プロローグA ~優秀な俺、消滅~
この作品には残酷な描写・有る程度の性描写があります。
それらが大丈夫な方以外は、ブラウザの戻るを押すことをお勧めします。
死んだ。
完膚なきまでに死んだ。
それがどういう死に方だったかと言うと、交通事故だった。
世界があまねく認める非凡の俺が! この俺が!
交通事故などで死んだ……だとぉぉおおお!!
意識がなくなるまでの走馬灯を、全て俺という存在が消滅することによる人類の損失について考えてみたが、やはり絶望的な影響がある。今後二百年は人類の発展が遅れてしまうであろうことは想像に難くない。
無念である。近い将来世界中に名を残し、教科書という教科書にこの俺という存在の非凡さを綴ってやろうと思っていたのに。
だが、これも非凡すぎた俺が地球の意思的な何かによって生まれてくる時間が早いと修正されたのかもしれん。というか、この俺が死ぬなんてそれしか理由がないな。
……それならば仕方あるまいな。
自らの死について潔く結論を出した俺は、目がかすんでぼやける視界の中、だんだんと音が遠のいていくのを感じた。それでも、最後までこの世界を見届けてやるつもりで耳を澄ます。
足音。誰かの足音があわただしく駆け寄ってきて、俺の近くにしゃがみ込む。
「君! 大丈夫か! おい! 君! ……まずいな、意識が――」
「すぐに担架を――」
「病――に連絡を――」
「AED持って……た!」
とぎれとぎれに誰かの声が聞こえる。救急救命士だろうか。しかし、自分が死ぬことはガイアの意思。駆けつけてもらってこんなこと言うのも悪いが、助からんよ。
「――! ――、生を――」
「心――、動かな――」
だから、無理だと言っておろうに。
多くの人が俺を助けようと右往左往している。少し驚いたことに、AEDによる電気パルスを流された瞬間俺の身体が大きく跳ねるのがわかった。
だが、これが本当に最後だろう。音が、もう何も聞こえない。視界も真っ暗だ。
だが、俺は必ず生まれ変わる。皆の者、心して待って居れよ。。
この俺は、必ず戻ってくるのだから。
――。
――――。
「――じゃあもう、火ぃつけちゃえば起きるんじゃ?」
「起きるか! 起きてたまるかっ! 死んだ人間が火をつけられたら燃えるだけでなんも起きんわっ!!」
がばっと起き上って俺はかなり物騒な台詞に盛大にツッコむ。
「――あ、起きた」
「だから起きるわけないだろ! ってあれ……?」
起きた。本当に起きた。身体が動く。右手も、左手も、右足も左足も! 尻尾も翼も大丈夫だ!
――あれ?
何か違和感を感じた俺は、一瞬の後に気付いて固まる。
……尻、尾……? つ、翼……だと?
有るわけないだろう、そんな部分。有翼有尾の人類なんか聞いたことがない。
――だが、ある。
さっと冷や汗が流れる。
俺はゆっくりと自身を見下ろしてみた。なめらかなコンクリートのような石畳の上に、上半身だけ起こして座っている、俺。尻の下に何かがもぞもぞと動く感触があって、もぞもぞと動かしている感覚があった。そして、まっすぐ前を向いている視界の両側に、見なれないものがある。蝙蝠の翼のような形なのだが、質感は大理石のような光沢があって、もう、どう見ても翼だった。俺の動揺を表すように、プルプル小刻みに震えている。
「な、なんじゃそりゃ……」
「魔王様、遊んでないで早く起きてくださいな。勇者の部隊がもうすぐそこまで来ているんですから」
ちょ、ちょっと、待て。この非凡であるところの俺様が、突然有翼有尾の新人類に生まれ変わったとでも言うのか――って、
「魔王様?」
聞きなれない単語に、さらに頭が混乱する。情報が、今の俺には情報が足りない。一体ここはどういう病院で、火をつけろだの魔王だのと意味不明な事を言い出すこいつは誰だ、と。
そこまで考えて、俺は自分が重傷を負っていたことを思い出す。いや、普通順番逆じゃね、とか頭の隅で冷静な自分がいたが、ざっと身体を確認する。実際に手を使ってペタペタとあちこちを触ってみるも、どこにも怪我はない。
瞬間、安堵が全身を駆け巡る。自分は死んでいなかったのだ。よくわからないことになっているが、とにかく生きているのだ。
そこまで分かったのなら、話は早い。
