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     ギルドの仕事(2)

更新遅くてすいません……

 出発の時間を細かくは指定されていないようだから、今から商人の待つ宿屋へ出向いても大丈夫だろう。

 俺は空腹に促され、しかしそれと悟られぬようにしつつ戦士ギルドを出ていく。

「おいおい、もっとゆっくりしても良いじゃんかよ……」

 ウェルザは不満を訴えつつも付いてきた。

 商人の護衛。ランクはC。ルートはレベラ王国からライナム森林まで。周辺には魔物の類はあまり出ず野盗の方が多くいる、とはマスターの忠告だ。Dランクのゴブリンよりもランクが高いというのは、それだけ人間が厄介だということなのだろう。

「野盗か。なら、遠慮はいらねぇな」

「どういう意味だ?」

「斬り捨てて良しってことだよ」

 殺す、ということか。物騒な話だ。人間が人間を殺す。……あまり考えたくもないことだが、守ることしか考えていない俺も、殺す日が来るのだろうか。

「別に不殺の信念を持っているわけではないが……、できるなら殺さずに済ませたいものだ」

「へぇ? そういえばお前、剣はどうした?」

「…………」

 熔かされましたとは、やはり言えないよなぁ。

「折れた。根元からぽっきりとな。だから捨てた」

「はっはーん。わかったぞ。昨日の俺との戦いだな。そうか、俺の剣圧が強すぎたかっ。それは悪かったなぁ、ラッセルくぅん」

「……くそっ。ムカツク」

 わざとらしく肩をすくめて見せ、妙にしなりをつけた口調が殴りたいほどに憎たらしい。だが勝手に都合の良い解釈をしてくれたのだ、わざわざ突っかかる必要もあるまい。

 だがそれはそれ、これはこれだ。舐められたままではいられない。

「ああそうだ。貴様のせいだ。腹が立つから貴様の武器を寄こせ」

「……ほう?」

 ウェルザの目が危険な光を放つ。

「いいぞ。使ってみせろ。その剣を振れたらの話だがな」

 言いつつ、手にしていた大剣を放って寄こす。その素直な態度に違和感を覚えつつ、俺は棒きれでも掴むように柄を取ろうとして、

「おお?!」

 重い。普通の両手剣とはこんなにも重いのか? いやばかな。ウェルザの大剣がバカみたいに重いだけだ。

 ずしりと腕に来る重量は軽く成人男子一人分。普通の人間では振るどころか持ち上げられないだろう。

 この俺にしたって純粋な筋力だけでは扱いきれない。ウェルザは別に筋肉質と言うわけでもないのに、これほどの重量を扱えるというのは悪い冗談に思える。

「はっはー。ラッセルくんにはまだ早かったかな?」

「おのれウェルザ! この俺を舐めるな!」

 止せばいいのに、と冷静な頭で考えつつも、俺は腕に魔力を注入。一時的に筋力を強化し、大剣を振る。一度と言わず、二度三度。振る! 振る! 振るっ!


「――っずぁ!!」


 渾身の力を込めて、真横に一線。

 空気を切り裂く音すら置き去りにして、神速の斬撃を披露する。遅れて剣圧で風が起こった。

 それを見たウェルザが瞠目する。ふはは、いい気分だ。そしてこの俺を崇拝しろっ!

