表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/37

第十三話 衝撃の真実

ちょっといつもより短いかもです。


 俺たちが眠ってからいったい何時間たったのか分からない。

 寝ぼけ眼で目を開けると、そこにはフェルレノの寝顔があった。何故、と疑問に思うのと同時に、並行でそういえば同じベットに寝ていたことを思い出す。

 頭の正常運転まであと少しだろう。

 窓から見える外の景色は暗いが、遠くが白み始めている。日の出よりも早い時間だろう。

「くぁ……ぁ」

 一つノビをしてから、フェルレノを起こさないように起き上がる。

 ベッドの端に腰掛け、俺はまだ倦怠感の残る身体を点検した。

 どこにも異常はない。ふと思い出して両手を確認するも、いつも通り怪我のない手があった。全壊した両手が一晩で回復できる、というのは朗報だ。これ以後はあまり体験したくないが。火傷も当然完治している。さすが非凡なる魔王ボディ。少しずつ初回魔王のような最強っぷりが見え隠れしてきている。

 魔力のほうも、ほとんど回復している。流れが多少淀んでいる程度だろうか。背中のあたりがとくに違和感がある――あ、そうか。

 そういえば、風呂場で翼を収縮させて以後一度も広げていない。

 俺は魔力を体中、すべての場所に置いて平均的に巡るように調節する。当然、翼にも同じように魔力を通す。

 ぐぐ、と引っ張られる感覚とともに、翼が巨大化した。

 黒い翼は、相変わらず分厚いカーテンのように垂れた翼だ。意識すると中に骨でもあるかのように、違和感なく広がる。極限まで張ると、翼はしっかりと広がった。

 ……若干弱々しい感じがするのは否めないな。

 だが、全身に等しく魔力を循環させるというのは、思いのほか気持ちの良いものだ。

 滞っていた血流が回り出すのに似ている。誰もが知っていることだとは思うが、ずっと座っていた後に足を延ばしたりすると気持ちがいい。あれは下肢に溜まった血液が筋肉の動きに合わせて循環するためであり、おおざっぱに言ってしまえば血液が流れるのは気持ちのいいことなのだ。

 ……ニュアンスが少し違うかもしれない。だが、足を伸ばしたのと似たような気持ちの良さがある。淀んだ感覚が解消され、気のせいか身体の調子が良くなる気がする。

 魔力はこれからも定期的に、全身へ循環させるべきだろう。

 などと考えているうちに、俺の脳みそは正常回転を始めていた。

 昨日のこと。ゲート。魔法。溶解した錠。

 ゲートのことはフェルレノが起きた後でいいだろう。錠が溶けたことに関しては、もはや昨日の俺がバカだったとしか言いようがない。

 考えてみれば分かる。フェルレノは魔力から水を生み出した。なんのために?

 風呂の水を張るために。

 つまり、フェルレノの中には風呂に水がたまる、という具体的なイメージが確立されていたのだ。

 俺はその作業をしていない。つまり、火というイメージが具体的に展開されていなかったのだ。魔力に応じて火が現れるイメージはあったが、その火がどの程度のものかは、やってみないと分からないと思っていた。ここが違う。どんな火を形成するのか、俺が決めなくてはならない。

 そのため、魔力は反応したが具体的な事象を引き起こすことができず、中途半端に体内で変質して終わったのだろう。

 ゲートが開いたことは、ほとんど事故的なものだ。だが、頭の中に空を切るイメージはかなりしっかりあった。

 非凡なる俺も、昔はそういう妄想をよくしたものだ。その残り香だったのだろう。人はそれを元中二病患者と呼ぶ。

 邪魔だった錠前は、溶け落ちてもらった。そのイメージは、ゲートだかの向こうにいたアイツの熱が強く印象に残っていたからだ。

 俺は改めて指先に魔力を集中する。

 イメージするのは、蝋燭のような火。可能な限り具体的にイメージする。仄かな明かり、周囲の空気を熱する様子――。

 ポッと小さな火が指先に灯る。熱くはない。俺を熱するイメージを付加しなかったためだ。

「うむ。こんなものか」

 俺の指先で、魔力が弱々しく変質している。俺のイメージに合うだけの魔力が、完全にイメージ通りの火を形成した。

 これで俺も、魔法使いへの道を一歩踏み出したわけだ。といっても、俺の看板は魔王兼勇者であり、魔法などは所詮、それを満たすための条件にしか過ぎない。

 だが……魔法。魔族の法(ルール)だけあって、かなり自由に事象を起こすことができそうだ。イメージさえしっかり持てば、水の中に火を起こすこともできそうである。酸素がなくても燃える火。何も燃やすことのない火。火だけに限っても随分と面白そうな使い道はある。

