モブ失格
…という感じで7歳のお誕生日に、わたくしの中に他人の記憶が混ざっている事に気づいたのです。
7歳ですよ?何も出来るわけないじゃないですか。
ぼんやりとその記憶をなぞるだけでしたわ。
記憶の中のわたくしは黒髪を耳の辺りでパッツリと切り揃え、くっきりとした黒のアイラインに真っ赤な口紅。誰にも真似できない圧倒的な存在感。
女性に力がない時代に斬新な衣装デザインで地位を確立するような…そんな力強い女性のようでした。
今のわたくしにはその力はありませんし、なれるとも思わないですわ。
それでも…彼女の創造性に、強い影響を受けているのは間違いありません。
彼女の記憶からすれば、この世界はちょっとおかしな「中世」という世界観らしく、そこで繰り広げられる物語にわたくしは「背景」として参加する立場らしいのです。
ええ。例えば…戦いのシーン。ヒーローの背後で死んでいる兵士…だったり、学園のシーンではヒロインとヒーローが会話している背後で、友人と話していたり本を読んでいたり。
顔は…ほとんど描かれることはないようですわ。あ、でも、驚くシーンなどでは驚いた顔で稀に物語に参加できるようですわ。
そういう立場は…モブ…とか言うそうですわ。
目立たず、出しゃばらずに物語のメインキャラクターを引き立てる役。
それがモブです。
うふふ。変な世界よね。
彼女の記憶を見てしまったら…この世界はおかしすぎますわ。
それと…さっきから皆様がお聞きになりたいであろう、わたくしの今日のこの髪型やメイク。
ええもちろん。
聞いてくださる?
今朝目覚めたら…わたくしの重たい一重瞼が、くっきり二重になっていたのです!
あ、今はいつも通りの一重ですけれど。
いえ、初めてではなくて、たまにあるのです。
だいたいお昼になる頃には一重に戻るので特に問題はありませんが…
今日はあまりにパッチリお目目になったので、皆さまにお伝えするいいチャンスだと思いましたわ。
普段わたくしが眠そうな顔しているのは、一重のせいなんですのよ?
それで…ああ、そうそう、今日のメイクですわね。
彼女の記憶の中にあった「暗殺者」の顔を真似てみたいと思いましたの。
眉毛が特徴的でしたので、私も暗殺者の彼のような濃い眉毛メイクをしてみました。
悪に立ち向かう彼の名は…ゴル……あら?
…ほら。マーカス皇太子が婚約者のエリザベス様の元に向かいましたわ。
噂のブリタニア嬢とご一緒に。
さあ、わたくしたちはモブらしく壁近くまで下がったところで成り行きを見守る事にしましょう。
…ささ、お早く。
お二人が並んでエリザベスさまの前に立ちましたわ。
「エリザベス!!今宵、この場でお前との婚約を破棄してやる!」
まあっ!まあ!まあ!まあ!
マーカス様が声高々にエリザベス様との婚約破棄を言い渡しましたわ!
マーカス様がエリザベス様を指差しています!
…あの手の形。
私の中の彼女の記憶にありましたわ…
なんて言ったかしら…
はっ!フレミングの法則ですわ!!
たしか…左手の親指は「力」人差し指は「磁界」中指が「電流」の向きを表す方法で…
マーカス様は今、磁界を表す人差し指でエリザベス様を指しつつ、電流を表す中指でブリタニア様を、そして力を表す親指でご自身を指していますのね!
ほう…本物のフレミングの法則の婚約破棄のシーンにうっとりですわ!
…っと、わたくしとした事が…
浮かれて心の声を表情に駄々漏れさせてしまうなんて、はしたない…。
気を取り直したわたくしはマーカス様を見据えます。
さあマーカス様。その先はなんて紡ぐつもりかしら?
あら?マーカス様と目が合いました。何故か驚いた顔をしたまま固まってしまいましたわ。
マーカス様と目が合ってしまうなんて…わたくしはモブ失格ですわ。
お邪魔して申し訳ありません…。
わたくしは心の声を瞳に映しマーカス様を見つめ、頭を下げました。
マーカス様はパチパチと瞬きを数回するとハッとし、エリザベス様と向き合いました。
良かった。これで物語が始まりますね。
「エ…エリザベス!…その、よくも…よくも私の愛しい…ブリタニアを…ブリタニアにコソコソと嫌がらせをしたというのは?本当か!?」
まあ、マーカス様ったらどうされたのかしら?しどろもどろですわ。
問われたエリザベス様はどんな表情をされているのかしら…ここからではエリザベス様の後ろ姿しか見えませんね…
「マーカス様。わたくしは断じて嫌がらせなどしておりません」
小さなため息を吐きつつ、しっかりと確信を持って答えるエリザベス様。
それはそうですわ。マーカス様の言い分には無理があります。
エリザベス様はお忙しくてあまり学園にはいらっしゃいませんもの。そしていらっしゃった時は必ず護衛が2人付いてらっしゃるのでコソコソと嫌がらせする事なんてありえませんわ。
「マーカスさまぁ、わたしエリザベス様の圧がとっても怖かったんですぅ」
ブリタニア嬢がマーカス様にしなだれ掛かりました。
ずいぶん斜めですけれど…大丈夫かしら。それともあの斜め30度くらいの深いしなだれ具合が殿方を虜にするのかしら?
