表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/37

第十九話 勇者オリオン

『この、グズッ! クソの役にも立ちやしねぇ!』


 目の前に立つ男がそう怒鳴りながら、片足を振り上げた。

 状況を把握する暇もなく、厚い靴底が俺の腹にめり込む。ほぼ反射的に腹筋を固めようとしたが、力が入らない。靴の嫌な圧迫感が吐き気を催すが、不思議なことに痛みはなかった。

 一体何だ? 何が起きている? 俺は、屋敷のベットで寝ていたんじゃないのか?

 男の顔は逆光になっており、暗くて見えない。その誰かに誰何しようとし、しかし口から飛び出した言葉は別のものだった。


『や、やめ……! ごめん、ごめんなさい!』


 ……HA?

 およそ情けないとしか表現できない言葉が、よりにもよってこの俺の、非凡なる魔王兼勇者たるこの俺の口から飛び出している。


 ば……バカな。アリエナイ。

 過去、十人以上の不良グループからリンチを受けたときも呪詛を吐き続けたこの俺が。

 そして闇夜に乗じて一人ずつ血祭りにして復讐したこの俺が。

 こんな、プライドの無い真似を……?!


 俺が放心しているのにも構わず、口はひとりでに動いて謝罪の言葉を垂れ流している。

 だが、そんな懇願の言葉を無視し、男は執拗に蹴る足を止めなかった。男の足が俺の腹を親の敵のように踏みつけるのに合わせて、視界がぐらぐらと揺れる。

 反撃しようと腕を振っても、意識だけで身体はまるで別の生き物になってしまったかのように動かない。

 そして、唐突に口から何かを吐き出した。血のようにも、吐瀉物のようにも見える。おそらくその両方が混じったモノなのだろう、嫌に鮮明な悪臭が鼻をつく。


『クソが、二度と俺に恥をかかせるんじゃねぇぞ、いいな』

『う……ぐ』


 片手で喉を絞めあげられる。そのまま細腕のくせに万力のような力で俺を持ち上げた。……圧迫感があるが、まったく苦しくはない。

 距離が縮まり、男の顔が少し見えた。青い目の、嗜虐的な愉悦に口を歪めた男。年は、あまり俺と変わらない。

 そして、男は何かを俺の目の前に突き出した。そのまま俺の顔に押し付け、執拗なまでにそれをアピールする。

 そこだけ黒いもやがかかっていて、何があるのかよく分からなかった。

 シルエットからして、球体なのは分かるのだが、それだけだ。


『……ア……ァ』


 俺の喉から音が漏れる。

 何を言ったのか全く分からないが、それが俺にとってとても大事だったことだけは理解した。

 それが大切で、どうしようもなく守るべきものだったとでも言うように、心臓のあたりがどうしようもないほど痛みを発しているのだ。

 そして、黒い感情が俺の中に満ちていく。

 目の前の男を殺さなければならない。

 それだけが俺の目標。それだけが、


 ――僕の望む全てなんだ。




 眼を開かずとも、強烈な日光が差し込んでいるのが分かる。瞼越しから俺の意識を強制的に揺さぶっている。

 起き上がり、手を顔の前にかざす。窓からの光がまぶしい……と思ったが、微妙に違う。窓ではなく、空だった。

 壁の一部が壊れた部屋の中に、俺はいた。


 ……えっと?

 寝相で壊した、のか?


 ――とにかく、ベットの上だ。

 不思議な夢を見た気がするが、もう何も覚えちゃいない。何か、大事なことだった気がするだけだ。

 ベットから降りて、ゆっくりと伸びをする。全身の魔力が力強く循環し、尻尾と翼が元気にとび出した。

 まぁ、壁が一部壊れちゃいるが、屋敷の中なら人に見られることもあるまい。そのまま放っておく。

 あたりを見回し、人の気配がないか探る。幸いなことに、すぐ隣の部屋にいる。たぶんウェルザだろう。

 俺が起きたことに気付いたのか、ウェルザの気配も動く……ような気がした。この気配、具体的に何を基準にして俺が察知しているのかが分からない。ただ漠然と、居るような気がするのだ。

 気配が隣の部屋から廊下に出て、こちらの部屋に入ってくる。目立つ真っ赤な髪は、やはりウェルザだった。


「よお。起きたか」

「……ああ、今起きた」


 まるで何事もなかったように、ウェルザは普段どおりの笑顔を浮かべる。ひょいと片手を上げた仕草はどことなく間抜けっぽいが、そこも含めてすべていつも通りのウェルザだった。

