表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/37

第六話  身勝手な魔王

 村を出る際、中身がぎっしりと詰まった、布で作られた袋を持たされた。

 肩に掛けるようなデザインのそれは意外と丈夫で持ちやすく、かなりありがたい。中身は食料と水がほとんどだが、いくつか宝石のような装飾品も入っていた。

「村では使わんからの」

 そう言って、家にあった金目の装飾品をすべて持ってきた老婆。

 本当に良いのかと確認すると、老婆は穏やかな笑みを浮かべる。

「うちの子供たちがあんなに喜んでたのは久しぶりだったからの……、その礼じゃ。気にせず持ってけ。どこかで金に換えるが良い」

 子供達、というのは当然、村人たちのことだろう。

「それと、これも持ってけ」

 そう言って差し出されたのは、あの片手剣だった。ご丁寧に鞘に入れられている。鞘には紐が付けられており、腰もとで結べるようにと工夫されてあった。

 いろいろくれるというなら、もらっておこう、と俺は素直に受け取る。俺は礼を告げると集まって見送りに来てくれた一同を見回してから頭を下げた。

「また、顔見せてくださいね」

 そんな声にうなずきながら、俺は村を後にした。




「昨晩はお楽しみでしたね」

「なっ?!」

 村を出てそう時間がたたないうちに、フェルレノが何もない空間から突然姿を現した。さすが妖精だと驚くところなのだが、それよりも昨日のことを知っているほうが驚いた。

「や、適当に言ってみただけですが……、その様子だと、本当に……。やだ、魔王様、手が早いです」

「うるさい」

 フェルレノはニヤニヤとおっさんくさい笑みを浮かべながら、「で、どうだったんですかぁ~」とかその時の感想をしつこく聞きまわしてきた。こいつ、自分のことを忠実な僕とかいっていなかったか? 口調は丁寧でも、完全にお友達感覚だ。

 相手にするのも面倒だったので、俺は無視を決め込む。

 そして俺が何も言わずに歩きだすと、フェルレノは諦めたようにあとをついてきた。

「で、魔王様。どちらへ行かれるのですか?」

「いや、特に決まってはいない。とりあえず、まずはこの世界での拠点を見つけたいな」

 村のような集落よりも、商人の行き交うような街がいい。世界中の情報が集まるような場所。そんなことをフェルレノに伝えると、彼女は少しも悩まずに王都ですね、と即答した。

「魔王様のご要望に一番沿っているのは、この辺ですとレベラ王国でしょうか」

「なんだ、それは」

「海に面した商業都市ですね。この辺で一番近いし大きいです」

 ……ふむ。商業都市か。悪くない。

 他に行くあてがあるわけでもないので、俺がレベラ王国へ目的地を決めたのは言うまでもないことだった。

「それで、このペースだと到着までどのくらいかかる?」

「単純に歩いて行くとかなり時間がかかりますが、そう遠くない場所にレベラ王国行きの列車が通る街があります。まずはそこに行きましょう。半日も歩けばつきますよ」

 そうして、俺はフェルレノに先導されるように後をついて行った。

 その間、俺はいくつか気になったことをフェルレノに尋ねる。

「フェルレノ、この世界の通貨ってどうなっているんだ?」

「通貨? ああ、人間の……。えっと……、魔族には通貨という概念はないので、正直私もよく知りません。ですが、人はよくコインを受け渡しているので、それのことだと思います」

 意外なことに、ここまでこの世界の知識を教えてくれたフェルレノにも知らないことはあるようだ。それも魔族よりの知識だったことは認めるが。というか、魔族にはお金とかないんだな。それって、どんな生活なのか少し気になる。そのままフェルレノに尋ねると、少し驚いた顔をされた。

