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第95話 飯テロ

 つる舞う形の群馬県───上毛かるたの「つ」を彩る一枚。


 今はそれを読む群馬県民は存在せず。知るにはアーカイブで参照するしかない。


 そんなつる舞う形とやらの、左翼に位置する場所が桐生市である。日本でも珍しい飛び地とされる形状。中央をみどり市が縦断しており、なんと桐生市という場所がふたつ存在するのだ。原因は度重なる合併でそのような形状になったとか。


 今俺たちがいるのは西側の桐生市跡地の下だ。第一中継点はそこにある。さらに進んで第二から第四までは両断する形で存在するみどり市跡に入り、五日目に東側の桐生市跡に入る。


 知らない者から見れば、みどり市に入ったのに桐生市に戻ってしまったと勘違いしそう。


 この広大は空間はふたつの桐生市とみどり市をミルフィーユのように重ねるようにして広げている。


 その日のうちに第一中継点に入り、早速キャンプを開始。合流した偵察隊を合わせ、チーム流星は四十人もいる大所帯だった。


 で、十人をローテーションで見張りをさせ、順次休んだり食事をするのだが───



「ねぇ名都くぅん? これどういうことかなぁ?」



 早速、龍弐さんが爽やかな表情で棘のある指摘を発した。


 無理もない。こればかりは。


「申し訳ない。本当に、申し訳ない。………その、見ようとしなくても、匂いがな」


 当の名都も堪えているが、音の発生だけはコントロールできず。


 護送任務を承った俺たちは、金剛獅子団の時のような離れてキャンプをするわけにもいかず、近い場所でそれぞれのテントを張り、食事をすることにした。


 五台のガスコンロを併用し、三台に鉄板を乗せて肉を焼く。一台に土鍋で白米を炊き、最後の一台で鍋でスープを作る。完全な焼肉パーティ状態。


 提案したのは桑園にブチ切れた皆殺し姫こと鏡花。凄まじい嫌がらせと精神攻撃の集大成で、チーム流星の士気低下を促す。ついでに桑園への嫌がらせを達成。


 そちらの参謀、桑園から不審者発見の依頼を受けたんです───とは言えず。初日から鏡花はあぶり出しにかけると言って、スクリーンで大量の肉を購入し、折り畳み式のテーブルに並べては焼き、食し、炊き立ての白米を頬張っては、スパイスの利いたスープで口をすすぐ。


 なんという豪快な食べっぷり。飯テロとはまさにこのこと。俺だって少しは遠慮というものを覚えたが、甘辛いタレに牛肉を浸して白米でかっこむと、快楽物質が脳内から分泌し、もう止まらなくなった。鏡花と一緒にとにかく肉を焼いては食べ続ける。


 で、龍弐さんの非難。これがトドメとなった。


 俺たちの嫌がらせはチーム流星全体に波及した。


 なぜか。


 敗走続きで引き籠るしかなかった彼らには、食費が残されていなかったからである。


 どこのメーカーが作ったのかも知れない、安価なインスタント麺を食すしかない日々。栄養だって不足するだろう。もしかしたら味が悪いのかもしれない。それが食べ飽きたか。


 そんななかで俺たちが豪勢に飯テロなんかすれば、チーム流星全体から抗議のつもりか、空腹を訴える腹の音が大合唱。


 名都が釘を刺した手前、強く非難ができないし、助けに来た俺たちがなにを食べようと勝手だし。


 ただ───これで桑園からの依頼の進捗が芳しくなるとは考えられない。


 鏡花は一度だけ桑園を見た。桑園は鏡花を睨み返した。


 言わずともなにが言いたいのか、わかる。わかってしまう。「欲しけりゃ頭下げて乞え」と。桑園は貯金があるが、チームの輪を乱したくないため、温い水で作ったインスタント麺を啜るしかない。なんとも恨めし気な目をしていた。


 俺はマリアを見る。マリアは何回も躊躇っていたが、大好物の肉を目前にして、一口食べると雑念が消し飛んでいた。俺と同じ勢いでがっつく。だが食事も中ほどまで進むと、理性が戻ったようで。