 なんだ、本当に気にしてないというか、受け入れたっていうか……、この男、馬鹿か大物か……、大物の馬鹿かな。

「魔王なんだってな」

 入って早々、壁に空いてる大穴を気にすることもなく、その破片に腰を下ろす。

 今日の天気でも聞くかのような気軽な態度に、尻尾と翼丸出しの俺も呆れるしかない。

 うむ、もう悩む必要もない。普段どおりのウェルザだ。魔族だと打ち明ける前と同じ付き合いに、安堵と喜びが生まれる。意地でも顔には出さないが。

「……そうだ。驚いただろう」

「まあな」

 肩をすくめて、やれやれだぜ、などと呟いている姿からは到底驚いたようには見えない。

「なぁ、なんで魔王サマがこんなとこに居るんだ?」

「……人間の生活について興味があってな」

「本音は?」

「全く記憶がない。初めは自分が魔王だということも分からなかったくらいに、物を知らない。この世界のことを何も知らないのだから、まずは世界を見聞したかった。魔族と人間の仲が悪いのか、敵になりうるのか。人間が魔族に対してどういう姿勢なのかも、知っておきたかったな」

「へぇ……で、どうだった?」

「最悪だ。魔族は人間にとって害虫、害獣程度の認識だ。これでは分かりあう余地がない」

「なるほど、魔物の討伐クエストを受けなかった理由がわかったぜ」

 ウェルザはニヤニヤと笑いながら、腰にさしていた片手剣を引き抜いた。普段使っている両手剣でない。

 そして、殺気どころか戦う意思すらない、そんな遊びのような剣筋で俺の翼めがけて振る。

 当然、避ける必要もない。予想通り、剣は涼しい音を立てて弾かれた。毛筋ほどの傷もない。


「なぁラッセル。話は変わるんだが……人間は人間を殺すんだ。何故か分かるか?」

「このお遊びの説明もなしか? ……欲を満たすためだろう」

「質問しといてなんだが、俺はその答えを知らない」


 ……何がしたいんだ、コイツは。

 ウェルザは二・三度、戯れのように翼に剣を振り、すべて弾かれるのを見て口笛を吹いた。

 飽きたのか、頑丈だなぁ、などと勝手なことを呟きながら剣を鞘にしまう。


「でもな、そのカッタい翼で、すべてを守れるわけじゃないんだぜ。ラッセル、お前の仲間と、お前自身を」

「……ふん」


 おそらく、野盗の一件で俺が不殺の信念を持っていると思ったのだろう。

 そう連想した俺の頭に、千切れたアロハシャツが蘇る。

 俺が魔族を殺したことは消えない。

 食欲に負けて食い殺したことは、間違いのない事実であり、俺の罪なのだ。

 ラッセルが俺をじっと見て、呆れたように溜息をついた。

 なんだ?


「いやあ、回りくどくなっちまうからはっきり言うと、殺しに来たやつを殺しても問題じゃないんだ。自分の命を狙うやつを守ってどうする。だから、お前は自分の仲間(魔族)を殺したことについて、後悔する必要はない。と、俺はそう言いたかったわけだ」


 ああ、そういうことか。確かに、そう割り切れば楽だ。

 いや、カンカン剣で斬りつけていた意味は一向に分からないが。

 なんとも不器用な励まし方だ。ついでに言えば、俺の世界とは命の扱い方が違う。いや、やられたらやり返す、というどこぞの法典的な価値観なのだろう。倫理に関して言えば、その場その時で変わる、至極曖昧なものだ。俺の世界でも、そういう考え方の時代は実際にあった。いや、権力者が酷ければもっと酷い倫理もあった。この世界がおかしいのではなく、単に日本がそれだけ上等な倫理観であったというだけなのだろう。

