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第93話 黒いなにか

 龍弐さんはとても落ち着いていた。いや、落ち着き過ぎている。


 俺が知る龍弐さんは、小さい頃はガキ大将で、悪戯好きで、やんちゃで、成長してからは腕っぷしとエリクシル粒子適合者としての能力を開花させ、楓先生に先に師事した、ただの大学生だ。オンラインで単位を取り、いつか奏さんとダンジョンの研究職に就いてもいいかもねと話していただけの───


 だが、今俺たちの目の前にいるのは本当に龍弐さんなのかと疑問に思うほどの足取りだった。


 進める歩調に躊躇いがない。


 まだそこにいるかもしれない脅威に、微塵も臆さず、先陣を切って立ち向かおうとしている。


「………うん?」


 すると、遠くからなにかが聞こえた。


 案内した少年と、名都の肩がビクッと震える。


「き、来た………また来た………」


「喋るな。刺激してはいけない」


 カポーンと音がするだけで名都は青ざめ、しきりに周囲を見渡す。


 俺たちも周囲を警戒したが、まだ影すら捉えられない。けれど、やっと理解する。


 接近してくるモンスターの異常性が。ゾッとした。まだ見えないにせよ、すでに喉元に剣の切先を突き付けられているような恐怖を覚える。マリアを降ろして、鏡花と奏さんで囲った。


 だが龍弐さんは違った。


「させるか………ヅァッ!!」


 カッと目を見開く。一瞬で腰を落として半身になると、左手で柄を押し上げはばきを見せ、右手で鯉口を切り神速の抜刀術を───見せる前に消えた。


「え………わぁぁああああ!?」


 途端に、俺たちを強風が襲う。


 マリアが倒れないよう三人で支え合い、ひたすら踏み止まる。


 そんななかで斜め右、龍弐さんが突撃した先で火花が散る。赤いなにかが散る。そして俺の視界のなかで、黒いなにかが流れて、消えていく。


 突風が収まる。少年がガタガタと震え、名都は呼吸を荒げながら風が去った方を見た。


 俺たちも同じ方を見る。すると、奏さんが叫んだ。



「龍弐っ!!」



 怒気を孕んではいない。これは心配する声音───まさか龍弐さんがやられた!?



「龍弐さ───」



「いやぁ………してやられたね。あれがディーノフレスターかぁ。………強えわ」



 幸い、生きていた。


 ただ、無傷とはいかなかった。


「龍弐! 腕!!」


「はは………噛まれちゃったよ」


 龍弐さんの右腕から出血し、ガルグレーのジャケットを赤黒く染めていた。奏さんが急ぎ応急処置をしながら、回復薬の瓶を咥えさせる。


 あの龍弐さんに一撃を与えたなんて。信じられない。


「………見えたか?」


「………なにも。クソがっ」


 鏡花は視界に捉えられなかったか。悔しくて盛大に毒づく。


「黒い髪みたいだった」


「奴が?」


「ああ。それが龍弐さんの腕を食いちぎった」


 幸い、すべては持っていかれなかった。三分の一を食われただけで済んだが、重傷だ。エリクシル粒子適合者でなければ危なかった。俺の右手の粉砕骨折がそうであったように、あの程度の傷なら縫合せずとも数日で完治する。


「いてて………けど、奴も無傷たぁいかなかったね」


「どういうことです?」


「肉を切らせて骨を断つってね」


「当たったんですか!?」


「まぁね。てなわけで、結論から言おうか。………あのクソモンス、速くて強いけど、まぁ殺せないわけじゃない。()()()よ。ちゃんと。無駄に長い首を伸ばして来やがったから、斬り飛ばしてやろうとしたんだけど………三割くらいしか通らなかったよ。でもこれでしばらく動けないはずだ。急所を斬ってやったんだからね」


 相変わらず無茶をする。


 だが、それでこそ龍弐さんだ。


 あのすべてを目視できないほどの速度で疾走する化け物を、一時的な加速で同じ速度に合わせ迎撃する。一瞬の判断による合理的な思考。俺には半分ほどしかできない境地。


「ディーノフレスターを………斬った? 馬鹿な………俺たちですら傷も付けられなかったのに………」


 名都は愕然としながら、傷の手当てを終えて回復薬の空瓶をスクリーンに収納した龍弐さんを見ていた。


 傷を付けられない。ダメージを負わせられなかったか。


 確かにあのモンスターは並ではない。俺がこれまで対峙したどのモンスターとも違う。別格とも言えるだろう。


「チャナママの観察眼が優れてたってことだねぇ。俺たちを派遣するのが、最有力にして最優先だったってことだよ。さて、名都くぅん? いつまでそうしてるつもりかなぁ? リーダーとしてやることがあるんじゃないのぉ?」


