第七話 王都へ
魔王として覚醒した、ようだ。
転生後三日という時間が長いのか短いのかは、俺にもフェルレノにもわからない。
そんなもんか、という認識でしかなかった。
なんか感覚が追い付いていかないが、魔力量だけをみると上級魔族と同レベルの出力があるらしい。と言われても、よく分からん。
「なんというか、一気に魔王様として覚醒していったような気がしますね……、それどうやってやるんですか?」
「……俺にもわからん」
まさか、一人が嫌で嫌で仕方なかったから頑張ったらできました、などと正直に言うのは情けなすぎる。
まぁ実際それがトリガーだったのかわからないし、ここは別に細かく教える場面でもないだろう。
大事なのは、この非凡なる俺がとうとう魔王として覚醒し(始め)たということで、これからどんどん最強になっていくということなのだ。
くっくっく。
「はぁーっはっはっはっは!!!」
久々の高笑いをカマす。このテンション、久々で気分がいいっ。このところ考えることが多かったから、逆切れ気味にプッツンする場合を除いてはご無沙汰だった。
フェルレノが不気味なものを見る目で俺を見ていた。目が合うと、さっと逸らされる。
「ちょっと、近くを歩かないでください。やだ、この人と知り合いって思われたらどうしよう」
「妙に傷つくなその言い方!?」
フェルレノがふと笑顔に戻り、冗談ですよぉ、とか声にしなを作りながらごまかす。
いや、今のは本気だ。
俺たちは先ほどまで遠目に見ていた街の近くまで歩いてきていた。
真昼だというのに見える限りで人影はない。というか、誰もいない。
「そりゃそうです。ここは鉱石の採掘場への中継点ですからね。王都に行く人はもちろん、採掘場へ行く人もこの街にはほとんど立ち止りません。ただ、夜だけは列車が止まるので、採掘場の人が泊まりに来るそうです」
「……ずいぶん詳しいな」
「私、森で生活してますけど、よくぶらぶらあの街に出かけてたんです」
ちなみに、魔族だとばれたことはないらしい。村ではすぐにフェルレノが魔族だとばれたが、あれは全員が全員の顔を把握している村だからこその芸当だそうだ。すこし納得する。なぜなら当時の俺もほとんど人間だったのに、フェルレノが魔族だとは全く思わなかった。
誰もいない街は、入り口というものは無かった。街道がそのまま平原に伸びていて、中にはいれるようになっている。ノラウルフのような魔族に襲われることはないのか、と思ったが、それは今考えても仕方がない。
魔族と言えば。
今は俺に注目している視線の数は減った。東西南北すべて合わせても、五十には届かないくらいだ。
魔力解放直後は本当に、三百六十度すべてから見られているような気配がしたから、それに比べれば随分とまともである。
件の黒い魔力はぐるぐると俺の体内を巡っている。その感覚が、ずっとある。油断してると少し酔いそうだ。ちなみに、自分の魔力をよく見てみると一定周期で脈を打っている。本当に血液のような感覚だが、それが体の表面から外側でも感じるのだから違和感しかない。
フェルレノには似たような感覚はあるのかと聞いたが、とくにそういうのはないようだった。
ただ、未確認ではあるものの波長という概念が魔力にはあるそうで、そのことではないか、とフェルレノは推測する。
「ほら私って魔力が……少ないですから。そういうのあっても、分からないのかもしれません」
今までのように隣を歩くフェルレノが、少し悲しそうに言う。
むぅ。
その表情を見たくないがために、魔力解放なんてどうすればいいのか今でもわからないものをクリアしたというのに、まだ悩ませるか。
「そうだ、いいことを思いついた」
魔力が足りないのなら、注ぎ込めばいいじゃない。俺の世界には俺以外にも、非凡な考えを持つ者がいるのだよ。俺が立ち止ると、つられてフェルレノも立ち止る。
「動くなよ、フェルレノ」
「な、何をする気ですか……?」