「ふ。どうやらこの剣では、俺には軽すぎるようだな、ウェルザくぅん」

 表情が固まったウェルザに嫌味な口調と余裕の笑みを添えて大剣を投げ返し、俺は気分よく前を向こうとする。しかし、

「甘いな」

 その一言ともに、ウェルザが振り抜く七線。魔力で強化した俺の振りと同等の速度で、ウェルザは周囲を斬り払った。

 ……ばかな。魔王であるこの俺だからこそできる芸当であり、人間であるウェルザにできるわけがない……はずだ。

「はっはー! 力任せに振り回すなど、華麗なるこの俺からすれば児戯。剣の扱いは俺のほうが上手いことを覚えておけラッセル。これが実力だ」

「うぬぬぬぬぬ……!」

 いや、実際には俺にでもできる。しかし、魔力の補助を使わずにできるかと問われれば正直自信はない。

 不快だが認めよう、剣の扱いはウェルザのほうが上だ。やはり現代で剣道や薙刀をかじったとはいえ、剣を扱うことが日常となっている者より扱えるということは難しいようだ。

 この非凡たる俺が何者かにリードされるなど今まで一度もなかったというのに……。

 なかったというのに。

「……ふん。悪くない」

「あん?」

「悪くない、と言ったのだ。その調子で精々、この非凡なる俺に遅れないようにしろ」

「はっはー。ラッセル、お前こそこの華麗なる俺に追いつけるか?」

 ニヤリと自らの意地とプライドを掛けた笑みを交わし、俺とウェルザは肩を並べて歩く。

 赤獅ウェルザ。只者ではないようだ。


「でよ、忘れそうになったがお前、剣はいらねぇのか?」

「む。そういう話だったな」

 もとより徒手空拳が基本の俺。元が剣の話だったこと、互いを認め合ってもそれは本筋ではないことを思い出した。

 ……(武器)か。

 硬い鱗を持つ魔族が襲ってこない限り問題はないように思える。それに今から向かう先は魔族よりも野盗が多いという話だし。野盗もそれなりに訓練されている人間なのだろうが、隣にいる赤獅ほどではないだろう。対人戦で後れを取ることはない、と結論しても大きな問題ではあるまい。

「剣か。無くても戦うことに支障はないな」

「やけに自信満々じゃないか」

「当然だ。この俺だからな。それに今回はお前も付いている」

「ま、確かに当然だな」

 ウェルザの同意した部分は自分が付いている、という部分のみだけなのだろうが、即答だった。少しは謙遜したらどうだ、などとは思わない。ウェルザならそう言うだろうことは分かりきっていた。

 ウェルザと俺は、メインストリートを南下し城門へ向かう。商人のいる宿屋は城門近くの宿屋。

 俺とウェルザは宿屋の看板をかけられている大きめの建物を見つけると、そこへ入って行った。

 小奇麗なフロントに入ってすぐ、控えていた女性から声をかけられる。思った以上に対応が良いな、ここ。

「ようこそ『止まり木』へ。ご宿泊ですか?」

「いや、人を探してる。この……」

 俺は戦士ギルドのマスターからもらった以来の詳細が書かれている紙を取り出した。そこには商人の名前が書かれている。

「ニュクスという人物だ。戦士ギルドの紹介だと言えばいい」

「少々お待ちください」

 一礼して女性は立ち去っていく。元の世界とは違い通信手段はないのか、カウンターを素通りして女性は廊下へ消えた。あの向こうに宿泊部屋があるのだろう。

 すぐに現れるかと思いきや、時間がかかっていた。

 俺とウェルザは適当に時間をつぶして待つ。俺はウェルザにじゃんけんの遊びがあるかどうか尋ね、なかったので暇つぶし代わりに教えていた。

「なるほど。これが『グー』でこれが『パー』か。『チョキ』は面倒な形だな」

「ならばグーとパーだけで勝負するといい。俺もそのほうが助かる」

「そうか?」

 などと俺が適当なことを吹き込み、ウェルザが途中で何かに気づいて意気揚々とグーとチョキとパーが混合した、元の世界の小学生がやるような手を編み出したようだった。とりあえずルールの存在を再確認すると、ルール違反だということがすぐにわかったようでなによりだ。

「じゃんけんに必勝法はないのか?」

「基本運で勝負だが……中には心理戦に持ち込もうとする者もいる」

「心理戦?」

「ようは相手の手を読むのだ」

 ウェルザが理解できない顔をしていたので、実際にやってみることにする。といっても、これはただの時間つぶし。遊びだ。

「いいか。俺は最初にパーを出す」

「なるほど。なら俺はチョキを出せばいいわけだな」

「そうだ。ここからが始まりだ。俺はそう宣言するが、俺は嘘をついているかもしれない。お前が正直にチョキを出してくることを予想してグーを出すかもしれない」

「なら俺がパーを出す」

「それすら予想してチョキを出すかもしれない」

「……はっはーん。どこまで相手が自分の手を読むか、見極めればいいってことか」

「そういうことだ」

 まぁ、そう仕掛けても相手が何も考えずに出すときはあるし、むしろその場合なぜか負けることが多い気がするが。

 ウェルザが得心した顔でうなずいた。

「なるほど、じゃんけんとは案外奥が深いものだ。すべて理解した」

 そうして、ウェルザは挑発的な笑みを俺に向ける。自信満々、といった風だ。

「さっそく勝負だ、ラッセル。俺が勝ったら、一つ言うことを聞いてもらおうか」

 ……素人にしては高いハードル設定だ。俺はその自信の根拠と一つの内容を推測しつつ、勝てるか負けるかを考える。

 む……たぶん勝てる。

「ふむ。ならお前が負けた場合どうする?」

「俺が勝つまでやる」

 ……話にならんな。俺は呆れて近くのイスに座った。ウェルザが正面に座り、勝手に「じゃーんけーん」と始める。

 仕方ない。教えた者の務めだ。つき合ってやるか。

「ぽん」

 俺はおもむろにチョキを出した。対するウェルザの手はパー。

 悔しげなウェルザ。愉快な俺。

 読める読める。面白いほどに思考が読める。本当にウェルザの心を読むまでもない。

 ウェルザは妙なところで鋭い男だ。だから心理戦と聞いた時、ウェルザは自分の発言を思い出したはずだ。チョキを出すのが面倒だと。そして俺ならその発言を覚えており、あえて面倒なチョキを出すウェルザを予想してグーで勝ちに来るはず。つまりウェルザの予想した俺の手はグーだった。

