表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/37

第十七話 魔王の心

もう、何日開いたのか数えることもアレなくらい空いてしまってすいません。

ようやく時間が取れました。

 チョキとパーが出る。

 まるでそれ以外のルールなど存在しないかのように確定された勝負を続ける二人。

 儀式のように何度も繰り返し、勝敗はすでに逆転している。それでもじゃんけんを繰り返す様は、見る者にそれ自体が罰であるかのような錯覚さえ抱かせるだろう。


「……俺の勝ちだな」

「ああ。そうみたいだ」


 城門を潜り抜け、国内に入った時点で、ウェルザの勝ち星はすでに数えるのも無意味となっていた。

 それでも合図代わりにウェルザがつぶやき、俺も答える。馬鹿みたいにパーを出し続けていた右腕も、それに合わせてようやく止まった。

 荷馬車を降り、ニュクスが何か言いたそうな目でこちらを見る。が、何も言わずに小袋を手渡した。

 中には俺が散々に欲しがっていたガルドが入っている。重量もそれなりにあるのだろう、その金額を数えることもせずに懐にしまった。


「商売は大助かりだよ。君たち二人には、相応の報酬を支払ったつもりだ」


 ニュクスの言葉を聞きながら、ウェルザはおもむろに小袋を覗きこんだ。そして顔をしかめる。


「俺が言えることじゃねぇが、これは貰い過――」

「言ったはずだよ、二人には相応の報酬を払っている。君たちにはそれを受け取る義務がある。……それに、な」


 ニュクスは寂しそうに薄く笑った。


「この先の問題には、私は立ち入れそうもない。もっと若く、力があれば違っていたかもしれない。無力な自分を騙す、そんな見栄を張らせてはくれないだろうか」


 ここまで言わせてしまったら、もう受け取るしかない。ウェルザはそれ以上何も言えずに受け取り、俺も素直に頭を下げた。

 ニュクスは満足そうにうなずき、荷馬車に乗って去っていく。向かう先が商人ギルドか、それとも薬草を使った薬屋かは知らないが、空気の読める商人には素直に感謝した。

 荷馬車が夜の闇に紛れて見えなくなるまで見送ってから、俺たちも動き出す。


「ラッセル……、どこで話す?」

「俺の……いや、勇者オリオンの屋敷でいい。誰にも聞かれたくはない」


 静かにうなずいて、ウェルザは息を吐いた。緊張しているのだろうか、表情が若干強張っている。彼らしくもない。

 突然失踪し、記憶をなくして戻ってきた救国の英雄。そんな人物の抱えている秘密を打ち明けられる、というのはどんな気分なのだろうか。まぁ、こちらはこちらでどう話そうか、どこまで話そうかと考えているのだ、相手の気持ちを察する余裕がないのは同じことだ。

 特に会話もなく国の中を歩いていく。


 国の中央にある橋を渡り、屋敷が見えるようになった。もっとも、常人ではまだ夜の闇で見えないが。

 ふと、屋敷の中に緑色の魔力を感じる。フェルレノだ。たった半日しか離れていないはずなのに、何故か大きな壁ができてしまったように感じる。いや、それは一方的に俺が負い目を感じているだけなのだが。

 ……フェルレノにどんな顔をして合えばいいのだろうか。

 腹が減ったらいつの間にか魔族を一人喰ってしまいました。

 なんて言えるはずがない。嫌われたく、ないし。

 ……隠しきれるものなのだろうか。俺自身ほとんど忘れかけているが、魔族の中には俺を飽きずに視ているやつがいる。千里眼やらなんやらの能力なのだろう、その気配はずっとある。

 いつかフェルレノにも知れるかもしれない。

 いっそ隠さずに全部伝えて……だが、白状して何になる? フェルレノが怯えるだけだ。

 隠すべきことを隠さないことが、正直ものだと、美徳であると勘違いしているのか?


 ――お前は、ただ自分が楽になりたいだけだ。


 カチっと、頭の中でナニかのスイッチが入った。思考はすべて逆転し、自分が汚い生物であることを自覚する。

 酷い気分だ。


 そもそも、ウェルザに俺の身の上を話して何になる? ウェルザがなんとかしてくれるとでも思ったのか? 違う。ただ丁度良いタイミングでウェルザがいたから、俺は誰かに肯定されたくてこんなことを言い出したのだ。自己満足以外の何物でもない。そのために俺の秘密を話して何になる。

 もしウェルザが俺と敵対すれば、最悪この国にはいられなくなる。フェルレノと俺の命が狙われることにもつながる可能性がある。

 そんなリスクを冒してまで、なぜウェルザに話してみようと思ったのだ?

 いったい、何故?


 情に流されるな。気分で物事を見誤るな。

 メリットとデメリットをよく考えろ。

 目的のために動く人間であれ。

 そんな言葉を言ったのは、誰だったか。


 遠い記憶の向こうで、厳しい顔をした誰かがこちらを見ている。


 気分がワルイ。本当に、ヒドイ気分だ。


「おいラッセル、大丈夫か?」


 表情にまで出ていたのか、ウェルザが心配そうな声を出した。

 何でもないように首を振ると、地面にポタポタと水滴が落ちる音がする。そこで初めて、自分が大量に汗をかいていることがわかった。

 なんだ、これは。

 誰の記憶(・・・・)だ?


