産声は鉄の軋み、希望の光
【警告:物理干渉発生】
【エラー:区画C-4、油圧パイプ断裂】
【警告:動力伝達率、低下。システム・クリティカル】
無機質なアラート音が、ホープライト社第3工廠に響き渡る。
それは、天才たちの敗北を告げるファンファーレのようだった。
「入らないッ!!」
レンの悲鳴が、広いハンガーに木霊する。
彼は高さ八メートルの作業用足場の上で、油まみれになりながら頭を抱えていた。
「なんだよこれ!設計図通りに組んだら、メインフレームと冷却ダクトがぶつかって配線が通らないじゃないか!物理的にスペースが足りないよ!」
「そんなはずないわ!」
地上で端末を操作していたマリーが、血走った目で叫び返す。
「シミュレーションでは完璧だったのよ!クリアランスは三ミリ確保されていたはずだわ!」
「その三ミリが!現場じゃ誤差の範囲なんだよ!」
レンがスパナを振り回す。
「素材の熱膨張と、溶接による歪みを計算に入れてないだろ!これじゃ動いた瞬間に内部でショートして爆発するぞ!」
プロジェクト『HOPE LIGHT』始動から数日。
私たちロックス・ガレージの一行と、マリー・ホープライト率いる開発チームは、文字通りの地獄の中にいた。
机上の空論。絵に描いた餅。
コンピュータの中で完璧に動作していた「最強のパワードスーツ」は、現実世界に引きずり出された瞬間、ただの鉄屑へと成り下がろうとしていた。
「くそっ、やり直しだ!Cブロックの設計図を引き直して!」
レンが足場から飛び降り、マリーの元へ走る。
「フレームの剛性を落とさずに、配線ルートを迂回させるには……ここを削るしかないか?」
「待って、そこは姿勢制御用のジャイロが入る場所よ!削ったらバランスが崩壊するわ!」
「じゃあどうするんだよ!このままだとパイロットが座るスペースがないぞ!窒息死させる気か!?」
「素材をチタン合金から、もっと強度の高いセラミック複合材に変えれば……でも加工精度が……!」
二人の天才の間で、専門用語の乱れ撃ちが交わされる。
その横で、手伝いに駆り出されていたユリが、完全に目を回して立ち尽くしていた。
「……学習不能」
ユリの瞳が高速で点滅している。
「イナーシャ、バックラッシュ、降伏応力、ヤング率……。処理能力の限界を超過。オーバーヒートする」
彼女の耳からプシュウゥゥ……と蒸気が出ているのが見える。
「はい、そこまで」
私は盆に載せた湯気の立つマグカップを持って、殺伐とした戦場に割って入った。
「休憩です。これ以上続けると、機体が完成する前に開発者の脳が焼き切れますよ」
「ルリ!でも、納期が……!」
「黙りなさい、マリー様。これは業務命令です」
私は有無を言わさぬ笑顔で、二人の前に極上のアッサムティーと、糖分補給用のチョコレートを置いた。
「良い仕事は、良い休息から。……レン、顔色が土気色ですよ。少しは鏡を見なさい」
レンはハッとして、自分の顔を触った。オイルと煤で真っ黒だ。
「……ありがとう、ルリ。正直、頭が煮えそうだった」
「私もよ……。悔しいけど、現実は甘くないわね」
マリーがチョコレートを齧り、苦々しく呟く。
モノづくりとは、かくも過酷なものか。
ただ図面を引くだけでは完成しない。
素材の癖、加工の誤差、組み立てる人間の技量、そして重力や摩擦といった物理法則。
それら全てと対話し、妥協し、ねじ伏せなければ、鉄の巨人は立ち上がらないのだ。
それからさらに数日が経過した。
幾度もの失敗。
組んではバラし、バラしては組み直す「ビルド&スクラップ」の無限地獄。
工廠の床には、設計ミスで廃棄されたパーツの山が築かれていた。
しかし、その屍の山の上に、ついに一つの形が立ち上がった。
「……できた」
レンが震える声で呟いた。
工廠の中央に、銀色の骨格が屹立している。
試作1号機(HPL-90-01)。
まだ装甲は取り付けられていない。剥き出しのフレーム、張り巡らされたケーブル、露わになったシリンダー。
それはまるで、鋼鉄の人体模型のようだった。
「フレーム動作テスト、開始します」
マリーが緊張した面持ちでコンソールを操作する。
「テストパイロット、ユリ。聞こえる?」
フレームのコクピットに座ったユリが、サムズアップを返した。
『……こちらユリ。システム、オールグリーン。……ジェネレーター出力、安定している』
「よし……動かしてみて」
ユリが操縦桿を握る。
その瞬間。
鋼鉄の骸に、命が宿った。
ヒュンッ!
