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幸福な旋盤、沈黙の刺客


 カリ、カリ、カリ……。

 静寂なガレージに、小気味よい金属音が響く。

 それはまるで、幸せな時間を刻む秒針の音のようだ。


「よし、締め付けトルク規定値。完璧だ」


 作業台に向かうレン・ロックスの声が弾んだ。

 彼の手には、先日交易商人ルガーから譲り受けた新品のラチェットレンチが握られている。朝の光を受けて鈍く輝くクロームバナジウム鋼のボディは、油汚れ一つない美しい流線型を描いていた。

 レンはレンチを愛おしそうにウエスで拭うと、整備台の上の古いモーターを見下ろした。

 数日前まで不動のジャンクだったそのモーターは、今や完全に分解洗浄され、劣化した配線は引き直され、新品同様の駆動音を立てて回っている。


「すごいよ、ルリ!やっぱり良い道具は違うなぁ。作業時間が今までの三分の二で済んだよ!」


 レンが振り返り、満面の笑みを私に向ける。

 顔には機械油の黒いシミがついているが、その瞳は宝石のように輝いている。


「ええ、素晴らしい手際です、レン。機械への負荷も最小限に抑えられています」


 私はカウンターで帳簿を整理しながら、微笑みを返した。

 お世辞ではない。

 新しい工具を手に入れてからのレンの作業効率は、私の予測演算を上回るペースで向上している。道具が良いことはもちろんだが、何より「自分の技術を認めてもらえた」という自信が、彼の整備士としてのポテンシャル(潜在能力)を開花させているのだ。

 ガレージの外には、既に数人の客が待機している。


「おい、まだか?俺の義足の調子が悪いんだ」


「こっちのラジオも直してくれよ!噂の凄腕整備士さん!」


 この数日で、店の客足は劇的に増えた。

 これまでは「人間のガキがやっているジャンク屋」と見向きもされなかったこの店だが、ルガーの商品を完璧に整備した実績と、安価で丁寧な仕事ぶりが口コミで広まったのだ。

 貧しい人間から、体の不調を抱える旧式のアンドロイドまで。

 アーケインの吹き溜まりで生きる者たちが、レンの「魔法の手」を求めてやってくる。


「はいはい、順番に並んでください。割り込みをする方は、私が物理的に列の最後尾へ転送しますよ」


 私がカウンター越しに睨みを利かせると、荒くれ者たちもおとなしく整列する。

 レンは手を拭い、帽子を被り直して客の前に立った。


「お待たせしました!次の方、どうぞ!」


 そこからは、戦場のような忙しさだった。

 レンは休む間もなく手を動かし続ける。

 義足のサーボモーター調整、浄水器のフィルター交換、ドールの音声ユニット修理。

 次々と持ち込まれる「壊れたもの」たちに、レンは誠実に向き合い、命を吹き込んでいく。


「……ありがとう、坊主。これでまた歩けるよ」


 修理を終えた老人の人間が、レンの手を握って涙ぐむ。


「助かったぜ。メーカー修理だと高くて払えなかったんだ」


 アンドロイドの傭兵が、不器用に礼を言ってチップを置いていく。

 レンは一人一人に、「お大事に」「また何かあったらどうぞ」と声をかける。

 その横顔には、かつてのような「自分は無価値だ」という卑屈な影はない。

 誰かに必要とされ、それに応える喜び。

 それが彼を、一人前の「男」へと成長させている。


(……良い傾向です)


