第八幕一場 集合日
源馬剣翔が警視総監室で、「あーだ、こーだ」と妄想捜査をしていたころ。世田谷区の深沢署では、容疑者として連行されてきた魚崎組末端組織の男、鮫島サビロの取り調べが進んでいた。取調べの担当は深沢署強行班のベテラン段田。
当初は横柄な態度をとっていた鮫島だったが、落としの名人による古式二十世紀スタイル尋問に疲れ果て始め、取り調べ三〇時間を越えた二日目の夜あたりからは、いたって従順な態度に変化してきていた。
そして鮫島実行犯を信じるにたる状況証拠は充分揃っていた。
まず、被害者との魚崎組の間に縄張りを巡るトラブルがあり、事件直前に鮫島が駒沢公園の防犯カメラにバッチリ写っている。ここまで本人も認めている。鮫島の部屋にあった靴から採取された泥は、公園の土壌と成分が鑑識の調べにより極似していることも分かった。あとは凶器さえ見つかれば、自供が無くても起訴できる条件が成立する。
「お前が伊丹を殺した証拠は出そろった。一言『はい』って言ったら、寝られるぞ」
「……はい」
「認めるんだな」
「はい……」
朦朧な意識の下でついに鮫島は供述を認めた。事件発生から三日目の昼過ぎだった。
取調室の様子を隣室から伺う本庁組対服部係長もこれでようやく送検出来ると安堵した。
これであの変な警部補と、肩入れする警視総監の鼻を明かすことが出来る。岡本課長の言う通り、現場の事を知らないキャリア組の影響力を抑え込まねばならない。
服部はベテラン段田の落としを見守った。
「その言葉が聞きたかったんだよ。はい、今から調書を書くからねぇ、もう一度話してくれる、いくよ。『私が買い物からの帰り道、駒沢公園トレーニング場から出てくる伊丹をみつけ尾行しました、駐車場でこちらから声をかけました。伊丹と渋谷区のホテル街の派遣型売春組織の縄張りをめぐる争いから口論となり、そこで、伊丹が突然私(鮫島)の肩を小突いたことから、お互いもみ合いになり。あらかじめ用意していたナイフで刺した』。どうだ、そんな気になって来たよな」
段田のズルく一方的な誘導に鮫島も一字一句その通りに繰り返した。
服部としては、凶器のナイフが現場から出ていないのと、正当防衛を主張しているあたりは気にくわないが、犯行を認めたことは大きい。送検までの勾留期間が七十二時間まだ、あと十時間以上残っている。
「なんとかなるな」
そう鬼畜刑事二人が微笑みあっているところへ、深沢署の署長が駆け込んできた。取調室に署長が来るなど前代未聞だった。
「今すぐ駒沢公園に関係者一同集合するように、緊急配備指令だ!」
署長は興奮した口調で言った。
「でも、もうすぐ鮫島が落ちるんですが、こんな大事な時になぜ」
「緊急って、どんな理由なんですか?」
ベテラン刑事二人は理不尽な命令に抵抗した。
「わからん、司令発信者は警視総監だ。理由など聞けるわけないだろう。君たちは、とにかく行く。全てをなげうって行く。以上だ」
署長はロボットのように繰り返した。
「いくら警視総監命令でもあまりにそれは越権です」
服部は署長に問いかけた。
「君たちの刑事魂はご立派だが、この指令を無視すると魂どころから警察官としての存在すら失う事になるが、どうする? 皆も家族はいるよな?」
署長の目は笑っていなかった。
刑事二人は無言だった。
「それでよい」
その深沢署からほど近い駒沢公園では、広場にロープが張られて一般人の立ち入りが禁止された。
日が落ちて月が出始めた時刻。続々と警察車両が到着していた。
集まったのは警視庁の刑事部から岡本一課長率いる刑事課強行係、鑑識課、服部係長他組織対策課の錚々たる面々だった。
「突然の緊急配備指令だけど、一体何の事件なんだ」
広場付近には民間の業者により、照明、音響ミキサーとPAが設置され特設のテントも建てられていた。
「所轄署の刑事も、とにかく緊急集合せよとしか聞いていないようです」
岡本課長と服部係長はお互いに不満な様子で付近を見回していた。
「それになんで、テレビカメラや新聞記者まで来てるんだ」
岡本が見る先にはテントで準備するカメラクルーとリポーター、タバコを吸いながら談笑する新聞記者などがたむろっていた。
「おい、あいつ容疑者の男じゃないか? 何で来てんだよ」
服部は別の方角を指さした。深沢署の護送車からちょうど腰ひもがつけられた鮫島ゼビルが下りてきたところだった。
「署長から現場につれて行けとの要請です」