 だが、それはそれ。俺は俺。

 この時代の倫理など知ったことではない。俺は俺の価値観で動くのみだ。

 殺さず、守る。殺されず、殺さない。

 基本スタンスはここから崩そうとは思わない。

 なぜなら俺は、


「王だからな。すべて守るのは俺の務めだ」

 そして。

「……だが、おかげで少し、楽になった」


 心の奥に刺さっていた棘が取れた。そんな感じだ。

 自分に甘いといわれればそれまでだが、。

 俺は俺のしたいようにするのだ。ふははははは。


「さて、俺はそろそろ帰るかな。また剣技を磨いてくるぜ。今度はその翼、切り取ってやるから覚悟しろよ」

「物騒なことを……」


 呆れて物も言えないとはこのことだ。

 さっきからチラチラと俺の翼に視線が移っていると思っていたが、まさかそんなことを考えていたとは。

 ウェルザは立ち上がると、壁に空いた穴からさっさと外に出て行ってしまった。

 飄々とした態度で、気の向くままに歩き去る背中。おそらく足を止めることなく戦士ギルドの酒場に直行するのだろう、と思うとイメージダウンするから、考えないでおこう。


 俺はウェルザが角を曲がり見えなくなるまでぼーっと見送った後、この翼と尾をしまうために、魔力をコントロールしなければいけないことを思い出した。

 魔力のコントロール。

 俺の脳裏に、暴走と激痛が蘇る。あの痛みは、ゲートの向こうの化け物に全身を溶かされた以来の激痛だった。……まずい。

 下手に記憶を思い出すと、次に暴走した時にそのまま魔界へのゲートが開かれかねない。イメージさえしなければいいのだが、逆にイメージしてしまうと魔力は勝手に動き出してゲートを作ろうとするだろう。

 ……いや、今ならあの化け物に勝てるかもしれないが。

 所持金と武器を溶かされたこと、なにより俺に恐怖を与えやがったことは、絶対に忘れない。

 だがまぁ、まずはコントロールができるようにしなければ、な。

 コントロールと言えば、そろそろ翼にも慣れておきたいところだ。

 いままで無視していたが、飛行能力はこれからの生活にあって損するものではないだろう。

 少なくとも人の国で生活するなかでは滅多に使わないかもしれないが、必要に迫られた際にきりもみ落下を再演するのは勘弁したいところだ。

 あとは……、


「そろそろ、城にでも向かうか」


 これは自身が勇者オリオンの体と同じだと仮定された時から思っていたことだったのだが。

 行方不明になっていた勇者オリオンが帰ってきた。過去の業績から考えて、レベラ王国の国防に勇者が関与していた可能性は高い。

 だというのに、その勇者が帰ってきたというのに、まったく連絡がないのは妙に感じる。疎遠だったとしても、使者の一人くらいはいてしかるべきではないのか?

 勇者が偽物だという噂が王室に流れているのならば話は分かるが、聖堂院のオリオンの知り合い――名前は何だったか。たしか、エトラとかいう女司祭が信託でオリオンが帰ってくることを予言していたのだから、少なくとも本人だとは分かるはず。

 国と聖堂院がつながっていないとは考えられないが……、どうなのだろう。

 この国の政治的仕組みを何一つ知らないから、推測すら立てられない。

 こういうとき頼りになりそうな人物は……。

 やっぱり、あの怠惰な金髪しかないな。フェルレノにもリーゼのところへ行くように指示してある。

 向こうで合流してもいいだろう。



 だが、その前にまずは魔力のコントロールからだ。

 ベットに再度横たわり、身体の中を巡る魔力を意識する。

 相も変わらず、膨大な力の流れが全身を回っていた。なんとも表現しにくいが、それは身体の中心に巨大なダムがあり、ずっと渦巻いているイメージに近い。そこから支流のような細い流れが、全身に廻っている。今は魔力の量が多すぎるために、以前よりもはっきりと知覚することができる。

 このまま移動させるのは簡単だ。だが、詰め込み過ぎるとまた痛みと暴走が待っている。

 いままでは、肉体も魔力も未熟ながらバランスが良かったために、扱いも難しくはなかった。だが、今は肉体も強化されているが、それと比較しても異常なほど魔力が強化されている。

 そのため、今までと同様に魔力を身体に詰め込むと、簡単にパンクしてしまうのだ。

 激痛と暴走はその末路である、というのが体感した俺の推測になる。特に聴覚と視覚の強化には細心の注意が必要だ。下手に詰め込むと目も見えず、音も聞こえないという最悪な状態になる。しかも前回は痛みが脳にまで波及し、もうどうしようもなかった。

 その事態を避けるためには……やはりというか当然というか、少しづつ身体を慣らしていくしかない。

 まずは、翼に伸びている魔力の流れを遮断し、ゆっくりと中心に戻していく。ぐぐっと背中に違和感が走り、そして翼のサイズが小さくなり始めた。今までのように大雑把にできないので、変化はかなり遅い。同様に、尾も小さくする。こちらも少しづつ小さくなり、やがて体内に収まりきる。

 うむ。あっさりできた。

 あのとき、俺自身が相当パニックになっていたというのが、今なら分かる。魔力に関しても飛行に関しても、コントロールできるかどうかも考えずに飛んだあたり、非効率的な動作としか言いようがない。自身が混乱しているかどうかって、あまり気がつかないものだ。

