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血とオイルと、戦場のジャズメン


 その警報音は、物理的な音波となって大気を震わせ、私たちの鼓膜だけでなく、骨髄まで凍りつかせるような響きを持っていた。


 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!!!


 アーケイン都市全域に設置された防空サイレンが一斉に咆哮を上げる。

 都市防衛システムが発する最高レベルの警戒信号、コード・レッド。

 それは、「敵襲」ではなく「壊滅の危機」を告げるファンファーレだった。


「……嘘だろ」


 レンが窓に張り付き、北の空を凝視する。

 晴れ渡っていたはずの空が、どす黒い雲に覆われていく。いや、雲ではない。あれは無数のドローンの群れと、進軍する大部隊が巻き上げる砂塵だ。


「……解析完了」


 ユリが端末を操作する指先が、微かに震えていた。

 彼女の銀色の瞳に、絶望的なデータが流れる。


「機械軍正規侵攻部隊。……総数、推定五〇〇機以上。主力戦車級の大型ピースウォーカー多数。上空には爆撃ドローン編隊。……これは『戦争』だ」


 五〇〇機。


 その数字に、私は息を呑んだ。

 平時の偵察部隊とは桁が違う。都市防衛隊の戦力は、全盛期でも一〇〇機程度。しかも度重なる消耗で、稼働機体はその半分にも満たないはずだ。


 一〇倍以上の戦力差。

 それは戦いではなく、一方的な蹂躙と虐殺を意味していた

 『市民の皆様に告ぐ!最優先避難命令!直ちに地下シェルターへ退避してください! 繰り返します、これは訓練ではありません!』


 街頭スピーカーから、悲鳴に近い避難勧告が響く。

 外では、パニックに陥った人々が逃げ惑う叫び声と、怒号が飛び交い始めていた。

 昨日までの、あの陽だまりのような日常は、硝煙の匂いにかき消されてしまった。


「……どうする?」


 ユリが低い声で問う。


「逃げるなら今だ。私の計算なら、地下水道ルートを使えば生存確率は六〇%ある」


 私はレンを見た。

 彼はまだ一六歳の少年だ。戦う義務なんてない。逃げて、生き延びてほしい。

 そう言おうとした。


「逃げないよ」


 レンが振り返った。

 その瞳に、迷いはなかった。昨夜、私を求めた時のような弱々しさもない。

 あるのは、自分の大切な場所を守ろうとする、技術者マイスターとしての強い意志。


「ここは僕たちの街だ。……僕たちの家がある場所だ。お客さんがいて、マリーがいて、あのお肉屋さんがいる。……見捨てるなんてできない」


 レンは作業台に歩み寄り、愛用の工具箱を強く握りしめた。


「僕は戦う。……銃は撃てないけど、壊れた機体を直すことはできる。防衛隊の人たちが一秒でも長く戦えるように、僕は僕の仕事をするよ」


「……肯定」


 ユリがニヤリと笑い、腰のホルスターを締めた。


「マイスターがそう言うなら、地獄の底まで付き合うだけだ。……それに、あの数量だ。ここで食い止めなければ、逃げたところでいずれ追いつかれる」


「……わかりました」


 私も覚悟を決めた。

 昨日、誓ったばかりだ。「レンを守る」と。

 ならばその脅威となる全てを、私が排除するまで。


「役割分担をしましょう」


 私は地図データを展開し、素早く指示を出した。


「レンは後方の整備ドックへ。損傷した機体の応急修理と、補給物資の管理をお願いします。……そこが、私たちの生命線です」


「うん、任せて!」


「ユリは都市手前の『第二防衛線』へ。……もし前線が突破された場合、市街地への侵入を食い止める最後の砦が必要です。貴女の近接戦闘能力なら、瓦礫の山の中でも有利に戦えます」


