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第五話  夜の誓い

 村人たちへの説明に時間はかからなかった。というのも、俺が村の外へノラウルフとフェルレノを連れて行った時、凶暴なノラウルフが素直について行ったのを見て、何か思うところがあったらしい。長くなるかもしれない、と広場に村人たちを集め、地面に座って話をしていた俺は、あまり村人の目に反感がないことをいぶかしんだ。

 魔物を連れて村を出る時までは、魔王がどうのこうのと、あまりいい反応ではなかったような気がしたが、さて。

 とりあえず、この辺の魔物が襲ってくることはほとんどないだろう、と締めくくった俺は、村人が俺を尊敬のまなざしで見つめていることに気づいた。

 ただし、それは俺の予想のはるか斜め上を通り過ぎていく方向の認識だ。

「さすが勇者様! 魔物を調教してしまうとは!」

「ええ、さすが勇者様です! 史上初ではなかろうか」

「だからこそ、勇者者なのですな!」

「ですな!」

 わっはっは、と村人に交じり合って笑う。盛り上がる村人。お愛想で笑う俺。

 うむ、都合がいい。……いや、実際都合がいいにはいいのだが、こんなにもあっさり納得されるとどこか騙されてるような気がして落ち着かない。笑顔の下で何かの陰謀でもあるのか、とわりと真剣に悩み始めた俺は、一瞬誰かの視線を感じ、さりげなく周囲を探った。すると、広場に比較的近い家の窓枠に頬杖をついて、老婆がこちらを見ている。

 なんとなく、あの老婆が何か村人に言ったのではないか、と思った。俺を利用し、魔物を殺そうとした老婆。だが、それは理解できる感情だ。老婆は俺を見ているようで、その実少し視線がずれている。その先には、大人に交じって遊ぶ子供たち。

 老婆はとても優しげな目つきで彼らを見ていた。いや、きっとそれは村人全員へ向けていたのだろう。彼女の年齢から察するに、ほぼすべての村人の子供時代を知っているはずだ。

 だから、それは理解できる。大切なものを守ろうとする気持ちは誰にだって理解できる。

 さて、フェルレノという情報源もいることだし、村に長居は無用か、と俺は判断する。そろそろ出て行こうかと立ち上がる寸前、小さな手が俺の服をつかんだ。視線を下げると、そこにいたのは、あの赤い実を持って行った子供だった。帽子はかぶっておらず、長いふわふわの髪の毛が愛らしい。その後ろで、同じくらい年齢の子供がこちらの様子をうかがい見ていた。

「ん……どうした?」

「ありがとな、勇者のにーちゃん」

 にかっと、男勝りな笑顔を浮かべると、その少女は友達の輪の中に戻っていく。戻ってきた少女をみんなで取り囲み、わいわいとどこかへ走り去って行った。あの少女がリーダー格のようだ。

 あいつ女の子だったのか、と俺はその姿を眺めつつ、ぼんやりとそんなことを考えていた。男っぽい口調だったから、男かと思っていた。やはりどちらかわからん。

 俺がそんな風に少女の後ろ姿を眺めていると、目の前に誰かが立つ。かがむようにして俺の顔を覗き込んできたのは、妙齢の女性だった。

 ……なんだ、この思い出の人物ラッシュは。俺死ぬのか? フラグじゃないよな、と頭の隅でそんなしょうもないことを考えつつ、俺は顔をあげる。女性は微笑んでいた。

「勇者さん、ですって」

「……そうみたいだな」

「隣いいですか?」

 俺がうなずくと、身体が密着するほど寄せて、女性は腰を下ろす。まさかそんな近くに座られるとは思わなかった、と俺は内心で驚きつつも、余裕のポーカーフェイスを崩さない。俺の表情を見て何を思ったのか、クスリと女性は笑った。

「人と魔も……魔族の違いがわからない人が、勇者さんだなんて、ちょっと可笑しいです」

「そうか?」

「はい」

 フェルレノが魔族だと思わず、ノラウルフを探した俺の行動でわかっていたのだろう。だが、口調からは嫌味などは感じられなかった。というか、俺が魔王だと宣言したことを気にしてくれているのか、魔物という言い方を控え、魔族と言いなおす気配りに好感が持てる。