 私は紅茶を淹れながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 店が繁盛するのは素晴らしいことだ。

 経済的な安定は、生活の安定に直結する。美味しい食事、暖かい毛布、そして何より、レンの笑顔が増える。

 この穏やかで、油と鉄の匂いがする幸福な旋律が、いつまでも続けばいい。

 私は本気でそう願っていた。

 そう。

 あんな「客」さえ来なければ。



 時刻は一三時〇〇分。

 午前の受付を終了し、昼の休憩時間に入った頃だった。

 レンは店の奥の居住スペースで昼食の準備をしている。

 私はカウンターに座り、午後の予約スケジュールを確認していた。


 カラン、コロン。


 ドアベルが鳴った。

 軽やかな音色とは裏腹に、私の聴覚センサーは「違和感」を拾った。

 足音がない。

 ドアが開いたのに、靴が床を叩く音が一切しないのだ。

 風のように、あるいは幽霊のように、その客は入ってきた。


「申し訳ありません、お客様。現在は休憩時間となっております」


 私は顔を上げず、事務的に告げた。



「緊急の修理でなければ、一四時以降に再度ご来店をお願い……」

 言葉が途切れた。

 顔を上げた私の視界に、その客の姿が映った瞬間、全身の警告センサー(アラート)が一斉に赤く染まったからだ。

 黒い外套クローク

 頭からすっぽりとフードを被り、顔は見えない。

 身長一七四センチ前後。

 佇まいは静謐だが、その内側に圧縮されたエネルギー密度が異常だ。

 市場をうろつくチンピラや、野盗のレベルではない。

 もっと鋭利で、冷たく、研ぎ澄まされた気配。


 死の匂いだ。


 私のType.Aとしての本能が、即座に戦闘態勢バトルモードへの移行を要求する。

 Efリアクターの出力上昇。人工筋肉へのエネルギー供給開始。

 私はゆっくりとカウンターから立ち上がり、営業用の笑顔を消した。


「……聞こえませんでしたか?休憩時間だと言いました」


 声を低くし、威圧を込める。

 だが、黒い外套の客は動じない。

 フードの奥、暗闇の中から、二つの銀色の光が私を射抜いた。

 銀色の瞳。

 そこには感情の色が一切なかった。殺意すらなく、ただ目の前の障害物を処理しようとする事務的な冷徹さだけがあった。

 客は無言のまま、小さく首を横に振った。


 『拒否』。

 あるいは、『死ね』という合図。


 その瞬間。

 世界から音が消えた。


 ザンッ!!

 視認不可能な速度だった。

 黒い外套の下から、銀色の閃光が走った。

 抜刀。

 客が懐から取り出したのは、軍用規格の【高周波超硬質ブレード】。

 その切っ先が、私の首(頚動脈ケーブル)を正確に狙って突き出された。


 速いッ!


 私は思考するよりも早く、脊髄反射で動いた。

 背中のマウントラッチを解放。愛用の高周波ブレードを引き抜き、その軌道を強引に弾く。


 ガギィィィィンッ!!


 狭いガレージの中で、耳をつんざくような金属音が炸裂した。

 火花スパークが散り、カウンターの上の書類や工具が衝撃波で吹き飛ぶ。

 重い。

 一撃の重さが、野盗のピースウォーカーなどとは桁が違う。

 私の腕のサスペンションが軋みを上げ、足元のコンクリート床に亀裂が入る。


「……ッ!」


 私は奥歯を噛み締め、相手を押し返した。

 距離を取ろうとバックステップするが、相手は影のように追随してくる。

 二撃、三撃。

 袈裟斬り、突き、切り上げ。

 流れるような連撃。無駄が一切ない。

 これは、ただの喧嘩殺法ではない。高度にプログラムされた軍用CQC(近接格闘術)だ。

 しかも、この反応速度……!


 【個体識別:TYPE.A(Assault)】

 【該当データなし。所属:不明アンノウン


 純正のType.A。

 私のようなS型とのキメラではない、純粋な戦闘用アンドロイド。

 殺戮のためだけに設計された、鋼鉄の死神。


 ガガガガガッ!