「了解した。……一歩も通さん」


 ユリが背中の高周波超硬質ブレード。レンが研ぎ直した愛刀の柄を撫でる。


「そして私は……最前線へ向かいます」


 私は地下格納庫へのアクセスコードを入力した。


「マリー様が再調整してくれた『翼』があります。……あれで、敵の主力部隊を叩きます」


 私たちは顔を見合わせた。

 これが今生の別れになるかもしれない。

 けれど、誰も「さよなら」とは言わなかった。


「……生きて帰ろう。全員で」


 レンが右手を差し出す。

 私とユリが、その上に手を重ねた。


「はい。必ず」


「約束だ」


 円陣が解かれる。

 私たちはそれぞれの戦場へと、走り出した。


 アーケイン北部の荒野。

 そこは既に、鉄と血の匂いが充満する地獄と化していた。


 ズガガガガガガッ!!

 ドォォォォォォンッ!!


 着弾の衝撃波が大地を揺らす。

 私が『HPL-90-02 ホープライト試作2号機』通称・ホープライト改で戦場に到着した時、目に飛び込んできたのは、敗走寸前の防衛隊の姿だった。


「ひるむな!撃て!撃ち続けろぉぉぉッ!」

「ダメです!弾幕が薄い!敵の数が多すぎます!」

「うわぁぁぁぁ!来るな!来るなぁぁぁッ!」


 無線からは断末魔と絶望の叫びが飛び交っている。

 旧式のピースウォーカーや、歩兵用のアンドロイドたちが、機械軍の圧倒的な物量に押し潰されていく。

 敵の主力は、カニのような多脚戦車と、重装甲の無人ピースウォーカー。

 それらが黒い津波となって、防衛ラインを食い破っていた。


「……状況は最悪ですね」


 私はコクピットの中で歯を食いしばった。

 マリーの調整により、この2号機は私の思考負荷を軽減するリミッターと、安定性を重視したバランサーが組み込まれている。

 スペック上の最大出力は落ちたが、その分長時間戦闘が可能になった。

 だが、それでもこの数を相手にするのは骨が折れる。


 その時だった。

 不意に、戦場の空気を切り裂くような、奇妙な音が響き渡った。


 パララッ、パッパラーッ!!


 それは砲撃音ではない。

 サックスの音色だ。

 狂ったように高音を鳴らす、フリー・ジャズの旋律。

 通信回線へのジャミングと共に、暴力的なまでのドラムビートとベースラインが割り込んでくる。


「なっ……!?何だこの音楽は!?」


 敵も味方も、一瞬だけ動きを止める。

 次の瞬間。

 防衛隊の後方から、赤い彗星のような物体が爆発的な加速で飛び出してきた。


 ズドォォォォォォォンッ!!


 着地の衝撃で、機械軍の先鋒数機が吹き飛ぶ。

 砂煙の中から立ち上がったのは、全高九・二メートルに達する巨体。

 全身を鮮血のような真紅に塗装された、威圧の塊。

 頭部には、左右非対称に配置された二つのモノアイが、獰猛な獣の目のように輝いている。

 バリアント専用ピースウォーカー・カスタム『ガンダルヴ』。


 その右腕には、見る者を戦慄させる異形の兵器が装備されていた。

 一八基の特大チェーンソーブレードを円環状に束ねた、回転式破砕機構。

 対機械軍特殊兵装・十八連装鎖鋸振動突撃剣ギガントチェーンソー


『よう、野郎ども!随分と静かじゃねぇか!お通夜にはまだ早ぇぞ!!』


 全回線に、男の野太い声が響き渡る。

 低く、渋く、それでいて聞く者の腹の底を熱くさせるような、カリスマ性に満ちた声。

 アーケイン防衛隊総隊長、バリアント・ローズマリーだ。


『ビビってんじゃねぇぞ!相手はただの鉄屑だ!俺たちがスクラップにしてリサイクルに出してやるんだよ!』


 バリアントの声に合わせて、BGMのサックスが激しく咆哮する。

 それは演説というより、ライブの煽り(MC)のようだ。


『いいか、よく聞け!全軍、全力で戦え!弾が尽きたら剣を使え!剣が折れたら拳で殴れ!』


 ガンダルヴが右腕を掲げる。


 ギュイイイイイイイイイイッ!!