「通貨の存在を知ってるのに内容を知らなかったり、魔族が使わないことを知らなかったり、すごく記憶が混乱してるんですね。なんか、別の世界の人と話している気分です」

「は、ははは……」

「歴代の魔王様もそんなふうだったのでしょうか……ほかの魔王様を知らないので、わからないですけど……」

「すまない、フェルレノには迷惑をかけるな」

 俺がそう言うと、フェルレノは恐縮したようにいえいえ、と首を振った。

「お役に立てれるなら、私は嬉しいです」

 よくない話の流れを変えるためにわざとそんな風に振ったのだが、そのことに少し罪悪感を感じる。

 フェルレノが「でもその分大変ですよね」と同情してくれるので、俺はそれ以上何も言わないことにした。フェルレノの親切に感謝はしているが、俺が異世界から来たと知られてプラスになる要素はないだろう。せっかく記憶が混乱しているということで上手くいっているのだから、しばらくはこのままが得策である。まるで騙しているようで気が引けるが、こればかりは仕方ない。

 だが結局、お金に関しては情報は得られなかった。

 老婆が、装飾品を金に換えるといい、といったのだから、この世界に通貨という概念があることは確かだ。それを知らないよりはまだマシだが、それだけでは当然知識不足。これから人が集う場所に出向くというのに、物流の基本である通貨、その単位と価値すらわからないのではお話にならない。

 現状、取引できる金目の物は受け取った装飾品だけ。それを無駄にするわけにはいかないから、なんとか情報は事前に入手しておきたいところだ。

 出向く先の街で、先に誰かに話を聞いておくべきか、と俺は頭のなかのメモ帳に予定を書きこんだ。

 ……というか、人に関することは村で一通り聞いておけばよかったな、と少し後悔する。……いや、しかしあくまで俺は記憶を失った人間で通していたのだから、そんなことを訊いて不審がられるのもマイナスだろう。あれはあれでよかったのだ、と考える方が精神的にも良い。

 俺は一度頭を振って、通貨については考えることをやめた。というか、これ以上は考えようがない。

 今はフェルレノが分かる範囲のことを聞いて行くほうが先決だろう。

 というとやはり、魔族のことか。

「フェルレノ、お前の魔族としての階級はどのくらいだ?」

「ほとんど最下級です。精霊族としても私個人としての格も下級ですから。……それがどうかしましたか?」

 突然の質問だったが、フェルレノはよどみなく答える。家臣としての義務感からか、自身の疑問より主の質問に答える方がいい、という判断だろうか。部下としてはなかなかの美点である。妙に声が平坦だったのが気になったが、フェルレノは普段どおりの表情で前を向いている。気のせいのようだ。

 だがまぁ、下級、ね。フェルレノ自身が魔人に付くのは下級の魔族だと言っていたから、そこは予想通りといえば予想通りだ。

「この俺を見てくれ、どう思う?」

「……え? 何の話ですか?」

「いや、どのくらいの魔族なら、フェルレノみたいに俺を認めてくれるのか、という意味だ。逆に、俺が魔族としてどの程度のレベルかでも良い」

 俺の才覚によって力のある魔族が俺に味方する。なら、今の俺がどの程度の能力があり、どんな格の魔族が味方に付き、どんな格の魔族が反抗するのか、その線引きを先に知っておきたいと思ったのだ。明確でなくてもいいから、だいたいのところでも知りたい。

「ああ、そういう意味ですか。……んー。魔王様には申し訳ないですが、正直な話どちらもほとんど下級の魔族くらいだと思います」

「いや、はっきりいってくれた方が助かる。そうか、やはりその程度か」

 実際、俺自身、力をあまり感じない。転生当初は本気でただの人間だと思っていたくらいなのだから、もう本当に人間としての力しかない。魔王だったころの無自覚なままに最強っぷりを誇っていた当時に比べると、その差は嫌でもわかる。下級の魔族だというのなら、それはそれで受け入れるべきだろう。非凡だから、と背伸びする場面ではない。

