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第四話  魔族の知識

 魔王であり、勇者でもある。

 魔王兼勇者、というのはなんだか語呂が悪いので、サタンとヒーローの言葉をもじって何か考えたかったが、生憎といい呼び名が思いつかなかった。仕方なく、思いつくまではこのままにしよう、とその問題は横に置く。非凡なる魔王兼勇者であるこの俺のネーミングが不格好では、俺のプライドが許さん。

 そして俺は村の片隅で堂々と魔王兼勇者の宣言をしたことを、今死にたくなるくらい後悔していた。

 俺の初宣言が、どことも知れぬ辺境の村……。しかも人口はたった三十余り、放っておけば滅びかねない村だ。俺の美学的に、もっと王宮のような荘厳な場所で宣言したかった。

 まあ、今となっては後の祭りである。早々にその考えは捨てる。

 その村人たちはといえば、俺が村人を守るの宣言通り、魔族であるフェルレノとオオカミの魔物――正式な名をノラウルフという。偶然だろうが、野良狼と漢字変換してしまうと一気に親近感がわく――を村の外に連れ出してから、まだ会っていない。

 いま俺は村の外に出て、二匹の魔族を前にして、人間を襲ってはいけないことを説明していた。

 うーむ。この俺がもっと魔王という立場が確立しているのなら、一言やるな、と命令すればいいのだが……。

 フェルレノのほうは俺の指示を素直に聞いてくれたが、ノラウルフのほうにはどう言い聞かせたら村を襲わないか、かなり難しいところである。――やはり、獣は体で覚えるを字でいくか?

 しかし、ただでさえ弱っているのにここから負担をかけたら、間違いなく死ぬ。それは俺の魔王としての矜持が許さん。できれば言い聞かせたいところだ。そして他のノラウルフにも伝令してくれると助かるのだが。

 俺が悩んでいると、フェルレノが横から助け船を出してくれた。

「魔王様、どうかしました?」

「その呼び方は後で考えるとして……、うむ。ノラウルフがどうしたら人の村を襲わないようになるか、考えているのだ。言って聞くような気がしない」

「それは大丈夫でしょう」

 あっけらかんと、フェルレノが太鼓判を押す。ニコニコと子供っぽい笑顔で俺を見ている。理由も根拠も何もなくただ言ったわけではなさそうだ。

 理由を聞くと、フェルレノが嬉し恥ずかしそうに言った。

「私がそうですから」

 ……足りない子フェルレノに聞いた俺が間違っていた。

 俺は努めて自然に視線を外し、何もなかったかのように振る舞う。聞くだけ時間の無駄だったとは言わないが、聞くだけ気力の消耗につながる。フェルレノは俺の仕種の意味に気付かず、首を小さく傾げていた。その仕草は愛らしいのだが、なんというか、子供に対する可愛らしさのように感じる。別にフェルレノが小柄であることだけが理由ではないと思う。おもに精神年齢的な何かだ。

 が、ふと俺は気になったことを口にする。

「フェルレノ」

「はい?」

「お前にも、ノラウルフみたいな種族とかってあるのか?」

「もちろんありますよ。私は妖精ピクシーです。私たち妖精は精霊の種別なので、細かく言うと精霊族の妖精種になりますね」

 フェルレノって、ピクシーだったのか……。なんというか、意外だけど、納得した。

 ……フェルレノにしては解りやすい説明のような気がする。もしかしたら、そこまで足りない子ではないのかもしれない。

 俺は頭の中でフェルレノの言葉を何度か反芻し、意味を確かめる。

「魔族には種族ごとに階級があるのか?」

「はい。魔王様が一番上で、そこから神族、竜族、不死族、獣族、精霊族、亜人族ですね。大きく分けると」

「……神が魔王の下なのか?」

「はい。ただ、噂なのですけれど、神族内では自分たちが一番上だと伝えられているそうです」

 フェルレノが言いにくそうに口を開く。まぁ、魔王当人に言いにくい内容ではあるので、そこは触れないでおくのが優しさだろう。

「なるほどな」

「ちなみに、種族的な階級が低くても、個体の系統でまた変わってきます。たとえば亜人族でも、ヴァンパイアの人たちは竜族の方と同格、上流階級とされています」

「ふむふむ」

「ほかにも、不死族のリーチも上流階級ですが、逆にゾンビたちは最下級です。まぁ、元が人間ですからね」

 ゾンビって全部人間なのか……。魔族からしたら、たしかに魔族内の階級が低いのは仕方のないことか。

「……あ、私たち精霊族も、一番の方はすごいんですよ。死神様なんですけどね、魔王様の次に格式が高いんです! 私も鼻高々ですぅ~」

 本当に得意げに、自身のトップを語る妖精。どうやら魔族内の序列階級というのは、かなり重要視されているようだ。

 言葉の響きだと、死神って神族に分類される気がしたが、まぁ精霊族だというならそうなのだろう。分類の法則は、訊いただけじゃちょっとよくわからん。

 フェレルノはそうだ、と指を立てて思い出したように言う。

「あとは魔人様がおられますね」

「……なんだ、それは。亜人種のような響きだが、違うのか?」

「魔人って、今の魔王様自身のことですよ」

 フェルレノは呆けたような顔で補足した。

 いや、そう言われてもちっともわからんぞ。どういうことだ……。

「あ、違います! 魔王様は魔王様なんですけど、魔人なんです」

 俺が理解できずに首をひねると、フェルレノはあわてて付け加えた。しかし、結局意味がわからない。

 結局俺は、魔人なのか、魔王なのかどっちなのだ?