 ギガントチェーンソーが、プラズマ動力炉の出力を受けて高速回転を始める。その音は、まるで地獄の蓋が開く音のようだ。


『だがな!勘違いすんなよ!玉砕なんて認めねぇ!死んで花実が咲くものか!』


 バリアントが叫ぶ。


『泥水を啜ってでも、恥辱にまみれてでも生き残れ!生きて帰って、勝利の美酒を浴びるほど飲む!そこまでが俺たちの戦争だ!!』


『全員、生きて帰るぞオオオオオッ!!』


 その言葉は、恐怖で凍りついていた兵士たちの心に火を点けた。

 死ぬための命令ではない。生きるための命令。

 その単純で力強い真理が、絶望を希望へと変える。


「「「オオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」


 防衛隊の雄叫びが上がった。

 反撃の狼煙が上がった。

 狂騒のジャズセッションの開幕だ。


 『Here we go!!Let's DANCE!!』


 バリアントの号令と共に、ガンダルヴが突進を開始した。

 速い。

 あの巨体と重装甲からは信じられないほどの敏捷性。

 BGMの不協和音とシンクロするように、ステップを踏み、瓦礫を蹴散らして敵陣へ突っ込む。


「邪魔だァァァッ!!」


 ガンダルヴの右腕が突き出される。

 ギガントチェーンソーが、眼前の重装甲ピースウォーカーに接触する。


 ガガガガガガガガガッ!!

 ギャリリリリリリリリッ!!


 凄まじい金属音が響く。

 装甲など関係ない。超高速回転する一八枚の超硬質ブレードが、敵の装甲を瞬時に「削り取り」、内部フレームごと「粉砕」していく。

 火花がシャワーのように降り注ぎ、オイルが血飛沫のように噴き出す。

 一撃必殺。いや、一撃粉砕。

 敵機は上半身を消し飛ばされ、爆発四散した。


「ハッハー!いい音色だ!次!」


 バリアントは止まらない。

 左手のコンバットナイフで別の敵を刺し貫きながら、背部のアサルトライフルを自動掃射させ、右手のチェーンソーでまた一機をミンチにする。

 その戦い方は、洗練された武術とは対極にある。

 暴力的で、野蛮で、けれど圧倒的に「強い」。

 戦場の支配者マエストロがそこにいた。


(……負けていられませんね!)


 私もスロットルを開けた。

 バリアントが「剛」なら、私は「柔」。彼がリズムなら、私はメロディだ。

 ホープライト改が滑るように加速する。


 ヒュンッ!


 敵の砲弾を最小限の動きで回避。

 紙一重でかわすその動きは、まるで予め弾道を知っているかのよう。

 Type.ASの処理能力と、マリーが調整した機体の追従性が完全に同期している。


「シッ!」


 すれ違いざま、高周波ブレードを一閃。

 敵機の関節部、装甲の薄い一点を正確に切り裂く。


 ズバァッ!


