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赤い空と自由と

 エンジン音が、夜の静寂を切り裂いた。

 周囲は既に暗く、街灯がわずかに灯る程度しかない。


 その中を相棒のバイクと共に走る。

 それがたまらない感情を生み出している。


 俺は自由なのだと、そう告げている。

 心臓が鼓動を早めたのを感じて、その感触を実感できた。


 後ろから、サイレンが鳴った。

 パトカーが数台、後ろから追いかけてくる。結構、スピードを出していた。


「こんな夜にご苦労なこった」


 それだけ言ってから、バイクを更に加速させる。

 居住コロニーの一角にある、未開発のまま放棄され、アスファルトで舗装された道路だけが当時の名残としてあるフィールド。

 その中で、古びたガソリンエンジンのバイクを突っ走らせているのが、最高の気分になった。


 今の世の中はワイズで走る車しかいないような状況だし、バイクもまたそれと同様。

 ガソリンエンジンのバイクも生きてて三〇年、二度偶然会っただけだ。


 月が見える。

 もっとも、天井のドームに映された、偽りの月だが。


 しかし、なぜだろう。いつもなら何も感じないのに、今日はやけに月が気になった。

 突然銃声が鳴ったのは、そんな月に気を取られた時だった。


 自分の視界が反転したのが分かった。

 そのまま、バイクは横転して地面に投げ出された。

 後輪を撃ち抜かれ、そのままスリップしたらしい。


 瞬間、バイクは炎上した。


 赤いな。何故か、そんな感情しか浮かんでこなかった。


「軍部に通達、速度違反による犯罪者検挙。規模、違反金二〇〇〇億ゴールド。当該人物、ガソリンバイク運転経験あり。能力からして妥当と判断。MAマルス・アーマー部隊への移送を要求」


 警察官の声が聞こえる。

 それで、意識は途絶えた。




 何か、機械の音がする。

 耳をつんざくような音。


 バイクの音? いや、違う。


 そう感じた瞬間、意識がはっきりした。

 手錠だけじゃなく、身体までガッチリとシートに拘束されていた。首だけが自由だった。


 そうした状態で繋がれた様々な人間が自分の視界に嫌でも入ってきた。

 年齢層も男女も、人種すらバラバラだ。


 これが噂に聞く犯罪者を収容して兵士にするための移送だろうと思うと、急に、怖くなった。


「やっと目を覚ましたようだな。ギア62」


 ギア62? 誰のことだろう。

 なんでそんなよくわからない番号なのだろうか。

 それとも、そういう変わった名前のやつがいるのだろうか。


 兵士が一人、自分の前に立った。


「お前のことだよ。お前は今日から、ギア62だ」

「はぁ?」


 そんな自分の疑問をよそに、兵士は自分の後ろを向いた。


「理解してないようだから全員に再度教えてやる。これからお前たちはワイズを巡る戦場に行くことになる。戦場では本当の名前は剝奪される」


 兵士が自分を指さした。


「例えばこいつだ。こいつはギア62というコードネームを与えられた。付ける名前はAI任せだ。お前たちも同様に適当な名前と番号の振られたコードネームが与えられる。刑期を終えた者、罰金を完済した者のみが、自分の本当の名前を返される。それまではずっと、コロニーに戻れることはないと思え」


