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     勇者の資質(2)

続きになってしまってすいません。でも九話は2で終わりです。

 今度から飲食店を選ぶときは、後悔しないために自分たちで選ぼうという話にまとまった。

 もうあの店の話はしたくない。記憶からも消去することにする。

 というわけで、何故か(・・・)ずいぶん国の中心まで歩いてきてしまった。空腹だけは悲しみで満たされたため、ここまで来たのなら、とついでに聖堂院に寄ることにする。

 この世界の宗教がどんなものかも見てみたかったし、無神論者のこの俺を驚かせるようなものがないかと少し期待していた部分もある。どちらも単純な興味だ。

「ところで、信徒じゃなくても入れるのか?」

「大丈夫よ。人間なら誰でも入れるわ」

「そうか、なら――」

 大丈夫か。そう言いかけて、不覚にも口をつぐんでしまう。ごまかすために咳払いし、少しのどが詰まった様子を演じた。

 人間なら、ね。つまり魔族は保証してくれないわけだ。

 魔族だけを入らせない結界のようなものがあったとしても、おかしくはない。どうする。考え過ぎか? それとも少しでも怪しければいかないことにすべきか?

 しかし魔族も人間も関係なく入れるのなら、わざわざ人間ならなどと前置きはいらないだろう。そう考えると、かなりマズい。かといって俺とフェルレノだけ中に入らなければ、さすがに怪しまれる。

 俺はすばやく考え、聖堂院にはいかないことに決めた。

 左右に素早く眼をやり、なにか話題の転換に丁度好いものはないか探す。

 一瞬視界に入ったフェルレノは、暢気に鼻歌を歌いだしそうなくらい上機嫌に歩いていた。こいつ、腹痛いとか言ってなかったか?

 俺は呆れつつも視線をめぐらせる。と、視界にそれが入った。

「戦士ギルド、か」

 わざわざ口に出しつつ、俺はいかにも興味が移りましたよ、という風にそちらを眺める。

 俺は高校時代に劇団にスカウトされたほどの非凡な演技でさりげなく、一瞬だけ迷ったように動作を止めてから、改めて戦士ギルドに向かう。我ながら絶妙な挙動だった。見る者がいれば、確実に目標の優先順位を変更したように見えるだろう。

 リーゼの様子を透視で確認すると、いつもの意地の悪い笑みのままついてきてくれている。

 どうやら不審には思われていないようだ。さすが俺。

 俺たちはそのまま戦士ギルドの中に入っていった。



 戦士ギルドの中は、なんというか、巷の酒場のようだった。西部映画に登場するような屈強な男たちが、まだ日も昇り切っていないというのに特大の木製ジョッキで酒をあおっている。互いの肩を叩きあい、真昼間から出来上がっていた。ロビーの中は非常に酒臭い。

「……くさいわ」

「くさいな」

「……出ませんか?」

 フェルレノが小声で魅力的な提案をしてくる。

 しかし、ある程度時間をつぶし、思い出したように服屋に行くという予定が早々に崩れることになる。

 俺はフェルレノに首を振り、その場で酒場の様子を眺めていた。誰かに話を聞いて時間を潰したいが、誰にするか悩む。商人ギルドのようにスタッフがいるわけでもなさそうだし。

 ……あ、そうだ。いいことを思いついた。

 俺はとある動作を行い、様子を見る。

 ――ふむ。

 三人、か。

 ロビーには十人以上の人間がいるが、そのうち入ってきた俺たちに気付いたものはほぼ全員だった。その後、俺が腰に下げている片手剣にごくごく自然な仕草で手を伸ばしたことに気付いたものが七人。さらに俺が殺気を込めたことに気付いたのが、三人。あとは酒を飲んでいるだけだ。

