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ー4ー



 帝国軍はもう国境を越えただろうか。かの皇帝は逆らわぬ民衆に被害は及ぼさないと約束した。否、させられた。

 ほぼ騙しうちでセレスに制約魔法を使われ苦笑はしていたが、自らの戴く王の正体を知った今なら民の抵抗は少ないだろう。 



 最後までは撮れなかった。アーヴィンが亡くなった時、そこにセレスはいなかったから。

 精霊に頼めば叶ったろうが、その死を目の当たりにしたくはなかった。



(もう無理だ、せめてアーヴィンだけでも、どこか安全な場所に───)


 互いを助けようと考えたのはおそらく同時、だが動き出すのはアーヴィンが早かった。敵に背を向けセレスを抱きしめると、素早く詠唱を唱える。


「っ、アーヴィン!? だめだ、止め───」

 全生命力を魔力に変換し、アーヴィンはセレスをエルフの里へと転移させた。



 魔法で焼かれた左足、膝から下を切断し、里での長い寝たきりの生活を終えると、セレスは男性体となっていた。


 アリシアを救い出し、復讐を果たすには女性は不向きだ。

 挫けそうになると魔王城に出向き何度も何度もあの記録を再生した。みんなの声を、姿を、網膜に焼き付けた。

 揺らめく焚き火の向こうに自分がいた。無表情で、けれど満ち足りた顔があった。


 


 パレードの場を去ったセレスは魔王城へと転移した。予め用意した魔法陣がなければ、魔力が足りなかっただろう。


 全てを隠滅するため念入りに焼かれた王の間には、骨の欠片も残されなかった。

 世界を救った英雄たちには立派な像も(いしぶみ)も、墓もない。

 だからセレスの帰る場所はここしかない。



 ごめんアーヴィン、約束は守れない。



 あの記録を空に投影するには、残りの生命力の殆どを必要とした。

 映像は決戦時に撮ったものではない。

 精霊の力を借り、再現した過去を水晶に刻みつけたものだ。

 摂理を捻じ曲げる魔法に、精霊が求める対価は大きい。アリシアを訪ね無事を確認するまで手をつける訳にはいかなかった。


 セレスは精霊の愛し子だが、願いが大きすぎる場合には斟酌(しんしゃく)されない。彼らの死生観は人のそれとは根本から異なり、人の生命の重さを理解することは決してない。

 千年を超えるセレスの寿命、それが映像の代償だった。


 アリシアと同じく、セレスも地獄のなかにいた。傷口が度々悪化し一年はろくに起き上がれもせず、何度も何度も死を想っては留めさせられた。

 遺された友の映像とアーヴィンの遺言によって。



 旅を始めれば、大切な仲間が貶められている現状に無力を噛み締めた。

 アリシアを除く仲間は、弾圧により王子の傀儡と化した教会から破門され、生家は取り潰され家族は職も住処も追われた。エルフの里にまではさすがに力が及ばなかったようだが。

 家族や友人だけは彼らを信じていたが、証明する術は何も残されていない。


 空間魔法持ちだったセレスは、魔獣から採った魔石や魔族の宝物を保管していた。愚かにも、魔王討伐が終わればその全てを国に捧げるつもりで。しかしこうなったからには、使い所はちゃんとある。


 精霊の助けで、アーヴィンとライリーの家族を探し国を彷徨った。クレアとフェリクスは孤児でアリシアは断罪されていない。

 ふた家族だけとはいえ、意図的にバラバラにされたせいで捜索にはかなり時を費やした。精霊とて万能ではない。

 発見し助けても向けられるのは感謝だけではなかったし、全員に会えた訳でもない。アーヴィンに似た優しい両親にはついぞ再会できなかったが、無事であると風の噂に聞き安堵した。

 ライリーの親族の殆どが奴隷に落とされていた。辛い経験は消えはせず、やり場のない怒りを救助したセレスに向けるしかない人々がいた。

 彼らの気が済むまでただ話を聞き、全ての感情を受け止めた。

 


 ある騎士がアリシアを連れ逃げようとしていると精霊に聞き、彼らに頼み逃走を助けた。何年探しても彼女の気配が分からず、騎士が監禁場所を連れ出して初めて精霊の察知が可能となった。