 ブレード同士が激しく打ち合わされる。

 店の商品棚が切り裂かれ、レンが修理したばかりのラジオが両断されて床に転がる。

 私の大切な日常が。レンとの幸せな空間が。

 この侵入者によって、物理的に破壊されていく。


「貴様……ッ!店の中で暴れるとは、マナー違反にも程がありますよ!」


 私は叫びながら、蹴りを放つ。

 だが、相手はそれを最小限の動きで躱し、逆に私の死角へ回り込んでくる。

 強い。

 スペック差ではない。迷いのなさだ。

 この個体には、感情というノイズがない。

 その時。

 ガレージの奥から、呑気な声が聞こえた。


「うわっ、すごい音!なに、地震!?棚が倒れたの!?」


 レンだ。

 騒ぎを聞きつけて、居住スペースから顔を出そうとしている。

 私の思考回路が凍りついた。

 最悪のタイミングだ。


「出てきてはダメです、レンッ!!隠れて!!」


 私が叫ぶのと、黒い客・ユリが視線を動かすのは同時だった。

 銀色の瞳が、ドアの隙間から顔を出したレンを捉える。


 ロックオン。


 敵の攻撃アルゴリズムが、瞬時に変更されたのがわかった。


 『対・強敵(私)』から、『対・弱点レン』へ。

 ユリは私への追撃を止め、踵を返した。


 目標、レン・ロックス。

 人質にするつもりか、それとも単に「邪魔な有機生命体」として排除するつもりか。

 どちらにせよ、結果は同じだ。

 純正Type.Aの刃が届けば、人間の肉体などバターのように両断される。


「させませんッ!!」


 私は防御を捨てた。

 自分の背中を敵に晒し、全力でレンの元へ飛び込む。

 リミッター解除。緊急加速オーバーブースト

 関節が悲鳴を上げようが構わない。

 ユリのブレードが閃く。

 その切っ先がレンの喉元に迫るコンマ一秒前。

 私はレンの体にタックルし、そのまま抱え込んだ。


 ザシュッ!


 私の左肩の装甲が切り裂かれた。

 火花と冷却液が散る。

 だが、浅い。レンには届いていない。


「うわっ、ルリ!?」


 レンが驚愕の声を上げる。


「舌を噛まないで!」


 私はレンを米俵のように左脇に抱えると、右手のブレードで床を薙ぎ払った。

 目くらましの粉塵を巻き上げる。

 そして、壁を蹴った。

 この狭い場所では守りきれない。

 何より、ここが戦場になれば、レンの大切なガレージが全壊してしまう。

 私は垂直に壁を駆け上がり、天井の明かり取りの窓を目指した。


 ガシャァァァァン!!


 ガラスを突き破り、私たちはガレージの外、屋根の上へと飛び出した。

 眼下には、アーケインの密集した街並みが広がっている。

 私は屋根に着地すると同時に、全速力で走り出した。

 背後から、黒い影が追ってくる気配がする。

 速い。

 重力を無視したような機動で、ユリが追跡してくる。


「つかまっていて、レン!少し揺れます!」


「う、うん!ルリ、肩から血が……!」


「問題ありません。オイル漏れです!」


 私は嘘をつきながら、屋根から屋根へと跳躍した。

 平和な日常は終わった。

 今はただ、この腕の中にある温もりを守るためだけに、私は走る。



 アーケインの空を私は駆ける。

 左腕にレンを抱え、右手にブレードを構えたまま、錆びついたトタン屋根やコンクリートの貯水槽を足場にして跳躍を繰り返す。


 ヒュンッ!!


 背後から、空気を裂く鋭い音が迫る。

 私は空中で体をひねり、レンを庇うように軌道を変えた。

 直後、私が着地するはずだった看板が、真一文字に切断されて落下していく。

 切り口が赤熱し、溶断されている。高周波ブレードによる斬撃波だ。


「チッ……!なんて迷惑な客ですか!」


 私は悪態をつきながら着地し、即座に次のビルへと跳ぶ。

 追ってくる黒い影・ユリ。

 彼女の動きは異常だ。

 障害物を避けるのではない。障害物ごと最短距離を突っ切ってくる。

 目の前にあるのが洗濯物だろうが、貯水タンクだろうが、彼女は速度を緩めず、ただブレードを一閃させて通り抜ける。

 バラバラになった残骸が雨のように降り注ぎ、街の人々の悲鳴が上がる。


「う、わぁっ!ルリ、後ろ!」


 私の腕の中で、レンが叫ぶ。

 ユリが距離を詰めてきている。彼女は屋根の縁を蹴り、弾丸のように突っ込んできた。


 ガギィンッ!!


