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第十八話 魔王の苦心

(ここ最近では)早めの投稿になります。


 尾が生えた。

 サイズはおよそ長さ二メートル、太さは細身の丸太ほど。別に先端が槍の形になってるとかはない。黒猫の尻尾がひたすら長くあるような、そんな感じだ。腰のあたりに関節が無限にある腕がついたような感覚がある。自由自在に曲げられるのはちょっと楽しい。生えている部位はちょうど尾てい骨を延長させたような位置にあり、尻尾の中には骨のような硬質な感じはなく、ただ筋肉と神経でできているような感じがする。

 他には……頭髪が少しだけ伸びた。と言っても、顎のラインで切られていた長さが肩まで伸びた程度で、あまり変わらない。色は今までと同じ白髪。外見的にはほとんど変わらないかもしれない。

 ただ、魔力の量が、またも桁外れに増えた。身体を巡る黒い魔力はこれまでにない力強さと密度を誇り、周囲の空気を黒く染めている。

 おそらく、これがフェルレノが以前話していた魔人状態から魔王状態への変化なのだろう。

 魔王になった、という実感は、正直なところあまりない。

 冗談でこの国を滅ぼすぞなんて言ってみたが、今ならできるような気がする。全能感が身体を支配していた。


 ……いや、確かに全力全開の気分で翼を広げたが、まさかそのまま魔王に移行するなんて思ってもみなかった。

 というより、なにか。魔王は修錬とかそういうので強くなるわけではないのか。最初から最強などと、まるでチートだ。

 顔には出さん。意地でも出さんが、これにはこの俺も驚きだ。


 よほど予想外だったのだろう、呆気にとられてウェルザが何も反応できていないのを見ながら、それでも反応を待つ。

 いや、何かあると思ってたら魔王だった、などとウェルザが驚くのも無理はない。それは理解できる感情だ。ここで再起動に時間がかかるウェルザを、誰が責められようか。

 たっぷり一分間。ウェルザは放心したかのように、瞬き一つせずに微動だにしない。

 さらに一分。さらに一分。じっと待つ。

 十分待って、ようやくウェルザが現実に追いついた。


「…………っ!」


 だが、口を開けたり閉めたりしているだけで、言葉が出てこない。何を言おうか、どれから言おうか。幾億千万の言葉の始まりをどうすればいいのか、迷っているようだ。

 当然、待つ。

 覚悟は決めた。何を言われようと、どうなろうと構わない。ウェルザを信じて、俺は待つ。


 結局、さらに五分待って動いたウェルザの反応――、


「――ッ!?」


 それは、腕が霞むほどの速さの、一閃。

 粒ほどの躊躇いも、ましてや手加減など一切ない斬撃。

 完全に予想外過ぎて反応が遅れた俺は、避けることも防御することも出来ずにウェルザの両手剣を迎える。

 切っ先は俺の翼へ吸い込まれるように動き、弾かれた。


 キン、と俺すら予想だにしなかった硬質な音を響かせて、両手剣は毛ほどの傷すら付けることもできずに弾かれる。その、いっそ涼しげなまでの音を聞いて、俺はようやく脳みそが現状を理解し始めた。

 と同時に、心臓が二度跳ねる。


 ウェルザが、俺を攻撃している。

 それはつまり、

 ウェルザが、俺を敵視している?


 だが違った。

 目の前に映るウェルザの表情、それは笑み。それも、まるで最高の獲物を見つけたと言わんばかりの凄絶な笑みだった。その眼光をまともに浴びれば、名だたる剣士ですら戦意を喪失してしまうだろう。

 もはや狂気。

 そして歓喜。

 この表情を見たのなら、断言できる。

 ウェルザの身体を支配しているものは、純粋な喜びだった。


 刹那の間に、俺の脳内に一つの場面が蘇る。 

 初めて会った時。そのウェルザの表情。獰猛なまでの、赤い獅子。

 俺は確かに感じたはずだ。

 こいつは、きっと指先から髪の毛一本に至るまで戦士だ、と。


 愚直なまでに強く、故に強者を望む。

 ウェルザクラスの戦士がどの程度いるのか、レベラに何人いるのかは知らない。

 だが、こいつは紛うことなき強者であり、常に相手を探していたのあろう。

 そして見つけた、(魔王)