 精霊が近寄れない穢れた封印の建物に、魔力を封じられたまま囚われていたと知る。

 自分が出来なかったことをしてくれた騎士に感謝した。


 アリシアの無事を確かめた後、帝国を訪ねた。勇者時代に面識を持った皇帝に謁見して、ある願いを申し出たのだ。


「そうだな、様々な魔術や魔道具の貴重な媒体となるらしいエルフの眼をもらうか或いは、──っ、何をしているのだ! セレス!!」


 皇帝の言葉に、躊躇いもなく眼球を抉って差し出すセレスに、軽い駆け引きのつもりで言い出した当の本人が慌てふためいた。無くした足が示すように、エルフの欠損には治癒魔法が効かない。


 何もいらない。成すべきを成すために両目はやれないが、ことが終われば不要のこの身を実験にでも儀式にでも使えばいい。


 そんなセレスの無言の覚悟を感じ取った皇帝は、彼の望みを聞き入れるしかなかった。


「まったくお前というやつは。何故女にならなかった? 私の求婚は本気だったぞ。妃になればその願いも思うまま叶えてやったのだ。この際男でも構わん。私のもとに来い、エルフの王子セレスよ」

 慌ただしく治療をさせ、改めて言葉をかける。


 皇帝の求愛に、セレスが生まれて初めての微笑みを見せた。浮世離れした麗しやかな表情に皇帝が息を呑む。血の滲む包帯が気にならなくなるほどの鮮やかな微笑だった。


「申し訳ないが、先約が。あったので」




 男性体をとった理由は一つではない。


 アーヴィンは言わなかった。好きだとも愛してるとも言ってはくれなかった。

 呪いのようにセレスを縛り続けた言葉を最後に、永遠にその口を閉ざしてしまった。


『セレス、生きて』


 愛の言葉はもういらない。くれるはずだった人はもういない。彼からしか欲しくはなかった。

 だからもう女性になる必要はない。




 あの日の明日、この場所で自分から言うつもりだった。

 アーヴィン、あなたのために女になるから責任とって結婚してくれ。断りは受け付けない。あなたは黙って私を妻にしろ。



 アリシアを笑えない情緒も何もない告白を、大切な仲間に見守られながら。

 アーヴィンはきっと真っ赤になって慌てただろう。プロポーズの先を越されて情けないわね勇者様とクレアが囃し立て、余計な口を出すなとフェリクスが怒り、もっとましな場所と言い方があったろうとセレスまで説教が飛び火し。

 喜び勇んだアリシアが祝福の光を降らせ、その横ではライリーが穏やかに笑う。

 明日、そんな光景があったはずだった。



 今はとても眠い。あれから初めて感じる眠気だ。いつもいつも、気を失うように短い眠りがあっただけ。

 幸せだった思い出も悲惨な記憶も、どちらもが眠りを妨げた。涙はとうに枯れ果てひとつしかない紫の瞳は乾いたまま。


 残していってごめんアリシア。

 どうか少しでもきみが癒されますように。 

 私が寂しくないよう願った優しいきみの心を、あの水晶が支えてくれますように。



「……アーヴィン……、」

 紡ぎかけた唇にそっと何かの花びらが落ちる。城の最奥、入り込む余地もないようなこの場所に。


 まるでかれが押し留めたようで、温かな想いに満たされる。

 いつもいつも何かをするタイミングが同じだったから、気が合いすぎて間が悪いとよく揶揄われた。

 何故だかそれがとても嬉しかった。



 さきに言わせて。セレス、僕は───、


 優しい囁きが耳をかすめた気がして、セレスは力なく手を伸ばす。

 片眼も片足も無くして男にまでなってごめん。どうやらさっき回路が壊れたみたいで魔法ももう使えないし精霊の声も聴こえない。料理も洗濯も相変わらず不得意なままなんだ。針を持てば指を突き刺すばかりで、あなたの綻びを繕うこともできない。

 何ひとつとして役に立たないけれど。



 それでもいいなら、アーヴィン。



 ああ、やっと明日が来た。

 揺りかごのような安らぎに包まれ、セレスは微笑んでそっと眼を閉じた。





勇者シリーズ置き場に、遺された者のその後やパーティーの恋模様を置く予定です。

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