連行する段田も悔しそうな顔をしている。送検までの勾留期限はあと五時間を切っていた。
「まいったなぁ、とにかく送検準備は裏でしておけ」
服部は段田に指示した。
そこに黒塗りのハイヤーが到着した。警察官は習慣として一列に並んでお迎えの態勢を取った。ハイヤーから降りてきたのは逆瀬川警視総監と娘の薫子だった。
二人は大集合の陣容をニコニコと見渡していた。
しかしその総監にも分からない一団が広場の一角にはいる。皆お揃いの紫のパーカーを着た大勢の女性たちだった。
「今日は何かお祭りでもあるのかね」
総監は隣にいる娘薫子に聞いた。
「さぁ、何でしょうね? お父様はこちらでご観覧ください」
薫子はとぼけた様子で特設テントの来賓席へ誘導した。
その付近には、コーヒースタンド、ケバブとタピオカドリンク屋など、ケータリング屋台も並んでおり、行き届いた手はずが整っていた。もちろん総監は知らなかったが、それらの運営は魚崎組長の指揮下で強面の組員たちが動員され手伝っていた。
「ところで肝心の源馬君はどこにいるんだ? 皆を一同に集合させてくれと懇願されたのだが」
テントの貴賓席に座る逆瀬川警視総監が不安そうに言った。隣の薫子はいつの間にかさっきの集団と揃いのパーカーに着替えていた。そのパーカーには、『GO! GENMA 2019』と書かれている。あきらかにファンクラブのグッズだ。
「黙って御覧なさいませ、お父様。私もこの後お仕事に行ってまいります。しばしのお別れ」というと薫子は群衆の中に紛れていった。
「おい薫子、どこに行く」
残された総監は心配そうな顔をしていた。
薫子が向かったのは、源馬剣翔の元ファンクラブ幹部が集まるテントだった。源馬の側近中の側近赤城も加賀もそこにはいた。
「お待たせしました」
薫子の到着を幹部達は待っていたかのように、
「ではこれから開封いたしますよ」
テントに積み上げられた段ボールを赤城が開けると、ファンクラブメンバーは中から何かの冊子を取り出し、キャッキャッと騒いでいた。
「美しい! 源馬様、ファンを大事にされている」
「さすがは本格! 成王印刷の仕上がり、紙質も公式クオリティですわ」
「このポージングのオールドスタイルがたまらない」
「急遽、九州から飛行機で駆け付けたかいがありました」
盛り上がるファン達の集団に、「一体この人達、なんだなんだ」と警察チームは興味半分、不愉快半分の様子だった。
薫子が急にマイクを持って広場に現れた。
「はい、それではこれから皆さんに本日の資料をお渡しします。一人一冊ですからね、大切にしてくださいね」
そういうと集まった警察関係者ひとりひとりにファンが先程のパンフを配り始めた。
「資料って何のだよ」
捜査員は手にしたパンフを不思議そうに眺めた。そのパンフの表紙には先日警視庁一階ホールで撮られた制服姿で花を持つ源馬の姿が大きく映っていた。
そして大きく『ビジュアルエクスペリエンス捜査会議 暴力団若頭刺殺事件』とタイトルが金文字で印字されていた。
「なんだよこれは、いつの間に作ってんだよ。ふざけんな」
組織対策課の服部係長は渡されたカラーパンフに我慢ならない様子だった。
広場の一角には昨日、源馬に総監室に呼び出された安藤刑事も深沢署チームと一緒に固まっていた。
安藤はパンフを受け取ると鑑識岡田と一緒に中身を見た。
華やかな表紙とは違いそこには被害者御影組若頭・伊丹重奏の顔写真の他、関係する暴力団員の写真。そして組の関係図、さらに現場検証図解まであり、中には持ち出し禁止の資料まであった。
「これ外に出したらまずいやつなんじゃないですか?」
岡田が心配そうに言った。
「なんか大変な事が起こりそうな、嫌な予感しかしないんだけど」
安藤はまた吐きそうな不安が胃の底から上がってきた。
「本日、決められた時間以外は写真禁止です。あとSNSに勝手に上げるのも禁止です。皆様の情報解禁日時をお守りください。ご理解ご協力お願い申し上げます」
ファンクラブ幹部が事務的に注意を告げる。
「どこがこのルール決めてるんだろう」岡田が聞いた
「決まってるだろう、こんな型破りな事するのはあのお方しかいない」
安藤はこの会場のどこかにいるはずの源馬の事を思った。
テキパキと働くファンクラブとは対照的に、岡本課長を頂点とする現場刑事たちは、全く要領がつかめず、手持ち無沙汰にいら立ちはじめていた。