 私は空中で彼女の突きを受け止めた。

 重い。

 足場のない空中での鍔迫り合い。推進力の差で私は押し込まれる。

 私は衝撃を利用して後方へ飛び、距離を取った。


(……このままでは、街に被害が出過ぎます)


 何より、レンに流れ弾が当たるリスクが高すぎる。

 場所を変えなければ。

 人気がなく、思い切り暴れられる場所へ。

 私は脳内マップを展開する。

 現在地から西へ二キロ。旧工業地帯の廃墟群。あそこなら!


「レン、舌を噛まないように!加速します!」


 私は人工筋肉のリミッターをさらに一段階解除した。

 風景が流線となり、私たちは風になる。


 廃墟エリア。


 崩れ落ちた工場の鉄骨が墓標のように突き出し、赤錆びたパイプラインが迷路のように入り組んでいる場所。

 私はレンを、分厚いコンクリート壁の陰に降ろした。


「レン、ここから動かないで。絶対に顔を出さないこと」


「ル、ルリ……でも……!」


「命令です。……いい子で待っていてください」


 私はレンの額にそっと手を触れ、すぐに振り返った。

 廃墟の広場に、黒い影が舞い降りた。


 ユリだ。


 彼女は音もなく着地すると、邪魔になったボロボロの外套を脱ぎ捨てた。

 現れたのは、白髪のショートボブに、怜悧な美貌を持つ少女。

 体型はスレンダーだが、その身を包む黒いコンバットスーツは、軍用強化外骨格の無骨さと機能美を兼ね備えている。目元を覆う特殊ゴーグルの奥で、銀色の瞳が無機質に輝いた。


「……標的ターゲット確認」


 初めて、彼女が声を発した。

 それは冷たい湧き水のように透明で、そして感情の温度が完全に欠落した声だった。


「TYPE.A-6048。任務遂行ミッション・スタート。障害物を排除する」


 彼女は重心を低くする。

 それだけで、周囲の空気がビリビリと震えた。

 来る。

 純正Type.Aの本気が。


 【戦闘開始エンゲージ


 ドォンッ!


 ユリが地面を爆砕させて突っ込んできた。

 速い。先ほどまでとは桁が違う。

 彼女の高周波ブレードが、オレンジ色の残像を残して私の首を刈りに来る。


 キンッ、キンッ、ガギィィィン!!


 私は三連撃を紙一重で弾いた。

 一撃ごとに手首が痺れ、肩のサスペンションが悲鳴を上げる。

 彼女の剣技は、完璧だ。

 教科書通りの軍用剣術を、人間には不可能な速度と精密さで実行している。

 感情がないゆえに、迷いがない。殺すことのみに特化した、純粋な演算。


「くっ……!」


 私は防戦一方に追い込まれる。

 私の機体はType.AS。S型の柔軟性とA型の火力を併せ持つキメラだ。

 汎用性では勝るが、純粋な近接戦闘能力においては、純正のA型に分がある。

 装甲の厚さ、出力、反応速度。全てにおいて、彼女は私を上回っている。


 ユリが回転しながら蹴りを放つ。

 私はそれを腕でガードするが、衝撃で吹き飛ばされる。

 すかさず追撃の突き。

 私は地面を転がって回避する。頬の人工皮膚が裂け、青い冷却液が散る。


(……強い)


 私は舌打ちした。

 だが、負けるわけにはいかない。

 私の背後にはレンがいる。

 私が倒れれば、あの無垢な整備士は、この冷酷な死神に殺される。

 それだけは、絶対に!


「……ああああぁぁぁぁッ!!」


 私は咆哮した。

 Efリアクターを臨界点まで駆動させる。

 論理ロジックを超えろ。スペックを超えろ。

 守るための力が、私を動かす。


 私は踏み込んだ。

 防御を捨てた特攻。

 ユリの瞳がわずかに見開かれる。私の非論理的な行動に、演算がコンマ数秒遅れる。

 その隙に、私は懐へと潜り込んだ。


 ガガガガガガガッ!!


 至近距離での剣戟。

 互いの高周波ブレードが、火花を散らしながら噛み合う。

 刃と刃が擦れ合い、高周波振動が共鳴して、耳をつんざくような不協和音スクリームを上げる。


「排除する」


 ユリが無表情のまま、ブレードを押し込んでくる。


「させません……私のマスターには、指一本触れさせないッ!」


 私も押し返す。

 全身のアクチュエータが焼き切れそうだ。

 二つの莫大なエネルギーが、一点に集中する。


 そして。

 限界リミットが訪れた。


 バキィィィィィィンッ!!


