1話
最初に目にしたのは私に見るだけで食欲を無くすようなパンを渡すと姉さんと周りからする酷い異臭だった。
ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!
私は激怒した。なんて場所に生まれてしまったのだと。必ず、こんな場所からは脱出して姉と2人で幸せになると決意した。
私…「朱莉」は転生者だ。
前世ではフリーターをやっていた平凡な男で、受験には失敗して希望した大学にも行けなかった。
高校で同じクラスだった遅刻ばかりしていた成績の悪い帰国子女の女子が語学力で同じ大学を受かっているのを見て何とも言えない気持ちにもなった。
そんな受験での経験から勉強だけでは駄目だと思って大学では色々なことに挑戦した。
遊んでいる他の学生よりも有益な時間を使っているし就活も有利。もしかしたらフリーランスとして自由に働けるかもなんて思っていた。
しかし、結果は普通に就職して仕事に耐え切れずに辞めてフリーターとなった。
そして、たまたま夜中に通りかかった場所で目撃してしまった強盗に追いかけられて殺された。
必死の思いで逃げたが逃げきれずに数人の強盗に囲まれた。殺されるという恐怖と死にたくないという気持ちが溢れてどうにかなりそうだった。
ただ、最後の抵抗として私も1人の男を強盗から奪った刃物で刺すことが出来た。私が痛みで苦しんで死んだことを考えれば、あの男も死んでればいいなと思う。
そうして、次に目が覚めると知らない場所だった。
周りにはゴミがたくさん落ちていたりと衛生状態が良くない劣悪な環境だ。しかも生まれ変わった私の体は幼女だった。
幸いなことに前世の記憶が戻る前に自分がどんな生活をしていたかという記憶も残っていた。
そこから両親は亡くなっているが、私には4つ上の姉がいることを知った。両親を失った幼い私が生きているのは彼女のおかげだ。
しかし、私たちが暮らしている場所はスラム街のような所で盗みや強盗は当たり前。殺人なんかも平気で行われるとんでもない場所だ。
今はたまたま幸運が続いているだけで私たち姉妹はいつ死んでもおかしくはない。
私はあんな苦しい思いをもうしたくないし、こんなスラム街みたいな場所からはとっとと脱出したい。
でも、それ以上に姉さんをこんな場所に居させたくない。前世の記憶を思い出したって今世の記憶が無くなったわけじゃない。
自分だってお腹が空いているはずなのに食料を私にくれる姉。いつも優しく温かい笑顔を私に向けてくれる姉。
そんな彼女の事を私は幸せにしてあげたい。
その為には強くなる必要がある。なぜならこの世界で自由を得るためには力がいるからだ。
少なともこの場所で力は正義だ。強ければ何をしてもいい。誰かに虐げられること無く自由に生きることが出来る。
そして前世と違ってこの世界では圧倒的な個の力を手に入れられる可能性がある。
なぜそう言い切れるのか……
それはこの世界が「ブレイブエッグ」という大人気漫画の世界だからだ。そして私がその漫画に登場する人物の1人だからだ。
なぜ気づいたかといわれれば、たまたま水面に映った自分の顔が見たことのある顔だったからだ。
小学生の頃に見た漫画で、序盤に読むのをやめたから内容どころか登場人物の顔さえも覚えてはいない。
じゃあなんでこのキャラだけ覚えているのかといえば推しキャラだったからだ。高校時代にはよくお世話になった。
そして、1番大事なのは漫画の中での私が最強クラスのキャラだったということだ。
同人誌で最強クラスのキャラがご都合主義で押し倒されてるのって良いよね?