 その三人は、さりげない仕草で自らの獲物を引き寄せており、俺がいつ跳びかかっても対処できるように僅かに腰を浮かせていた。うむ。合格点だ。

 非凡たるこの俺とまともに話すことのできそうな人物は三人、そのうち誰にするか。

 俺はざっと視線を走らせ、油断なく構えている三人の目を見ていく。彼らは努めて自然な動作で俺を視界の片隅に入れており、片時たりとも油断をしていない。おそらく強者。

 俺はその三人のうち、一人だけでテーブルを独占している赤い髪の毛の若い男に目を付けた。一人で座っている、というのが理由だ。

 俺は殺気を完全に消し、あいまいな笑みを浮かべながらその男に近づいていく。

 男は俺を警戒するように一睨みすると、手にしていた木製ジョッキをテーブルに置いた。

「……何か用か?」

 俺が目の前に立つのを待ち、男がそう言う。燃えるような赤い髪を持つ男は、同じく赤く燃えた瞳を油断なく俺に向けた。意志の強そうな瞳だ。若いのになかなかの迫力。

 などと、同じくまだ若輩の俺が言えることでもないが。

「いや、先程は失礼。少し話し相手を探していたんだ」

「――ふん」

 男はつまらなそうに鼻を鳴らし、再度ジョッキを手にする。俺に完全に敵意がないことを理解したのだろう、酒を飲み始めた。

「俺はラッセルだ。戦士ギルドがどんなものか見に来た」

「お前、戦士じゃないのか?」

 男が一瞬、驚いたように目を開く。その瞬間、少しだけ彼が幼く見えた。俺の方がそれに驚いて、よくよく観察してみれば、彼はまだ十代の後半ほど。腕もありそうな気配から、一体どんな経験を持っているのか彼自身にも興味がわく。

「ああ、戦士じゃない」 

「けっこうやれそうだと思ったんだけどな、オマエ」

 俺の片手剣に視線を投げつつ、青年が薄く笑う。

 ちなみに話題についてこれないフェルレノとリーゼだが、フェルレノが俺の背後いに控えているのに比べ、リーゼは堂々とテーブルに腰をつけて、酒を注文している。いい度胸だ。

「俺も座っていいか?」

「好きにしな」

 俺が青年の正面に座ると、フェルレノが俺の隣に腰を下ろした。

「女連れで戦士ギルドに用がある奴なんて、この辺じゃ滅多にいないな」

「いや、この国には昨日来たばかりだ」

「そうなのか? ようこそ、レベラ王国へ」

 青年がおどけてみせる。バカにされている気はしないが、別に面白くもなかった。

 そのタイミングで、カウンターの奥にいた男がリーゼの前に酒の匂いのするジョッキを置いていく。彼女はこちらを指差し、男と何事か言葉を交わした。

 用件はわかっている。くそ、まだおごらされるのか。

「女二人って、大変そうだな」

「そうだな。できればご免被りたい」

 俺の視線を追ってリーゼを見た青年が、何事かを察したのか苦笑しつつねぎらう。いい奴じゃないか。

 俺も苦笑で冗談を返して、どうでもいいことを反し続ける。

 そのうち、少しづつ青年の態度も柔らかくなっていった。

「俺はウェルザ。ここに来て一年の新人だ。悪いが、そんなに話してやれることはない」

 一年、という数字に俺は少なからず感心する。年齢だけで言えばずっと年上の奴も周りにはいるというのに、間違いなく彼はそいつらを超えて一流だ。

「で、戦士ギルドって何をやるんだ?」

「魔物の討伐だ。当たり前だろう。……一応、国境の警備やら商人の護衛も仕事のうちだが、一番はそれだな」

 魔物の討伐ねぇ。これは、情報収集のし甲斐があるな。

「詳しく教えてほしいな」

 俺が身を乗り出してそう切り出すのと、不可思議な気配を背後に感じるのは同時だった。

 殺気に似た意志を感じ、俺の頭の中にアラームが鳴り響く。脳がそれを判断するのとほぼ同時に、俺はすばやくテーブルに手をつき、座っていた椅子を弾き飛ばしてハンドスプリングの要領で跳び上がった。百八十度回転しつつ、背後の者に対面するように机を挟んで相対する。片手剣は空中で抜いてあった。

 周りの人間が、椅子が倒れた音で振り向く。そしてすぐに目をそらす。それはそうだ、椅子が倒れた時にはもう動作を完了している。彼らが見たのは五人の人間が一つのテーブルに集まっているだけなのだ。


 転生一日目に殺された経験がある俺としては、二度は油断はしないと決めている。


 俺が警戒の視線を向けた先に立っていたのは、一人の女だった。美しい女。二十代の前半だろうか、鋭利な視線は俺を睨むように細められている。蒼く艶のある長髪が清流のように流れており、同じ色で統一された身体の各所を覆う鎧を身につけている。

 イメージは刃。どこまでも鋭い刃のような女性だ。

 女性は特に何かアクションを起こすでもなく、じっと俺を見ている。殺意のように感じたそれは、むしろ敵意のようであることに気付いた。それと同時、先ほど俺の殺気に気付き警戒していた人物の一人だ。ロビーの反対側に座っていた、この部屋で唯一の女。

「やっぱり……、オリオン」

 一拍置いて、女性はそう告げた。オリオン。話し方の調子から察するに、人の名前のようだった。誰だ?