「……話をする前に、一度湯に浸かりたいのだが、いいか?」

「あ、ああ、別にいいが……、本当に大丈夫か?」

「問題ない。本当に、大丈夫だ」



 屋敷に到着し、壊れた鍵はスルーしつつ中に入っていく。まるで間男のように足音を消し、フェルレノとの遭遇を一秒でも遅くしようとする自分に気づいて呆れた。しかも無意識だった。

 俺も相当、心が弱い。 

 浴場は一階の奥だ。湯が出るかは知らんが、なければないで今は何とでもなる。

 ウェルザには適当に屋敷の中にいてくれと言い残し、俺はそのまま浴場に直行する。衣服を適当に脱ぎ散らかし、着替えも用意しないままに浴室へ入る。

 ちなみに、予想に反してお湯は勢いよく流れ出てきた。

 家の中を散策した時も少し思ったが、さすがに救国の英雄が住んでいた家だけあって、豪華だ。そして浴場もでかい。当然、湯が張るにも時間がかかる。

 俺は適当に中を見回し、使われていないことが一目で分かる石鹸と木桶を発見した。さらに、紐を何本も束ねたものを見つける。これはあれだ。正式名称は知らんが、身体を洗う時に使うタオルのようなものなのだろう。リーゼの宿屋にはなかったものだ。

 湯を身体にかけ、石鹸を泡立てて紐束で身体を擦っていく。

 身体を洗い終え、そういえばまだ残っていることを思い出す。

 魔力を背中にも充満させ、黒い力を循環させる。

 相変わらず慣れない感触とともに背中に重量が発生する。ぐぐっと、引っ張られる感覚。


「翼、か……」


 分厚いカーテンのように、力なく垂れた翼。なんとも、腑抜けた今の俺に相応しい。

 いや、ぼんやりとするのはやめよう。今はウェルザを待たせている。さっさと上がるのがマナーというものだろう。

 俺は糸束を片手に気を取り直す。

 ちなみに、翼の片側を洗ってから気付いたのだが、別にサイズが大きいまま洗わなくても縮小してから洗えば数秒で洗えることがわかった。

 魔力を制御し、再度翼を体内に引っ込めてから、風呂からあがる。

 脱衣所代わりの部屋で、汚れた服を拾って匂いを嗅ぐ。

 血のにおいがする。しかもこれは魔族の血だ。とても着られるものじゃない。

 俺はまとめて籠の中に押し込み、後で洗うことにする。

 しかしそうすると、着る服がないな。

 ……魔法で編めばいいか。

 俺は魔力を練り、衣服をイメージする。こちらの世界の服を強くイメージしたが、


「……何も出てこないな」


 魔力が変質する感覚すらない。完全に無反応だ。

 火も起こせる。水も出せる。金属を溶かすこともできる、空間を切り裂いてゲートだって作れるというのに、服は作れないのか。

 まだ、魔力に関しては分からないことが多いと考えたほうがよさそうだ。

 俺は諦め、そのまま裸で脱衣所を後にする。


「出たか、ラッセ――げ。なんで裸なんだよ」

「服を忘れたのだ」

「妙なところで抜けてるな、お前……。ところで、その痣、頬だけじゃなかったのか。どうしたんだ?」

「ああ……。知らん。いつできたのかも忘れた」


 ウェルザが俺の左胸、左肩から頬にかけて広がる蛇の模様に目を向ける。普通に見たら痣にしか見えないものだ。実際には転生時にできたものと思われるが、それを説明できるなら苦労はない。

