なんだろう。」
美しい装飾の焼きごては少年を誘惑するかのようにてらてらと光っている。青年は興味深そうな顔で焼きごてを見る少年にうっとりとした眼差しをおくった。
「君なら綺麗な華を咲かせられるよ?」
青年の言葉はまるで麻薬のように心にしみついた。この美しい焼きごてがもつ華が己に刻印される。考えただけで少年の心の中に甘美をもたらす。蜜を垂らしたかのような甘露が少年の体を支配する。少年が焼きごてに目を奪われる様子を見て青年はますます笑みを深めた。
「今までの奴はぜーんぜんダメだったんだ。」
少年の目が続きを促す。自分の話をまるで物語を聞くかのように興味深々の少年に青年は気をよくした。そして、寝夜物語を話す母親のように優しい声色で少年に語り始めた。
「一人目の奴はね、印をつけた時の悲鳴がぜんぜん可愛くなくてさ、腹が立ったから背中の皮を剥いで口に押し込んでやったよ。醜い声を出せないようにね。二人目はあまりに暴れるから足の爪を小指から順に剥いでね、次に指を落としたんだ。それでも暴れるから四肢を切り落としてやったんだ。血に濡れて真っ赤に染まってさぁ、まるでダルマみたいだったなぁ。」
青年はクスクスと声をたてた。青年の笑い声に便乗するように少年も可笑しそうにコロコロと鈴が鳴るような笑い声をたてた。
「三人目はね、助けてくれってうるさいから口の中に真っ赤に焼いた石を入れてやったよ。ジュッて音がしてね、肉の焼ける匂いがしたと思ったらあっという間に舌が熔けちゃった。ふふ。四人目は華を咲かせる価値もないような醜女だったよ。よりにもよって色仕掛けで命乞いするからさぁ、あの時はほんとにムカついたなぁ。僕は女なんて醜い生き物には興味がないよ。ましてやあの生き物が色で取り入ろうなんて考えただけでヘドがする。君もそう思わないかい?」
ああ、たしかに。遊女を思わす女が少年の頭をかすった。青年は愛し子を撫でるように焼きごてに頬をすりよせる。
「この子も女は嫌いなんだ。だからね、あの生き物にはこの子を使わないで、手足を縛って逆さに吊るした後にお腹を切り裂いて順番に臓器を取り出してやったんだ。腸を取り出して、次は腎臓、次は肝臓。次はなんだったかなぁ。…あぁ、そうだ次は肺だったね。最後に心臓。顔の目の前に心臓を見せてね、ギュって潰したんだ。自分の心臓が止まる瞬間を見ながら死んだんだよ?あの時の目が最高だったなぁ。ふふふ。」
少年はその時の様子を実際にこの目で見たかった、とつまらなそうに口を尖らせた。
もう此処には、男に、少女に、男性に、女に怯えていたあの少年の姿はなかった。代わりに青年の恐ろしく残虐な伽を楽しむ少年が身を据えている。真っ暗な闇に支配された少年。
「女はいらない。特に醜女はね。君もそう思うだろう?」
青年の問いに少年は力強く頷いた。醜い生き物はこの焼きごてに印を捺される価値もない。女などにこの素晴らしい芸術品の価値が分かるものか。この焼きごてに相応しいのはこの美しき青年と、
「僕だ。僕たちだけが『彼女』に相応しい。」
少年の発言に青年は琥珀色に輝く瞳を甘くとろかせた。
「そうさ。君なら僕の、コノ子の期待に答えられる。この世でいっちばん綺麗な華を君の胸に咲かせてくれる。」
少年は確かに己の意志で頷いた。そして、青年と同じように瞳をトロリと細めて焼きごてを見つめた。
「ねぇ、抱かせて?僕の胸に彼女を抱かせてくれる?僕はきっと美しい華を咲かせてみせる。」
今にも頬擦りしそうな距離で、少年は熱く燃える焼きごてに手を伸ばした。そしてシャツを一気に頭から引き抜くと、真っ白な胸を顕にした。青年は嬉しそうに頷いて、少年の小さな胸に愛しい『彼女』を押し付けた。
少年の胸が熱く熱く燃える。まるで恋をしているかのように熱く、熱く、アツく。ジリジリと皮膚を焼き、肉を焦がす。彼女と少年が放つ肉の焼ける薫り。皮膚はひきつり、少年の真っ白な肌に真っ赤な華をつくる。『彼女』が己を焼き焦がす合間も少年はまるで抱き締めるかのように『彼女』を愛しい瞳で見つめ続ける。まるで神聖な儀式のように少年は酔いしれた。
青年が少年から彼女を解放すると、少年の胸には蔓を巻き付けた大輪の華がそこに鎮座していた。
「ふふ、これで僕たちはずーっと一緒。」
暗闇の中で大輪の華を背に持つ青年と同じく大輪の華を胸に持つ少年が笑った。
次は誰がくるかなぁ?
ダレだろう?
楽しみだなぁ。
楽しみだね。
女はいらないね。
オンナはいらないよ。
さぁ、また誰かが足を踏み入れたよ。次の獲物はダ―レだ。
男と一緒に料理を?
少女と一緒に物語へ?
男性と一緒にティータイム?
女と一緒に遊廓に?
それとも、
ボクタチトイッショニハナヲサカセルカイ?
くらーい、くらーい闇の中。大きな屋敷に迷える獲物。一度入れば逃げられない。
みーつけた。
ミーツケタ。
隠れてもムダだよ?
ほら、出ておいで。
なぁんにもこわくないよ?
さぁ、ほら出ておいで。
次の獲物は君の番。
2年前に書いたもの。