 そこまでウェルザは俺の頭の中を読んだはずだ。その思考過程は正しい。だが、俺はウェルザがそう考えてパーを出すところまで読み、逆にチョキを出した。

 これはある意味、自分がどこまで相手の思考の癖を知っているかで勝負が分かれる。別の視点から見れば、相手を信頼しているとも言えなくもないだろう。

 相手はここまで考える。ここまでは思いつかないだろう。逆にこうは考えないだろう。

 互いに読み合いをした場合には、より深く相手を知っている者が勝つ勝負方法なのだ。

「……くそ、負けちまった。俺が思ってるよりもラッセルはもっとズルいやつだったってことか。見損ったぜ」

「当然の結果だな。逆にウェルザ、お前は俺の予想通りの男だったということだ。そのまま俺の手の上で踊れ」

 軽口を叩き合い、それじゃもう一回とウェルザが呑気に腕を伸ばしたタイミングで、宿屋の受付の女性が戻ってきた。その背後には初老の男が一人ついてきている。察するにあれが商人ニュクスか。今回の護衛対象で、俺の初仕事の依頼主になるわけだ。白髪交じりの髪の毛を後ろに撫でつけ、上品な服に身を包んでいる。

 彼は眉根を寄せ、いかにも気難しそうな雰囲気の人物だった。

 ニュクスは受付の女性に目礼すると、こちらに歩いてくる。俺たちも立ち上がろうとするも、ニュクスに手で制される。座ったままでいいようだ。

 彼も開いている椅子の一つに座り、俺たちは向き合う。

「私がニュクスという。よろしく頼む」

「ウェルザだ」

「俺はラッセル。こちらもよろしく頼む」

 順に名を名乗る。ニュクスは俺の名乗りを聞いて、首をわずかに傾げた。

「赤獅ウェルザ、君の活躍はこの老骨も聞いているよ。頼りにしている。そっちの君は、勇者オリオン……とよく似ているが、別人なのかね?」

「いや、間違いではない。ただ今はラッセルと名乗るようにしているだけだ」

「ふ、そうか。それは愉快だ」 

 何をか含んだ笑い声とともに、ニュクスは俺を意味ありげな眼で見やる。

 ……いや、意味がわからないが? 何が愉快なんだ?

 俺の頭に浮かんだ疑問符には当然気付かず、ニュクスは顎に手を添えて上機嫌の様子。

「手違いで依頼書が今日になってしまったときはどうなるかと思ったが……、まさか赤獅と勇者の護衛が付くとは。運がいい」

 ニュクスは立ち上がって腰のポーチのようなものから小袋を取り出すと、それを俺たちに手渡す。

「前金だ」

「ほお」

 前金と渡されたものの中には銀貨が二枚。それを受け取りウェルザが感心したような声を上げた。初依頼なので何に対して声を上げたのか分からない。あとでそれとなく聞いておこう。

「準備ができているのなら、すぐにでも出発したいと思うんだが、どうだね?」

「いつでも準備オッケーだ」

 俺が何か答えるより早く、ウェルザが応える。俺も首を縦に振り、同意を示す。ニュクスは満足そうにうなずき、ふと俺に目をとめた。

「失礼だが、何か武器は持たないのかね?」

 む。やはり護衛される側としては不安か。まぁ、向かう先には野盗が多くいると聞く。武器を持った人間に武器を持たない人間が立ち向かうのは、常識で考えれば無謀でしかない。

 非凡なる魔王兼勇者の俺にとっては、そんなことは微塵も関係ないのだが。

「武器は持たないが、安心してほしい。これが俺の武装だ」

 元の世界で成功するためにもっとも大切なもの。それは確かな実力に裏打ちされた自信、ではない。それを相手に理解させるパフォーマンスだ。

 俺は軽くこぶしを握り、ジャブを繰り出す。ボクシングで素人の観客にアピール性のある技、それは意外にもストレートやアッパーなどの派手な技ではなく、単純に早いジャブだったりする。

 ただの人間でも鍛えればかなり速くできるジャブを、魔力の後押しも利用して超高速で行う。秒間七発。普通の人間の倍ほどの速度で拳を走らせると、ニュクスは引き攣り気味に笑った。

「これは失礼した。……では行こう」


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