 敵機が崩れ落ちるのと同時に、私は既に次の標的の背後に回っている。


「そこのお嬢ちゃん!いい動きだ!」


 通信機越しに、バリアントの愉快そうな声が届く。


「俺の背中を任せるぜ!思う存分暴れな!」


「了解です、隊長!フィナーレまでお付き合いします!」


 私はバリアントの死角をカバーするように、周囲のドローンを撃ち落とした。

 真紅の巨神が道を切り拓き、白銀の戦乙女がその隙を埋める。

 即席のコンビネーションだが、不思議と息が合う。

 ジャズの即興演奏インプロビゼーションのように、互いの呼吸を感じ取り、戦場の混沌をハーモニーへと変えていく。

 防衛隊の他のメンバーも奮起していた。

 「隊長に続け!」「死ぬなよ! 今夜は奢りだそうだ!」


 恐怖を乗り越えた兵士たちは強い。

 五〇〇機いたはずの機械軍が、目に見えて数を減らしていく。

 三割……いや、四割を撃破。

 このままなら、押し切れる。

 そう思った矢先だった。


 ズゥゥゥゥゥゥン……。


 戦場の狂騒をかき消すような、重く、腹の底に響く地鳴りが起きた。

 機械軍の後方、砂塵の壁が割れる。


「……何だ、あれは」


 バリアントの声から、笑いが消えた。

 現れたのは、山だった。

 否、パワードスーツだ。だが、サイズが違う。

 全高一五メートル級。

 通常のピースウォーカーの二倍以上の巨体。

 全身を分厚い複合装甲板で覆い、まるで歩く要塞のような威圧感を放っている。

 そしてその右手には、身の丈ほどもある巨大な実体剣。いや、鉄塊と呼ぶべき大剣を引きずっていた。

 機械軍指揮官機、超大型パワードスーツ『南部大剣ナンブタイケン』。


 ギィィィン……。


 南部大剣のモノアイが赤く明滅する。

 それは無感情な殺意の眼差し。


「総員、散開ッ!!」


 バリアントが叫ぶのと同時だった。


 ブォンッ!!


 南部大剣が、その大剣を横薙ぎに振るった。

 ただそれだけの動作。

 だが、その質量と速度が生み出す運動エネルギーは、災害レベルだった。


 ドゴォォォォォォンッ!!


 衝撃波だけで、前衛にいた防衛隊のピースウォーカー三機が吹き飛んだ。

 直撃を受けた一機に至っては、装甲ごと両断され、上下半身が泣き別れになって爆散した。


「……バケモノめ」


 私は戦慄した。

 速い。あの巨体で、あの大剣を小枝のように振り回している。


「撃て!集中砲火だ!」


 防衛隊が一斉に射撃を開始する。

 数百発の銃弾とロケット弾が南部大剣に吸い込まれる。


 カンカンカンカンッ!


 しかし、煙が晴れた後、そこには傷一つない巨体が立っていた。

 堅牢すぎる。あの装甲は通常の兵器では豆鉄砲と同じだ。


「くっ……私が!」


 私はスラスターを吹かし、肉薄した。

 スピードならこちらが上だ。

 懐に飛び込み、関節の隙間を狙ってブレードを突き出す。


 ガキンッ!!


「硬い……ッ!?」


 手応えがおかしい。関節部ですら、特殊な装甲メッシュで保護されている。

 私の高周波ブレードが弾かれ、逆に手首が痺れるほどの反動が返ってきた。


 ブシュウゥッ!


 南部大剣の排気口から熱蒸気が噴き出す。

 奴が、私を見た。

 あの大剣が、頭上から振り下ろされる。


「しまっ――」


 回避が間に合わない。

 死の影が覆いかぶさる。


 ガギィィィィィィィンッ!!


 金属同士が噛み合う、凄絶な音が響いた。

 私が目を開けると、そこには真紅の背中があった。

 ガンダルヴだ。

 バリアントが割り込み、ギガントチェーンソーを盾にして、あの大剣を受け止めていたのだ。


「ぐ、ぬゥゥゥゥ……ッ!!」


 ガンダルヴの膝が沈む。地面がひび割れ、陥没していく。

 パワー自慢のガンダルヴが、力負けして押し潰されそうだ。


「隊長!」


「逃げろ!一旦下がるぞ!」


 バリアントが火花を散らしながら吼える。


「コイツは……真正面からやり合って勝てる相手じゃねぇ! 態勢を立て直すんだ!」


 バリアントは全スラスターを逆噴射し、強引に弾き返して後退した。

 防衛隊の戦線が崩壊する。

 圧倒的な「個」の暴力の前に、私たちは撤退を余儀なくされた。

 戦場は荒野から人々が住む都市の手前、第二防衛線へと移ろうとしていた。


 そこは、最後の砦。

 そして、私の大切な家族が守る場所だ。



 ズガガガガガガッ!!