 と、そこでまた疑問が生まれた。

 俺が最下級の魔族と同じほどの力だというのなら、フェルレノはどうやって俺が魔王であると解ったのだろうか。本人は魔族だから分かる、と言っていたが、単に勘違いという線もあり得るかもしれない。その疑問を、そのままフェルレノにぶつけてみる。フェルレノは眼を見開き、口を大きく開けて驚いた顔をした。、冗談抜きで、驚いている。

「魔王様、魔族には当然、魔力があります」

「……そうだな」

「その質が、私のような魔族と魔王様では、全然違うのですよ。魔王様はお気付きになられませんか? 私の魔力は感じませんか?」

 フェルレノが悲しそうな目で俺を見つめる。

 な、なんだ。何故そんな目で俺を見る。魔力だと? 勢いでうなずいてしまったが今はじめて知ったぞ。予想くらいはしてたが。

 だが……魔力を感じる、か。こうして一緒に歩いていても、フェルレノから魔力のような何かを感じることはない。

 俺が黙ってしまったのを見て、フェルレノはなんだか目をうるませていた。本当に、なぜだ。

「わからないのですね……」

 落ち込んだように肩を落とす。先ほどまでの元気はどこへやら、まるで幽鬼のようによろよろと歩を進めるフェルレノ。一体、魔力の感知にどんな意味があるというのだ……。

 非常に声を掛けにくくなってしまい、俺はフェルレノの様子をちらちらと見つつ歩調を合わせて歩く。だが、しばらくしてもフェルレノに元気が戻ることはなかった。

「…………」

「…………」

 フェルレノの元気は落ちていく一方だ。

 ……だから、魔力の感知にいったい何の意味があるというのだ。それすら分からないようでは、フォローのしようがない。

 俺は混乱し始めた考えをどうにか隅に追いやり、まずはフェルレノに謝ることにする。

「すまない。よくわからないが、どうも俺には魔力というものが感じられないのだ」

「ん……、いえ、私が悪いんです……」

 あと少しで泣き出してしまうのではないか、そんな悲痛な表情で語るフェルレノ。

 どうしたことだ。俺、何をしてしまったのだ?

 俺が途方に暮れていると、フェルレノが大きく深呼吸し、あまり抑揚のない声でぼそぼそと呟く。

「魔族には……、魔力があります。魔力は魔族の全てです。魔族としての価値の、全てです。たとえ上流階級の魔族の生まれでも、生まれ持った魔力が小さければ劣等とされ、蔑まれます。そして、ほとんどあり得ないことではありますが、下級の魔族でも魔力が強ければ、格調の高い魔族と同等の立場でいることができるのです。ほとんど魔力を持たない劣等の魔族の格は、最下級のさらに下に位置します。だから、魔力が感じられないというのは、魔族として存在しない、という意味なのですよ」

 生まれつきの身分制。それが魔族。

 生まれた瞬間に価値が決まるというのは、残酷なほどに単純明快な図なのだろう。いかにも、魔族のイメージだ。

 そして、魔族にとって唯一の価値まりょくが、俺に見えないと言われたことが、少なからぬショックだったみたいだ。

 ――くそ、そんなこと言われても、魔力をどんなふうに感じるのかわからない俺には、それらしい嘘すらつけない。

「……魔王様の魔力は、今は小さくて頼りないですが、すごく高貴で、とても綺麗に黒く澄んでいるので、一目でわかりました」

 フェルレノはようやく顔を上げ、少しうるんだ目でにっこり笑う。だが、その表情は痛々しく感じられた。その表情をなんとかしてやりたいのだが、言葉が見つからない。

 黒く澄んでいるってすごい表現だな、と頭の隅で思いつつも、茶化すような空気ではなかったため、何も言えずに視線を外す。

「……俺を見つけたのは、どこだ? 村に入る前か?」

「湖からずっとです。魔王様が湖の水を飲んでいるときに、はじめてお姿をうかがいました」

 フェルレノは遠くを見るような目で、何かとても大切なものを思い出しているようだった。それが俺の姿なのか、それとも別の何かなのかはわからない。

「いつものように私が森で遊んでいたら、湖のほうに何かが溢れてきたのを感じたんです。それは懐かしいようで、でも一度も感じたことのない魔力でした。気になって湖に顔を出したら、魔王様がいらっしゃいました。その後を、こっそりついて行ったのです」

