事件のこと その2
碧の体操服に
ハサミを入れたのは
長内だった。
他の二人の言葉から
それがわかった。
そのことを佐古から告げられた長内は
ようやく重い口を開いたのだ。
「なぜ、津島さんにあんなことをしたの?
あなたは津島さんとは
親しかったはずなのに。」
樹季は意外に思っていたことを尋ねた。
「先生、どうして私が
津島さんと親しいと決めつけているの?」
彼女は樹季を睨むように見て言う。
「私は津島さんを友達だと思ったことは
一度もない。そう見られることが
嫌だったからこうしたの。」
樹季の疑問に長内が差し出したのは
予想外の答えだった。
(まるであの映画の少女たちのようだ)
樹季は以前見たそのシーンの記憶を
手繰り寄せる。
名門のバレエ学校を舞台にした映画だ。
主人公の少女は、
親友を事故で亡くした。
悲しみの最中の彼女に、親友の代わりとして
彼女が海外留学生に決まったという
知らせが届く。
それを知った仲間の少女たちは
主人公の少女の幸運を祝うと言って
寄宿舎の一室に彼女を招いた。
少女が部屋へ入って来る。
待ちかねていたように
上がる歓声。
彼女たちはお祝いの大きなケーキを
みんなで大事そうに持っている。
「おめでとう!」
満面の笑顔で、ケーキを持って
ヒロインの少女に一歩一歩と
近づく少女たち。
祝福を受ける少女も
はにかみながら友人たちへと
歩み寄って行く。
お互いが十分に近づき合ったそのとき
白い大きなケーキが
ヒロインの顔をめがけて
思い切り投げつけられていた。
「お前が殺したのだ。」
友人たちはさっきまでの笑顔とは
対照的な恐ろしい表情で
口々に少女を罵った。
少女たちはどうすれば
最も効果的に
心を傷つけられるのかを
わかっていたのだろうか…
碧の事件の和解は
速やかに進んだ。
3人の少女たちは立ち会いの下に
津島に謝罪した。
碧は長内の謝罪の言葉を聞いても
動揺した表情は見せなかった。
碧の父親も謝罪を受け入れた。
学校が心配したほどに
事件は大きくならずに
終焉したのだった。
しかし、その事件の後間もなく
津島碧は登校しなくなった。