 一応、これで外に出歩くことはできる。まぁ、実際のところ俺が暴走を始めたのは視覚強化と聴覚強化に失敗したためであるから、あまり前進してないともいえるが……、うむ。前進するために、挑戦するべきだろう。

 再度、細い川、そこを流れている黒い魔力を強く意識する。ダムの大元から、少しずつ魔力の流れを多くしていき……最初は腕に。

 腕が黒く染まっていく。その変化を見るのは、若干腕が壊死しているように見えるのであまり精神によろしくない光景だが、成功している。一応、無理のない程度に限界を探る。腕の黒色が金属的な光沢を宿す頃になって、痛みを感じたのでやめる。腕に通していた魔力を戻す。

 ……いける。

 今度は眼球に魔力を流す。

 先ほどよりもより慎重に魔力を流し込み、十分以上かけて流し込む。

 壁に空いた穴から遠くを見ると、ずっと向こうに見える建造物に使われている石材の石粒がくっきり見えた。

 さらに魔力を込める。

 石粒がより鮮明に見えた、と思った次の瞬間、その向こうが見えた。

 透視能力の域まで魔力を流すことができたようだ。

 そのまま、魔力を目に流し続ける。視界がだんだんと暗くなってきたが、おそらく腕のように眼球そのものが黒くなっているのだろう。白目の部分まで黒になっているとなると、けっこう気持ち悪い見た目だな。

 そのままさらに流し続けていると、視界が今度は逆に狭まってきた。

 建造物が見えなくなり、屋敷の外壁がかろうじて見える程度になる。まるで暗い日の夜中のようだ。そうして痛みが出てきたため、魔力を流すのを止めた。

 うむ。

 とても実戦に耐えられるものではないが、魔力のコントロールはできた。

 あとは可能な限り素早くできるように、練習あるのみだろう。

 俺はひとまず仕事を終えた気分で、壁の空いた穴から外に出ていった。


 リーゼの宿に向かう途中、走ろうとは一度も思わなかった。

 走って路面を抉るのも、どこかの家に突っ込むのもごめんだからだ。

 しかし、このままではずっと移動は徒歩になってしまう。こちらも、早々に練習する必要があるだろう。

 そして、ゆっくりと歩いて宿屋に向かう。相変わらずのボロい外見は、見る者を常に残念な気持ちにさせた。

 中にはもうリーゼとフェルレノの気配が存在している。透視で確認する必要もないほどだ。特にフェルレノの緑色の魔力は他に魔力を発するものがないためか、よく分かる。

 ふと、レベラに向かう日のことを思い出す。

 森を出た直後、フェルレノの魔力を見失ったことがあったが……今となっては考えられないな。はっきりくっきりだ。

 ともあれ、俺は宿屋の軋むドアを開け、中に踏み入れる。相変わらず埃っぽい空間だが、この空間には酷く似合わない、値の張りそうなワイン樽を見つけた。無造作に床に転がっているが、剣と龍を象ったレベラの国旗のと同じマークが焼き印されており、一見して高級品であると思わせる。

 そんな財力があるのなら掃除屋の一つでも雇えばいいのに、と思う俺は間違ってはおるまい。

 そして、いつもカウンターに寝そべっているはずのリーゼの姿は、今日に限ってなかった。魔力と気配は二階へ続く階段の奥からする。二人で部屋にいるのだろうか。

 ともかく階段を上る。

 階段を上りきると、話し声が聞こえてきた。

 やたら興奮した口調の声が一つに、他人事のように相槌を打つ声が一つ。


「いえーすッ! ですから、……様は……で、料……やらかしたんです!」

「大丈夫……て……怒……じゃない」


 やらかしたんです、だけははっきり聞こえた。というか、この言葉の端だけでもわかる残念なトーク力はフェルレノだろう。聴覚強化をするまでもない。まあ声で分かっていたが。

 一応、自分の従者がああだというのは知ってはいたが、いざ客観的に聞いていると残念だ。いや、今更、か。


「入るぞ」

「あ、ご主人様」

「あら。ご飯は食べれた?」


 ……いきなり耳の痛いことを言う金髪だ。

 ふと、フェルレノの顔を見た瞬間、そういえばウェルザに話をする前に、フェルレノが改まった態度で話がしたいと言っていたのを思い出した。

 心がざわざわと嫌な波音を立てる。責められるのではないか、と考えてしまう。

 少しだけ心拍が早くなったのを自覚しながら、それでも、これは通らなければならない道だ。

「二人に話がある。まずは……フェルレノからだ」

「あ、はい」

 フェルレノは突然、目に力を入れて、背筋を正した。正座し、俺をまっすぐ見つめる。今まで見たことがないくらい、真剣な表情をしている。

 な、なんだ……。

 いかにも何か大事な話をします、という姿勢に、俺の嫌な予想がどんどん現実味を帯びる。

 ま、まて。やっぱりリーゼのいないところで話したい……!


