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第十一話 聖堂院前の騒動

不定期気味で申し訳ないです。


「彼女はエトラ・ステファン。無知っぽいあなた達は知らなくても、他の人はみんな知ってるわ。聖堂院の司教よ」


 人ごみから現れ、赤いドレスを着た女性を紹介するリーゼ。

 無知っぽいとは心外だが、実際その通りなので黙っておく。

 隣で頭の中に疑問符を浮かべていたウェルザだが、その名前を聞くと納得したように頷いた。

「あぁ、聞いたことある。そんな名前のすごい司教がいるってな」

 聖堂院司教エトラ・ステファンといえば若くして司教の地位にたどり着いたという非常に稀な神官である。

 彼女の立場を説明するためにいは、まず聖堂院とは何かを語らなければいけない。

 聖堂院というのは神託と星詠みを行う集団である。

 神託というのは文字通り神のお告げであり、その内容は千差万別、人によってどう聞こえるのかはそれぞれらしい。大衆が抱くイメージは頭の中に声が響くものであり、実際その通りに聞こえる者もいれば、中には突然文字として頭の中に流れてきたりする者もいるらしい。ほかにも夢に見たり、光って見えたり、独特な匂いがしたりと、何らかの形で信託を受ける。

 内容も、人類史にかかわる壮大な内容から、翌日のラッキーアイテムまで千差万別。力のある者ほど重大ではっきりとした神託を受けるようだが、そうでないものはあやふやな信託しか得られないのだという。ちなみに、神に祈っていれば誰でも聞こえるようになると聖堂院の信者は言うが、信託が得られず祈ったまま老衰した人物を知っていると小声でリーゼは話してくれた。

 星詠みというのも言葉の通り星の配置や流れを読むものである。ただ、それは過去の話であり現在はもっと魔術的な要素を含んでいる。これに関して一般に知られている情報は少ないが、当代教皇アスキルは星詠みによって虚空から一振りの剣を取りだしてみせたという。もはや星とか関係ないとか思ったがそういうものらしい。一部の聖堂院では星詠みというのは適切でないとし、もっと新しい名前を付けるべきだといった声も上がっている。それほどまでに名前だけが受け継がれているということだろう。その主張には納得である。

 そして聖堂院にも位階があり、最高位として教皇が存在する。それから大きく分けて主教、司教、司祭、祭主、修道士というように続く。本来はもっと細かく、大とか助とかが位階の前についたりするのだが、その辺の区別は聖堂院の関係者でないと分からない。多くの人は位階など関係なく神官さま、と呼ぶ。

 長くなってしまったが、聖堂院とはそれらの神官が祈りをささげたり勉学に励んだり信者に教えを説いたりと、手広くやっている集団だ。

 もちろんレベラ王国内だけでなく全世界に広がっている団体なので、教皇ともなれば一国の王よりも強い権力を有しているという。そんな全世界に何人の神官がいるのか数えきれないほどの中で、司教という立場ははっきりいってかなりすごい。しかもエトラの場合はまだ少女といっても過言ない年齢である。加えて言えば頭に美がつく容姿であることで、レベラ王国では聖堂院とは関係のないエトラの信者がいるという話もあるのだ。

 勇者オリオンが英雄なら、司教エトラは聖女である。有名であるのは当然だった。

 しかもレベラ聖堂院には司教は一人だけ。つまり彼女がここのトップだ。


 とまぁここまで懇切丁寧に説明してくれたリーゼ。いつもの意地の悪い笑みと身勝手なところを無視すれば、彼女はかなり俺にとってありがたい人間だ。多少手に負えん所も愛嬌か。

 リーゼの説明の間、律儀にも口を挟まずにいたエトラが落ち着いた所作で居住まいを正した。彼女にとっても自分のペースを取り戻すちょうどいい時間だったのかもしれない。

「さきほどの紹介の通り、司教エトラですの。わかっていただけました?」

「名前を聞いて思い出したぜ。俺の弟があんたのファンらしいな」

 おどけた仕草で首をすくめるウェルザ。弟がいるのか。

 その肯定に満足そうにうなずいてから、エトラは俺たちを軽く睨みつける。

「それで、そんな司教であり、この聖堂院を守る立場である私には、あなた達がここで乱闘するという騒ぎを認めるわけにはいきませんの。特に――」

 エトラは俺をまっすぐに睨む。え、俺?

「オリオン。あなた、久しぶりに顔を見せたと思ったらこの騒ぎは何ですの? もうちょっとまともな人だと思ってましたけど」

 この私に一言もなくいなくなるし、と彼女は小声でぶつぶつ言っている。小声であったため、その呟きはどうやら俺にしか聞こえなかったみたいだ。

 というか、俺のことをオリオンだと思っているようだ。

 ……ん? というか、エトラは、俺と顔知りのような発言をしているような気がするのだが……その割には、俺がエトラを知らないことを疑問に思っていないようだ。

 俺の困惑顔を見て察したのか、エトラは寂しげな顔をする。


「そう、私のことも忘れてしまったのね……」


 も?