まだ魔力の操作は素人同然だが、それでも量だけは一人前にあるのだ。試し運転がてら、魔力の扱いに慣れるのも悪くはない。
「――フッ」
鋭く息を吐き、身体中を流れる魔力に方向性を与えていく。その先は掌だ。イメージを意識する。ぎこちなくも魔力は俺の思った通りに流れ始め、そのうち陽炎のように黒く揺らめく魔力塊が俺の掌に集約された。フェルレノと比較するのはかわいそうだが、だいたい彼女の数十~数百倍の魔力が手のひらの上をぐるぐると渦巻いている。
魔力の濃さ、とでもいうべきものを俺が目視で適当につけたものだからあまり数字は参考にならないが、感覚的にはそんな感じだ。
「そ、それをいったいどうするおつもりで……?」
ひくっと頬をひきつらせたフェルレノが一歩、後ずさる。俺はそれを見て眉をしかめる。
「動くな、と言ったぞ。三度は言わん。いいな」
「そんな物騒なものを持ち出しながら、私に近づかないでください……!」
口調に真剣みを帯びるフェルレノ。だが、律儀にその場を動かない。素晴らしい。
怖がっている姿は少し同情するが、おそらく害はない。まぁ、なんとかなるだろう。
「よーしよしよし……いい子だ、フェルレノ」
「私は、犬じゃありませ――ひぐっ」
口をあけた瞬間に、魔力の塊を乗せた手のひらで口を塞ぐ。純粋な魔力の塊を、フェルレノの魔力の波長に似せて作ってみた。
かなりどうでもいいことだが、少し注意すれば、フェルレノの魔力の波長も読み取れる。
フェルレノの魔力の波長を見分けられるなら、他はもっとわかりやすいだろう。波長を似せるのも、意識したらかなり簡単にできた。
そんなことを考えながら、俺はぐいぐいとフェルレノに魔力を強制補充させていった。この狙いは二つ。
一つ、魔力の少ないフェルレノのような魔族が、外的要因により魔力を吸収した場合、自身の魔力に相乗されることがあるかどうか。
もう一つは、そのように外からの魔力を使って、自身を強化できるかどうか。
フェルレノの場合は都合がいいことに、劣等という生まれつき魔力が極めて少ないため、非常に観測しやすい。これを知られたら、たぶんかなり怒られると思うので、秘密にする。
人体実験と思うなかれ。実際その通りだが、うまくいけばフェルレノのコンプレックスが一瞬にして解消される。濃度はたしかに濃いが、言ってしまえばただの魔力だ。吸収しきれない分は体外に勝手に放出されるのではないか、と適当に当たりをつけつつ、万が一のためにフェルレノの様子を注意深くうかがう。
最初、フェルレノは驚いたように目を開いていたが、途中からゆっくりと体の力が抜けて行った。心なしか、リラックスできているようにも見える。
うまくいきそうだ。
が、その瞬間は唐突に来た。
フェルレノは突然目をくわっと見開くと、腕で自分の体を抱きしめながらプルプル震えだしたのだ。
「――っ、んー! んっ~~~!」
何やらフェルレノが騒ぎ出す。まさかとは思うが、魔力が多すぎて破裂するとかそういうホラーなことが起きる可能性も、……なったらどうしよう。
俺は目の前でフェルレノが破裂する瞬間を想像して、顔を青ざめさせた。即座に手を離す。
「悪い、調子に乗った……。大丈夫か?」
俺の手から逃れたフェルレノは、軽くせき込みつつペタンとその場に座り込んでしまう。よく見ると全身がところどころ痙攣していて、顔もなんだか赤かった。
焦点の合わない目でフェルレノは俺を見上げ、俺をにらみつける。
だが、睨む目にまったく力がない。それどころか頬が赤くなっている上、ちょっと上目遣いになってかわいく見えてしまう。罪悪感の分だけ、その姿は背徳的だ。
「……大丈夫か?」
「鬼畜な魔王様。大丈夫かと言われれば、大丈夫ではありません」
妙に皮肉な言葉遣いで俺を責めるフェルレノ。足腰に力が入らないのか、立ち上がろうとしても足が痙攣したように動かない。
……これはやりすぎた。どういう状態か分からないが、重症だ。
「いや、本当に悪かった。立てないみたいだから、俺がおぶるよ」
