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     ギルドの仕事(4)

今回でギルドの仕事はラストになりますが……、実はまだ続いているっていう。どうしよう。

 レベラ王国への帰り道。薬草を満載して荷馬車の移動速度はかなり遅くなっていた。日もかなり傾き、じきに沈むだろう。

 俺は荷馬車の道を照らす松明の炎の準備をする。もう少し暗くなったら使うことになる。

 ウェルザはまた御者台の隣でニュクスの護衛をしているが、今回はむしろニュクスに掴まっている感がある。ニュクスは終始興奮した表情で、今日の体験がいかに非常識で素晴らしいものだったのかをウェルザに説いていた。彼は非常に微妙な表情をして、荷台の屋根の上にいる俺のほうをちらちらと見ている。助け船を期待しているのかもしれないが、ウェルザの顔が面白かったので俺は気付かないふりをしておいた。

「まさしく風のようだった! あんな走りが出来る人間を、私は彼のほかに知らない!」

 おそらく、ウェルザなら似たようなことはできただろう。俺は心の中でそんなことを思いつつ、揺れる荷台の上で頬杖をついていた。

 ニュクスの握る手綱が彼の腕の動きに合わせて振られる。そのせいで馬車が速くなったり遅くなったり不安定きわまりない。これはいただけないな。

 興奮したい気持ちは分かるが、はしゃぐのはもう少し後にしてもらえないだろうか、と俺もため息をつきたくなった。

 ガタガタと揺れながら荷馬車は進んでいく。日が完全に沈んでしまったのを確認して、そろそろかと俺は松明を燃やした。ライターなどと便利なものはなかったので、油をしみこませた布に、発火石という擦ると高温になる石を押し付ける。焦げるような音がして、すぐに火がついた。便利な石が存在するものだ。

 火がついた松明をウェルザに投げ渡す。ウェルザは恨みがましい目で俺をにらみつつも松明を受け取ると、それを荷馬車の進行方向を照らすように先端に括りつけた。

 赤々とした炎を眺めつつ、俺は頭の中で地図を展開する。もうしばらくすると、再度ライナム森林とレベラ王国の中間地点だ。つまり、野盗の頻出地点である。この暗くなったこの時間に荷物を満載の荷馬車が通っていれば襲われる可能性は高いだろう。野盗からすればいいカモだ。

 ならば、仕掛けてくる可能性は今が一番高い。

 まぁ、もし万が一野盗が荷物を奪ったとしても、中身は最低限の非常食と数の少ないキノコに大量の薬草のみ。野党側にしてみれば外れだろうな。

 そんな益体もないことを考えつつ、俺は周囲を見回す。松明の明かりのせいで暗闇が強調され、普通に見回しただけでは夜の闇を見通すことは難しい。俺は透視能力を使って周囲の警戒を始めた。これならば見える範囲に制限はあるものの、光も障害物も関係なく見通すことができる。

「ラッセル」

「なんだ?」 

 ウェルザが松明を括りつけたためにニュクスが話を中断したのだろう、これ幸いとばかりに荷台の上に上ってくる。

 ……しかし、今はいくら透視能力を使っているとはいえ、油断はしてほしくない状況なのだが。

「夜目は効くほうか? なんならこの俺が交代してやるぞ」

「かなり効くほうだ。そんなわけで引き続きニュクスと馬の護衛を頼む」

「くそ、この配置には悪意を感じるぜ」

「お前も賛成した配置だろうが。早く戻れ。この暗闇に乗じてくるかもしれん」

「わかってら」

 結果から言うと、わかっていなかった。俺もウェルザも、だ。

 けたたましい馬の鳴き声が響く。俺たちが驚きつつも馬を見ると、馬の肩のあたりに矢が刺さっていた。更に飛来してきた矢は、しかし即座に行動を開始したウェルザの大剣に叩き落とされて地面に落ちる。ウェルザの舌打ちがよく聞こえた。

「お、落ちつけ!」

 馬が痛みに暴れ始め、御者台に乗っていたニュクスが慌てて手綱を取ろうとするも、逆に振り落とされてしまう。ニュクスの細い身体が御者台から消え、地面に落ちる音がした。

「ウェルザ、お前は荷馬車を頼む。馬に刺さった矢は抜くな。血が流れるともっと困る」

「任せろ」

 持ち場を離れた責任を感じているのか、ウェルザにしては真剣な声音で返事が来る。

 俺は荷台から飛び降り、透視能力でしっかりとらえていたニュクスを助け起こす。幸いなことに、こちらに命中した矢は馬に当たった一本のみだったようだ。

 その後も、数は少ないが精度の高い矢が左右から降り注ぐ。そのほとんどはウェルザが弾き返していた。荷馬車は馬が暴れているためかなり揺れている。安定しない足場の上で、暗闇から飛来する矢を弾くという神業をやってのけるウェルザに感心するが、いつまでもはじき返すわけにもいかない。