 フェルレノの言葉をくるくる頭の中で解釈してみるが、はっきり分からない。

 すると、一拍置いてからフェルレノが説明を再開した。

「魔族の中である程度の力のあるものは、肉体が滅びた後、魂だけの状態から転生します。もちろん魔王様も転生します。魔族は自身の器になるような肉体を用意してから転生するのですが、魔王様が具体的にどういう風に転生されるのかは魔王様自身しか知らないです。それから、転生した魔王様はまだ力が発揮できず、ただの人の姿であることが多いそうです。そのためまだ人の姿の魔王様のことを、魔人様とお呼びして区別しています。ですが、あまり定着していないので、魔王様と呼んでも大丈夫なのです」

「……ちょっと待て。というと何か? 俺はこの後、魔王になるっていうのか? 身体も変化する?」

「その通りです! 魔人様は記憶があいまいになっていることも多く、その場合は魔人様を周囲の魔族がお守りしつつ、魔王様になられるまでサポートするのが居合わせた魔族の役目です。……といっても、そこは魔族というか、基本的に私たちのような下級の魔族が付きます。上流の魔族はプライドが高いので、魔王様であろうと才覚がないと判断されれば見向きもされませんし、当然忠誠心の欠片も持ち合わせません。でも、一度忠誠を決意した魔族はどんなことがあっても裏切りませんし、……えーっと、基本的にはみんな協力的ですよっ」

 フェルレノが上流の魔族を無理やりフォローするような言い回しをしつつ、結構重要なことを言う。そうか、俺の才覚で強い魔族は従うかどうか決めるのか。

 だが、俺はそんなことを気にしている余裕はなかった。

 なんということだ。こんなことが起きてしまうとは……。

 俺は悔しさで一瞬泣きそうになる。そして同時に、恥ずかしさが募る。そんな、どうして……っていうか。


 俺、完璧魔王じゃん。勇者の入り込む余地、ないじゃん。


 くそ、この非凡なる俺様が、せっかく魔王兼勇者という前人未到の地を開拓してやろうと思っていたのに……! これではただの嘘吐きだ!

 ショックである。この非凡なる俺が……くそっ!

「え?! ど、どうかしたのですか? おなか痛いのですか?」

 急にうつむいた俺をフェルレノが心配そうな表情で覗き込む。的外れな心配はスルーで。気のせいかノラウルフも鼻を寄せて俺を気にしているようだ……。

 というか、話が脱線していた。遅れながらも、俺はノラウルフの鼻っ面を眺めつつ当初の疑問を思い出す。

「そうだ、ノラウルフにどうやって言い聞かせるか、考えていなかった」

 今は悔やむ場合ではない。後回しにしよう。

「ですから、大丈夫です。ノラウルフも下流階級の魔族なので、今の魔王様の命令にも従順なはずです」

「……もしかして、さっき『私がそうですから』っていうのは、同じ下流階級の魔族だからっていう意味か?」

「あ。はい。そうですね」

 ……説明されなければ、絶対にわからん。

「そうか……だが、ノラウルフに怪我をさせたのは俺だしな……」

 と、俺はノラウルフの背中の傷を眺める。傍目にも傷が深く残っている。血は止まっているが、そういう問題ではないだろう。ちなみに、さっきからずっとフェルレノの膝の上で大人しくしている。本当にこいつ、人を襲う凶悪な魔族なのか? 飼いならされた犬並みに大人しいぞ。

「気にしなくて大丈夫ですよ、基本魔族は上の者には絶対服従。むしろ魔王様の意思に反した行動をしたと反省してると思います。というか、私なら反省してます」

「そんなものなのか……?」

 俺の問いにフェルレノははっきりと頷く。

 ちらとノラウルフを見ると、真っ黒な瞳をこちらに向けて何かを訴えているようにも見えた。大人しくしていれば毛並みの良いオオカミだ。黒目がうるうるしているのもポイントが高い。

 うーむ。ちょ、ちょっとかわいいではないか。

「ガウ」

 ノラウルフは突然ぐっぱっと口を開けると、凶悪な牙と真っ赤な口腔を俺に見せた。割と和んでいたところに突然の行動だったので、少し驚いたのは内緒である。格好悪い。

「……すまんが、意味がわからん。いや、あまり思い当たりたくない可能性が一つある」

「あ、わかるんですか。説明が難しいので助かります。たぶん、そういう意味だと思います」

 俺は嘆息し、口を開いたノラウルフの口の中に適当に手を突っ込む。ノラウルフは口を閉じてしまうが、牙が刺さらないように力の加減をしていた。舌で俺の腕をべろべろ舐める。つまるところ、ノラウルフ自身が俺に危害を加えないということを証明する意味だったのだろう。

 ふがふがいいながら俺の腕を咥えていき、肘までべろべろされているのをくすぐったい思いをしつつ耐える。口の中が熱いのが妙に生々しい。しばらくするとノラウルフは口を再度大きく開いた。俺は腕を引き抜くと、ノラウルフはまた何もなかったようにフェルレノの膝の上に戻る。こころなしか満足そうな表情をしている気がする。つーか尻尾振ってる。

「魔王様に精一杯の忠誠を示すことができて嬉しいそうです」

 フェルレノが補足した。

 ……俺、猫派だったけど今日から犬派になろうかな。

 涎でべっとりの腕は後で洗うことにして、俺は手でノラウルフの頭を撫でる。ノラウルフの目が俺をとらえたところで、理解されるか疑問ながらもノラウルフに村の人間を襲ってはいけないことを伝えた。また、それを仲間にも伝えるように言い含める。

 ノラウルフは了解したことを伝えるように、俺の手に鼻を押し付けた。


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