「え、いやいや、別にいいですって! すぐ立てますから!」
口だけは元気に、フェルレノは早口でまくし立てる。どこか焦っているようなその口調に違和感を感じつつも、俺は罪悪感に駆られてフェルレノに手を伸ばした。
「あ、やめ! ……いま敏感に――はぅっ」
「気にするな」
フェルレノが最後何か言っていたが小さすぎて聞き取れなかった。きっと俺に気を使って、自分で歩いていこうとしているのだろう。
まったく、強情な奴だ。
「さっさとしろ。魔王命令だ」
「そ、そんな……」
気を使わなくていいように、あえて魔王命令という形をとる。こうすれば、フェルレノ自身に仕方がない、と言い訳させることができるだろう。
しぶしぶ、といった様子で、震える足をなんとか立たせて俺の背中に寄りかかるフェルレノ。俺は前傾して、背中で押し上げるようにフェルレノの位置を調整する。ぐにっと柔らかな感触が背中に伝わった。それに気付き、ほんの一瞬だけ身体が硬直する。……胸、なのだろう。思ってたより、ある。
というか、フェルレノはこれを嫌がっていたのかもしれない。うーむ。少し申し訳ない気持ちだ。
力が入っていない両手を俺の前に垂らすようにさせて「できる限りでいいから掴まっていろ」と伝える。フェルレノは小さくうなずいた。
だが、ここで俺が気にしてしまうと、さらに恥ずかしい思いをさせることになるだろう。
俺はまったく気にしない振りをして最後にもう一度、最終的な調整をする。つまり、フェルレノのひざの裏に腕を通し、しっかり保持できるように小さく跳ねた。
「っひぁ――ッ」
瞬間、妙な声を漏らすフェルレノ。さすがに、少し恥ずかしいのかもしれない。……もしくは、状態が良くないのだろう。もしそうなら、いよいよ躊躇っている暇はない。
俺は街の中を目指して小走りで駆けて行った。
魔王の能力が覚醒したからか、もともと体重の軽いフェルレノを担ぎつつ、人間の限界よりも速く走る俺。
思っていた以上に、体が軽い。
まるで羽根のようだ。
そういえば、完全な魔王状態のときは垂直跳び百メートル越えはしていたのだ。身体の重量など、俺にとっては重さとして計算されていないといっても過言ではないだろう。
調子に乗って少し走り幅跳びのように跳んでみると、軽く五メートルは跳躍した。
やばい、いつの間にか人類の限界超えてる。
「や、や! 揺れます! 擦れて――! も、ダメェ……、っ、ぁ……!」
俺が調子に乗って跳ねながら疾走していくと、背後でフェルレノが断続的に声を漏らしつつ、何度か身体を震わせた。
……寒いのか?
ならばもっと急いだほうがいいな、と速度を上げる。
ちなみに心配していた落下の危険はない。なぜなら、さっきからフェルレノは少し痛いくらいに俺の首に片腕を回している。
ちらっと目だけで様子を見ると、フェルレノは人差し指を噛んで、何事かを耐えるような必死な形相をしていた。
街に入ってからは走る速度を人並みに落とし、跳躍も当然控える。
休むところを探すべきか、それともさっさと列車にのりこむべきか。俺は一瞬だけ迷い、列車に乗ることに決めた。
俺もフェルレノも魔族だ。下手に動きまわって人間ではないことがバレないという保証はない。できる限り早く王都に移動し、人の流れに紛れながらどこか宿を決めるべきだろう。もろもろの情報収集は、もう現地で行えばいい。
俺は元の世界の駅とはだいぶ様子が違う構内に驚きつつも、おおよその勘と案内板のような立札を目印に列車に駆け込む。
駅、と聞いて俺のいた世界の列車を思いだしていたが、内装はむしろ馬車に近い。というか馬車だ。ただデカい。普通の馬車が畳一畳分のスペースだとすれば、縦長のこの列車は畳十枚以上はある。それから、引いてるのが馬じゃなくて、なんとなく俺たちと同族だろうと思ってしまうほど巨躯の生物だった。外見はサイとゾウを足したような生物。映画で出てくるようなトリケラトプスみたいだ、とも言える。額に一本だけ体格に見合うでかい角がある。身長は十メートルをすこし超えている。どでかい図体のくせにそいつは大人しくしており、御者なのか、白い制服を着た若い男がその生き物の背中に水をかけていた。どうやら身体を洗っている最中らしい。見事に飼いならされている。