速い。
八メートルの巨体が、まるで人間がストレッチをするような滑らかさで腕を上げ、腰をひねり、ステップを踏んだ。
駆動音が驚くほど静かだ。
『……軽い』
ユリの声に驚きが混じる。
『まるで羽が生えたようだ。私の思考と、機体の動きにタイムラグがない。……これが、新型か』
フレーム状態とはいえ、その運動性能は既存のピースウォーカーとは比較にならなかった。
しなやかで、鋭敏で、美しい。
「やった……やったぞ!!」
レンがマリーとハイタッチをする。
「見た!?あのアクチュエーターの追従性!計算通りだ!」
「ええ!これならいけるわ!理論は間違ってなかった!」
二人の天才は手を取り合って喜んだ。
だが、彼らはまだ知らなかった。
「骨格」が動くだけでは、兵器としては未完成であることを。
そして、ここから先に待つ「鎧」の重圧こそが、真の試練であることを。
場所を移し、地上の廃墟エリア。
ここで、装甲と武装を全て装備した「完全状態」でのフィールドテストが行われることになった。
クレーン車によって運び込まれた試作1号機は、真っ白な複合装甲に身を包んでいた。
美しい流線型のフォルム。背中には翼のようなスラスターユニット。
見た目は完璧だ。
誰もが、その完成度を疑わなかった。
「テスト、開始!」
号令と共に、ユリが機体を動かす。
しかし。
ギギギ……ガシャンッ!
一歩踏み出した瞬間、機体が大きくバランスを崩し、膝をついた。
鈍い音が響き、足元のコンクリートが砕ける。
『……重い』
ユリの苦悶の声が通信機から届く。
『フレームだけの時とは別物だ。……装甲の重量で、重心が定まらない。関節にかかる負荷が異常数値を示している』
「なっ……!?」
レンがモニターを凝視する。
「そんな……!装甲重量も含めてバランサー調整したはずだろ!?」
「慣性モーメントよ!」
マリーが叫ぶ。
「静止状態では完璧でも、動いた瞬間に装甲の重さが遠心力となってフレームを振り回しているのよ!今のフレーム強度じゃ、この鎧の重さを支えきれないわ!」
テストは散々な結果だった。
走れば転び、腕を振れば肩のモーターが焼き切れ、ジャンプすれば着地の衝撃でサスペンションが底突きする。
あんなに軽やかだった骸は、重厚な鎧を着せられた途端、ただの鈍重な鉄塊へと成り下がっていた。
「……ダメだ」
レンが膝から崩れ落ちる。
「全部やり直しだ。バランサーのプログラムどころか、装甲の配置、フレームの肉厚、全部見直さないと……」
絶望的な沈黙が流れた。
これまで費やした時間と労力が、徒労に終わったかのような虚無感。
ユリが機体から降りてくる。その表情も暗い。
だが。
一人だけ、まだ死んでいない目がそこにあった。
「……何落ち込んでるのよ、レン」
マリーだ。
彼女は泥だらけの顔を拭いもせず、仁王立ちしていた。
「当たり前でしょ!一発で成功するなんて、そんなつまらない話があるわけないわ!」
彼女は倒れ込んだ試作機を指差した。
「あの子はまだ産声を上げたばかりよ。転んで、怪我して、当たり前じゃない!ここからが私たちの腕の見せ所でしょう!?」
マリーがレンの胸ぐらを掴んで立たせる。
「諦めるの?ルリのための翼を作るんじゃなかったの!?」
その言葉に、レンの瞳に光が戻る。
彼は自分の頬を両手で叩いた。
パァンッ!