「大丈夫、私分かってるの。あなたに記憶がないこと。今朝信託でね、そうお告げがあったから」


 エトラは微笑んでみせる。悲しそうな笑顔というのはなかなか見られないが、彼女はそんな顔をしていた。

 記憶がない、ねぇ。……正確には、中身が全く別人なのだが。

 だが、オリオンとしての記憶がないという意味では正しい。信託とはそんなこともわかるのか……かなり要注意だな。

 魔王だということは、告げられなかったようだが。肝心なことを告げない神だ。俺にとっては好都合というかありがたい話だが。

 エトラのセリフに、いち早く反応したのは青い髪の女性だった。

「神官さま、本当ですか?! オリオンが、記憶をなくしたというのは!?」

 さっき戦士ギルドにいた槍使い。フィアだ。そういえば、彼女も俺がオリオンであると考えているようだった。彼女にすれば、それは自分の確信を矛盾なく導く模範解答だったのだろう。

 またも人込みから現れた女性に驚きつつも、エトラが頷く。

「そうか……やっぱり、オリオンだったんだ……」

 じわっと、目を赤くするフェア。俺に確認しないあたりが、逆に司教の発言力の高さを物語っているのだが、それはどうでもいいことか。

「き、記憶がなくても……、帰ってきてくれてよかった。魔物に襲われて死んでしまったのかと……」

 フィアは俯いていたが、不意に走り去っていった。涙のようなものが光ったところから察するに、泣き顔を見られたくなかったのかもしれない。

 いまさら確認すべきことでもないがここは聖堂院前の広場。ただでさえ昼間はメインストリートの露店に並ぶ客であふれているというのに、今日はリーゼの呼び込みで人口密度が酷いことになっている。気のせいでなければ、エトラが現れてから人気の司教が見れるということかさらに人が増えている。

 ざっと見える範囲でも二百人くらいいるだろうか。たしかに、ここでは泣きたくない。

 ところで周囲を見回して気づいたが、先ほどまでは司教エトラに視線が突き刺さっていたが、今は多くが俺に変更されている。

 なぜだ?