 なるほど、飢えた赤獅にしてみれば、斬りかからぬ道理などない。


 ここまで、僅かに一瞬。

 一秒を何百に刻んだうちの一。

 気付けば、ウェルザは弾かれた両手剣をさらに強く握り直し、再度神速の斬撃を繰り出そうとしているところだった。

 先ほどまで、魔人状態でなら、振りかぶった状態のウェルザの攻撃を避けることは非常に難しかっただろう。

 が、覚醒した魔王であるこの非凡なる俺なら――。


「――む」

「……甘い」


 剣先に意識を集中する。するとまるで時間が突然遅くなったかのように、剣先がゆっくりと見える。よく、見える。

 もっとも、他のすべてが止まっているような世界の中で、ウェルザの剣だけが動いているのはそれだけで剣速のすさまじさを物語っているのだが。

 時間すら斬り裂くように進む一撃を、指でつまむようにして止める。

 そのまま握力に物を言わせて、両手剣を、それを掴むウェルザごと投げ飛ばす。屋敷の外に放り投げるようにして手首を返し、指を離す。

 それだけで、ウェルザは弾丸のように開けっぱなしのドアから外へ飛んで行った。


 想像以上に、強くやりすぎていたようだ。

 このアンバランス。人間ではトップクラスの実力を持つウェルザを、まさに赤子の手を捻るように扱う理不尽な能力。

 そして――。


「――はぶっ!」


 ウェルザを拾いに行くために駆け出すのと、屋敷の外壁に激突するのは、ほとんど同時だった。

 ……この操作性の悪さ。


 初回魔王転生時を彷彿とさせる、完全なる魔王の覚醒だった。




「ははっ。この華麗なる俺が、子供扱いか……!」

 地面に打ち付けられた身体を引きずり、ウェルザが興奮冷めやらぬ表情でそう笑う。

 吹き飛ばした元凶――つまり俺を探し、目線を屋敷に動かすも、俺の姿はなかった。

 当然だ。俺なら既に、ウェルザのずっと後方、屋敷の外壁に埋まっている。幸運だったのは、初回魔王の経験があり、少し軽めに走り出したためか、外壁を貫通しなかった点だ。

 自分で自分を褒めてやりたい。

 魔力の流れが激しすぎて、自身でもうまくコントロールできない。

 プロミネンスのように噴き出す魔力は、それだけで周囲を黒く染め上げている。

 というか、翼も尻尾もある状態で外に出るのは、まずいだろう。

 俺は誰かの目に留まる前に、全力で上に飛び上がった。誰の目にもとまらないほどの高度で、魔力をコントロールできるようにする。

 爆発にも似た地響きとともに大地を揺らし、真上に跳び上がる。

 一瞬で、王国の全貌が見えるほど飛び上がった。その高さ、およそ三百メートル。

 まだ慣れない翼を必死に羽ばたかせる。ふらつきつつも、空中へとどまることに成功した。一瞬だけ。

 ――あ、無理だ。

 左の羽が何故か言うことを聞かない。というか、右の羽も調子がおかしい。いやま、まともに飛んだことなどついになかったから、これが普通なのかもしれないが。

 とにかく、俺はバランスを崩し、角度を変えてきりもみしつつ地面へ落下していった。

 諦めも混じった微妙な心境で墜落しつつ、確認した落下予想地点は……よし、運よくまだ屋敷の敷地内だ。

 再びの地響きを起こしつつ、俺は一人スクリュードライバーを決めて今度は地中に埋まる。

 ……くそ、コントロールできん。恰好悪い。


 バコ、と地面を吹き飛ばしながら起き上り、俺は歩くことに決めた。

 ゆっくり歩けば、別に行き過ぎたり壁に埋まることはない。ただ、時間がかかるだけだ。

 屋敷に向けて、一歩一歩歩いていく。背後の門から、勇者オリオンの屋敷を覗く者がいたらまずい。騒々しい音を二回も立てているだけあって、その可能性が心配で仕方ない。

 俺は背後を見るために透視能力を発動しようとし、眼球に魔力を詰め込み過ぎて失敗、視界は真っ黒になった。


「ぐおおおおおっ……」


 しかも痛い!

 以前指先に魔力を詰め込み過ぎた時と同じような激痛! いや、それよりも激しい痛みだ!!

 くそう、すべてが裏目に出ている!