それより…
エリザベス様の圧が強いなんて…信じられませんわ。
その事に関してマーカス様はどう思っていらっしゃるのかしら?
答えが聞きたくて、わたくしはマーカス様のことを強くしっかりと見つめました。
「ひっ…」
マーカス様が小さく悲鳴のような声を漏らしています。
さあ!マーカス様!エリザベス様の圧についてのご返答をお早く!!
わたくしは目を細め、眉間に皺を寄せてマーカス様を見つめました。
「あ…その…エリザベス……違ったブリタニア。エリザベスがそなたに…その…嫌がらせをしたのは…いつ…かなぁ?なんて…」
あらあら?急に弱気になったようですわ。
どうしたのかしら。
「マーカス様ひどぉい!そんな言い方、まるでわたくしが嘘をついているようじゃないですかぁ!」
ブリタニア嬢がポカポカとマーカス様を殴っていますわ。3回のうち1回は脇腹を狙って本気のポカですわね。
それにしてもマーカス様はブリタニア嬢の嘘を見抜けないのかしら…
わたくしは呆れて首を横に振りました。
「あっっ…嘘??…そ…そうなのか?ブリタニア…お前を信じたい気持ちはある。…だが、忙しいエリザベスがそんな事できるかなぁ〜って…今思った…」
チラチラとこちらを見ながら話すマーカス様。
「酷い!酷い!エリザベス様にされた意地悪の数々をマーカス様にたくさん話したじゃないですか!なんで信じてくれないんですかぁ」
ポカポカカッポカポカカッ!ポカポカカッ!ポカポカカッ!
まあ!あのリズム、なんでしたっけ?
たいこの…たいこの…カッ!
…カッの音が邪魔をして全然思い出せませんわ。
それにしても…
マーカス様はブリタニア嬢の言う事を疑うことなく、裏付けをとることもなく信じたのでしょうか。
あまりにおバカさんですわね…
これでは政策者としての立身は無理でしょうね。
「あぅ…」
あら…何故かマーカス様が膝から崩れ落ちました。
達人のポカポカカッっが効いたのかしら?
ああっ!もう!わたくしエリザベス様のお顔を見たい気持ちを抑えられません。
こっそりと移動しましょう。
ここならエリザベス様のお顔がよく見えますわ。
さあ!エリザベス様のターンですわよ!強い女性の時代を切り拓いてください!
?
エリザベス様と目が合った…?気がしました…まさかモブのわたくしと目が合うなんて…気のせい…?!
まあ!急にエリザベス様の雰囲気が変わりましたわ!
先程まで諦めのような雰囲気でしたのに。覚悟を決めたようですわ!
静まり返る会場の中央。
エリザベス様がすっと片足を引いて隙のない見事なカーテシーの体制をとりました。
「先程の婚約破棄の申し出、承りました。わたくしはすぐに王都を離れ、南の領地に身を置かせていただきます。そして二度とマーカス様の前に顔を出す事はいたしません」
そう言って頭を上げたエリザベス様の表情は晴れ晴れとし、眩しいほどに輝いておられました。
公の場で宣言したマーカス様のお言葉に、公の場でお応えしたエリザベス様。
これは公約として、どちらのお言葉も覆すことはできなくなりましたわね。
護衛に促され退室する際、エリザベス様がわたくしを見て、声を出さずに小さく口を動かしました。
「ありがとう」
と。
。。。
あれからしばらくして。
南の領地に行かれたエリザベス様から、お手紙が届きました。
「自分で道を選ぶ事もなく、全てを諦めて生きていたわたくしは、誰にも振り回される事のない力強い眉毛に、困難に立ち向かう強さをもらいました」と書かれておりました。
そして、今。
幼い頃から好きだった騎士様と結婚して幸せを掴んだのだそう。
わたくしの名前も書かれておらず、眉毛に功績を横取りされているけれど、主役からお手紙をいただくなんて…
ふふ。
わたくしはモブ失格ですわね。
フルコンボだドン★
お読みくださりありがとうございます。
太鼓の…が出てきた理由。
近所に達人がいるらしく、ポカポカカッっと、うるさいんです。
書いている最中も達人がフルコンボだドン!
カッ!!!