 ……いや単純に、勇者オリオンだから、なのだろう。

 レベラ王国の救世主。勇者ヨーゼフの弟であり、自らもまた勇者であるオリオン。一年前の突然の失踪から、同じく突然帰ってきた男。しかし記憶はない。

 国民にとっても、これは話題の種には十分なるだろう。

 あちこちでオリオン、とささやかれている声が聞こえる。

 ……居心地が悪いな。

「なんだか知らないが、いつの間にか勇者サンの広告に使われちまったみたいだな」

 ウェルザが苦笑しつつぼやく。両手剣を背負った彼は、もう用はないとばかりに踵を返した。だが、一歩踏み出して止まる。

「よう、なんて呼べばいい?」

 俺に背を向けたままで、ウェルザは俺に聞いてくる。

 ラッセルか、オリオンか。

 それは一見意味のない問いかけだ。どうやら俺がオリオンであることはほぼ確定のようだし、おそらくオリオンとして扱われるのだろう。

 名前に意味などない。言ってしまえば、それは個体を識別するための番号に過ぎない。ラッセルだろうがオリオンだろうが、示すものが俺ならばそこに変わりなどないのだ。

 どう答えるのも間違いではない。

 だが、忘れてはいけない。オリオンという人物は、勇者であっても魔王ではない。

 何が言いたいのかというと、――この非凡たる俺には役不足、だ。


「ラッセルだ。それ以外の呼び名は許さん」


「……悪くない。またな、ラッセル」

 僅かに振りむき、口端を吊り上げて見せたウェルザは、大剣を背負ったまま風のように駆けていく。

 またな、という言葉の通り彼とはまたすぐに会うのだろう。そんな予感がする。

 さて。この後はどうするか。

 ウェルザが帰って行ったため、もうこのイベントも終わりだと思ったのだろう。ぞろぞろとギャラリーも散っていく。急に人がいなくなり、広場がやけに広く感じた。

 フェルレノは、今だに残っている少数の人に紛れてこちらを見ている。もはや完全に風景と同化している感がある。

 リーゼは、いつの間にか木製の水筒を豪快に煽り、売り子だろう女性に絡んでいた。もはやただのおっさんである。

 エトラは、じっと俺を見つめていた。わずかに顔を引き締め、視線が合うと小さくうなずく。

 ……もしかして今アイコンタクト成立したのだろうか。いくら非凡な俺でも、初対面の人間とアイコンタクトだけで意思疎通を図ることはできないのだが。 

 何を伝えたかったのか分からなかったが、聞き返すこともはばかれる雰囲気だった。

 少しためらってから、久々に聴覚強化を行う。

 エトラに意識を向けると、ぶつぶつと何かを言っているのが聞こえた。だんだん明瞭に聞こえてくる。


<――、だというのにこの私を置いて消えてしまうなんてひどすぎですわ。連絡もなし、伝言もなし。神託にもないしで心配したといいますのに……。しかも戻ってきて謝りもしないなんてどういうつもりですの。うー……、記憶がないって頭では理解できてても感情が納得しませんわ……>


 どうやらアイコンタクトは俺の気のせいのようだが……、オリオンが、何かしたようだ。

 肝心の部分は聞こえなかったが、エトラは俺を見ながら同じことをつらつら考えていた。そこから思考は前に進まない。

 そういえばふと思いだしたが、勇者オリオンの噂話の一つに色好、という噂があったが。もしかしてそれ関係、なのか?

 下手につっつくと藪蛇だなという結論に達した俺は、ひとまず退散することに決める。

 素早くフェルレノとリーゼに視線を送り、逃げるぞ、とアイコンタクトを送る。

 フェルレノは一つ頷き、さっさと人ごみの中に紛れて行った。

 …………。いや確かにそういう意味だけどさ。欲を言えば俺が逃げ出すきっかけも作ってほしいところだった。

 リーゼに期待するしかない。あいつはこういうの得意そうだから――、っておい。

 リーゼはその場から一歩たりとも動いてなかった。フェルレノですら気づいたアイコンタクトだというのにリーゼが気付かないなんて考えにくいが……。

 俺が伝わらなかった可能性を検討しようとして、リ-ゼと目が合う。瞳がいたずらに俺を捉え、すぐに逸らされる。

「…………!!」

 いつもの意地悪な笑み。だが、よく見なくてもいつもよりも性質の悪い笑みをしているのがわかった。

 あいつ……、楽しんでやがる。

 俺が困ってる姿を見るのがどうにも楽しいようだ。なんだ、Sかあいつは。

 援軍は期待できそうにない。どうにかこの空気の中でも撤退する方法を見つけねば。

 悩みだした俺の頭に、しかし即座にアイディアが閃いた。さすがこの俺、とつい自画自賛してしまう。

「家だ」

 エトラがぴくっと反応する。なんだこの反応。

「……俺がオリオンなら、どこかに俺の家があったはずだ。噂で聞いてる。エトラ、知らないか?」

「え? ええ、知ってますわ。あなたの屋敷は――」

 突然の話題に疑問を持ったようだったが、エトラは正直に答えてくれた。どこかの金髪とは優しさが違う。

 そのまま、なんとも微妙な空気の中で俺は自宅の場所を聞き出した。家でなく、屋敷であるようだ。規模からして。

 非凡たるこの俺に相応しいといえよう。俺からすれば中古感覚なのが気になるが、そこは我慢するしかない。

 リーゼの宿を決めた理由は金が浮くこと、目立たないこと。

 屋敷で暮らせば宿泊費は当然かからないし、もう目立たないようにする理由もない。俺が魔族として注目を浴びていたのではなく、勇者として注目を浴びていたのなら無理をして姿を隠す必要もないということだ。唯一、ここでリーゼと疎遠になってしまうことがマイナスであるように思う。だがまぁ会えないわけでもない。たまに宿に行くのもいいだろう。

 第一居住区にある勇者オリオンの屋敷を聞き出し、俺は道順を確認する。結構簡単な道だ。

 さすが勇者というかなんというか、富裕層でもなかなかいい立地にあるようだ。

 ここからでも見えるが、聖堂教会の向こうに大きな川がある。

 国の中央を横断するようにあるその人口の川には三つの橋がかかっていて、そのうち一番左の橋にほど近いそうだ。

 第二居住区に用があるときは、すぐに出向くことができる。まぁ、富裕層の人間は基本的に滅多に用なんかないようだが。

「私はまだ聖堂院の仕事があるので案内できませんが……」

「いや、助かる」

 俺は道順を確認すると、礼を言ってそのままの流れで向かおうとする。だが、背中にエトラの視線を感じてなにやら気まずい。

 しかたなく、俺は振り返ってエトラに呼びかける。

「エトラ、近いうちにまた来る。またな」

 その言葉でエトラが嬉しそうにほほ笑む。静かで穏やかな笑顔は、なるほど聖女にふさわしい。

 またな、というとなんだかウェルザの去り際みたいだなと益体もないことを考えつつ、俺は今度こそオリオンの屋敷へ向かった。


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