「……うん。そうだね。諦めるわけにはいかない!」
レンが再びスパナを握りしめる。
「全部直そう!装甲を削って軽量化して、関節のトルク配分を書き換えて……絶対に飛ばせてみせる!」
再び始まる地獄。
けれど、今度の地獄には、確かな希望の光が差していた。
それからさらに数日。
不眠不休の改修作業の末、ついにその時は訪れた。
地上の廃墟エリア。
夕日が差し込む瓦礫の山に、新生した試作1号機が立っていた。
HPL-90-01『ホープライト』。
装甲は極限まで削ぎ落とされ、内部フレームが所々露出している。
しかし、それは貧相ではなく、機能美としての鋭さを増していた。
色は雪のような純白。
背中のスラスターユニットは大型化され、放熱フィンが鮫のエラのように並んでいる。
「……美しい」
私が思わず呟くと、レンとマリーが誇らしげに胸を張った。
「自信作だよ。今度こそ完璧だ」
「ええ。スペック上の数値は、既存のピースウォーカーを一五〇%上回っているわ」
その時。
タイミングを計ったかのように、警告サイレンが鳴り響いた。
ウゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
「敵襲!?このタイミングで!?」
レンが叫ぶ。
レーダーを確認すると、都市近郊の丘陵地帯に、機械軍の反応が三つ。
偵察部隊の無人ピースウォーカーだ。
「……ちょうどいいわ」
マリーが不敵に笑う。
「最高のテスト環境が向こうから来てくれたわね。実戦データを取りましょう」
「了解です」
私は前に出た。
今回はユリではなく私が乗る。
この機体は、私のType.ASとしての反応速度に合わせて調整された、私専用の翼だからだ。
「ルリ、気をつけて!」
レンが祈るように手を組む。
「君の感覚を信じて。……この機体は、君の一部だ」
「はい、行ってきます。マスター」
私はコクピットハッチを開け、滑り込んだ。
シートに座り、神経接続コネクタを首筋に接続する。
【システム・オンライン】
【同調率……臨界突破】
ドクンッ。
鼓動が聞こえた気がした。
私の感覚が、八メートルの鋼鉄の肉体へと拡張されていく。
指先の感覚がマニピュレーターへ。
視覚がメインカメラへ。
そして、背中のスラスターが、私自身の翼のように脈打つ。
「……見えます。風の流れも、敵の気配も」
私はスロットルを開いた。
キィィィィィィィン……ッ!!
甲高いタービン音が響き、白銀の機体がふわりと浮き上がる。
「HPL-90-01、ホープライト。……出撃します!」
爆発的な加速。
私は夕日の中へと、閃光のように飛び出した。
アーケイン郊外の荒野。
夕日が沈みかけ、世界が茜色と群青色のグラデーションに染まる刻限。
そこに、三機の無人ピースウォーカーが展開していた。
機械軍の斥候部隊。彼らはセンサーを巡らせ、都市の防衛網の隙を探している。
だが、彼らのセンサーが捕捉するよりも早く、それは飛来した。
キィィィィィィィン……!!
甲高い飛翔音が空気を切り裂く。
三機の敵機が一斉に上空を見上げた瞬間、白い閃光が地上に降り立った。
ズドンッ!!
着地の衝撃波だけで、周囲の砂塵が爆発的に舞い上がる。
砂煙の中から現れたのは、白銀の悪魔HPL-90-01『ホープライト』。
「……速い」
コクピットの中で、私は息を飲んだ。
スロットルを開いた瞬間の加速Gが、私の予想を遥かに超えていたのだ。
内臓(内部ユニット)が背骨に張り付くような圧迫感。
『敵性体検知。攻撃開始』
敵のAIが反応し、三機が一斉にマシンガンを構える。
銃口がこちらを向き、火を吹く。そのプロセスが、スローモーションのように見えた。
違う。敵が遅いのではない。
私が、速すぎるのだ。
私が「右へ回避」と思考した瞬間、機体は既に右へと跳躍していた。
神経接続による直結操縦。
マリーが調整した超高感度センサーと、レンが組み上げた高出力アクチュエーターが、私の思考速度に完全同期……いや、私の予測演算すら先読みして動いている。
バッ!!