だから今の私が高いポテンシャルを秘めていることは分かっている。強くなれる可能性が高いキャラになれなたのは幸運だ。
とはいえ、一つだけ問題がある。
それは朱莉は物語の序盤で謎の死をとげることだ。そして私がこの漫画を読まなくなった理由の一つだ。
しかも、気づいたら死んでいるから死因もシチュエーションも分からない。
ただ強キャラが死んで敵の強さが分かっただけだ。
リアルタイムで作品を読んでいた読者は人気キャラが急に死んだことに衝撃を受けていた。
もちろん私もその1人だし、当時の友達もビックリしていた。
兎にも角にも私が死なないようにする為にも姉に幸せになってもらう為にも強くならなければいけない。
この世界は魔法が使えるファンタジー世界だったはずだ。
ならばやる事は一つ、魔法を使えるようになろう。
少なくともこのスラム街で魔法を使えるやつを私は見たことがない。ならば、魔法が使えるようになれば生活も楽になるはずだ。
まずは今の私が魔法を打てるのか試してみたい。
ということで、魔法の実験をする為の相手を探す。どうせなら食料を持っている相手がいいと考えて外をふらついているとちょうどいい相手を見つけた。
「おいクソガキ! 良いもん持ってんじゃないか! 俺様が貰ってやるよ」
それは少し先で子どもから食料を奪った体が大きくて筋肉質な男だ。
男は子どもを蹴り飛ばして得た戦利品のパンを満足そうに眺めている。
さっそくターゲットにした男に向かって魔法を使ってみる。
血液のように全身を巡っている魔力を意識しながら使いたい魔法をイメージする。
「アイスランス」
そうすると氷で出来た槍がイメージ通り私の頭の上に出現する。
それを男に向かって発射してみれば想像よりも速いスピードで飛んでいきターゲットの腹を貫いた。
実験は成功したみたいでしっかりと魔法を発動することが出来た。
想像以上に上手くいってビックリしたが、体に疲労感もないし、まだまだ魔法を使うことが出来そうだ。
この調子で魔法が使えれば今までよりも選択肢が増えて生活を良くできそうだ。
こうして魔法を覚えた私は日々の食事を得るために食料を持っている相手を襲い奪ってという生活を繰り返した。
「これ美味しいー!」
目の前で私が盗ってきた果物を食べながら満面の笑みを浮かべて喜んでくれる姉さん。
その姿を見ていると私まで嬉しくなってくる。
「朱莉ちゃんありがとう!」
「うんうん、私は今までの恩返しをしてるだけ」
前世の記憶が戻る前の役立たずな私を養ってくれていた姉さん。今までの事を考えれば私のしたことなんて些細なことだ。
それに前世の美味しい食べ物を知ってる身としては、もっと良いものを食べさせてあげたいとも思う。
「恩返しだなんて…家族なんだから当たり前じゃない! なにより私はお姉ちゃんだからね」
「じゃあ、私が姉さんを助けるのも家族なんだし当たり前だね」
何があっても姉さんの事は私が守ってみせる。
「でも、このままじゃ役立たずになっちゃっうなー。妹に養われる姉……それはヤダーー!!」
「私は姉さんがいるだけで幸せだよ。早くこんな状況を脱して、一緒にやりたい事を見つけようよ」
「やりたいこと…?」
「そうだよ」
不思議に小首をかしげる姉さん。今の私たちは生きることに精一杯で夢だのなんだの考えている余裕もない。
そう考えると前世で日本に生まれた私は幸運だったんだなって思う。でも、生まれてくる場所なんて選べないから…まずは生きるために戦うしかない。
「今は思いつかないかも知れないけど、裕福になって余裕が出来たら一緒に考えよ」
「私は朱莉ちゃんと2人で入れたら幸せだけどなー」
「じゃあ、お金持ちになって2人でいい家に住んで、美味しい物をいっぱい食べよう」
「うふふ、それは楽しそうね」
魔法を覚えたことで私たちの生活は良くなった。食事は良いものを食べれるようになったし、寝床も前よりもマシになった。
そんな生活が1週間以上も続いたから私自身も油断していたのかもしれない。
「危ない!!」
どこからともなく飛んできた風の刃を見た姉さんが私を庇うように前に出た。そして、その風の刃は姉さんに直撃した…
「姉さん!!」