 全く気付かなかった。

 気配すら感じなかったぞ。

「魔王様が森の中を歩くときも、周りの魔族はみんなそわそわしてました。魔力は小さいですが、転生直後の魔王様だと、すぐにみんな気付きました。恐れ多くて誰も声をかけれなかったのですが、実は森中の魔族が魔王様を見に来ていたんですよ」

「そ、そうか……」

 気付かなかったって。もしかしてかなり大変なことになっていたのではないか、俺のせいで。

「魔王様が木の実を取ろうとしているときに、ほとんどの魔族は帰ってしまいましたが」

「あれか……」

 あれも、見られていたのか。恥ずかしすぎる。

 というか、あんな風に木によじ登って必死に食い物を取ろうとしているのが自分の主人になると思ったら、それは嫌にもなる。だがあの時はああしなければ死んでしまうかと思ったので、背に腹は代えられなかったのだ。

 と、今更のように言い訳をしても意味はない。

「私がノラウルフと出会ったのは偶然です。私から声をかけたのですが、なんとなく意気投合して、村の中に入って行った魔王様をのぞきに行こうとしました。すぐにバレてしまったんですけどね」

 ハハハ、とフェルレノは恥ずかしそうに笑う。というか、最初からほぼずっとか。魔族に会わなかったのではなく、みんなから観察されていたのか……。それは、なんというか、泣きたい。俺が押し黙っているのを見て何を思ったのか、フェルレノはこそっと耳打ちした。

「アレ、大きかったですよ」

「そんなことを気にしているように見えたか?!」

 つい、本気で突っ込んでしまう。フェルレノはケラケラと笑いながらも、だんだんいつもの調子を取り戻してきたようだ。ありがたい。道中ずっと落ち込んだままだというのは、想像するだけでキツイものがある。

 その後も、俺はフェルレノとどうでもいい会話をしながら、肩を並べて歩いて行く。もはやほとんどお友達感覚だ。

 といっても、俺はほとんど聞き役に回っていたが。




 森が切れて平原になると、森の出口のところにノラウルフが見送りに来てくれていた。俺は一度頭を撫で、ノラウルフは俺の腰のあたりに鼻を押しつけてから森の奥に去っていく。

「ノラウルフは森でしか生活しない魔族なので、お別れを言いに来たのですね」

「可愛いやつじゃないか」

「私のほうが可愛いですっ」

 その後も、くだらない話は続く。一瞬浮かんだ疑問は口にしたくなかったので、何も気づかなかったふりをした。

 しかし、森を出てからすぐに、建物のようなものが見える。

「――それでですね、木の実のスープにちゃっかり毒虫が――あ! あそこが先ほど言っていた街です。あそこからレベラ王国への列車が通っていますので、それに乗ればすぐですよ」