状況を整理しつつ周囲に目を配る。
皮膚が紫色をした、かなり不健康そうな女が俺を見下ろしていた。その代わり顔には生気とか力とかが有り余っていて、顔立ちも美しい。っていうか服がエロイ。金属製の下着だけという、珍しくも露出度のすごい高い服だ。だが、その眼はいぶかしげに細められる。「あれ…?」とそいつは小声でつぶやいた。
「魔王様……ですよね?」
「知らん」
俺は反射的に返していた。その答えに、目の前の紫色の女が驚いたように後ろに下がる。が、むしろその姿を見て俺は声もなく驚愕した。
なぜなら。
「ががが下半身が、蛇……!」
ラミア、だ。ゲームやら小説やらでやたらと見かける、ラミアだ。視界に入っていたのが上半身だけだったから気付かなかった。
はっと気づいて周囲を見回す。もちろん、そこにいるのは俺だけじゃなかった。 頭が豚みたいなやつ、身体が岩石でできているようなやつ、ベースは人間だけどなんかところどころ溶けてるやつ、その他にも確実に人間ではない奴がたくさん俺を見ていた。
「ちょっと待て。ちょっと待て!」
頭が割れる! なんだこの意味不明空間は! お化け屋敷か! そうなのか?!
……んなわけねぇ!
それじゃあの飛んでるちっこいやつとか、口からちょろちょろ火が漏れてるやつとかがいるわけねぇ! 危険すぎる!
「なんだここは……!」
部屋中の注目を浴びる中、俺は目の前の現実が信じられずに茫然とした。
「なんだここはぁぉあああ!」
俺、絶叫。それを聞いた怪物どもが、にわかに騒ぎ出す。
「魔王様がご乱心!」
「もう駄目だぁ! 勇者が来る……! 逃げるんだぁ!」
俺の絶叫を皮切りに、部屋にいたやつらが慌ただしく出て行った。部屋の出入り口に殺到する奴、窓からそのまま飛び出していき飛んでいく奴などがざっと潮が引くように逃げていき、部屋には俺だけになる。
「い、意味がわからん……、さすがの俺も意味がわからんぞ! くそぉおおおお!」
室内で吠える俺。思いっきり大声で叫んだら、なぜか超大迫力の咆哮が俺の口から飛び出た。周囲の壁がビリビリと震え、天井からパラパラと一部が剥がれ落ちる。大音量なのに、まだまだ大きな声が出そうな気がする。ライオンとか目じゃない。まさに魔族の王って感じの、威厳と力強さに溢れる咆哮だ。
俺自身がそれに少しビビってしまったのはさすがに情けないので内緒。
一度深呼吸して、俺は誰もいなくなった部屋で落ち着くようにリラックスする。さっさと情報整理をしなければならない。意味がわからん、と嘆いているだけでは、そこらの小学生にも劣る。俺は部屋にある一番豪華なソファにつくと、まだ多少混乱している頭を抱えつつも現状を見直していった。
まず、俺は――人間じゃない。
これはもう確定的だ。尻尾あるし、翼あるし、人には不可能な大声量だし、見下ろした手は爪が見たこともないほど伸びてるし、床を引っ掻いたら簡単にえぐれるし。
多分空も飛べるのだろう。どうやって飛べばいいのか全くわからないが、翼があるのだからこの分だといける気がする。
そして、さっきの奇怪な光景。ラミアだったりゴーレムだったりミノタウロスだったり、多分そういう連中なのだろう。つまるところ、ここは俺がもといた世界じゃない。空が見たこともない真っ赤な色してるし。こういう表現が正しいのか知らないが、とにかく異世界に生まれ変わってしまったのだろう。
魔族みたいな連中がいて、魔王がいる。というかさっきのラミアっぽいやつの言い方から察するに、俺がその魔王だ。俺という意識が目覚めるまでは、普通の魔王だったらしい。普通の、というのがどう普通なのかは分からないが、とにかく魔族のみんなが頼りにするような魔王だったのだろう。
そして、俺がどうしてかわからんがその魔王となってしまったため、現在勇者から逃亡中、と。
今解るものはこの程度か。ひとまず、この冗談みたいな状況でも有る程度整理できたことがうれしい。
なにより、俺が魔王であることがうれしい。
王だ。
非凡すぎた俺が前世で単なる人類であることを嘆いた全世界の意思が、俺をこの世界の王にしたのだろう……。
ふっふっふ。
「はぁーっはっはっはっは!!!」
さすが俺! やはり俺がただで死ぬわけがなかった!
