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Ep.2: 赤い空でしか飢えは満たせない

 昔から、青い空より夕焼けの空の方が好きだった。

 特に雲一つない夕焼けは最高の気持ちになった。

 夕焼けはどこか黄昏た雰囲気の中に、寂しさと、惹き込まれるような芸術的な美しさが混在している。


 エンプレス24は、その景色をなぜか今更のように思い出していた。


 首筋にピンが刺さる。同時に、身体に入ってくる偶然発見された未知の物質『ワイズ』。

 世界が注目したこの物質をパイロットに注入することで動く巨大人型兵器『マルスアーマー(MA)』に乗って、自分は戦争をしている。


 また、心拍数が上がる。

 一〇〇から二〇〇へ、二〇〇から三〇〇へ。この心拍数が上がるのは一瞬だ。

 毎回叫びそうになる心臓の痛みに耐えながら、自分はこの戦争を戦っている。


『心拍数三〇〇突破。バイタル安定域に入りました。MA『シーサイド』、起動完了』


 シーサイド。それが自分の愛機の名前だ。

 その愛機に乗って戦争を続けて、もう五年になる。


「シーサイド、あんたに乗ってから、もうそんなに経ったのね」


 呆れたように、エンプレス24は呟いた。


 しかし、これは戦争といっていいのだろうか。

 大した犯罪でなかったとしても法外な反則金や罰金、懲役刑などがつけられた囚人による戦。

 どの国も囚人を兵士とし、それで戦争をしている。

 悪法も法だと、昔誰かが言っていたように、そんな悪法が、世の中のシステムとして支配するようになってもうどれだけ経つのだろう。

 それがいつ始まったのかも、もう誰も覚えていない。


 それでも、自分が何故囚人になったかはハッキリと覚えている。

 駐車違反で出された反則金が原因だ。その額は自分の生涯年収の二〇〇回分を優に超えている。

 それを返済したければ戦え。そうでなければ死ね。

 それが国から突き付けられたルールだった。


 夕焼けの空が見られなくなるのは、嫌だった。

 家族で、よく夕焼けの海を散歩した。父母はもういないが、自分にとってそれはかけがえのない思い出だ。

 その夕焼けの空をもう一度見たい。そう思ったから返済できる可能性に賭けて、戦場へ行くことにした。


 そんな自分の心情と裏腹にこのクソくだらない戦を、ギャンブルや残虐ショーとして勝敗を見る国家。

 クソくらえだと、心底思う。


「ねぇシーサイド。今からここ破壊して自由になろうか?」


 そんなことを小声で呟くが、すぐにシーサイドは


『マスター。それはルールに違反しています』


と、当たり前のルールを言ってくる。


 こうしたパイロットのことは『首輪付き』と呼ばれることがある。その呼称は、自分がリードに繋がれた犬だと気付かされるには十分だった。

 今の首輪付きの状態では、夕焼け空は見られない。


『エンプレス24へ。これより最終ブリーフィングを開始する。これより、我が軍の部隊が軍事拠点B38へ進行を開始する。貴様はその部隊の援護だ。CIWSを全て潰せ。武装はいつものものを用意してある』