 矢の数が少なく、さらに近接部隊の存在も見当たらない。おそらくだが、少数精鋭の野盗。

 俺には矢は来なかった。おそらく野盗は荷馬車の先端についている松明を目印にして矢を射ているのだろう。俺の透視能力でとらえきれないということは、少なくとも三百メートル以上離れたところから矢を放っている計算なるが……そんなバカな。この世界の人間は新人類か何かなのか? その距離で動いている対象に矢が当たるわけがない。だが、現に今もウェルザは大剣を振って矢を落としている。

 どこだ、どこから狙ってる――?


「く、見えん!」

「ラッセル! 落ち着け!」


 ウェルザからの怒声が飛んだ。俺は落ち着いていると叫び返しそうになり、熱くなっている自分に気づく。ウェルザの言う通りだ。まずは落ち着いて考えなくてはいけない。

 矢の弾かれる音を聞きながら馬に刺さった矢を観察した。矢は水平に馬に刺さっている。次いでウェルザの剣の振りを見た。切り下ろすようにして矢を弾いており、付け加えるなら常に荷馬車の水平以下に集中している。

 ……そういうことか。

 今更ながら、人影が見えないために遠くばかりを見ようとしていた自分自身に気づく。矢が水平に刺さっている時点で気づくべきだった。普通遠くから弓で狙った場合は、矢はゆるく弧を描くようにして目標に迫る。つまり、上から刺さるはずなのだ。

 ならば水平に突き刺さるのはよほどの近距離でなければ物理的に有り得ない。しかし近距離なら俺が見えないわけがない。だが、この透視能力も万全ではない。

 野盗の射手は、おそらく地面に伏せるようにしてこちらを狙っているはずだ。そして弓ではない。おそらく伏せて射るのに適したボウガンのような形状のものだろう。

 そして、俺の推論が正しければ、もう一つ、相手はこの透視能力の弱点を偶然にもついた戦略をとっている。

 カモフラージュだ。俺はわずかな変化も見逃さないように地面に目を凝らす。


「見えたっ!」


 野盗は地面と同じ土色の布を被っていた。そこからボウガンの射出口だけを突き出し、完全に地面に溶け込むようにして矢を射ている。夜の闇の中、常人では見破ることすら難しいだろう。

 気がつかなければ反撃もできずに一方的に矢で殺される。人数が少ないというマイナスも、発見のリスクを減らすことに一役買っている。小人数の野盗の見本のような戦術だ。

 今はウェルザが松明の明かりを受け派手に動いてくれているおかげで、陽動になっている。俺はニュクスを担いで素早く荷台に乗りこみ、籠の一つを取り出した。

「ここに隠れておけ」

 中の薬草を適当に取り出し、籠の中にニュクスを詰め込んだ。突然の出来事について行けず目を丸くしているニュクスは、俺に詰め込まれて籠の中にすっぽりと納まる。籠を貫通しても薬草で威力が減るかもしれない。何より、野盗にとって収入となる積み荷を狙うとは思えない。適当に丸まっているよりははるかに安全のはずだ。

 俺はそうしてニュクス入りの籠を他の籠の陰になるように置いておき、布に隠れた野盗を逆に奇襲するために駆けだす。もう一度荷台から飛び降り、一度離れる。

 確認できた野盗は全部で四人。少数だと思っていたが、ここまで少ないと逆に別同部隊がいるのではないかと不安になる。まぁ、野盗も人手不足なのかもしれないな。

 野盗たちはウェルザを射止めるのに躍起になっているようだった。誰も、こちらに意識を向けている者はいない。荷馬車から三時の方向に二人、九時の方向に二人。どちらも五十メートルほどの距離をとっている。挟み撃ちか。好都合だ。一度に二人を片づければ、別の二人に気づかれる前に再接近できる。