 少なくとも、以降は水さえ用意してしまえば水中で火をおこして直接温めることも出来る。というか、そのままお湯を作ることも出来そうだ。

 呪文を使う人間の魔法とは使い勝手が違う可能性もあるため、使用には注意が必要だが。

 なんか、そんな能力ばっかだな。身体能力にしても魔力にしても翼にしても。全力で暴れたらすぐに魔族の力であることがばれてしまう。振る舞いには気をつけなければ。

 非凡たるこの俺が、自身の行動に自ら制約を掛けるとは……。まぁ、非凡なら仕方がない。

 俺は頭を振って起き上がる。ところで、昨日最後に熱風を受けたときに、村でもらった服がすっかり焼け焦げていた。この格好で外に出るのは願い下げたい。

 俺は服を探しに屋敷の中を見て回ることにした。

 とはいっても、実際に出歩くことは非効率なのでその場で透視する。

 屋敷は外から見ても大きかったが、中もやはり随分広い。

 出入り口は俺が鍵を溶かしたエントランスが一つ。意外にもそこだけだ。いや、十中八九抜け道が存在するのだろうが、そこまで効果的に透視能力を使うことができない。こればっかりは見て回るほうが早いな。

 一階のほとんどのスペースはエントランスホールと食堂、厨房、おそらく客人向けの休憩室、浴場などがそろっている。どれも豪邸というレベル。うーむ。スペックが高い。ちなみに、俺たちがいるのはその客人向けの休憩室だ。

 二階部分には高級そうであること以外特筆すべきもののない部屋が多く並んでいた。どの部屋も共通して木材か金属、石材でできている。これは今まで見てきたすべての人工物に共通である。どうにも中世というイメージがぬぐえない。

 ちなみに、デザインはどれも悪くない。

 異世界での活動は、ここを拠点にするか。

 部屋の数は十個ほどだろうか。掃除するには手間なため誰か家政婦を雇うことになるだろうが、それは後回しだ。

 ちなみに、三階まである。が、三階はほぼ何もないスペースだった。何のためにあるのか全く分からない。ひとまずここも無視。

 俺の目的の服がある部屋は……あった。

 二階の中央。ほかの部屋よりも少し広く、唯一本棚がある。おそらくこの屋敷の主人の部屋だ。

 その部屋のクローゼットの中に、服が何着か見える。鎧もあるようだ。

 俺はそれを取りに、屋敷の中を歩いて行った。

 ちなみに、抜け道がないかが気になり、結局俺は屋敷を自分の足で一周してしまった。本末転倒であり効率が最も悪かったが、問題ではない。

 なぜなら、特に今日すべきことはないからだ。

 予定ゼロ。やらなくてはいけないことも、やるべきこともない。

 いやまぁ、本来ばらば仮の職探しだとかいろいろあるが、ひとまずはゆっくりできる時間ができたと考えていいだろう。

 今日はフリーライフだ。



 主人の部屋の服は、測ったようにぴったりだった。オリオンの部屋であったろうことは予測済みだったので、サイズがぴったりであることも感動は薄い。

 デザインは質の良い普段着と鎧が数種類。

 普段着のほうは麻のようなごわごわした服ではなく、肌触りのとても良い布だ。もっとも、それはこの世界の基準であり、元の世界でのお高い洋服に比べればどうしても見劣りする。

 まぁ、別にかまわないか。

 俺は普段着のほうを適当に見繕って着込み、部屋を出る。

 腹も減ったし、朝食だ。

 前回は失敗してしまったが、今回こそはという意気込みがある。

 非凡なる味を求めて、まずはフェルレノを起こしに行かねば。


 