 ドォォォォォォンッ!!



 アーケイン都市の入口、第二防衛線。

 かつて工場地帯だったその場所は、今や鉄と炎の坩堝と化していた。

 敗走してきた防衛隊のピースウォーカーたちが、必死の防衛線を敷く。

 だが、南部大剣ナンブタイケンを先頭にした機械軍の進撃は止まらない。

 巨大な質量が、バリケードを紙細工のように踏み潰していく。


「通すかァァッ!!」


 瓦礫の山から、一人の影が飛び出した。

 ユリだ。

 生身の体。手には身の丈ほどの高周波超硬質ブレード。

 彼女は正面から突っ込んでくる敵の戦車型ピースウォーカーに対し、真正面から跳躍した。


 ザンッ!!


 銀閃一閃。

 分厚い複合装甲が、バターのように切断される。

 戦車が左右に割れて爆発する中、ユリは炎を背にして着地し、次々と押し寄せる歩兵ドローンを切り伏せていく。

 まさに一騎当千。

 だが、多勢に無勢だ。彼女一人では、あの化け物(南部大剣)を止めることはできない。


「ユリ!」


 私はホープライト改で滑り込む。

 隣には、排気口から荒い熱気を吐き出すガンダルヴが着地した。


「……シフトリーダー。それに、赤いの」


 ユリが油まみれの顔でこちらを見る。


「状況は最悪だ。あのデカブツ、私の斬撃も通じない。装甲が厚すぎる」


「ああ、わかってるよ」


 バリアントの声には、焦燥よりも、難敵を前にした武人としての昂ぶりがあった。


「正面からの火力勝負じゃ勝ち目はねぇ。……だが、どんな堅牢な城にも必ず『門』はある」


「……ええ」


 私は南部大剣を見上げた。

 奴はゆっくりと、だが確実にこちらへ歩み寄ってくる。あの大剣を引きずりながら。

 通常の攻撃は効かない。

 ならば、答えは一つだ。


「隊長。……貴方のそのチェーンソーなら、奴の装甲を貫けますか?」


「愚問だな、嬢ちゃん」


 バリアントが鼻を鳴らす。


「俺のギガントチェーンソーは、世の理不尽をぶった切るためにある。……だが、当てるにはゼロ距離まで近づいて、数秒間押し付ける必要がある。あのバケモノ相手に、そんな隙があると思うか?」


「隙なら、作ります」


 私は操縦桿を強く握りしめた。


「私が囮になります。奴の注意を引きつけ、その大剣を空振りさせます。……その瞬間が、最初で最後のチャンスです」


 通信の向こうで、バリアントが息を呑む気配がした。


「……正気か?一歩間違えればミンチだぞ。お前、まだ若いんだろ?待ってる男がいるんじゃねぇのか?」


「だからこそです」


 私はモニターに映るレンの写真を一瞥した。

 一六歳の、私の愛しいマスター。

 彼が生きる未来を守るためなら、私は地獄の業火にだって飛び込める。


「……レンとの約束を守るために、私はここで賭けに出ます。……隊長、合わせてくれますか?」


「……ハッ!いい度胸だ!」


 バリアントが豪快に笑った。

 BGMのサックスが、クライマックスに向けて不穏な、しかし力強い旋律を奏で始める。


「乗ったぜ、そのプラン!俺とお前のセッションで、あのデカブツに引導を渡してやろうじゃねぇか!」


「ユリは、雑魚の掃討とバックアップをお願いします!」


「……了解。死ぬなよ、ルリ」


 作戦開始。

 私たちは同時に大地を蹴った。


 「こっちです、鈍亀!!」


 私はホープライト改のスラスターを全開にし、南部大剣の目の前で急上昇した。


 ギュンッ!