「突然いなくなったとい思ったら、今更帰ってくるなんて……! バカにして――っ!」

 言うや否や、女性は背に担いでいた長い棒を掴んで振り回す。

 ここ、ロビーだよな……。

 案の定、長い棒――槍は近くの椅子やら机を巻き込み、盛大に吹き飛ばす。女性はそれらを気にした風もなく、俺に刺突を仕掛けてきた。

 風のように素早い突きは、相手が凡人なら瞬く間に穴あきチーズを作り上げるだろう。しかしこの非凡なる魔王である俺にとっては遅い。視認した切っ先を見切り、紙一重で避けるように僅かに重心をずらす。

 だが、その必要はなくなった。

「――おっと」

 そんな気楽な掛け声とともに、ウェルザが俺に迫っていた槍を片手で掴む。なかなかの動体視力だ。

 即座に両手でがっちりと槍を掴まれるも、女性は気にせずただ力を込める。悲哀と憎悪。そんなものを彼女の表情から感じた。単純な膂力の差か、一ミリたりともそれ以上進まない槍に、それでも女性は力を込め続ける。

「……助かった。ありがとう」

「そんなに必要じゃなかったかもだけどな、まぁ一応」

 俺が素直に礼を言うが、ウェルザは素直には受け取らなかった。

 女性が目を赤くしながらウェルザに鋭い視線を送る。

「ちょっと、あなた邪魔しないで!」

「ねーさん、落ち着きなって……」

 ウェルザが諌めるも、女性は聞く耳がないようだった。といっても、この場合はさっさと誤解を解いた方が早いだろう。

「アンタ、俺のこと誰かと勘違いしてないか? 俺はオリオンとやらじゃないぞ」

 俺は女性と女性の槍から視線を外さないようにしつつも、周囲の様子を探る。フェルレノとリーゼはいつの間にか遠くに避難していたようだ。遠巻きにこちらを眺めている。いい判断だ。

「嘘! だって、どこからどう見てもオリオンじゃない……!」

「いや、知らないな。俺はラッセルだ」

 ウェルザから視線を外し、鋭い剣幕で俺を睨みつける女性。だが俺の顔を見て本気であることが伝わったのか、女性はゆっくりと力を抜いて行った。

 ウェルザが手を離すと、女性は赤くした顔を俯けて視線を足元に落とす。

「フィア! 止せ、これ以上暴れるな!

 その直後、後ろの人ごみを掻きわけて現れた大柄な男が、女性の腕を掴んだ。いつの間にか俺たちの周囲には野次馬の群れができていたようだ。

 ショーじゃないぞ。

「アンタ、すまねぇ。ウチんとこの連れが悪さしたみたいで……、後で言っておくから、許してくれ」

 そう言って、大柄な男は俺の顔を見る。

「オリオン……?!」

 フィアと呼ばれた女性と同じことを言う。

 どうやらこの顔はよほどオリオンという人物にそっくりであるようだ。

 この身体は魔王として転生した俺の身体だというのに……。

 と、そこまで考えて、俺は転生初日に考えたことを思い出す。この身体には、もしかして前の持ち主がいるのでは? という疑問だ。しかし、なら前の人物の記憶はどうなったのだとか、結局あの場では結論が出ずに終わった疑問だったのだが……。

 マズい。もしかして、本当にもしかして、この身体、オリオンって人間の身体だった……のかなぁ。

「なぁ、おっさん」

 俺は大柄な男に話しかけた。俺の顔を見て仰天していた男は、声をかけらられてさらに驚く。

「声までオリオンそっくりだ!」

「そのオリオンって、誰だ?」

 すると、そこら中でざわめきが流れた。俺の言葉を聞いていた野次馬連中が、全員信じられないような顔をして俺の方を見ている。何だ? 何が起こっているのだ?

 唯一おなじく頭に疑問符を浮かべているフェルレノの様子を見るに、分かっていないのは俺たち魔族組だけらしい。地雷を、踏んだのかもしれない。

 見ると、ウェルザすらも俺を変人でも見るような目つきでいる。

 く、くそ……、この非凡たる魔王の俺が、まさかそのような視線を向けられるとは……。屈辱だ。

「勇者だよ。オリオンってのは、つい先日魔王を倒した勇者ヨーゼフの弟、勇者オリオン。この国を救った英雄さ。なんだ、本当に知らなかったのか?」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の疑問に答えたのはリーゼだった。

 野次馬連中も、リーゼの言葉に何人か頷いている。どうやら、この国の人間には周知の事実だったようだ。

 一縷の期待を込めて、ウェルザの目を見る。

「いや、俺は顔を見たことないんだけどよ……」

 そういうことか。

「オリオン……」

 誰もが俺を見つめる中で、フィアだけが諦めきれないように呟く。

 くそ、知らんもんは知らんが……、もしかしてこれ、大変な状況なのではないか?

「そういえば、勇者オリオンには一つの噂があってね」

 面白そうに、心底面白そうにリーゼは上機嫌に続きを話す。

 その先は、なんとなく聞きたくない気がした。


「勇者オリオン……、湖の勇者(・・・・)たる彼は、悪魔の契約により、死を乗り越えるってさ」


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