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プロローグB ~優秀な俺、誕生~

 俺は暗闇の中にいた。

 体の感覚は曖昧で、だけど意識だけは覚醒しているような、そんな不思議な暗闇の中。

 というか、俺って死んだのではなかったのか?

 思い出す、勇者との戦闘。

 心臓を確かに貫かれた感覚と、目前に在る勇者の姿に悲しみを覚えて、そこからの意識はなかった。それこそが死なのだと理解した。

 魔王として転生し、わずか一日で討伐されてしまった俺。魔王が勇者に討伐されるという、まったく面白くない結末を迎えてしまった俺。

 あの時の戦いを振り返ってみれば、魔王としての身体能力以外、何も使うことはできなかった。仮にも魔王なら、魔法くらいは使えるはずだろう。だから使えなかった俺の負けは必定で、勇者にしてみれば御しやすかったのではなかろうか。

 そんな風に短かった過去を振り返るが、では今はどういう状態なのだ? と意識は現状に向く。

 相変わらず、体はどこかふわふわしている。身体があることだけははっきり分かるが、そこからは何の感覚も伝わらない。

 頭だけは回るが、それも同じところをぐるぐる回っているようでは無意味だ。

 このままずっとこの状態が続くのだろうか。それは暇だ。退屈すぎて死ぬ。いや、この状態が死なのだとしたら、さらに死ぬことはないのか。

 そもそも、俺は死んでいるのだろうか。もしかしたら、またどこかに転生を始めているのかもしれない。

 いや……いくら人間界であと少しで人類史に名を残しかけ、異世界で魔王として転生し魔族の頂点に立った非凡なこの俺でも、これ以上の転生はないだろう。残念なことであるが。

 まぁ、どうにでもなるようになれ、だ。

 俺がすべてを放り出して眠ろうかと考えたとき、それは始まった。

 ――痛い!

 首筋から左肩、左胸の辺りに鋭い痛みが走る。激痛だ。硬く鋭い何かで体を抉られるような激痛。あまりの苦しみに暴れだしたいが、相変わらず体は言うことをきかない。

「痛い!」

 声が出た。今まで口をあけることもできなかったのに、その言葉はするりと飛び出す。

「痛い! 痛いっ! 痛いっ!! うぁぁあああああっ!」

 猛烈な激痛が、体を軋ませる。悲鳴をあげて、身を捩じらせる。そこで、体が初めて動いた。暗闇の中で、のたうちまわる。こんなにも辛いのに、意識だけははっきりしている。むしろ、激痛を俺に伝えるために、むしろ鋭くなるばかり。

 首筋をえぐる痛みが、さらに上に向かって伸びてきた。

「や、やめろっ! やめろぉぉおおおおお!」

 首筋、顎、頬。意識を失ってもおかしくないような痛みが、眼球にまで迫ってくる。

 眼球に突き刺さった痛みは、何度も目を突き刺し。爪。鋭利な爪。まるで、そうまるで。魔王だった俺自身が振るった、あの――

 そして、痛みは、眼球からさらにその奥、脳へ向かって突き刺さる!

「――――っ!!!」

 意識が白く染まる。見開いた眼には、すでに何も映らない。

 もはや痛みではない。そんなものははるか後方に置き去りにした。

 言語化できないその強烈な感覚に、悲鳴さえ置き去りにして。

 脳も体も心も、すべてが無を求める中、だというのに俺は、

「――生き、たい」

 命を求めた。




「――っずぁ!」

 呼吸する。胸郭を限界まで膨らませて、横隔膜を押し下げる。鼻と口から体の中に入る空気が、口腔、気道、気管支、肺胞、そのすべてを刺激し、酸素を血液が取り込んでいく。思い出したように心臓が回り始めて、停滞していた血液は押されるようにして全身を駆け回る。

 眼を開く。外の世界の光を角膜と水晶体を通して網膜が光を知覚し、視神経を興奮させて脳に至る。何もなかった意識は電気刺激により光を映像として大脳皮質が理解し、そして五体のすべても知覚する。

 ――俺が始まる。

 数瞬、すべてを忘れて停止する。

 熱。水。風。土。光。そして、闇。

 これが俺の感じた総て。これが俺の求めた総て。

 だからこそ、この総てが命なのだと、そんなことを理解した。

 ズキン、と頭が痛む。

 なぜか吐き気を催して、俺はその場でえずく。だが、口からは唾液と胃液以外何も出てこない。当然だ、胃袋には何も入っていない。

 ふらふらと立ち上がり、まるでずっと動かしたことがなかったようにもたつく足を、一歩一歩前に進める。

 俺は目に映った湖へと歩いていく。そのまま湖に入っていき、腰まで水についたあたりで立ち止まる。

 水に口をつける。うまい。

 がぶがぶと水を飲むと、乾いた体に生気が宿るような気がした。

 どのくらい飲んだのかわからないが、腹が一杯になるまで飲むと、俺は満足して湖から出た。そして、ふと自分を見下ろして固まる。全裸だ。

 いや、全裸なのはまだいい。問題はそれではない。左肩に、何か紫色の痣があるのだ。何かの模様のようなそれは左胸まで見えた。ふと、気付いて水面に眼を凝らす。水に映った揺れる自分の首と頬にも、しっかりその模様は浮き出ていた。暗闇の中で激痛があった部分と一緒だ。

 細かくて見えないが、この分だと眼球にもあるのかもしれない。

 と、そこまで考えてから、ふと自分の顔に違和感がある。というか、違和感しかない。

「だれだ、このイケメン」

 俺である。が、俺ではない。そこに映っていたのは別人だった。容姿云々は置いておいて、水に映っているのは間違いなく自分ではない。髪の毛の色も真っ白で、いくら非凡とはいえ、純血日本男児だった俺とは似ても似つかない。写った顔はかなり中性的で、ひょっとすると女と見分けがつかないかもしれない。なんだこれ、と思ったのとほとんど同時に、答えに思い至る。

「そうか……、転生したのか。また」

 そうつぶやく声も、耳慣れた自分の声とは少し違う。体つきも前より大きくなっている。直立したときの目線はこれまでの自分よりも高く、およそ百八十センチ弱くらいだろうか。筋骨隆々というわけではないが、うっすらと腹筋が浮き上がっていて、力はありそうだ。

 そうか。転生したのか。してしまったのか。俺はその事実を受け止めると、深く深呼吸した。

「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 肺に入った空気をすべて使い、全力の高笑いをかます。

 さすが俺! 魔王に転生し直後に討伐されて尚! 俺は蘇る! 正確には転生だが、俺は二度の死を乗り越えたっ!

 最強俺! 非凡なる俺! 優秀すぎる俺という存在は、もはや世界には必要不可欠であるということが証明された瞬間なのだ!

「ハーッハッハッハッハ――ぅっくゲフォ、ゲホッ!」

 むせこみ、酸欠になってもしばらく、俺は高笑いをした。




少し短くなってしまいましたが、プロローグ、一応終わりです。次回から本編になります。



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