 というか、指摘されるまで自分でも蛇の模様の存在を忘れていた。

 視線を胸に落とすと……気のせいか以前よりも薄くなっている。

 もっとはっきり刻まれていた気がしたが……気のせいか。

 ロビーに出て、階段をのぼり二階へ。勇者オリオンの部屋に出向くと、部屋の前にフェルレノが洋服を持って立っていた。

 う……。何故この部屋の前にいる。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「あ、ああ……」


 礼儀正しくお辞儀してくれるが俺は引け目を感じてまともにフェルレノに視線を向けていられない。

 フェルレノは気にした風もなく、普段通りに接してくれるようだ。まだ知らないのか。ならば、もう少しそのままで――


「こちらの服をどうぞ」

「助かる。……すこし、ウェルザと話してくる」

「分かりました。それが済みましたら私からもお話しがございますので、部屋に居てください」

「あ、ああ。わかった」


 ドクン、と心臓が一度だけ大きく跳ねる。

 何の話だ。後ろめたさがじわじわと心を侵食する。分かっていて知らないふりをするのはやめろ、とヒステリックに叫びそうになるのをどうにか堪える。

 くそ、大丈夫かと思ったがかなり精神的にきつい。嫌な感覚が頭をぐるぐる回る。吐いてしまいそうだ。

 同族殺し。裏切り者。そう罵られるのが怖い。

 嫌な予感は急速に膨れ上がり、心拍数が上がる。耳の奥でドッドッドッとなる心音が聞こえるのが、非常にうるさい。


「どうかされましたか?」

「……っ。何でもない」


 俺は素早く服を着て、逃げるように階段を駆け降りる。

 ロビーの下からこちらの様子をうかがっていたのか、ウェルザが少しだけ真剣な表情で言った。


「上に人がいるみたいだが、ここでも大丈夫か?」

「フェルレノだ。従者の。彼女なら……聞かれても大丈夫、だ」


 そう言い切るのに、躊躇いがなかったと言えば嘘になる。

 俺は結局、自分が魔族を喰い殺したことだけを伝えようと思っていた。

 最初は、すべて打ち明けるつもりだった。俺が魔族であることも。俺が魔王であることも。俺がこの世界の人間ではないことも。

 そのすべてに理解を示してくれなくてもいい。ただ、俺という人物が何者かを知り、その上で友人と扱って欲しかった。

 そんな自己満足。リスクとリターンで考えればすぐに分かる。

 リスクしかない。

 だから内容を減らした。俺が魔族を喰い殺した、というところだけ。それでも十分な異常だろう。

 この選択が正しいのか分からない。

 ただ、間違っていないことを祈るだけだ。


「ウェルザ、俺は、魔族を殺した。食い殺したんだ」

「…………」


 俺はあのとき、空腹で頭がおかしくなっていたこと、魔族という生命体を喰ってしまったこと。

 そして、激しく動揺していたことを伝えた。

 ウェルザは表情を厳しくして、黙って聞いていた。途中口を挟むこともせず、俺が話し終えると、静かに目を閉じた。 


「……話ってのは、それだけか?」

「…………」


 それだけ。是とも否とも言えず、黙りこむ俺を前に、ウェルザは小さくため息をついた。

 目の前に魔族を喰い殺した男がいるのに、ウェルザの反応はそれだけだった。

 このとき、俺はもっとよく考えるべきだった。この世界の人間にとって魔族とは敵であり、文字通り焼くなり煮るなり好きにすればいいのだ。

 考え方の根本が、俺とは違うことに。

 だが、このときの俺はそれに気づかず、ただ意外なウェルザの反応に驚いているだけだった。


「ッチ……。時間の無駄だったぜ」

「ウェルザ?」

「俺を信用してねぇやつと、これ以上付き合う義理はねぇ」


 そう吐き捨て、ウェルザは目に強い失望を浮かべた。

 その視線が、俺自身のすべてを非難していた。

 何を聞いても仲間だと、そう宣言してくれた人物を前に、俺は隠し事を続けていた。

 まだ出会って数日の俺を前に、最大限に気を使ってくれた男。そして俺のすべてを受け止める覚悟を決めた男。

 信頼できないことは裏切りにつながることを、俺はこの時、生まれて初めて実感した。


「あばよ」


 そう言って、振り向かずにロビーから出ていく後ろ姿。

 異世界での初めて仲間と思えた人物を前に、俺は見送るしかないのか。

 いや……それこそ、間違いだろう。

 刹那の間に、俺の中で凄まじい葛藤が溢れ出る。

 ウェルザを、ここで失うには惜しい。良い奴なのだ。性根の曲がった俺とは正反対の、良い奴なのだ。

 友人として、戦友として。俺のすべてを、賭ける価値がある。


 今度は、俺が覚悟を決める番だ。


「待ってくれ、ウェルザ」

「…………」


 俺の声音に何を感じたのか、振り向かないままで、歩みを止める。


「振り返れば、俺の本当の秘密がわかる。だが、お前に受け入れられなかった場合、俺はこの国を滅ぼすことに決めた」

「……なんだ、そりゃ。滅茶苦茶だぜ、お前。イカレてる」

「冗談だ。だがそのくらいの覚悟を以て、お前を信頼する。お前も、俺を信頼してくれるというなら、その肩に国の一つでも掛けてみろ」

「……ぬかしやがる。その覚悟、背負ってやるよ……!」


 そして、ウェルザは振り返る。

 漆黒の羽を広げた、魔王を前に。


 魔力をすべて解放し、自身の変化をすべて受け止める。

 ウェルザが受け止めてくれることを信じ、俺が俺自身を信じる。

 それがすべてを加速させることなど、全く知らないままに。


「な……」


 思わず漏れたウェルザの声を、どこか遠くで聴く。


 ただ、強く。どこまでも強く。すべては王という定めのために。

 魔族の頂点に立つ王者であるために。

 鋭利な爪も、化物染みた牙も、邪悪な翼も、すべてはその副産物。

 絶対なる強者。

 それが魔王。それが王者であり、それが存在意義。



「これが、非凡なる魔王の俺だ」


これからも更新したいと思いますが、

やっぱり遅くなるかもしれません。

あと、今回の内容は改訂して大きく変わる可能性があります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