 残像を残すほどの機動。

 南部大剣のモノアイが私を捕捉し、大剣が唸りを上げて振り回される。

 

ブォォォォンッ!!


 風圧だけで機体がきしむ。

 私は空中で姿勢制御スラスターを吹かし、紙一重で刃を回避する。

 右へ、左へ、上へ、下へ。

 まるで挑発するかのように、私は奴の周囲を飛び回った。


「ちょこまかと……!」


 南部大剣のAIが苛立ちを見せる。

 奴の注意は完全に私に釘付けだ。

 その巨大な背後で、ガンダルヴが息を潜めてチャージを開始していることにも気づかずに。


(今です、もっと引きつけて……!)


 私は限界ギリギリの機動を繰り返した。

 奴が大振りの攻撃を放ち、体勢を崩した瞬間こそが勝機。


 ズドォォォンッ!


 大剣が地面を叩き割る。

 チャンスだ。


「隊長ッ!!」

 

私が叫ぼうとした、その時。


 プスンッ。


 背中のスラスターから、情けない音がした。


 【警告:推進剤プロペラント残量ゼロ。燃焼停止】


「なっ……!?」


 思考が真っ白になる。

 長時間の高機動戦闘。計算よりも早く、燃料が尽きたのだ。

 空中で推力を失ったホープライト改は、ただの鉄塊となって落下する。


「しまっ――」


 南部大剣は見逃さなかった。

 地面に突き刺さった大剣を支点にしその空いた左手、巨大なマニピュレーターを伸ばしてきたのだ。


 ガシィィィィィィィンッ!!!


「ぐ、あぁッ……!!」


 捕まった。

 ホープライト改の胴体が、巨大な手に鷲掴みにされる。

 

ミシミシ、メキメキッ……!


 圧倒的な握力。装甲が悲鳴を上げ、コクピットフレームが歪み始める。

 警報音が鳴り響く。

 潰される。


「嬢ちゃんッ!!」


 バリアントが飛び出すが、距離がある。間に合わない。

 南部大剣が、私を握りつぶそうと力を込める。

 視界が歪む。

 レン……ごめんなさい……。

 走馬灯のように、彼の笑顔が浮かんだ、その瞬間。


 「――私の家族に、触れるなァッ!!!」


 裂帛の気合と共に、銀色の流星が走った。

 瓦礫の山から飛来したユリだ。

 彼女は南部大剣の腕を駆け上がり、その肘関節。装甲の継ぎ目に向けて、高周波ブレードを突き立てた。

 

 ザンッ!!

 ズバァァァァッ!!


 神速の二連撃。

 南部大剣の左腕が、肘から先ごと切断された。

 拘束が解ける。

 私は空中に放り出されたが、すぐに着地体勢を取った。


「ぬぅぅぅッ!?」


 両腕を失い、バランスを崩してよろめく南部大剣。

 その無防備な胸板が、ガラ空きになる。

 最高の、そして最後の「隙」。


「待たせたなァァッ!!フィナーレだ!!」


 真紅の影が、私の横を駆け抜けた。

 ガンダルヴ。

 右腕のギガントチェーンソーは、既に臨界点まで回転し、青白いプラズマの火花を散らしている。


 「喰らえ!特大ギガントォォッ!ブレイクゥゥゥッ!!」


 ズドドドォォォォォォォンッ!!


 ガンダルヴの突撃が、南部大剣の胸部装甲に突き刺さった。


 ギャリリリリリリリリリリリリッ!!!


 耳をつんざく破壊音。

 一八枚のチェーンソーブレードが、分厚い複合装甲を削り、抉り、溶かし、貫通していく。


「オラオラオラオラァァッ!!アンコールは無しだ!!」


 バリアントがスラスターを全開にし、さらに押し込む。

 

ドグゥッ!!