「……というか、魔力を感じないな。こいつ、本当にこういう生物なのか」
このサイズの動物は、元の世界だと海にしかいなかった。クジラとかあの辺の規模だ。
生憎とクジラを生で見ることはなかったので、生まれて初めての巨大生物の光景にしばし感動する。
「魔王様、いい加減降ろして欲しいです」
と、俺がそんな生命の神秘に見とれていると、背中から小声で不満気な抗議の声が上がった。言うまでもなくフェルレノだ。
気が付けば、何人か列車の中で居合わせた人々がこちらに注目している。いまだにフェルレノを背負っている俺たちが珍しいのだろう。
それはそうだ、他に誰もそんなやつはいない。
「っと……、すまんな」
俺は木でできた椅子にフェルレノをゆっくりと下ろす。身体の痙攣は治まっているらしく、フェルレノは座ったまま姿勢を整えていた。
だが、俺はそのフェルレノの姿に違和感を覚える。性格には、服。別に服に問題があるわけではなかったのだが、ふと疑問が残る。
「ん……あれ。お前、胸元にボタンがなかったか?」
フェルレノを背負った時に、背中に固いボタンのような感触があったのだが。
俺がそれを伝えると、わたわたと何故か慌てた後、
「っ――! し、死んでくださいッ!!」
一瞬で赤面したフェルレノが、目にもとまらぬ速さでビンタを繰り出す。当然避けられず、頬にパーンと乾いた音が響いた。乗客が驚いて俺たちに注目するが、俺と目が合うとさっと眼を逸らされた。痴話喧嘩か何かに思われているのかもしれない。視線をフェルレノに戻し、文句を言おうとして、しかし口を開きかけた瞬間おおよそ何が起きていたのか気付いた。
あ、そういうことね。立ったわけか。何とは言わんが。
……うん、気付くのが、かなり遅かった。
さすがに俺が悪かった。
「すいませんでした」
平謝りをして、どうにか口をきいてもらう。
フェルレノは、最初は目も合わせてくれなかったが、
「もうヘンな真似しないなら、許してあげてもいいです」と譲歩してくれたので、俺は即座に乗る。
「わかったもうしない」
「いいでしょう。約束ですからね」
「ああ、フェルレノに確認してからにするよ」
「確認してもだめなものはだめですっ! それから、気軽にまっ――」
魔王様、そう言おうとしたのだろう。だが周囲の目があることを気にして、寸前で押しとどめたらしい。フェルレノ偉い。
だが……そうだな。そろそろ俺の呼び方を考える必要がある。
万一誰かに魔王様と呼ばれているのを聞かれると、いらぬ騒動を引き起こす可能性があった。
非凡なるこの俺の呼び方……魔王であるこの俺の呼び方……。
ちなみに元の世界での俺の名前は、あまり気に入らなかったので使いたくない。非凡なる俺にふさわしくない、ありがちな名前だったからだ。
「神……いや、ゴッド……マオー。ゴマ……胡麻?」
「何を呟いているんですか、……ご主人様」
俺が悩みに悩みぬいていた疑問を、あっさりとフェルレノはクリアしたらしい。ご主人様か、悪くない。
いや、むしろイイ。
「今、何といった?」
「? ご主人様、です」
「悪い、もう一度」
「ご主人様」
「ワンモア・プリーズ」
「ご主人様?」
ふ。最近少し知能指数が上がったように見えたフェルレノだが、所詮足りない子。
俺がよこしまな気持ちを抱いているなど知らずに、促されるまま繰り返すとは……。
「よーしよしよしよし」
「だから、私は犬じゃないですって!」
髪の毛をくしゃくしゃにしながら頭を撫でる俺。口だけで、手を使って振り払おうとしないあたりが可愛らしい。ツンデレか。つらくなるから家臣の義務だとは思いたくない。お付き合いですよ、とかフェルレノに言われることを想像すると、結構精神的にくるものがある。