「っはっはっはっはっはっはっはっは!」
魔王は最強! 俺が魔王! つまり俺最強!
「ふははははっはっはっは!!!」
「そこにいるのは魔王か!」
「っぶ?!」
俺が喜び勇んで高笑いしていると、数人の人間が先ほどの魔族が出て行った扉から現れた。おそらく本物の人間だ。尻尾もないし、翼もない。髪の毛がやたら緑やら赤やらのファンタジーな色合いなのが気になるが、人間だ。おそらくさっき言っていた勇者なのだろう。帯びている剣や身に付けた鎧が赤い血で染められていて、かなり不気味だ。
「魔王め、きさまもこいつのように俺たちが討伐してやる」
そう言って、勇者が俺の目の前に何かを転がした。毬のような大きさで、長い糸を引いてころころ転がったそれは――、
「――え?」
さきほどの、ラミアと同じ顔をしていた。
恐怖にひきつった目。自身の血で赤く染まった頬。先ほどまでたしかに俺としゃべっていた奴が、首だけになって俺の目の前に転がっている。綺麗な顔には靴痕のようなものがあり、それはもしかしたら、顔をふまれつつも首を切られる前に命乞いをしたのかもしれない。
「……くそ、まじか」
ラミアの顔を見て、向こうが本気なのだと知り尻込みする。当然、恐怖もある。だが、相手は単なる人間。俺のもといた世界の基準で考えれば、どんなに強かろうが魔王である俺が負けるわけがない……気がする。魔王とはいえ俺の実力なんかわからん。だが、こちらが乗り気でなくとも向こうはやる気満々のようだ。くそう。こうなりゃ先手必勝だっ!
「来るぞ! 散開っ!」
剣を持った人間――おそらく勇者――が指示し、何人かの人間が部屋に散らばる。俺はそれをとらえつつも、まっすぐに勇者に向かっていく。まだ走ったこともない俺は、全力で駆けだそうとして――第一歩目で壁に激突した。踏み込みが速すぎて、自身で制御できなかったのだ。
勇者の背後の壁に激突し、そのままぶち抜く。
「おお?!」
その先は何もなかった。その代わり、眼下には軽く二百メートルくらい先に地面が見える。もちろん、飛び方は、俺には分からない。
「おおおおおお――! し、しぬ……!」
ものすごい速度で地面が迫ってくる。運よく足から落ち、百メートルの自由落下、その衝撃を全て両足で受け止める。
「っ痛――……くない」
足もとに小さなクレーターができ、足首まで地面にめり込んで尚、俺の脚には痛みどころか衝撃すらほとんど感じなかった。
なんだこのメチャクチャボディ。凄まじ過ぎる。
とにかく落下に耐えきったことに安心して、上を見る。勇者が俺が開けた穴から顔だけ出してこちらを観察していた。というか、外に出て初めてわかったことなのだが、今まで俺がいたのは超ド級の城の中だったらしい。最上階の部分に、勇者の顔が砂粒ほどの大きさで見える。
あそこまで、登れるのか?
物は試しとばかりに、俺は自前の翼をぶんぶん上下させる。あ、慣れてないせいか動かすのもつらい。それに、ちっとも飛ばない。もう少し羽ばたきを強くする。瞬間、ボコっと妙な音がした。そういえば地面に足首が埋まっていたな、と思いだすも、遅かった。
「おう?!」
俺の身体は十メートルくらい軽く飛び上がる。が、方向が制御できず、そのまま城壁に激突した。痛くはないが、このまま勇者のいる場所まで行くのは難しそうだ。
駄目でもともと、今度は城壁をよじ登る作戦でいく。壁の直前でジャンプし、壁を蹴ってもっと上に行く方法だ。後は、爪を壁に突き刺してよじ登ればいい。
速度が自分で制御できるように、軽く城壁に向かって走り出す。直前で垂直に、思いっきりジャンプ!