「ご主人様、すいませんでしたぁ!」


 ガツン、と床を叩く音。それはフェルエノの頭が床を力強く打ちつけた音だった。

「――はぅあ……」

 相当痛かったのだろう。反射的に顔を上げたフェルレノが涙目になっている。額は真っ赤だ。いつぞやのリーゼを彷彿とさせる。

 そして、今度はゆっくりと頭を下げて、土下座の姿勢を完成させる。

「なにとぞ、どうか、お許しを」

「ま、まて。一体何の事だ。話が全然見えてこない」

 フェルレノが俺に謝るようなことをしたのか? だというのに俺に自覚がないのはどういうことだ?

 何を誤っている?

「実は、私……、リーゼさんと一緒に、料亭『魔王』、入っちゃったんです」


 ワタシ、リーゼサントイッショニ、リョウテイマオウ、ハイッチャッタンデス。

 空気を震わせた音が、鼓膜を通して音に変換される。その作業に今まで疑問を挟んだことなどなかったが、いま人生、もとい魔王兼勇者生で初めて、これほどまでに自分の耳を疑ったことはない。

 入った、だと?

 料亭『魔王』に?

 この非凡なる俺を差し置き?

 自他共に認める従者のフェルレノが?

 さらには関係のないリーゼと一緒に、『魔王』に?!


「ゆ、ゆるさん……!」

「はわぁぁ……! だ、ダメでしたリーゼさん、やっぱりご主人様はお怒りです!」 

「え、嘘、ホントに怒るの?! こんなことで!?」


 憤怒が全身を駆け巡る。これほどまでに耐え難いことがあるだろうか。いや、ない。

 無意識に反語を用いてしまうほど、俺の怒りは沸騰――


「いや、するわけないだろう。別にどうでもいいぞ、そんなこと」


 俺は怒ったふりをやめると、フェルレノは真っ青にしていた顔を今度は真っ赤にして、嬉しそうに詰め寄る。

 視界の隅で、リーゼが呆れたような顔をした。


「ほんとですか、ご主人様!」

「あ、ああ……」


 きゃっほう! とハイテンションなフェルレノは、俺の首に腕を回すようにして抱きつき、器用にそんな姿勢でぴょんぴょん跳ねる。ガクガク揺れて不快だから、止めて欲しいのだが。


「すごい細かいことに神経質っぽくてやたらと順序とか序列とかを気にしてて変な屁理屈ばかりこねてて絶対自分主義のご主人様が許してくれ「――許さぁぁぁぁああんっ!」


 目の前で跳ねるフェルレノの頭を掴み、放り投げる。

 短い悲鳴を響かせながら、フェルレノは放物線を描いて部屋の隅のベットに墜落した。いやまぁ、狙って投げたわけだが。

「きゅう……」

「おのれ、まさかそんなことを考えていたとは……!」

「でも、だいたい合ってるじゃない」

「仮にも主人に対して口に出すか?!」

「仲のいい証拠ね」

「程度や限度を知れっ!」

 くそ、まぁ文句はあるが、他ならぬフェルレノだ。少なからぬ恩もあるから、今度ばかりは大目に見てやる。

 ……いつか絶対に見返してやる。

 リーゼが楽しそうに肩を揺らしているのを睨み、フェルレノの復活を待たずにリーゼに疑問を斬りだした。

「リーゼ、記憶をなくしてはいるが、俺は勇者だよな?」

「そうみたいね」

「この国の上層部では、勇者が嫌われているのか?」

「そうみたいね」

 まったく同じ発音で肯定された。

 ……うむ。宿屋へ向かう道中、理由をいくつか考えていたがまさか、一番悪いものがヒットするとは。

「ちなみに、理由を教えてはくれないか?」

「そういえば、あなたには記憶がなかったのね。少し長くなるけど、いい?」

 そう前置きし、リーゼは話し始めた。

 勇者オリオン。そして、英雄ヨーゼフの話を。

一か月近く更新がありませんでしたが、死んじゃいません。

ようやっと時間が取れました。ここからまたじゃんじゃん更新していきたいと思います。

章とかないけど、そろそろ新章に突入する予感。

あ、まだか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