Ep.1『赤い空で起こるいつものこと 』
首に、針が刺さった。
そこから自分が今入っている機体の操縦に必要な物質が注入される。
人はそれを『ワイズ』と呼ぶ。
偶然発見された未知の物質。それを注入することで起動するのが、自分の乗っている機体『マルス・アーマー(MA)』だ。
既存の兵器に限界を感じた各国が開発に乗り出した二足歩行の最新鋭軍事兵器。それが戦場を制覇して、もう十世紀にはなろうとしている。
ワイズが注入されると、心臓の異様な動悸が襲い来る。
脈が、三〇〇を超えたことをAIが告げる。
起動条件、クリア。
脈が徐々に落ち着いていく。
『ワイズシステム、クリア。関節ロック、解除完了。FCS作動。システムオールグリーン。ハンガーユニットからパージします』
AIの淡々とした声で、機体の起動が完了したのが分かった。
ガコンという音がして、ハンガーのロックが解除されたのを、ハングドマン05は確認した。
MA『シュライク』。それが自分の今の愛機。ライトグレーに塗られた一八mの巨人だ。
『ハングドマン05、今日の任務は分かっているか』
雇い主からの声が聞こえる。
「ああ、分かってる。敵さんの殲滅。いつもと変わらねぇよ」
スイッチを入れながら、ハングドマン05は答えた。
そう、傭兵である自分からしてみれば、いつものこと。
そして、世界で起こる、いつものこと。
『MAを数機確認している。注意しておけ』
「へーへー」
そう言い終わったタイミングで、シュライクのカタパルトデッキへの移送が完了した。
背面に電磁シールドとミサイルランチャー、レールガンが取り付けられ、両手にはブレード付きのアサルトライフルがそれぞれ取り付けられた。
いつもの装備だ。
『では、今日も仕事をしっかりやれ。『首輪付き』、健闘を祈る』
「その呼び名、反吐が出るぜ」
首輪付き。それが自分につけられた、もう一つの名前。
それから脱出したいから、戦っている。
脚に射出ユニットが取り付けられる。
ブースターを点火させた。
信号がグリーンに変わる。
瞬間、機体が一気に加速した。
そしてそのまま、シュライクは空へと投げ出される。
『ハングドマン05、今日の空は?』
そういつものように言われて、三面モニターから見える景色を正直に言った。
「空は、赤いぞ」
『そうか、赤いか』
ワイズを注入されて以降、ハングドマン05の視界が変わった。
これまで青かった空だけが、赤く見えるようになった。
まるで、血のような赤。
夕暮れの赤とは違う赤。
『あのとき』と同じ、赤だ。
そう逡巡していると、見えた。今回の殲滅する基地だ。
まだ敵は気づいていない。
「さて、稼ぐか」
そう呟いてからコンソールパネルを操作して、レールガンをセットする。
ターゲットロック。
目標、敵管制塔。
「先手必勝」
そう言ってから、トリガーを押した。
レールガンの先端にプラズマが走り、弾丸が射出された。
初速秒速七〇〇〇m。その弾丸は、いとも簡単に管制塔をぶち抜いた。
轟音を立てて管制塔のビルが崩れ落ちると同時に、相手が気づく。
ハングドマン05はシュライクのレールガンをパージした後、更に機体を加速させた。
迎撃。ミサイルとCIWS。
シュライクをローリングさせつつ回避した後、肩のミサイルランチャーを放つ。
ミサイルが放たれた後、弾頭が割れた。
クラスター型の多弾頭ミサイルだ。
一斉にそれが基地の地表に落ち、CIWSと通常兵器を破壊していく。
「悪くねぇ」
そう言った直後、センサーがアラートを告げた。
敵MA。数は三。
全部重装甲機。うち一機は四脚の最新鋭機だ。
「厄介なもん持ち出しやがって!」
舌打ちしてから、機体を加速させる。
四脚型以外の二機がこちらに向かってくる。
四脚型は拠点防衛仕様だ。鈍重だがその火力は侮れない。
警報。四脚型からミサイルされる。数は八発。
アサルトライフルで迎撃しつつ、シュライクのミサイルを放つ。
先行した二機のうちの一機がミサイルを破壊した。
「思ったよりやりやがる」
そう呟いた後、シュライクの電磁シールドを展開した。
先行する相手の武装は両腕にガトリングガン、肩にグレネードとミサイル。両方とも同じスタイルだ。
一斉に、シュライクに対してガトリングガンの猛攻が来る。それをかいくぐりつつグレネードが発射される銃弾の雨だ。
電磁シールドを張ってガトリングを防御しつつ、グレネードは回避を続けた。
流石にグレネードの直撃に耐えられるほど電磁シールドの防御はない。
同時に、電磁シールドの弱点はとにかくエネルギーを食うことだ。常時展開ができるほど、MAに電力はない。常時展開すればオーバーヒートするのは目に見えている。
フットペダルを踏み込んでシュライクを加速させた。
先行している機体が、ガトリングガンを浴びせてくる。旋回しながら避けつつ接近。
何発かアサルトライフルを放ったが、相手は避けた。相手が、少し前方に動きながら、グレネードを撃ってきた。
回避。同時に、更に接近させる。
「なるほど、手練れだな」
だが。
そう感じて、更にシュライクを加速。
二機が挟み込もうとした瞬間にシールドを解除して、零距離。
ブレードでコクピットを突き刺してから、アサルトライフルを一発撃った。
その瞬間、もう一人が動揺したのだろう。一瞬動きが止まった。
その隙は見逃さない。
接近しつつ、ミサイルを撃つ。
迎撃不可の距離で。
撃った瞬間、すぐさまシュライクを垂直上昇させた。