「はっ!」
目の前の壁がモザイクがかかったように下に流れ、身体が落ち始める寸前にもう一度壁を蹴って上に飛ぶ。さらに壁が流れていき、目の前に何もなくなった。
「は?」
頂点に達する前に、嬉し怖しの微妙な気分で下を見る。まだまだ身体は上に向かうが、遥か下に先ほど見えた勇者たちのいた部屋、つまり城の頂上が見える。そして、そのさらに下に、先ほど俺がジャンプした地点があった。二回のジャンプで、軽く三百メートル以上跳んだことになる。
――――でたらめだ。
少しばかり翼を動かして、落下地点を城の上に調整すると、二度目となる自由落下に身を任せた。着地の時、今度は膝をクッションにして衝撃を身体で吸収し、城の屋根部分に立つ。
この真下に、さっきの勇者たちがいるはずだ。
握りこぶしを固め、足元を殴る。衝撃が円形に広がり、バラバラと崩れ落ちた。二度目になる室内には、さっきの勇者一行はいなかった。その代わり、弓を持った女が一人、出口から出て行こうとしていたことろだった。弓使いは天井の崩れる音で俺の登場に気付き、驚きつつも弓を構える。
着地と同時に顔面に向けて飛んできた弓を、歯で受け止める。別にカッコつけたかったわけではない。ただびっくりして身体を動かすことができなかったからだ。辛うじて動いたのが、口だった、それだけ。ちなみに、視認は簡単だった。
が、そのラッキーは弓使いを混乱させた。歯で受け止められた経験がないのだろう……まぁ当然か、と俺は駆け寄りつつ想像する。とりあえず力の加減がわからなかったので、武器の弓を弾き飛ばして爪を首筋に突き付ける。
「殺されたくなかったらおとなしくしていろ」
「っひ」
ドスの利いた声を意識して出すと、俺自身が驚くほど怖い声が出た。脅される経験のなさそうな弓使いは頷くこともできずに固まり、歯をカチカチと鳴らす。
「俺の目を見ろ」
「――」
恐怖にひきつった弓使いと視線を合わせる。
「いいか、動くな」
俺が威嚇も込めて念を押した瞬間、弓使いはぴたりと固まった。歯の震えも、瞬きすら止まる。それを確認して、ふと頭に魔眼という言葉が浮かんだ。たぶん、似たような効果があるのだろう。
なんというか、負ける気がしない。
すると、出口の方に足音が聞こえた。どうやら物音を聞いて他の勇者一行が戻ってきたらしい。剣を持った勇者、その背後に、男と女が一人づつの計三人だ。
「はぁっ」
そんな掛け声とともに、筋骨隆々な男が徒手空拳で迫ってくる。こちらも負けじと、昔鍛えたボクシングの構えを取る。
「む、魔王らしからぬ洗練された構え?!」
「当然だ。この俺は関東ジム大会小学生部門で優勝したのだからな」
「よくわからぬことをっ」
カンフーによく似た突きを繰り出してくる拳法使いの攻撃を圧倒的な動体視力で避け、ジャブを小刻みに打ち間合いを把握する。ただし、この拳法使い本当に速い。油断していると当りそうだ。弓矢よりも早い突きなのだから、人類としては最速ではなかろうか。
右腕の力を抜き、構えを変える。ゆらゆら揺れる俺の右腕に警戒して、拳法使いの動きが一瞬淀む。そこを狙い、連続のジャブ! ジャブ! ジャブ!