 乾いた破砕音が、廃墟に響き渡った。

 金属疲労と過負荷に耐えきれず、双方のブレードが中央から砕け散ったのだ。

 折れた刃先が回転しながら空を舞い、地面に突き刺さる。

 私たちは同時にバックステップし、距離を取った。

 私の手にあるのは、折れた柄だけ。

 ユリの手にも、同様に無残な柄が握られている。


 静寂。


 風の音だけが聞こえる。

 私は柄を捨て、ファイティングポーズを取った。

 武器がなかろうが、手足がもげようが、私は噛み付いてでも戦う。

 その殺気を向けると、ユリは動かなかった。

 彼女は折れた自分の武器を見つめ、それから私を、そしてその奥にいるレンの方を一瞥した。

 銀色の瞳が、高速で情報を処理している。

 武装損耗。ターゲットの防衛戦力の再評価。任務遂行確率の低下。


「……武装破損。任務遂行不可ミッション・インポッシブル


 彼女は淡々と告げた。

 そこには悔しさも執着もない。ただの事実確認。


「撤退する」


 ユリが足元の発煙筒を踏み砕いた。


 プシュウゥゥゥッ!


 濃密な白煙が視界を奪う。


「ま、待ちなさい!」


 私が煙を切り裂いて踏み込んだ時には、既に彼女の気配は消えていた。

 完全な撤退。

 深追いは危険だ。罠かもしれないし、今の私にはレンを守りながら追撃する余力はない。


 私は警戒を解かず、しばらく周囲をスキャンし続けた。

 生体反応なし。敵性反応なし。


 ……行ったか。


 私は膝をつき、大きく排気を漏らした。

 全身が熱い。Efリアクターが過熱し、警報を鳴らしている。

 左肩の傷からは冷却液が漏れ、服を濡らしている。


「ルリッ!」


 瓦礫の陰から、レンが飛び出してきた。

 彼は私の元へ駆け寄り、血相を変えて私の肩を押さえた。


「ルリ、怪我!血が出てる……!」


 レンの手が震えている。自分のことなどどうでもいいと言わんばかりに、私の心配をしている。


「……かすり傷です。それより、レン」


 私は彼の手を握り、その体を検分した。


「貴方に怪我はありませんか?破片は当たりませんでしたか?どこか痛むところは?」


「ううん、ないよ!僕は平気だ!」

 レンは首を横に振った。


「ルリが守ってくれたから……無傷だよ」


 彼は泣きそうな顔で、でも無理をして微笑んだ。

 その笑顔を見て、私のリアクターの熱がスッと引いていく。

 守れた。

 その事実だけが、今の私にとっての全てだ。


「……そうですか。なら、作戦成功です」


 私は立ち上がろうとしたが、足がよろめいた。

 レンが慌てて私を支える。


「無理しないで!……帰ろう、ルリ。僕が直すから。完璧に直してあげるから」


 レンの肩を借りて、私は歩き出した。

 夕暮れの廃墟。

 風が、錆びた鉄骨を鳴らして吹き抜けていく。


 ユリ。


 あの正体不明のType.A。

 彼女は明らかに私たちを、おそらくはレンを狙っていた。

 都市司令部が関与しているのなら、この街ももはや安全地帯ではない。

 

なぜ?レンのような無力な人間に、何の価値があるというのか?

 それとも、私か?

 謎は深まるばかりだ。

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 あの死神は、必ずまた現れる。

 その時までに、私はもっと強くならなければならない。

 隣で私を支えてくれる、この温かい命を守り抜くために。


「……レン」


「ん?」


「店、散らかってしまいましたね」


「あはは……まあ、直せばいいよ。二人でやれば、すぐだよ」


 レンの言葉に、私は小さく頷いた。

 そう、壊れたら直せばいい。何度でも。

 私たちはそうやって、この価値のない世界で生きていくのだから。


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