相手の機体が、爆炎を上げた。
「てめぇらなんざ俺の敵じゃねぇってことだ。さて」
残り一機。しかし、その一機が厄介だ。
大きな、それでいて甲高いジェネレーターの音が聞こえてくる。
四脚型は脚にも武装が付いている。小型のマシンガン。それが一斉にこちらへ向かってくる。
電磁シールドを張ると同時に、アラート。
エネルギーが尽きかけていた。
「クソが!」
そう言ってからシュライクを空中でダンスするように、右へ、左へと避け続けた。
Gが一気に来る。
空が赤いのか、それとも俺がレッドアウトしそうなのか。
ハングドマン05にはわからなくなってきていた。
アサルトライフルを何発か撃つが、甲高い金属音で弾かれているのが分かった。
かなりの重装甲だ。認めざるを得ない。
だが、ここで勝たなければ、意味がない。
首輪付きから脱出するためにも。
そして、赤い空から逃げるためにも。
マシンガンの猛攻。
同時に来た。短距離ミサイル。
ならば。
そう思い、機体をミサイルに向かって加速させる。
同時に射線は、敵四脚。
こちらのミサイルは後一発。
ならばこれしかない。
ミサイルが接近しているアラートが、コクピットに鳴り続けている。
電磁シールド展開。同時に、多弾頭ミサイル射出。
ただし、すぐさま弾頭が展開するように設定して。
爆炎が上がった。
ミサイル同士がぶつかった。
ビリビリと、コクピットが震える。
同時に、こちらの電磁シールドがオーバーヒートを起こした。
「電磁シールドオーバーヒート、ミサイルランチャー、残弾なし。左腕損傷、動作不能。機体破損率五〇%突破。戦闘続行、かろうじて可能」
AIがそう告げた。
「なら十分だ」
そう言ってから電磁シールド、ミサイルランチャー、そして左腕をパージする。
左腕パージで、バランサーがイカレたが、バランサーは強引にAIに修復させる。
その間に爆炎を割って、一気に四脚型へ接近。
案の定、四脚型もタダでは済んでいなかった。
近距離でミサイルの爆炎に巻き込まれたのだ。四脚型からオイルと人工筋肉用の冷却液が漏れている。
あれだけの図体だ。動かすにも相当の冷却が必要になる。
ならば、内部に熱を送り込み、その冷却液を漏らさせる。
相手がオーバーヒートをしている瞬間に、零距離。
残っていた右腕のブレードで、四脚型の首を切る。
まるで血のように、人工筋肉の冷却液と培養液が飛び散った。
そして、切った場所にブレードを突き刺し、そのまま一気にアサルトライフルを放った。
銃弾が、なくなるまで。
撃つ度に響く、空薬莢が四脚型に当たる、鋭い金属音。
まるで、それがスローモーションのように、ハングドマン05には聞こえた気がした。
そして、撃ち終わると同時に、轟音を立てて、四脚型が地に伏せた。
『……あ、お、空』
ノイズ混じりに、四脚型のパイロットから通信が響いた。
ブレードを抜く。
同時に響くのは、気の抜けたパレードで聞くような、軽薄なファンファーレの電子音だった。
「ミッションコンプリート。おめでとうございます、勝者はあなたです。これで我が国家は相手国家より賭け金三〇〇億ゴールドと、十年分のワイズを獲得しました。我が国家の財政も潤うでしょう」
AIがそう告げた。
そう、これが、今の戦場だ。
国家と国家による、賭け金の生じるゲーム。
MAや兵器を戦わせ、勝ったほうがその国に金を払う。
そして、それに使われているのは、囚人だ。相手もまた、それは同様だ。
「ハングドマン05、あなたの懲役についてですが、これで二〇年の返済に当てられました。完全に返済するまであと一二四五年となっております」
ハングドマン05も囚人だし、今戦った相手もそうだ。
ハングドマン05の場合、ちょっとした喧嘩で、相手を死なせてしまった、殺人犯。その時の自分は、ワイズの注入で空が赤くなってしまった状態である今のように、返り血で真っ赤だった。
その刑期を少しでも減らすため、戦場に出続けている。
戦い続けていれば、生きているうちにシャバに出られるかもしれない。
そう思って、倫理観の麻痺した、合法的に人を殺せる唯一の場所、即ち戦場でMAに乗って戦い続けている。
本当の名前も、すべて消されて。
逆らったら、ワイズが爆発するように仕掛けられている。だから首輪付き。
ワイズはそれ自体がエネルギー体だ。今や日常生活にすら欠かせない。
それをもぎ取るためのゲームでもある。
だが、接種で常時三〇〇を超える心拍数が起きる物質だ。いつ心臓が破裂するか分かったものではない。
実際、限界に達して心臓が破裂した受刑者は、何人も見てきた。
出るのが先か、それとも過剰摂取で死ぬのが先か、それはこちらにもわからない。
「ハングドマン05、回収ヘリが向かっているようです。なお、明後日も戦場があります。なおこの戦場での刑期の減退は三〇年です」
はぁと、ため息を吐いた。
死んだら青い空が見られると言う。
だが、本当にそうなのだろうか。
ワイズを注入され続けている自分たちは、本当に青い空を見られるだろうか。
あの四脚型のパイロットは、本当に青い空を見たのだろうか。
結局それはわからない。
もっとも、自分がその立場になって、結局青い空が見られなかったらお笑い草だ。
だったら刑期を終えて、実際に青い空をこの目で見よう。
そう思うから、ハングドマン05と呼ばれている自分は戦い続けている。
「青い空、か」
そう呟いてから、懐に入っていたタバコを吸った。
紫煙が、コクピットを漂った。
(了)