第96話 四牙三兄妹
「よーしよし。たくたん食べて大きくなれよ。ピー助。ニャン太。ワン郎」
猛禽類みたく鋭かった形相から、考えられないほど緩みきった表情で食事にありつく三匹のモンスターの幼獣を撫でる。
鳥のモンスターがピー助。子猫のモンスターがニャン太。子犬のモンスターがワン郎。か。なかなか安直で覚えやすい。ネーミングセンスは飼い主の性格が出るというが、愛で方からして、男はかなり三匹を大切にしているとわかる。
「あいつ………そうか。テイマーか」
このダンジョンにおいて、冒険者のなかにもクラスが存在する。龍弐さんのような剣士。奏さんのような狩人。俺と鏡花は………グラップラー?
剣士はメジャーなクラスで、チーム流星のなかにも大勢いる。ファンタジー要素を崩壊させるべく銃火器を持ち込むリアリストの存在は確認できていない。値が張るからな。
そしてテイマーは、ダンジョンにおいて珍しいクラスだ。数人くらいしか確認できていない。
その名のとおり、モンスターを従える冒険者のことだ。従えるモンスターによってテイマーの格が決まると言えるが………あの男、見てわかるとおり、戦力にならない幼獣ばかりをテイムしている。
あえて幼少の頃から餌付けしたか。それとも愛玩動物が欲しかったのか。
「………う」
その時だ。あっという間に食事を食べ終えた三匹が「もっとくれ」とせがむ目を向ける。男は空腹を訴える腹の音を無視して、食べかけの食事をすべて与えてしまった。
途端に腹が鳴る。三匹が視線を飼い主と食事とで交互に通わせた。
「はは………気にすんなって。一食抜いたくらいで死にはしねぇよ。お前たちはまだ小さいんだから、食うべきだ。ほら、食えって」
男は無理をして笑う。
極貧生活のなかで、切り詰めた食事を子供に多く与える親の姿。
………見てられねぇな、こういうの。
「ピギャッ」
「ん? どうしたピー助………ッ!」
物陰から現れると鳥に見つかる。男が振り向くも、もうその時には俺は隣にいて、一緒にしゃがんでモンスターたちを見下ろしていた。
「お前、テイマーか」
「………だったら、なんだよ」
明らかな警戒。顔見知りでもないのだから当然のリアクションだ。
「ほら」
「………なんだよ。これは」
俺はスクリーンからバータイプのレーションを取り出して、男に差し出していた。
「食っておけ」
「いらねぇよ」
「なら、とっとと腹の音を消すことだ」
「鳴ってねぇ………っ」
グギュゥ。反発した直後に男の腹が鳴る。反論できず、男は俺から目線を逸らした。
「マリアの話を聞いてなかったわけじゃねぇだろ。動けなくなられても俺らが困るんだ」
「テメェにゃ関係ねぇよ」
「俺たちはクソ忙しいってのに、お前らのお守りをしなきゃならねぇんだ。つべこべ言わずに食え。でなきゃ捨てる」
「………チッ。礼は言わねえぞ」
「ああ。いいぜ」
男はバツが悪そうに差し出したレーションを掻っ攫うと、三本同時に包装紙を開封し、すべて貪った。余程腹が減ってなければできない食べ方だ。
「あの名都って奴は、お前が手元に置いてるこいつらの食事も、頭数に入れてねぇのか?」
「………うっせ」
こいつの反応からして、数えられてはいないらしい。そして非認可のテイマーである可能性も浮上する。
「ふーん」
男だけでなく、幼獣も俺を警戒する。はっきりと線引きしているが、男の反応から敵ではないと理解してくれたようで、距離感はあるが、威嚇はされなかった。
「………なんで」
「あん?」
「なんでこんなことすんだよ」
初めてこの男から質問を受ける。ついでに、「余計なことすんな」と目が語る。