「お、そうか」 

 俺が返事をしたタイミングで、フェルレノは不意に立ち止まる。止まるのが一瞬遅れて、俺とフェルレノの間に一歩分のわずかな距離ができる。

 ――何故か、この光景をどこかで見たような気がした。……嫌な既視感デジャビュだ。

 俺の進む先に、街が見える。そして後ろに、フェルレノが暮らしていた森がある。彼女の生活が、そこにある。

 フェルレノは、間にあるたった一歩分の距離が急に踏み出せなくなったように固まっている。困ったような表情で俺を見て、力なく笑った。

「……どうした、フェルレノ」

 俺は何も気づかない振りをする。無意味だ。それは無意味だ。

 知らずに声が固くなっていたのが、自分でもわかった。

「魔王様……、わかってるのにそんなこと言うのは、どの口ですか?」

 彼女は寂しそうに笑って、しかしその先を口にはしない。

 フェルレノのことを、旅の仲間だと、勝手に思っていた。どこまでも付いてきてくれるのだと、そう思い込んでいた。

 ノラウルフが立ち去っても何も言わないから、このまま連れて行ってしまおうかと心の中で思っていた。

 だというのに、彼女はこちらへの一歩を踏み出さない。

 ――まさか、こんなにも早く、別れが来るのか?

「街に入るとすぐに、丸い形をした駅が見えると思います。大きいので、土地勘がなくてもすぐに見つかるでしょう。列車に乗ったことはないので、後は誰かに聞くしかないですね」

「っ……、そうか」

 頷く。それ以外の言葉が出てこなかった。

 半日。こんなにも短い旅の途中だというのに、なぜか彼女の存在が俺の中で大きく膨れていく。はじめて出会った魔族だからか? いや、違う。大切な仲間だからか? それは、間違いではない。だが正解でもない。初めて会った瞬間から、妙なやつだと思っていた。泣いているところを見て、助けになってやりたいと思っていた。笑っているところを見て、こっちまで楽しくなった。おかしな感情だ。こんな感情は知らない。村で女性と肌を重ねても、別れを惜しいとは思わなかった。なのに、何故?

 孤独が寂しいのか?

 それこそ、まさか。

 この非凡なる俺が、そんな感傷と付き合っている暇などない。

 なぜならこの俺は、元の世界じゃ誰よりも優れていて、常に人の先に立つ人間で、人類を引っ張る存在で、だから――、


「――独りだ。……フェルレノ。お前がこないのなら、俺は独りだ」 


 認めよう。どこにも、俺と歩む者など、いなかった。


「……その言い方、ずるいです」

 転生初日、俺が森の中を一人で歩き回っていた時を思い出す。また一人で行動するのか? それは……、嫌だ。別に一人がさびしいのではない。ただ、嫌なのだ。

妖精ピクシーは、森にすむ魔族です。ノラウルフと……一緒なのです」

 だというのに、どうしてフェルレノは、そんな事を言うのか。まるでここで別れるようなことを言うのは、なぜなのか。

 俺は唇をかみしめて、何か言葉を探す。何かないか、と探った俺の頭の中に、誰かを引き留めるような言葉はなかった。

 なぜなら、俺は非凡だから。誰も俺についてこれるものなどいない。引き留めても、どこかへ行ってしまう。

 フェルレノは何も言わない俺を寂しそうな目で見て、小さく微笑んだ。

「では、ここでお別れです」

 その言葉は、聞きたくなかった。

 だが確かにフェルレノはそう言って、体の前で手を組んで深々とお辞儀する。そのまま、フェルレノの体は空気に溶けるように薄くなっていった。その姿を見て、今日森の中で突然姿を現したことを思い出す。妖精ピクシー。姿を消すことができるのか――。

 俺が何か言うより早く、その姿はほとんど見えなくなってしまう。最後まで、髪の毛でフェルレノの表情は見えないまま。

 ここで別れるのか?

 焦る。一人は嫌だったはずなのに。何故、俺の思い通りにならないのか。


 ――私、魔王様なら見えるのかなって、期待してたみたいです。


 姿は見えないまま、名残のような声が聞こえる。

 何を(・・)かなんて、聞かなくても分かる。

 魔力のことを言っているのだ。それさえわかれば、後はパズルのピースをあてはめるように、記憶がつながっていく。

 劣等という立場。フェルエノが自身の階級を話した時の違和感、劣等を語る時の表情、そして、この言葉。彼女が自身が劣等だということを、隠していたのだ。

 ならば、魔力が小さすぎる彼女が見つけてほしいのが、彼女自身だということくらい、どんなに馬鹿でもすぐにわかる。

 ……俺が、いけないのか。

 俺が魔力を感じることのできないような不完全な魔王だからいけないのか……!