 まずは三時方向の二人。

 全身の魔力を活性化させ、強く地面を踏み締める。走って近づくより、跳んで近づいたほうが効率がいい。

「――っふ」

 軽く息を吐き、着地点を見定めて跳ぶ。幅跳び五十メートルは助走をつければいけそうだが、踏みこみではまだ少々無理がある。

 そう判断した俺は短い跳躍を二度、三度目は高く飛ぶように踏み込む。二歩の助走をつけた高跳びは三十メートルほどの高度まで俺を引き上げた。

 ……む。このまま放物線を描いて行くと、少し通り過ぎる計算になる。

 かと言って服を着たままでは翼も出せないし、さすがに空中で方向転換する方法など思いつかない。俺はカッコ悪いのを自覚しつつ、二人組から十メートルほど離れた場所に着地する。膝のばねを最大限に生かし着地の音を殺すも、さすがにすべては消しきれなかった。俺に近い一人が気づき、短い声を上げる。野盗の二人は起き上がり、一人はボウガンをそのまま構え、一人は刀身が妙な形に湾曲した曲刀を持ち出す。うむ、いい判断だ。隠れている位置がばれていると解った以上、布に隠れて狙撃するメリットはなくなったのだから。

 二人か。ウェルザが荷馬車とニュクスを全部守ってくれるおかげで、かなり楽だな。

 つまりは何の制約もなくこの二人を締め上げることができるということだ。

 だが、二人は俺のほうに向いているだけで固まったように動かない。

「どうした? こないのか?」

 俺は何も持っていない手を広げて見せる。と言っても周囲は相も変わらず暗いままだ。あの二人に俺の姿が見えているかどうかは分からない。

 ボウガンを持った野盗が、挑発に乗ったのか矢を発射する。しかし、それは見当違いの方向に飛んで行った。どうやら見えていない。曲刀を取り出した男も、俺の声に反応してビクリと身体を震わせたが、切りかかってくる様子はない。

「……そうか。お前たち、いままで気づかれたことがなかったのか」

「く、くそ。見えてんのか?!」

「やめろ、声を出すな!」

 ボウガンを持った男は仲間に注意しつつ、もう一度俺の声を頼りにしてか矢を射出する。なかなかいい狙いだ。だが惜しい、まだ三十センチほどズレている。

 俺は左肩の上を通り過ぎようとしていた矢を無造作に掴み、逆に投げ返す。矢など投げた経験がないため、うまく狙い通りの軌道にならない。矢は野盗の近くの地面に落ち、音を立てた。

 二人はぎょっとして後退し、十メートルほど下がってから再度目をいっぱいに見開く。本当に見えていないようだ。

 なんというか、こちらだけ見えているのが申し訳なくなる。

 俺はまっすぐ二人の野盗に歩いて近づいて行った。

「すまないが、君たちの動きは手に取るように分かる。大人しく捕まれば良し。抵抗はお勧めしない、君たちの右腕がとても痛いことになる」 

 俺の親切心といたずら心のたっぷり詰まった言葉に、矢で返事をする野盗。今度こそ俺の頭めがけて飛んできた矢を、やはり先ほどと同じように掴み取る。

「惜しい。もう少し右だ」

 実際、もう少し右で顔面のど真ん中だった。歩調を変えず、そのまま近づいていく。

 ボウガンの野盗は焦ったように次の矢を引き絞り、放つ。胸のあたりに当たる矢を掴み取り、二本の矢を弄びながら投げやりな言葉を返す。

「残念。そこは採点の範囲外だ」

「く、くそっ」

 ボウガンを持つ男まで、残り十メートル。懲りずに矢を射る男は、俺の足音が近づくたびに動作に余裕がなくなっていった。射ては採点。射ては採点。その繰り返し。

「――っ!」

「良いね。あとちょっとで満点だった」

 ボウガンを持つ野盗まで残り五メートル。眼球を抉る軌道の矢をやはり掴み取り、俺は呑気な声を上げる。本当言うと、降参してほしかったのだが。 

 懲りずに矢を番えようとするボウガンの男の前に立ち、必死に矢を番えている男を眺める。

「うおおおおおっ! 喰らえっ!!」

「いや、タイム・オーバーだ」

 構えたボウガンから矢が飛び出そうとする。しかし、そのボウガンの射出口から矢がわずかに動いた瞬間、俺はその矢を指でつまんで止めていた。

 俺は宣言通りに野盗の右腕にチョップを入れる。骨に罅が入るか骨折する程度の力加減。パキっと乾いた音がした。

「ぎゃああぁぁぁあああっ!!」

「これを返す」

 痛みに絶叫する男の左手を掴み、俺が受け取った矢を握らせる。男はびくっと震え暴れようとしたが、自分が握ったものを理解すると痛みも忘れて押し黙った。

 結局最後まで動けなかった曲刀を持った野盗は、どうやら自分の仲間が降参したことだけは理解したらしい。持っていた曲刀も放り投げ、両手を挙げてその場に座りこむ。

「いい判断だ。仲間を連れてあの荷馬車まで歩いて行け。無謀な真似をした場合、首がとても痛くなるぞ」

 俺の言葉に小さくうなずいた男は立ち上がり、座り込んでしまったボウガンの男の右手を取って立ち上がらせようとする。偶然だろうが、当然痛い。ボウガンの男は絶叫を上げ、仲間の男は慌てて手を離した。