 女性はそれ以上何も言わず、視線を前に向けた。つられて、俺も前を向く。隣から良い香りがする。視線の先で村人たちがどこからか酒を取り出し、いつのまにやら祭りのような雰囲気に突入していた。長居をする気もなかったが、特に出ていかなくてはならない理由もない。戻ってくることもないだろうし、と俺は少しばかりその光景を眺めることに決めた。

 そのまま、特に何をするでもなくぼーっとする。リラックスしたように軽く俺に寄りかかる女性の体温と香りを感じつつ、騒ぐ大人の陽気な空気を味わう。

 時折、陽気な村人が俺と俺に寄りかかる女性に近寄ってきては、冷やかしのように騒いでは酒を持ってきてくれる。俺はそれを受けとり、ちびちびと飲みつつゆるい時間の流れを感じていた。日が沈み始める。フェルレノたちには俺が村から出てくるまでは好きにしていていいと伝えてあるので、心配する必要もない。十人しかいない男が全員で大きな木材を持ち出し、何か油のようなものを塗りつけて木を燃やす。キャンプファイヤーの規模がでかいものができた。日は俺が思っていたよりも早く沈み、夜の帳が下りる。

 火を囲むようにして村人が踊り、騒ぎ、唄う。実に楽しそうだ。

 魔物に襲われなくなった、ということ。自由に騒ぐことができる、ということ。すべての魔族が俺の統治下にあるわけではない以上、完全に安全というわけではない。だが、フェルレノの言葉が正しければこの一帯には強力な魔族はいないらしく、少なくとも向こう百年は安全だという。その数字の根拠については、「なんとなくです」ということだったのでまったく安心できないが、話半分に聞いたとしても、子供が大きくなり、村に男手と活気が戻るには十分だろう。それも、村人には伝えてある。

 彼らの自由が戻ってきた瞬間なのだ。多少浮かれるのも無理はないな、と俺は調子に乗ってファイヤーダンスを始めた村人を見て思った。ちなみに、派手なことをして騒いでいるのは男十人で、女性たちは周りで黄色い声を響かせている。男というのはどの世界も共通で、女性に褒められるとどんどん調子に乗っていくのだろう。そのうち一人が火のついた棒を口でくわえて踊り出すも、服に火が燃え移り大慌てで地面を転がり始めた。すぐに木桶の中の水を掛けられ、無事がわかると人々の間に笑顔が咲く。

「……村から、出て行かれるのですか?」

 不意に、隣からそんな声が聞こえた。女性がこちらをみていた。身体が密着している状態で顔を向けると、ほぼ視界一杯に彼女の整った顔が写る。女性の年齢を当てるのは非凡たる俺にとってはかなり得意な分野であるが、驚いたことに目の前の女性はわからない。酔っているからだろうか。見ようによっては十台にも二十台にも見える女性の瞳を見詰めつつ、俺は酒をまた少し飲む。

「ああ。明日の朝に出ていくつもりだ」

「……そうですか。それも、仕方ありませんね」

 少し残念そうに、女性はうつむいた。落とした視線の先では、豊満な胸が柔らかそうに俺の身体でつぶされている。むぅ。大人の色気。

 酒が入っていると、思考も多少は胡乱になる。元の世界では、非凡なる俺は酒に関しては冗談のように弱く、ラム酒入りのチョコで顔が赤くなるほどだったが、今回の転生体はある程度は飲むことができるようだった。ゆっくりと血液の流れが遅くなっていく気がする。以前は酒を飲もうものならすぐに眠ってしまう体質だったので、この感覚は初めてだった。だから、なんともないはずなのに、身体の一部にやけに血液が集まりだす感覚も、少し慣れない。