 勝手に消えるなんてこと、この俺が許さん。

 一歩踏み出し、フェルレノがいたはずの空間に手を伸ばすも、そこには何もなかった。周囲に目を凝らしてみるも、何も見えない。あの間抜けな笑顔を探して、必死に目を凝らす。

 俺の許可なく消えることは許さん。

 だから絶対に、どうしてもフェルレノを見つけなきゃならないのに、

「どうして、俺には、何も見えない……?!」

 無力。そんな二文字が俺の中に沈み、腹の底で暗く溜まる。

 魔王じゃないのか? 勇者じゃないのか?

 フェルレノを守ると決めたくせに、守りたいやつすら俺には見つけることはできないのか?

 苛立ちが、自身へのどうしようもない怒りとなって俺の中を荒れ狂う。

 一人は嫌だ。だからフェルレノ、お前は――。


「お前は、俺の傍にいろ」


 身勝手で結構。自己中心的で結構。

 俺は非凡で、魔王で、勇者で、最高に欲張りな存在なのだから――。

 ずるっと、妙な感覚とともに視界がぼやける。眼球の中に、何かが入り込んだ。粘膜のように絡み付くくせに、清涼な水のように流れを作る、何か。脳の内側をヤスリで削られるような感覚。すべてを吹き飛ばして、何かが俺の中を満たしていく。

 それは、黒。

 血のように全身を巡り、それは瞬時に俺の体に馴染む。血液よりもずっと熱く、血液よりもずっと濃い黒。ぐるぐるとそこら中で渦を巻いていて、時折体の外に出ようとする黒。

 大切なものが終わってしまう気がして、俺はとっさにそれを体の中に留めようとする。しかし、それはもはや俺の制御下にはない。ぐるぐると燻っていた大量の黒は爆発的な勢いで体外に放出し、瞬間視界がすべて真っ黒になる。


「――っづ……ア、が……っ!」


 永遠のように感じた。だが、実際にはすべて一瞬の出来事。

 次の瞬間には、視界もすべて元通りになり、俺は先ほどまでと同じ格好のまま固まっていた。

 ただ、一つだけ違うものがあった。それは体の周囲にまとわりつく、黒い蜃気楼。それは魔力。俺が今まで見ようとして、見えなかったものだ。


 何故とか、このタイミングで、とか、そういうことはどうでもいい。


 これが魔力ならば、今こそ見えるはず。

 俺は今まで全く感じなかった視線を感じて、周囲に目を向ける。俺に突き刺さる、無数の視線。森から、平原の向こうから、遙かな空の高みから。すべての魔族が俺を見ている。

 だが、そんなことは、どうでもいいのだ!!

 俺が探すのはたった一つ。

 他の誰よりも小さな魔力。自身の劣等をまるで他人事のようにしか話せなかったくせに、なんか勝手な事をほざいてこの俺から離れようなどとしやがった、アイツだけだ――!

 と、俺のすぐ傍、まさかの真正面に気配を感じる。距離は、歩幅一歩分。

 気配はある。

 だが、まだ見えない。

 眼を凝らす。魔力を眼球に詰め込み、凝縮させる。

「見えた――!」

 フェルレノ。小さな小さな、妖精の姿だった。

 俺の手のひらほどしかない身長。背中に見たこともない羽根があるが、間違いない。彼女だ。

 口に手を当て、驚いたような表情をしている。ふわふわと頼りなく、小さな緑色の魔力。すべて見える。

「見つけたぞ、フェルレノ」

 俺が手を伸ばすと、小さな妖精は蝶のようにふわふわと飛び、俺の手の中に収まった。


長くてすいません。展開早くてすいません。

駆け足で頑張ってます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