 初回魔王転生時は魔力が扱えなかった。それゆえに、身体だけのコントロールで済んだのだ。あのときもし、魔力が使えていたら、きっと俺は勇者一行に何をすることもできずに死んでいたことだろう。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 視界がなくなって、さらには魔力が暴走するせいで方向感覚すら定まらない。

 屋敷に退避しようにも、もはや屋敷がどこにあるのかもわからん!


「ぐぅ……ふぇ、フェルレノ……! どこだ……!」


 もう、恰好悪くてダサくて惨めで仕方ないが、フェルレノに先導してもらうしかない。

 俺は必死に手を伸ばし、見えない目をいっぱいまで広げて、慣れ親しんだ緑色の魔力を探す。

 どこにいる、どこ――見つけた。

 近づいてくる。俺の右側から、気配がする。


「魔王様っ」


 声が聞こえた。

「そっちか!」

 つい、耳に意識を集中する。すると暴走した魔力が今度は耳を侵食し、激しい耳鳴りと痛みで音声が遮断された。

「く、くそ……またか……」

 不便すぎる。魔力とはなんと不便なのだ。

 まともに行動することすらできんとは。

 目が痛い。耳が痛い。もう脳みそまで痛みを発して、体中が魔力の暴走によるオーバーヒートでも起こしているかのようだ。全身を苛む激痛。動く気力も根こそぎ刈り取るような痛みが全身を支配し、――耐えられない。


「ぐうううううう……!」


 が、悲鳴だけは我慢する。

 俺が大声を上げれば、それは必ず衝撃波となるだろう。壁を粉砕するレベルの衝撃は、近くにいるフェルレノには危険すぎる。

 魔力の奔流をどうにかするだけでも精いっぱいで、正直喉から漏れる声は無意識でしかない。それでも、絶対に上げてなるものか、と歯を食いしばる。


 温かい感触が、背中に広がる。

 同時に、触れた温もりから伝わってくる、緑色の魔力。

 フェルレノが、背中に手を置いてくれている。

 ありがたい。

 手のひらは僅かに力を込めて、俺を誘導する。

 俺はその手の導く方へと必死に歩き、地面を這うようにして進んだ。

 ありがとう、とうまく発音できているかわからないが、口にする。

 背中を押す手が一度だけ驚いたように震え、すぐに誘導を再開する。

 俺はそのか弱い感触だけを頼りに、歩を進めていった。


 くそ、魔王になるのがこんなにきついなんて、聞いてないぞ。

 かなり真剣に俺はそんなことを考えていたが、ふと硬いような柔らかいような微妙な感触が触れた。

 たぶんこれ、ベットだ。

 おそらく、フェルレノが客間に連れて行ってくれたのだろう。

 助かる。

 俺はもう一度、発音できているか定かではない声で離れていろ、と伝える。いや、それだけじゃマズイ。

 俺は少しだけ悩んでから、今日はリーゼのところで泊まれ、と伝えた。

 意識を失った後、俺が無意識に叫びでもしたらマズイ。

 フェルレノは数秒迷ったように近くに佇んでいたが、しばらくして離れていった。

 その瞬間、強烈な孤独感が襲ってくる。

 つい、口から行くな、と声が出そうになり、それを抑え込んだ。

 さっきまであんなに気まずい思いをしたフェルレノが相手だというのに、どうやら俺は依存症でも起こしているのかもしれない。

 足りない子依存症……。だめだ、わざとどうしようもないことを考えてみたが、痛みは気をそらして薄れるようなことはない。

 致死性の毒のように体内を暴れまわっている。

 俺は脱力し、そのままベットに横になった。あとは、俺が痛みに呻こうが暴れようが好きにしていいはずだ。

 念のため、もう数分ほど、数えて待つ。

 もしまだフェルレノが近くにいたら、と思うと、怖い。

 そういえば、ウェルザはどうしているのだろう。

 あいつのことだ、どうせ我を忘れて斬りかかった自分を恥じて、一人で反省でもしているのだろう。ふ、良い気味だ。俺ばかり苦しんでいては割が合わん。理屈じゃない。


 俺は、というと。

 なんか最近こんなことが多いような気がしつつも、痛みにかすむ意識を手放した。

内容的には、あんまり進んでいません。

いろいろなことは次の話でつないでいく予定です。

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