 高圧的な司令官の声が聞こえる。


 偉そうに言いくさりやがって。


 そう思うと同時に、シーサイドの腕に一つ、武器が装備される。

 スナイパーライフル。自分に与えられた武器は、それ一個だけだ。

 もっとも、有効射程距離五〇kmを誇る最新鋭の代物である。

 FCSが、スナイパーライフルを認識し、シーサイドに装備されたことを告げる。


 カウントダウン。

 3、2、1、0。


 シグナルがグリーンに変わると同時にカタパルトから一気にシーサイドが射出される。

 強烈なGが、エンプレス24を襲った。


 カタパルトを抜けた先にあるのは、赤い空。

 血のような、赤に染まった空。


 ワイズを注入された者は、皆空がこの色に見えるという。

 夕焼けと違う、赤色の空。


 何故か、それを見ると家族の顔がよぎるのだ。

 夕焼けと違うのに、何故だろう。

 夕焼けより、よほどグロテスクな空だというのに。


 それを思いながら、目標地点に到着する。

 目標地点は廃ビルの一箇所。


 ターゲットとなる拠点までの距離は約五〇km。有効射程距離ギリギリの位置で待機する。

 そこに機体を下ろすと同時に、光学迷彩を起動。熱源探知なども不可能にする、最新技術だ。

 シーサイドはその技術をテストするために開発された実験機を改造したものだ。

 最近ではこの光学迷彩も実戦でたまに見かけるようになってきている。


「スナイパーライフル、展開」


 エンプレス24が言うと同時に、シーサイドの頭部に設置されているスコープが降りた。

 同時にコクピットにもスコープユニットがサイドボードから展開される。

 それを、義眼となっている目に取り付けた。

 一気に視野がズームされる。


 作戦が開始されたことを告げられた。

 あと五分で基地の制圧に部隊がかかるらしい。


 ならばその五分の間にCIWSを潰さなければならない。

 義眼から見えるズームされたCIWSを見る。


 ロックオンは、あえてしない。したら察知される。

 そのためのこの装置だ。FCSのロック補正制御に頼らない狙撃。

 それを行っているから、自分はこうして生き残っているという自負がある。


「さて、仕事を片付けて借金返済しましょうか」


 エンプレス24が言うと同時に、CIWSの一機に照準合わせ。

 トリガーを引く。

 放たれた銃弾が、いとも簡単にCIWSを撃ち抜いた。


 二つ目。

 左に視点移動。すぐに撃ってまた破壊。


 三つ目。

 ミサイルユニット。これも撃って破壊した。


 それを繰り返しているうちに基地から警報が鳴った。

 こちらに一直線に向かってくるMA。数は三。

 こちらの位置がある程度特定されたと見ていいだろう。

 迎撃に出てきたと同時に警戒してきた、といったところか。


 ビルにはダミーとなるドローンを設置した。

 自分の機体と同じ反応を示す、特殊な攪乱用ドローンだ。


 ビルからシーサイドを急速降下させ、移動を開始した。

 ホバー走行で一気に最初のビルと距離を開ける。


 次の狙撃ポイントは同じような廃ビル。ただし、場所は先程の場所から北へ五km移動した所だ。

 肩からワイヤーアンカーを出し、そのアンカーを使って一気にビルの最上階へと向かう。


 狙撃ポイントに付いた。

 案の定、敵MAは自分が狙撃をしていたポイントへと来ていた。


 そこでドローンを見つける。


『クソが! ドローンかよ!』


 ドローン越しに相手の声が聞こえた。

 ドローンに、相手が銃口を向けていた。


「悪いね。邪魔だ」


 言うと同時に、三機のMAが射線に重なった瞬間、一気に撃ち抜いた。

 コクピットごと、撃ち抜いていた。


 相手の声も、断末魔も、聞こえなかった。

 MAが地上に落下する轟音を聞くと同時に、そのままその場所からCIWSを全部撃ち抜く。

 それが済んだ直後、味方が基地になだれ込んだ。


 タイムリミットが経過したことを、AIが知らせた。

 一息ついた後、シーサイドのAIが気の抜けたファンファーレを流した。


「おめでとうございます、エンプレス24。あなたの活躍によって今回の報奨金が確定しました。違反金は五%減額となります。また、MA三機の撃破で報奨金が追加支給となりました。違反金の一%に相当します。これで完済率六〇%となります。以後もこの調子で頑張りましょう」


 はぁと、エンプレス24はため息を吐いた。

 まだ四〇%もあるのか、と。


 同時に思うのだ。

 自分は、その四〇%を完済した後、本当にあの美しかった夕暮れの空を見ることが出来るのだろうか、と。


 殺すことには、気づけば慣れてしまう。

 それを怖いとは感じなくなっていた。


 赤い空とは別に、空以外のすべての景色がまるで違って見えるようになっているのだ。

 開放されたとして、あの頃の美しく感じた夕焼けをもう一度見ることが出来るのだろうか。それが、わからなくなる。


 スコープを取り外して、戦域から離脱した。


「シーサイド、今何時?」

『今は午後五時二〇分三一秒です』

「そっか。なら、本当は夕暮れなんだ」


 そう思いながら、モニター越しに空を見た。

 夕暮れの赤とは違う、血の赤の空がエンプレス24の視界には広がっている。


「きれいじゃないな、この空は」


 そう呟いてから、回収ヘリの待つポイントへと急いだ。


 作戦が成功し基地を陥落させて、敵国から相当量のワイズを手に入れたという情報をエンプレス24が聞いたのは、それから三時間が経ってのことだった。


(了)

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