別に俺はこのテイマーの男がどうなろうと知ったことではない。依頼を受けたから守る。それだけだ。この施しはマリアの意志の尊重でもある。明日からの移動に支障が出れば、必ず誰かがフォローする。そうなれば移動にも難が出る。今からでも不安要素は取り除いておくべき───というのが建前で、俺はこのテイマーが幼獣を飼い慣らし、自分の取り分も与える献身的な姿に心打たれたのかもしれない。
我ながら、命のやりとりをするダンジョンで甘い行為に出た油断を反省するが、別に後悔はしていなかった。
「気まぐれだ」
「ああ、そうかよ」
「ついでに忠告だ。そのモンスター………特にネコ科のそいつ。俺の仲間の鏡花ってやつに見せるな。死ぬぞ」
「はぁっ!?」
男の警戒が厳に。命の危機と知り、ニャン太なる赤毛の猫のモンスターを抱き上げた。途端に「俺も抱け」とピー助とワン郎も足や腕にタッチしてアピールする。
「鏡花は猫が大好きだ。見つかったら抱き殺されると思え」
「な、なんだそりゃ」
「事実だ。あいつ、この前なんて猫と勘違いしてコンクリートを抱いた。コンクリートは砕けた。ソニックピューマを十体一度に絞め殺した。猫が目の前にいると知ったら暴走する。あとはわかるな?」
「………くそっ。なんだよそりゃあ。テメェの仲間はイカれてやがんのかっ」
「そうだよ。ちなみに全員、なにか得意とするものを持ってる。だからあのボスゴリラに派遣されたんだ。………じゃ、忠告はしたからな。………あとそのモンスター、大事にしろよ」
「は?」
「せっかく懐いてんだ。別に、無理して別れる必要なんか───あん?」
自分でもなんでこんなことを言っているのか理解できないほどのお節介を焼く一方で、聴覚でとある変化を察知する。ヒュンと空気を切る音だ。
いったいどこの誰かは知らないが、余計なことをしてくれる。
音の正体はすぐわかった。手を伸ばし、それを掴んで折り畳む。
ナイフだった。安物だが、丁寧に研磨されている。うまく柄を掴めずにいたら、俺の指のどれかが切り飛ばされていたかもしれない。
「おい! そこの護衛野郎! うちの能無しに、なにちょかい出してんだ! 離れろよ!」
「………ぁあん?」
「テメッ………やめろ利達! テメェこそ余計なちょっかい出すんじゃねぇっ!」
「………あー、知り合いか?」
俺たちに近い岩場の上に立つ女を、能無しと称された男は利達と呼ぶ。間抜けなことに、こいつらチーム流星の団員なのだから顔見知りのはずなのに知り合いかと尋ねてしまった。
他にも比較する特徴といえば、ふたりとも赤い髪をしていること。この色、なんだか見覚えがある。
少女は岩場から飛び降りて、俺たちに接近する。幼獣たちはなぜか嬉しそうにしていたが、少女の睥睨によって接近することができなかった。
「………呆れた。まだ飼ってたなんてさ」
「テメェにゃ関係ねぇだろ」
「ああ、無いね。けど、ただでさえも足を引っ張ってんだし、その上自分の飯まであげちゃって。馬鹿じゃねぇの?」
「うるせぇ! 俺の勝手だろうが!」
「なに、その口の利き方は。あたしら兄妹のなかで、唯一スキルが使えない迅兄がさぁ、偉そうにできる立場なわけ?」
「うる、せぇ………」
こいつら兄妹か。
チーム流星も大したもんだったってことだ。
四十名いるなかで、スキル持ちがふたりいたと。だとすれば、奴の言動どおり、あとひとりはあいつだ。
「あー、落ち着けよお前ら。まずは自己紹介からしてくれや」
「チッ。あたしは四牙利達。で、この能無しは次男の迅。長男は団長。わかった?」
「ハァ………面倒くせぇ兄妹なんだなぁ」
「喧嘩売ってんのかテメェ!」
おうおう。妹も次男に似て跳ねっ返りだ。
だが、あの堅物そうな長男なんかよりずっとやり易い。敵意を剥き出しにされているのに、俺はいつしかこいつらに好印象を抱いていた。
四回目ぇ………!
でもまだまだ………まだやれる!
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