 ついにチェーンソーが南部大剣の背中まで突き抜けた。

 動力炉粉砕。


 チュドォォォォォォォォォォンッ!!


 大爆発。


 黒煙と炎がキノコ雲となって舞い上がる中、南部大剣の巨体はバラバラに崩れ落ちた。


 敵将の消滅を確認した機械軍は、統率を失い、蜘蛛の子を散らすように撤退していった。

 勝ったのだ。

 防衛隊の、そして私たちの勝利だ。

 夕日が差し込む戦場。

 私はホープライト改を降り、ガンダルヴから降りてきたバリアント隊長と向かい合った。

 彼はコンバットスーツのヘルメットを脱ぎ、汗に濡れた黒髪をかき上げた。


 三四歳の、精悍でワイルドな笑顔。


「……見事だったぜ、嬢ちゃん。それに、そっちの銀色の姉ちゃんもな」


 バリアントが親指を立てる。


「お前らがいなきゃ、俺たちは全滅してた。……礼を言う」


「いいえ。隊長の一撃があったからこそです」


 私はヘルメットを脱ぎ、一礼した。

 風が私の髪を揺らす。

 バリアントは私の顔をまじまじと見つめ、そして驚いたように目を丸くした。


「……へぇ。近くで見ると、とんでもねぇ美人だな」


 彼は私の手を取り、その場に片膝をついた。

 まるで王子様のような、芝居がかった仕草。


「強くて、度胸があって、その美貌。……俺のハートは撃ち抜かれた」


 バリアントが真剣な眼差しで告げる。


「俺と結婚してくれ!防衛隊の福利厚生は悪くないぞ!」


 あまりに唐突なプロポーズ。

 私はきょとんとして、それから困ったように微笑んだ。

 丁度、後方から走ってくる少年の姿が見えたからだ。


「光栄ですが、お断りします」


 私は彼の手を優しく解いた。


「私には、心に決めたマスター兼恋人がおりますので」


「……あ?」


 バリアントが顔を上げる。


「ルリッ!!ユリさんッ!!」


 オイルと煤で真っ黒になった一六歳の少年。レンが息を切らせて駆け寄ってきた。

 彼は私の無事を確認すると、涙目で飛びついてきた。


「よかった……!二人とも、無事で……!本当によかった……!」


 私はレンを抱きしめ、その頭を撫でた。


「ただいま戻りました、レン。……約束通り、生きて帰りましたよ」


「うん、うん……!」


 その光景を見て、バリアントはポカンと口を開け、それから頭をガシガシとかいた。


「……なんだ。人妻みたいなもんかよ」


 彼は苦笑いしながら立ち上がり、埃を払った。


「ハハハ!そりゃ勝てねぇな!あんな可愛い顔して泣かれたら、俺の出る幕はねぇや」


 バリアントの態度は驚くほど潔かった。

 彼はレンに歩み寄り、その肩をバンと叩いた。


「よう、少年。……大事にしな。こいつらは、世界一イイ女たちだ」


「え?あ、はい!もちろんです!」


 レンは状況をよく飲み込めていないようだったが、元気よく頷いた。


「よし!」


 バリアントが両手を広げた。


「今日は勝利のお祝いだ!俺の奢りで飯に行くぞ!アーケインで一番高い店を予約してやる!お前ら全員付き合え!」



「……奢りか。悪くない」


 ユリが刀を納めながら近づいてくる。


「タンパク質と糖質の大量摂取を希望する」


「ふふ、いいですね。レン、行きましょうか」


「うん!僕、お腹ペコペコだよ!」


 戦いの硝煙は晴れ、また騒がしい日常が戻ってくる。

 バリアントの豪快な笑い声と、レンの明るい声が、夕暮れの空に溶けていった。

 私たちは生きた。

 そしてこれからも、この街で生きていくのだ。


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