ホープライトが残像を残して横移動する。
敵の弾丸は、私の残像を虚しく貫いただけだ。
「これなら……いけますッ!」
私は操縦桿を押し込み、一気に間合いを詰めた。
背中の大型スラスターが咆哮を上げる。
八メートルの巨体が、砲弾と化して敵の懐へ飛び込む。
ジャキィン!
右腕のマウントラッチから、専用の大型高周波ブレードが展開される。
ユリの愛刀をスケールアップさせた、レンの自信作だ。
「斬る!」
思考と同時に、銀閃が走った。
ズバァァァン!!
先頭の敵機が、反応する間もなく斜めに両断される。
上半身が滑り落ち、爆発するよりも速く、私は次の標的へと転身していた。
圧倒的だ。
これが、レンとマリーが作った機体。
私のために用意された、最強の翼。
だが。
歓喜と共に、私の内部で警報が鳴り響き始めた。
【警告:G負荷増大。耐衝撃限界へ】
【警告:情報処理量、プロセッサ許容値を超過】
「ぐっ……ぅぅ……ッ!?」
視界にノイズが走る。
関節の駆動モーターが悲鳴を上げているのではない。私自身の関節が、きしんでいるのだ。
鋭敏すぎる機体の挙動。
私が「1」動こうとすると、機体は「10」の出力で応える。
その強烈なフィードバックが、パイロットである私の身体に、凄まじいバックラッシュとなって跳ね返ってくる。
まるで、荒れ狂う竜の背中に、生身でしがみついているような感覚。
御しきれない。
この機体は、私のType.ASとしての限界性能すらも引き出し、そして焼き切ろうとしている。
「でも……まだっ!レンたちが作ったこの機体は……負けませんッ!」
私は歯を食いしばり、強制冷却剤を自分の循環系に注入した。
意識を鋭敏化させる。
残る二機が、左右から挟撃を仕掛けてくる。
「そこッ!!」
私は空中で機体を強引に捻った。
メキョッ、とコクピットフレームが歪む音が聞こえた気がした。
ホープライトが独楽のように回転し、ブレードを一閃。
右の敵機の首を飛ばし、その回転の勢いを殺さずに左脚で蹴りを放つ。
ドゴォォォォォンッ!!
左の敵機の胸部装甲が陥没し、ジェネレーターごと粉砕された。
三機撃破。
所要時間、わずか四五秒。
圧倒的な勝利。
爆炎を背に、ホープライトが着地する。
ズゥゥン……。
「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
私は操縦桿から手を離した。
手が、震えていた。
指先の感覚がない。全身のオイルが沸騰しているような熱さ。
視界の隅で、ダメージモニタが赤く点滅している。機体のダメージではない。パイロット(私)のバイタル低下を告げる警告だ。
廃墟エリアに、ホープライトが帰還した。
背中の放熱フィンから、白い蒸気が激しく噴き出している。
まるで、激走を終えた駿馬の汗のようだ。
「ルリッ!!」
「やったわ!完璧よ!」
レンとマリーが駆け寄ってくる。
二人の顔は喜びに輝いていた。
自分たちが作った機体が、機械軍を一方的に蹂躙したのだ。技術者として、これ以上の勝利はないだろう。
ユリも、少し離れた場所で腕を組み、満足そうに頷いている。
私はコクピットハッチを開放し、リフトで地上へと降りた。
足が地面についた瞬間、膝がガクンと折れそうになった。
「ルリ!?」
レンが慌てて私を支える。
「大丈夫!?怪我はない!?」
「……ええ、外傷はありません。ただ……少し、オーバーヒート気味です」
私はレンの肩を借りて立ち上がり、笑顔で迎えてくれたマリーを見た。
彼女は誇らしげにホープライトを見上げている。
言いづらい。
けれど、言わなければならない。
私はテストパイロットであり、彼らの「作品」を正しく評価する義務がある。
「……マリー様。レン。報告があります」
私は居住まいを正した。
「この機体は、間違いなく最強です。スペック、反応速度、攻撃力、すべてにおいて既存のピースウォーカーを凌駕しています」
「でしょ!?私の設計に間違いはなかった!」
マリーは胸を張る。
「ですが」