「ど、どうした?」

「右腕、折れてんだ……」

 力なくつぶやくボウガンの男は、ボウガンを捨てて仲間の肩を借りて立ち上がる。痛くなる、の意味を理解した降参したほうの野盗は、とっさに首に手を触れて顔を青ざめさせた。

 荷馬車の松明を目印に歩き始めた二人を確認し、俺は捨てられた曲刀を拾い上げてから、九時方向の野盗を捕らえに走り出す。

 ウェルザには何も言っていないが、無抵抗の二人を殺すほど慈悲のない男ではないだろう。

 ちらっとウェルザのほうを見ると、片側からの矢が飛んでこなくなったので楽になったのか、先ほどよりも余裕を持って矢を弾いている。いつのまにか馬が疲れと痛みで走る気をなくしたのか、座りこんでいるのもプラスに動いたのだろう。足場にしている荷馬車は揺れることもなく、ウェルザが矢を打ち漏らすことはなさそうだ。


 九時方向の野盗たちは、片側の仲間の射撃がなくなったことを疑問に思っているようだった。小声で仲間同士で囁きあっているのを、聴覚強化ではっきりと聞いていた。

 俺は再度回り込み、先ほどよりも今度はしっかり狙って跳躍する。今度は狙い過たず野盗のすぐ後ろに着地した。足音を聞いた一人が振り向く前に後頭部を殴る。少々強く殴りすぎたのか、野盗の頭は地面に二回ほどバウンドしてから止まった。歯が三つほど、ころころと口の中から出てくる。

 ……少し、可哀そうな真似をしたか。

 気絶したらしい一人を放っておき、俺は物音を聞いて異常に気付いたもう一人に跳びかかる。まだ伏せた姿勢だった野盗の背に乗り、構えていたボウガンを踏み付ける。

「ぎゃ!!」

 野盗が悲鳴を上げた。靴底越しの感触で分かりにくかったが、どうやら手も一緒に踏んだらしい。まぁ、好都合か。

 俺は野盗の背中の上に乗ったまま屈み、片手で男の髪を掴み強制的に持ち上げ、曲刀を男の喉元に突き付ける。冷たい金属の感触と肌に食い込む鋭い痛みで何を突きつけられたのか理解したらしい男は、小さな声で懇願した。

「た、助けてくれ……」

「信じられると思うか?」

「た、頼む。死にたくない」

「そうか。では武器を捨てろ。それから隣で気絶している男を連れて荷馬車に来てもらおう。お友達はもう来ている」

「わ、わかった……」

 俺はゆっくりと剣を収め、背中から下がる。男は自由になった途端、曲刀を取り出して闇雲に振りまわした。

 こいつ、俺が見えてもいないのに抵抗を始めたぞ……。

「今日一番、お前が愚かだったな」

 振り回している右腕をつかみ取り、ねじるようにして地面に押さえつける。男が悲鳴を上げる暇も与えないうちにそのままねじ切った。腕の筋肉と骨が負荷に耐えられずにちぎれ砕け、元の世界でも修復が困難なほどの状態になる。俺は優しくはあっても甘くはない。想像を超える激痛に男は絶叫を上げた。

 いや……ウェルザからすれば、殺さない時点で甘いのかもしれないな。

 右腕を抱えて涙を流している男と気絶している男を引きづり、俺は荷馬車に戻った。


「気絶に骨折に筋損傷……。だめだ甘い。甘すぎる。俺の苦労に見合わん」

「ウェルザ……」

 開口一番、ウェルザは不満を訴えてきた。もっと痛めつけてやらなければ気が済まないという彼の訴えをどうにか落ち着ける。荷馬車の両側から飛来する矢すべてを叩き落としたウェルザが今回一番大変な立ち回りだったのは認めるが、必要以上に痛めつけるのは俺の趣味ではない。