「み、見えん……!」
「貴様はヒットマンには勝てないということだ」
速度だけでなく身体もかなり鍛えてあったのか、壁をたやすく破壊するジャブを三発受けても、拳法使いは戦意を失っていないようだった。強い。だが、先ほどまでの流れるような動きはもうない。隙をついてボディブローを打ち込むと、肋骨が一本折れた感触とともに沈黙した。
立ち位置をめまぐるしく変える高速戦闘についてこれなかったのか、部屋に飛び込んだものの効果的なフォローができなかった女が杖を振りかざして何事かを唱える。魔法使いなのだろう、杖の周囲に巨大な炎の塊を浮かべると、俺に向けて飛ばしてくる。
さらには、その合間を縫って勇者が剣を振りかざして向かってくる。凄まじいまでのコンビネーションだ。
俺は冷静に火球と勇者の軌道を読み、可能な限り同時に視界に入るように立ち回る。片方でも見失えば、痛手を負うことは間違いない。
と、火球が左右と正面の三方向から同時に迫る。俺はそれを跳んで避けるも、勇者の剣が空中で身動きとれない俺に迫った! とっさに俺は天井を殴り、その反動を使って高速で着地する。タイミングをずらされた勇者の剣は、ぎりぎりで空を切った。
「くそっ」
「ちぃぃ……!」
漏れた悪態は俺と勇者二人のものだった。勇者は剣を交わされたこと、俺は、床に降りた直後に追撃してきた火球を、さらにバックステップで回避しなければならなかったためだ。
俺は防戦一方で、しばらくはぎりぎりの回避が続いた。だが、だんだんと回避にも余裕ができてくる。コンビネーションがしっかりしているが、そのパターンが少ないことに気付いたのだ。火球が三つなら勇者は上から、二つなら左か右から攻撃してくる。そのパターンさえ読めば、負けることはない。俺が華麗に避け続けると、焦れたのか勇者が俺から距離をとった。すかさず魔法使いが火の壁を作り、俺と勇者を遮断する。良い判断だ。良いペアなのだろう。
「くそ、こうなったら……、封印解放!」
勇者がなにやら気合いを入れたように剣を掲げると、勇者の剣から不気味なオーラが溢れてきた。と同時に、勇者の動きが加速度的に速くなる。
「なにっ!?」
その段違いの性能に驚愕し、目を剥く俺。その動揺に動きが鈍った瞬間、ついに勇者の剣が俺を捉えた。左の翼がよけきれず、硬質な音を響かせつつも深く切られる。五体は避けきれても、意識しにくい尻尾と翼の反応が一瞬遅れる。その弱点を突かれたのだ。
切られた翼が、妙に重く感じる。ただの痛みではなく、痺れに似た効果があるようだ。
身体がうまく動かない俺に、連続して勇者が切りつけてくる。まずい、このままだと殺される……!
「っ――ガァアアアアアアアッ――!!」
全力の、咆哮。先ほどの咆哮よりも、さらに大きく、限界まで大きく。風圧さえ感じられるほどのそれは衝撃波となり、勇者に迫る。壁がひび割れ、一部が砕けた。
俺に一気に跳び掛かろうとしていたため、身体が浮いた瞬間の咆哮を勇者は避けることができない。ガードも間に合わず、勇者は衝撃波を受けてバランスを崩し、そのまま着地した。
俺はその瞬間に全速で壁際の魔法使いの背後に回り込むと、やはり杖を弾き飛ばしてから頭を掴んでこちらを向かせる。強制的に魔眼を見せつけ、魔法使いは固まった。魔法使いは先ほどの咆哮で耳を押さえていたので、鼓膜がイかれていたのかもしれない。捉えるのは簡単だった。
これで一対一。
焦りつつも勇者に振り返った瞬間、思わぬ方向から衝撃が来た。
それは魔法使い。魔法使いの胸から伸びたそれが、俺の心臓に確かに達していることが分かる。
「き、キサマ……」
魔眼が解けたのか、魔法使いは驚愕の表情で俺を見上げ、そのまま息絶えた。当然だ。彼女の胸から飛び出たそれは、剣。
「仲間を利用して、この俺の死角を突くか」
不思議な静寂。勇者は何も言わず、ただ口端を釣り上げた。その表情に、俺は恐怖を覚える。
イカレてやがる。
勇者は魔法使いごと俺を貫いた剣を引き抜き、振り上げ、勝利の雄叫びを上げた。
俺はラミア達の敵を打てなかった悔しさと、勇者の姿に悲しみを覚えた。仲間ごと叩き斬って掴んだ勝利が、嬉しいか、と。
そのまま意識を失った。
お読みいただきありがとうございます。
現在プロローグですが、少し長くなってしまったのでAとBに分けたいと思います。
よろしければご感想をいただけると、うれしいです。
11/19
少し内容を変えました。