「では今晩、私の家で少しお話しませんか?」

 俺が身じろぎしたのをどう受け取ったのか、いたずらを思いついた少女のように、女性は目を細める。

 昼前と同じ質問、だったような気がする。俺の頭は、どうなるかは解りきっているというのに、その問いにうなずくしかできなかった。




「不思議な感じですね」

「二日前まで知らなかった男と肌を重ねるのが、か?」

 俺がそう言うと、俺の家にあったものよりも肌触りの良いシーツを引き寄せ、女性ははずかしそうに笑う。

「それもそうですけど……。でも、あなたは私の命の恩人ですから。時間なんて関係ないって、思います」

 ノラウルフに襲われたときのことを思い出したのか、小さく身震いする女性。その小柄な体を引き寄せ、頭を撫でる。まるで子供にするような落ち付け方だったが、女性は何も言わずに目を閉じた。その唇に口づけて、その裏で再度高ぶりかけた感情を落ち着ける。いかん、この体、ドン引くぐらい元気だ。

 先ほどまで散々、本当に散々楽しんだというのに、まだ足りないのか、と自分自身に呆れを覚える。

「ん……、もう一回します?」

 気配を察したのか、女性は目を開け、顔を赤らめつつも小さく微笑みを浮かべる。う。いかん。だが今更、一回や二回、変わらんだろう。すでに両手の指の数はやっている。

「……すまない」

「むしろ嬉しいです。私、自信持っちゃうかも」

 そう言って、女性はシーツの中に潜り込む。むう……。嬉しいような、恥ずかしいような。

 とか何とか言いつつ、その後三回ほど楽しんでしまった。というか、これ以上は夜が明ける。これも酒と魔族の血のせいだと思うことにする。

 しかし……魔人状態なら体はただの人だというが、その……遺伝的には、人間なのだろうか。もし魔族だとしたら、子供ができたらその子は魔王の子に……。

 薄ら寒い予感を覚えつつ、今日は大丈夫だから、とか事前に話していた女性の言を信じることにする。仮に、確実に子供ができるから大丈夫、という意味でならもはやお手上げであるが。

 なんとか落ち着きを取り戻した俺は、少し疲れさせてしまった女性の身体を柔らかな布で拭いて労わりつつ、空気を変えるために窓を開ける。

 夜の清涼な空気が流れ込み、甘ったるく濃厚な空気が流されていく。

「ん……勇者、さま……」

 しばらく夜風に当たっていると、後ろから小さな寝息が聞こえる。

 ……前言撤回する。女性は少しでなく、かなり疲れていたようだった。終わった後にそのまま眠ってしまったのだ。

 俺は椅子を窓辺に持っていき、眠くなるまで夜風を感じつつ女性の寝顔を眺めることにした。

 よくドラマであった一夜限りの関係、まさか自分が当事者になるとは思わなかったな、とひとりごちてみる。事故で死に、魔王になり、人間に殺され、転生し、人と交わる。

 さすが非凡なる俺だ、と俺は声に出さず笑った。

 元の世界では限界があった。非凡なるこの俺ですら、自分の命一つ守ることができなかった。人間という枠の中で、できることしかできなかった。

 だが、俺は魔王。そして、勇者。

 今までできなかったことを、できる存在になる。垂直跳び百メートルとかそんなんじゃない。人間じゃ守れなかったものを、俺は守ることができる。

 ならば、できる限りのことをやろう。俺の命も守る。フェルレノも守る。ノラウルフも守る。村も守る。寝息を立てている娘も守る。

 誰がどんなつもりで俺を魔王に転生させたのか知らないが、俺がしたいことを、俺ができることをすべてやってやる。

 全ての人間を守り、全ての同胞を守る。魔族も人間も、違いはない。

「決めたぞ」

 俺は自分自身に誓う。

「俺はすべての魔族の王となり、以てこの世界に平穏をもたらす存在となる」

 人に敵対する魔族を統括し、また魔族を不当に侵略する人間から魔族を守る。

 魔王として魔族を統括し、勇者として人間を導く。

 まるで救世主。まるで夢物語。

 だが――。


「この非凡たる俺に、できぬことはない」

うーむ。このくらいならセーフですよね。

というわけで、この後も似たような描写があると思います。

近作の表現上問題があったり、

どこまで書いていいのか、参考になりそうな作品を

ご存じの方がいらっしゃいましたら、

もしよろしければ、お手数ですが

ご感想もしくはメッセージにてお知らせいただけると助かります。


もっと描写しろとかいう感想でも結構ですので、

よろしくお願いします。

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