ひとしきり撫でまくって満足した俺は、フェルレノの隣に座って列車が発車するのを待つ。
フェルレノは髪の毛を手ぐしで整え、ちらとこちらの様子をうかがっているようだ。
もじもじと何かを言おうとして、結局何も言わず列車の外の景色を眺め始める。
俺はと言えば、目を瞑って眠るような姿勢になっていた。
非凡なる俺にとって、元の世界では列車などの交通時間は同時に睡眠時間でもある。家で寝る時間などないのだから当然だ。
その習慣で、座席に座るとほぼ習慣的に目を閉じてしまう。
と、目を閉じた俺の意識の隅で、フェルレノがこっちを見ている。……目を閉じているのに、意識の奥でその光景が見える。視界は暗いままなのだが、なんというか、見えるのだ。表現が難しいが、視界の外側でものを見ているような感覚だ。
……寝れん。
ぱっと眼を開けると、フェルレノがさっと目をそらす。どうやら本当に見えていたらしい。俺の妄想とかじゃなく。
今度は覚悟して、目を閉じる。
俺は一息つくと、冷静に周囲の状況を視ていた。相変わらずフェルレノは外の景色を見ているし、列車内の人たちはそれぞれがしゃべっている。
少し意識を向ければ、ヘッドフォンで会話を聞いているように鮮明な声が聞こえた。
うーむ。なぜできるのか分からんが、さすが魔王。やはり魔力を解放した今、初回魔王転生時よりもできることが増えている。
地獄耳と千里眼的な何かなのだろうか。
<王都のほうでまた賊が現れたんですって>
<あらこわい。魔物も最近はよくでるっていうし、気をつけなくちゃね>
<そうよね……。あ、そうだ、今晩のご飯を……>
<王都のほうで新しく騎士団員を募集してるんだってよ>
<へぇ。アンタ、それ受けに行くのかい?>
<ばか言うな、王都の騎士団っていやぁ、魔族も裸足で逃げるって噂のヤバイところじゃねぇか>
<俺ら一般人には縁のない話だなァ>
<魔王様ってどうしてああも鈍感なのでしょう。っていうか、もしかして今日やったこと、ホントは全部わざとで、私をからかいたかったのでしょうか……>
――え?
俺は自分の耳を疑った。フェルレノが、独り言?
しかし、フェルレノがもし呟いたなら、隣にいる俺には確実に本来の耳で聞こえるはず。今の言葉は、ヘッドフォンのように聞こえたっていうか。
まさか。いや、しかし……まさか。
「……フェルレノ。いま、何か言ったか?」
「へ?! あ、いえ、何も! ……何も言ってないですよ」
<びっくりしたぁ。魔王様ってたまに鋭いんですから……>
……びっくりしたぁ。これで確実だ。
心の声。普通の声も聞こえるし、心の声も聞こえるのか……。
考えてることがわかってしまうって、本当に、本当に出鱈目な性能だ。だがまぁ、ゲームとかでもたまに魔王って勇者の心の声とかきいてるし。あながち出鱈目でもないのかもな。
ふと興味がわき、俺は誰かどんなことを考えているのかの好奇心に駆られた。適当に先ほどしゃべっていた男の一人に意識を集中してみる。
今はしゃべっていないのか最初は何も聞こえなかったが、次第に声が聞こえるようになった。
<お? アイツ……。ウホッ! いい男! 俺のムスコを――>
強制遮断。
…………………。コメントに困る。
というか、今だけは目を開けるのが怖かった。もし俺のほうを見ていたら、とっさに殺しかねない。その視線を想像してしまい、全身に鳥肌が立った。
やばい。迂闊にこの能力を使うと、変な情報まで入ってきそうだ。俺はかなり気分を悪くしながらも、誰かの声を盗み聞くのはやらないようにしよう、と自分に課した。
……正直に言おう。今のはトラウマだ。
そのうちに、列車が進む時間になったらしい。
先ほどの巨大な生物の足音が響き、列車が大きく揺れて、それから進み出す。
巨大な動物に引かれ、俺たちは一路王都へと進み始める。
さて、少し忙しくなるな、と誰にともなく俺はつぶやいた。