私が言葉を継ぐと、その場の空気が凍りついた。
「この機体は……鋭すぎます」
「鋭すぎる?」
レンが怪訝な顔をする。
「はい。反応速度が異常なまでに高く、パイロットの思考を先読みしすぎます。その結果、操縦者にかかるGと情報負荷が、致死レベルに達しています」
私は自分の震える手を見せた。
「Type.ASである私でさえ、機体制御に全リソースを割き、それでも身体が悲鳴を上げました。……もし、これが普通の人間や、戦闘型ではないアンドロイドだったら?最初の加速でブラックアウトするか、神経回路が焼き切れて廃人になっているでしょう」
マリーの表情から、笑みが消えた。
レンがハッとして、ホープライトのデータログを確認する。
「……本当だ。パイロット負荷係数が、レッドゾーンを振り切ってる。……機体の性能を引き出すために、ルリの安全マージンを無視する設定になってるんだ」
沈黙が流れた。
最強の機体。
しかし、それは乗る者を選び、乗る者を壊す「呪いの鎧」だった。
「……失敗、ってこと?」
マリーが小さく呟く。
「いいえ、失敗ではありません」
ユリが歩み寄ってきた。
「兵器としては優秀だ。私やルリのような『特異点』が乗るなら、これ以上の機体はない。……だが」
ユリは、ホープライトの横に置かれていた、ボロボロのピースウォーカー(残骸)を一瞥した。
「『汎用兵器』としては、失格だ」
その言葉が、二人の天才の胸に突き刺さった。
旧大戦の傑作機、ピースウォーカー。
なぜ一〇〇年以上も使われ続けているのか。
それは、性能がずば抜けているからではない。
誰が乗っても八〇点の性能を出せる「優しさ」と「信頼性」があるからだ。
天才が作ったワンオフ機よりも、凡人が乗れる量産機の方が、戦争においては価値がある場合もある。
夕闇が迫る荒野で、四人はホープライトを見上げていた。
白銀の機体は、夕日を浴びて美しく輝いている。
けれど、それはどこか孤独な輝きに見えた。
「……『最強』だけど『最良』じゃない、か」
レンがぽつりと漏らした。
「僕たちは、ルリのことだけを考えて作った。だから、ルリにしか乗れない機体になっちゃったんだね」
「悔しいけど……大戦の技術者たちは偉大だったのね」
マリーが唇を噛む。
「あのピースウォーカーの、鈍重だけど安心感のある挙動。あれは技術不足じゃなくて……あえて『遊び』を作っていたんだわ。人間という不完全な生き物が乗るために」
自分たちは速く走ることばかり考えて、乗り手のことを置き去りにしていた。
技術者としてのエゴが、パイロットへの配慮を上回ってしまっていたのだ。
「……でも」
レンが顔を上げた。その瞳に再び光が宿る。
「道は見えたよ」
「ええ」
マリーも眼鏡を押し上げ、不敵に笑った。
「このHPL-90-01は、あくまで『試作機』。極限性能をテストするための踏み台よ。……次は、この性能を維持したまま、誰にでも扱える『制御システム(リミッター)』と『優しさ』を実装するわ」
「うん!ルリが無理をしなくても、最強の力を出せるように。……僕たちの挑戦は、これからだ!」
二人の天才は、再び熱い視線を交わした。
挫折ではない。これは進化のための過程だ。
乗り手を壊す剣ではなく、乗り手を守る盾となるために。
「……期待していますよ。お二人とも」
私は微笑んだ。
身体の芯にはまだ熱が残っている。けれど、心地よい疲労感だった。
彼らはきっと、いつかピースウォーカーを超える「真の傑作機」を作り上げるだろう。
それがいつになるかはわからないけれど。
「よし、撤収だ!帰ってデータの解析と、ルリのメンテナンスだよ!」
「ええ! 忙しくなるわよ!」
レンとマリーが先頭を切って歩き出す。
ユリが私に肩を貸してくれる。
「……お疲れ様。シフトリーダー」
「ええ。疲れました。……でも、いい風ですね」
私たちは夕日の中、ガレージへと戻っていった。
背後には、沈黙する白銀の巨人が、静かにその時を待っていた。
いつか、真の「希望の光」となって空を翔ける日を。