 そういわれて、自由になっている首を回すと、外が見えた。愕然とした。

 自分はどうやらヘリに乗せられているらしい。


 コロニーと思しきドーム状のものが各所に見えるが、それ以外は延々と荒野が広がっている。

 空はどんよりとした雲が一部に広がっているが、それ以外は青空の晴天だ。


 どくんと、心臓がまるでエンジンのように唸ったのを感じた。

 今までの居住コロニーとは違った解放感がある。

 狭いフィールドでバイクをふかしていた自分が、いかに矮小だったかを思い知った。


「ギア62、これがこれからお前の働くフィールドだ。その目を見るに、どうやら魅せられたようだな、世界に」


 兵士の一人の言葉で、自分に与えられた新たな名前であるギア62として、自分はこれから世界の戦場を巡る。

 死と隣り合わせのはずなのに、なぜか、ギア62はワクワクが止まらなかった。

 周囲にはおびえている犯罪者もいるのに、それすら矮小に感じる。


 自由。ギア62は囚人のはずの自分が、人生で一番自由になったと心の底から感じていた。


 ヘリが基地とおぼしき場所に到着したのは、それから一時間ほど経ってのことだった。

 基地に到着すると、手錠以外の拘束は解かれ、それぞれバラバラに移動した。


 自分は格納庫へ移動させられた。

 格納庫は随分とでかく、今までギア62となる前まで自分が使っていたバイクのガレージより遥かに巨大な建造物だった。

 横にも縦にも長い。


 何が入っているんだと疑問に感じると同時に、格納庫のドアが開く。

 開いた瞬間、そこにいたモノに呆然とした。


 そこには、一八mほどの緑の巨人がハンガーに格納されていた。

 周囲を見ると、似たような巨人が、いくつも並んでいる。


「これが、MAか…!」


 今まで、自分にはあのバイクが最高の乗り物だと思っていた。

 だが、目の前のMAを見た瞬間、これが自分の本当の乗り物なのだと感じた。


 テレビで娯楽がてらにしか見たことがない存在だったのに、そのときには興味すらなかったのに、現実のそれを見た瞬間、一気に何かが弾けたのをギア62は感じていた。


「ギア62、お前にはこのガーランドに乗ってもらう。そして、ワイズを巡る戦場に出てもらう」

「ガーランドっていうのか、こいつは!」


 ハハ、と興奮して笑っていた。

 兵士が奇異な目で見てくるが、知ったことではない。


 心臓が高鳴っている。

 同時にガーランドのモノアイが告げている。


 俺と自由になれ、と。




 一か月後。

 ワイズが、身体に入ったのを感じる。

 ギア62の心拍数が三〇〇を超えたことを、ガーランドのAIが知らせた。


 だが、その鼓動が快感を呼び覚ます。

 お前はこれから自由になるのだと、ガーランドが言っている気がしている。


『ギア62、最終ブリーフィングだ。これからお前にはエリアV28の偵察に行ってもらう。わが軍の進軍に重要な任務だ。完遂するように』

「言われなくてもそうするぜ」


 ガーランドの右手に、護身用のマシンガンがセットされた。

 FCSとリンク完了。オールウェポン、フリー。

 カタパルトにガーランドを接続。


 シグナルが青に変わった。

 機体が一気に射出される。


 感じるG。バイクに乗っていた時と比べ物にならないレベルのGが身体を襲う。

 だが、なんという快感なのだろう。

 完全防備されたコクピットで風を感じないはずなのに、風を今までよりも感じている。


 バイクと全く違う、異次元の快楽。それがギア62を支配している。


 そしてカタパルトを抜けた先に見えるのは、ワイズを打ち込んだ者だけが見ることのできる、血のような赤い空。

 あの燃えたバイクの炎とは違う赤。それが空全体に広がっている。

 ずっと見ていたいと思う、妙に引き込まれる景色だ。


 落ち着いていたはずの脈が、高鳴っていることをAIが知らせる。


「そりゃ興奮しないわけないだろ。こんな景色、見たことねぇんだぞ。見たことねぇ景色は、いつだって心が躍るんだよ」


 戦場で、初めて自由を得た気がして、そして、居住コロニーにいたら絶対に見ることのできない景色を見ることができている。

 延々の荒野に広がる、赤い空という景色。

 それをしっかり見せてくれる愛機。


 それがいる戦場こそが、俺の生きる場所なのだと、ギア62はこの一ヶ月で思うようになっていた。


 もうバイクでは満足できない快楽が、自分を支配している。


 偵察任務も特に異常はなく、周囲の旋回行動や敵機の配置がないかどうかも確認したが、これといって何もなかった。

 観測時間終了。偵察任務を一通り終えた段階で、気の抜けたファンファーレと共に、刑期の減少が伝えられた。どうやらまた、罰金が減少したらしい。


 しかし、そんな発言には辟易している。

 何故なら、もっと、俺はガーランドで自由という名の快楽を味わいたいからだと、ギア62は思うようになっていた。


 バイクとは比べ物にならない最高の快感を与えてくれるこの機体で戦場を駆け回って違う景色を、地獄でもなんでもいろんな風景を見たい。

 そのためならば、矛盾しているかもしれないが、一生刑期を終えなくてもいい。そう思うようになった。


「さぁガーランド、もっとだ、もっと快楽と自由をくれ、俺にそれを見せてみろ」


 高笑いをしながら、ギア62はガーランドという快感を与える宝石とともに、基地へと帰っていった。


 まだ空は、血のような赤に染まっている。


(了)

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