「あの、名都さん」


「は、はい」


「これ、よろしければどうぞ」


「よろしいのですか?」


「はい。私たちはこのとおり、お肉をいただいてしまったので」


 マリアが差し出したのはチャナママこと画策上手なクソゴリラがくれた弁当が詰まったバスケット。味が染みるから夕飯に食べろと言われていたのだが、鏡花のプランを敢行したため手を付けられなかった。


「それから、私たちはもう使いませんので、ガスコンロと………あと、安売りので済みませんけど、パンやスープもどうぞ。あ、でも賞味期限………」


「か、構いません! 消費期限が過ぎていたとしても、構いません。しかし………なぜ?」


 急な施しに、わずかに残っていた理性が働いたのか、マリアの意図を読み取ろうとする名都。


「依頼を出してくださったチャナママは、三日間ではありましたが、とても良くしてくださいました。そのチャナママが名都さんたちを助けたいと思うなら、これも恩返しのひとつということで。それと、空腹は大敵です。明日からいよいよ長距離を移動するのに、空腹では進捗に支障をきたすかもしれません。だから、今のうちに補給を済ませてください」


「ありがとう、ございます………面目ありません。この恩は、一生忘れません」


「いえいえ」


 焼肉より圧倒的にグレードが下がるが、安価なパンと温かいスープ、チャナママの巨大な弁当があれば、食べ飽きた食事も華やかになる。


 名都がいくつもの食材を受け取り、チームに差し出した途端、争奪戦の勢いで殺到する。全員、目が血走っていた。


「待て!!」


 名都の大喝。これは大したもので、暴走状態だった暴徒が一瞬で停止する。


「これはマリアさんからのご厚意でいただいたもの。平等だ。全員に平等に分配する。争奪戦などという見苦しいものは許さん」


 統制力が働き、自戒の念に駆られた面々が反省を促す。


 それから名都は配分を考え、有言実行する。全員に隔てなく同量を分配した。マリアもかなりの量を差し出した。これで腹が膨れないということもないだろう。


 ただ、俺は視界の隅で気になるものを見つけた。


 名都に似た赤い髪が気配を消して、ゆっくりと離れていくのを。


「ご馳走さまでした。俺、この辺りを見てきます。なにかあったら呼んでください」


「わかりました。気を付けて」


 普段なら自分の食器くらい自分で洗いなさい。と奏さんも目くじらを立てるところ、同じポイントを見ていたらしく、俺の分の食器の洗浄をしてくれた。






 赤い髪の男は、名都に似て長身で、しかし筋肉がより搭載された、いかにも戦闘に特化してそうな奴だった。


 俺は気配を消して、こっそりと追尾する。それでもしきりに周囲を見て尾行者がいないか確認するところ、なにか後ろめたいものがあるのか、あるいは桑園の言う裏切者のどちらか、か。


 気になるのは、この男が名都から受け取った食事に一切手を付けず、両手で抱えたまま移動していること。


 さて、どこに行きやがるつもりなのか───



「お前ら。もう出て来ていいぜ」



 野太い声を出す。すると、ひょこひょことなにかが現れて、男の足元に擦り寄った。



「モンスターだと? ………小さいけど………まさか、幼獣か?」



 なんとこの男、モンスターの幼獣を飼っていた。


 本来、人間を食い殺すようできているのがモンスターだが、駆け寄ってきた幼獣たちはつぶらな瞳を輝かせ、男に擦り寄る。まるで子供が親に甘えるように。


「へへっ、待たせて悪かったなぁ。兄貴の目が光ってるうちはお前らに会えないからなぁ。ほら、飯だぞ」


 近寄るだけで切れてしまいそうな刃のような形相が緩み、笑みを浮かべた男は、自分の取り分であるはずの食事の半分を幼獣に与え始めた。


三回目です!

まだまだやれると思いますのでブクマ、評価、感想で応援していただければと思います。よろしくお願いします!

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