「………承知している。ただちに監視任務をさせている団員をすべて呼び戻す。ディーノフレスターさえ動きを封じられたならこちらのものだ。そちらの指示にはすべて従う。依頼は桐生を抜けて、隣県の足利ゲートへ移送してもらうこと、だな」


「うん? 群馬ダンジョンを抜けるんじゃなくて?」


「ああ。そちらにはそちらの予定があるだろう。群馬ダンジョンから脱出させてもらうほど甘えさせてもらうつもりはない。足利ゲートを抜ければ栃木ダンジョンだ。足利は小腸エリアだからな。ディーノフレスターがいかに俊足であろうと、あの狭さと複雑な構造では、思うように加速はできないだろう」


「ふーん。ま、悪くはねぇな」


 名都は腹を括ったってことか。


 きっと俺たちはディーノフレスターを討伐できないと考えている。そしてディーノフレスターは名都どもを追って栃木へと入る。


 そこは意図してディーノフレスターの機動力が存分に振るえない迷宮。少し走ればカーブにぶつかる。緩やかなものから急なものもある。直角な曲がり角に衝突さえさえれば逃げられる機会も増えるだろう。


「立つんだ。ふたりの遺品を回収しよう。家族のところに帰してやらねば」


「ぐすっ………はい」


 偵察中に発見され、食い殺された哀れなふたりの残骸から、私物や遺髪を回収する。血濡れたそれらを丁寧に拭いてスクリーンへ収納した。


 私物はポケットを探るなりすれば出てくるだろう。だがどうにも遺髪が少ない。理由は、どの遺体も頭部を欠損しているからだ。ディーノフレスターの仕業だろう。趣味の悪い殺し方をされたか、偶然か。


「団長!」


 騒ぎを聞いたチーム流星の他の偵察隊が合流する。俺たちの事情を知らないため訝しげな視線を向けてくる。


「急ぎ拠点に帰還する。こちらの方々がディーノフレスターを退けてくださったが、仕留めてはいない。奴が回復する前に拠点を放棄し、我々は栃木へと向かう。他の偵察隊を呼び戻せ」


「りょ、了解!」


 合流した偵察隊らはあのクソモンスを退けたという点に驚き、懐疑する目に変わるが、名都の言葉を疑う者はいない。指示に従って、他の偵察隊を呼び戻すべくスクリーンでメッセージを送った。






   ▼ ▼ ▼ ▼ ▼






「───という経緯により、我々は桐生を脱する。いいか、これは時間との勝負だ。先程定めた第一中継点まで急ぎ移動しろ。なお、マリアチャンネルの皆さんは我々を護衛するために同行する。失礼がないよう心がけ、そして要求ある時には協力を惜しむな。以上。質問がなければ十分後に移動する」


 チーム流星は、指揮系統だけは軍隊のように思えた。すべては団長の名都の采配だが。


 マリアにちょっかいを出した幹部らしき連中も、名都の統制が働く作戦には弛んでいた表情を引き締める。まるで別人のような印象を覚えた。


「こりゃ、数日はかかるねぃ」


 右腕の上腕を三割ほど失って、剣術に支障が出るほどの負傷を負った龍弐さんは、布で腕を首から提げず、そのままテーピングをしてぶら下げて外に出る。支障が無ければ無傷も同然。と言っていた。


 俺たちはそれに続き、巣穴の外から遠くの第一中継点とやらがある方を見る。数キロ先にある場所で、もうすぐ夜になるため、今日はそこでキャンプをすることになるだろう。


「あの───」


「はい? ああ、あなたは参謀の」


 巣穴から出てきた男にマリアが声をかけられる。先程、名都に紹介されたチーム流星の参謀を任されている奴だ。


「はい。改めて、桑園(そうえん)(まこと)と申します。この度は、無茶な要求にもかかわらず、私どもの救援を承諾してくださり、ありがとうございます」


 わざわざ追いかけて礼を述べるたあ、律儀な奴もいたもんだな。


今日は日曜日ってことで、たくさん更新できたらなと思います!

ただ、ただいま外出先にいる状況です。なんと群馬県の桐生にいます! なんてタイムリー!!

しかし遊びではなく、用があって参っておりますので、常に筆が取れる状況ではないのですが、休憩中に書き続ければ複数回は行けるはず!

皆様のブクマ、評価、感想が私の動力源であることに違いはありませんので、よろしければ応援をお願いします!

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