 少々薬草臭くなったニュクスは疲れた顔をしつつも、大きな被害なく済んだことを喜んでいる。今は隠れていた籠に薬草を詰めなおし、馬の様子を看ていた。

「どうだ? 馬はまだ走れそうか?」

「歩くことには問題ない。だが、この荷物を運ぶというのは……。一度荷物を置いてレベラに帰って、代わりの馬を連れてくる必要がありそうだ」

 ニュクスは顔をしかめてそう評する。馬は今は矢を抜かれ、傷口に布を押し当てている。長時間矢が刺さったままというのは馬に大きなストレスがあるらしい。

 血止めの処置ができるならさっさと抜いたほうが正解のようだった。

「……ともあれ、これで神託の危機は過ぎ去ったわけだ。無事で済んで何よりだ」

 ニュクスが馬の手当てを素早く済ませ、荷台と切り離す。身軽になった馬の背にまたがり、ニュクスはウェルザを指差す。

「今度はウェルザくん、一緒に来てくれたまえ」

「今度は俺か」

「バランスがいいだろう?」

 ニュクスは意味ありげな笑みを浮かべて俺を見る。俺はその視線の意味に気付き、軽く目礼をした。ウェルザと野盗をセットにして置いておくと、野盗の怪我が増えているかもしれない。

「分かった、俺はここでこいつらの見張りと積み荷の護衛をする」

「うむ。ではウェルザくん、レベラまで帰るとするか」

「おう。……ラッセル、そいつら逃がすなよ。レベラでしっかり罪を償わせてやる」

「任せろ」

 俺が頷くと、ニュクスはウェルザに合わせるようにゆっくりと馬を走らせた。だが途中でウェルザに何か言われたのか、速度を上げていく。そのうち馬の方が追い付けなくなり、ウェルザが怪我してるんじゃ仕方ない、というような顔を浮かべたのが見えた。あいつ、本当に人間か?


 俺はその場に残され、そわそわしている野盗たちを放っておいて荷台のそばに座った。が、気が変わって一言だけ忠告しておくことにする。

「妙な動きをしたら全員の歯を折るつもりだから、そのつもりで」

 野盗たちが怯えながら小さくうなずくのを確認して、俺は夜空を見上げる。

 今の時間は……だいたい20時前だろうか。

 何か、大切な事を忘れている気がする。それなりに気張ったせいで疲れがあるし、俺の勘違いなのおかもしれないが。

 ……なんだったか。

 それにしても、なぜか気分が悪い。吐き気がする。なぜだろう、とくに何かした覚えもないというのに。

 そういえば、20時には帰らなければいけない理由があった気がする。

 なんだったか。

「あー、腹減った」

 ……今、何と言った?

 野盗の一人がこぼした言葉が、ゆっくりと耳の奥に浸透していく。脳がその意味を理解し、本当に忘れていたその事実を思い出した。

 そうだ、俺、腹が減ってたんだ。

 ぐる、と腹のなる音がする。ヤバイ。腹が減った。思い出したら止まらない。

 腹が減った。減った。減った。へった。へった。食べ物。たべもの。タベモノ。たべのも。

 他に何も考えられなくなってきた。もう、依頼とかどうでもいい。腹が減った。だがおかしいではないか。この俺が飢餓で苦しんでいるなどと、バカな。

 俺にはいつだって食べ物に困る時なんかなかった。おかしい。俺は俺だ。だから今だって食べ物に困るわけがない。

 見回せば、いつだってうまいスープと肉が置いてある。

 今だってそうだ。ほら、すぐそこに、うまそうなのが、四つ(・・)

 松明の光を浴びておいしそうな肉が見える。一つは筋張ってそうだが……、他のやつはまだうまそうだ。でもアレはスープの量が少なそうだなぁ。

 どれにしようか。……どれでもいい。どうせ全部食い尽くすのだから。

 さて、どれから食べようか。

 何か喚いている気がするが、気のせいだろう。食べ物がこの俺に意見するわけがない。

 一つを掴み、においを確かめる。うーむ。あまり良いにおいじゃないな。もう少し薫りつけをどうにかしたほうがいいのではないか?

 まぁ、見た目も匂いもよくないが、食わず嫌いはいかんな。

 俺は一口目をいただこうとして、――ふと思い出した。

 ……まてまて。

 そう言えば俺は料亭魔王で飯を食うために頑張っていたんじゃないのか?

 空腹に突き動かされて何かを喰ってしまうなど、この俺の矜持が許さない。そんなカッコ悪い真似は駄目だ。フェルレノとリーゼにも笑われてしまうかもしれん……。

 それは駄目だ。

 そうだ、料亭魔王に行こう。レベラ王奥に向かおう。

 何か必要なものがあった気がしたが、まぁ後でもいいだろう。


 俺はゆっくりと手に持った食べ物を置いて、その場を離れた。

 向かうは料亭魔王。この俺の空腹を満たすための、これは戦いなのだ。

どんどんおかしな流れに……。

でもこれでいいのです。

ただ、読者様が付いてこれるか心配です。

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