「起きろ。フェルレノ。飯だ。それから露店も見て回るぞ」

 露店は俺が気になっているだけだが。

 フェルレノは起き上がる様子はない。ピク、と耳が一度動いたが、それ以外の反応がない。

「起きろ。三度は言わんぞ」

 ピク。耳だけは起きているようなその反応に、しかしなかなか小動物じみていて癒される。遊ぶと楽しい。

 適当に名前を呼んだり、あーとか無意味に囁きかける。ピクピク。声をかけるたびに耳が動くのは、何かのミニゲームだろうか。

 そのうち、俺の中にあの耳に触れてしまおうという欲求か鎌首をもたげる。ピクピク反応しているときに掴むと、どうなるのだろうか。

 そっとフェルレノの耳に手を伸ばすと、フェルレノはビクっと体全体が震えて飛び起きた。

「むむ、殺気を感じました!」

 そういって寝ぼけ眼のまま周囲を確認するフェルレノ。殺気とは失礼な。単なる好奇心だ。

 起きたフェルレノの寝癖が、やはりひどいことになっている。そのまま固定したらかなり前衛的な芸術品になるのかもしれない。千十観音みたいだ。

 俺がそんなことを考えている間に、フェルレノは手櫛で髪を撫でつけた。やっぱり髪の毛は寝癖など忘れたように元に戻る。だから何故だ。

 どうでもいい疑問は置いておいて、俺はフェルレノに朝食を食べにいくことを伝える。

 フェルレノは少し間をおいてから、わかりました、と答えた。

「まお……ご主人様、身体は大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。心配掛けたな」

 俺は昨日一晩で新調された両手を見せる。痕が分からないくらいには戻っている。

「よかったです」

 ニコニコとフェルレノが嬉しそうに笑う。

 ありがたい、とそんな言葉が思い浮かんだ。元の世界ではこんなふうに俺の体調を心配してくれる人など、ほとんどいなかったからな。

 なんか恥ずかしくなり、ごまかすようにフェルレノの頭をくしゃっと撫でて、それから視線を落とす。

 見慣れてしまったフェルレノの服。そういえば、はじめて会ったときから変わっていないな。

 同時に、一度だけフェルレノが妖精形態に戻った時も、この服を着ていたかどうかを思い出す。

 んー。さすがに覚えていない。

 まぁ、フェルレノも性別上は女なのだから、新しい服の一つや二つ欲しいだろう。

 残念ながら小柄なフェルレノにもあう服はこの屋敷にはなかった。買い求める必要がある。

 出歩いたついでに、それも買っておくか。


 ベットから降りたフェルレノを引き連れ、俺はそのまま第二居住区のメインストリートへ出向く。

 まだ朝も早いが、やはり人の姿もちらほら見える。俺に関心のある目を向ける者がほとんどで、勇者オリオンが帰ってきた、という噂はもう町中に広まっているのだろうと実感する。

 だがまぁ、誰かの視線にさらされることは元の世界でも機会がなかったわけではない。とある私立大学で俺の価値観についてのスピーチをしてくれ、と依頼があったことがあったが、何百人の学生を前に緊張した記憶はない。その俺がたがだか道ですれ違った数人の視線など、毛ほども気にすることはない。

 フェルレノを引き連れ、俺は飲食店街へと繰り出した。

 前回は前評判の良かった店に入って失敗したため、今度はほぼ勘と見た目だけで適当な店に入る。

『料理屋 魔王』

 嘘をついた。勘と見た目は関係なく、完全に名前で決めた。

「ここに入るぞ」

「あの……」

 フェルレノが何か言いたそうにしている。

「どうした?」

「ご主人様、お金袋は……?」

 お金袋? ああ、リュックのことか。それなら俺の肩にぶらさがって――。


 脳内にフラッシュバックする、昨日の光景。

 重さなど感じないため完全に忘れていたが、俺はずっと肩にかけていた。

 もちろん、魔界とゲートがつながっていた時も。

 熱と光の奔流を思い出す。


「――ぐはっ」


 唯一の持ち金は炭と化していた。

 いや、金属なのだからそう簡単には熔けはしないだろう。だが、どちらにせよリュックは燃え尽きているし、中の金もすべて地面にぶちまけられているだろうが……家を出る時に地面に落ちていたら普通、気づくよな。気付かなかったということは、金属だったとか関係なく熔けてしまったのかもしれない。

 俺の魔力解放の防御力は、ガルドに使われる金属よりも耐熱能力に優れているようだ……ふ。それがわかったのは嬉しい。嬉しいが……。

「く、くそ……。割に合わん」

 無念。というか、片手剣も腰に差したままだったはず。同じく逝ってしまったのだろう。

 泣けてくる。

 非凡たるこの俺としたことが……まさか、気付かぬうちに無一文になっていただなんて……。

 せっかく老婆からもらった俺のすべての財産が、水の泡、もとい燃えカスになるとは。

「ご、ご主人様?!」

 精神的ダメージによろめき、膝をつく。料理屋魔王、ぜひ入ってみたかったのだが……諦めるよりほかにない。

 非凡たる魔王兼勇者のこの俺が、まさかの無一文という衝撃。

 くそっ。詐欺だ。あの訳の分からん化け物め、いつか必ず復讐してやる!

 俺はショックでふらつく頭をどうにか立て直し、今日の予定をすべてクリア、金稼ぎを最優先事項とする。

 悪態をつきながらも、俺は仕方なく目的地を変更した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