第92話 命の値段
「ま、リスクの問題だよな。けど………俺たちが満足するような報酬が出せるのかねぇ?」
「いや、なんとしても捻出して………」
「できるか? 第一、お前ら敗走した身じゃん? こうして籠城してるわけじゃん? 何日引き籠ってるかは知らないけどさ、貯金切り崩してるのと同じだよ。埼玉ダンジョンで回復薬を買うのにも苦労したって言ってたし………もう一度聞こうか? 出せるんだよな? 俺たちの命の値段」
「っ………」
顔を上げた途端に視線を反らす。
残念だが、龍弐さんには逆効果だ。隠し通せるものではない。
俺でもわかる。チーム流星は資金難に陥っている。
そもそも、やろうと思えば簡単だ。こうしてなりふり構わず、あろうことか配信者を相手に痴態を暴露し、自分たちのために死んでくれと言えるだけの度胸があるなら、他人に助けを求めることなど容易い。
ここは群馬ダンジョンだ。埼玉ダンジョンではない。夢を追う冒険者パーティがいくつもあり、日々研鑽を重ねている。彼らが欲するのは金と名声、実力と経験値だ。
名都はほぼすべてを満たす条件を持っている。
簡単だ。救難信号を出せばいい。
チーム流星は上位レベルの冒険者パーティだ。そんなパーティを救出したとなれば一躍有名になれる。大勢がこぞって助けに来る。
だが、できない。
なぜか。
資金難だからだ。
救難信号をキャッチし、救出に当たる冒険者には、信号を出した側が報酬を支払う義務が生じる。
報酬は人数によって増減する。チーム流星はここにいるだけでも十人。俺たちを案内した三人。いや、もっといるに違いない。二十、あるいは三十。
三十人だと仮定すると、報酬は数十万円規模に膨れ上がる。
しかしチーム流星は、龍弐さんの言うとおり貯金を切り崩している。
とても払えないから、こうして通りがけのパーティを───いや、待てよ?
「チッ………ああ、そういうことかよ。あのボスゴリラもグルか」
「京一? なに言ってるのよ。チャナママがグルって?」
「カモにされたんだよ、俺たちは。あのボスゴリラ、この名都って野郎を気に入ってたしな。お前、あのボスゴリラに支援を頼んでいたんじゃないか? で、その封書はダミー。なにも書かれてない。だからわざわざ割り印なんてするんだよ。割らずに絶対に届けろってな」
考えてみれば、おかしいことがたくさんある。
この時代になんともレトロで風流なやり方で、俺たちをチーム流星に接触させようと、策を講じたに違いない。
あのボスゴリラ、なんともしたたかなオネエだぜ。見事、してやられた。
「ははーん、なるほどねぇ。冴えてるじゃない、キョーちゃん」
「ええ。たまに出る京一くんの冴えには驚かされます。私でもチャナママの思考を読み取れませんでした」
観察眼に長けているふたりも出し抜いた。
決定だ。あのゴリラの魔窟には、二度と行かねえ。利用されてたまるかってんだ。
「あの、京一さん。話しが見えないんですけど?」
「考えてもみろよ。なんであのボスゴリラ、スティンガーブルを俺らに討伐させた? 自分ならプチッと潰せるって言ってたじゃねぇか。なら自分でも狩りに行けるはずだ。なんならあの防壁に突進したところをな」
「………京一さんたちの実力を試した、ってことですか?」
「そうなるだろうぜ。で、俺らは試験に合格。あのボスゴリラ、俺らをボランティアかなんかと勘違いしてんじゃねぇのか?」
「………あ、あの。そういえば私、あのお店を出る前にチャナママからお弁当を預かってて」
「あー。味が染み込むから、夜になったら開けろって言われてたんだっけ?」
それなら俺も知っている。ストロングショットを出た際、マリアが大きなバスケットを抱えていた。で、説明もマリアから口頭で聞いた。
「そのバスケットの底に………百万円が、入ってました」
「………ハァ」
溜息しか出ねぇ。
本当、したたかだよなぁ!! あのクソゴリラめッ!!
俺たちは知らずして、賄賂と報酬を受け取ってしまっていたってことだ。
「チャナさん………くっ………済まない。済まない………っ」
名都たちは勝手に感極まって震え出すし。
俺は天を仰ぎながら、龍弐さんたちを見る。全員、呆れていた。自分たちの間抜けさに。
いたたまれねぇなぁ。双方。
俺たちは、この百万円を好きにすることができる。第一の選択。あのクソゴリラが投げ銭を寄越したってことで懐にナイナイ。第二の選択は名都の顔に叩き付けて、救難信号を出させるか。
だが。それでいいのかと言われると、なんとも後味が悪い結果にもなる。
これはクソゴリラからの第三の依頼だ。名都たちチーム流星を防衛しろって。投げ出せばあのクソゴリラは口を閉ざすし、今回のことは胸の裡に秘めたままにするだろう。しかし後味の悪さは変わらず。
俺たちは選ぶしかない。第三の選択。チーム流星の護衛を引き受ける。
この百万円と、名都どもが出せる雀の涙程度の金を合わせて報酬にしろと。そう言いたいわけだ。
本当は今すぐにでも百万円を名都の顔に叩き付けたいところだが。なんなら手間賃とガソリン代として数枚抜き取った上で。
「マリア」
「はい」
「………任せる」
「わかりました。では名都さん。防衛依頼、引き受けます」
やはりマリアも同じ回答に至っていた。いや、お人好しに足が付いたような存在だ。チャナママの奸策なくとも、引き受けていただろう。
「ありがとう………ありがとう!」
あの猟犬然としていた名都が、ついに泣き始める。差し出されたマリアの手をしっかりと握って。
さて、こうして方針が決まり、これからどうするのかを話し合うところだが───
「名都さん!! 出た………ディーノフレスターだッ!!」
「なんだと!?」
「チッ。早速かよ………ふんっ!」
まるで示し合わせたかのようなタイミングで、チーム流星のひとりが巣穴に駆け込んだ。
もう右手が痛いとか言っていられねぇ。拳を握ってギブスを粉砕。軽く動作確認をしながら巣穴から出た。
「お前たちはここで待っていろ! 俺が出る! ───奴はどこにいる!? いや、そこに誰がいる!?」
「大輔と、加奈子が………」
「くそっ………間に合ってくれ!」
呼びにきた十五歳ほどの少年に案内され、名都が飛び出す。俺たちも続く。マリアになにかあっても困るので、同行してもらった。俺が背負って走る。
五分ほど走っただろうか。距離にして約二キロメートル。
「あ、あぁ………ぁぁぁぁあ」
案内した少年は、その惨状を目の当たりにして膝から崩れ落ちた。
「………みんなはそこで待ってろ。………まだ近くにいるかもしれない」
龍弐さんはスクリーンから刀を取り出し、左手に携えて先行。
マリアは俺のジャケットを掴んで震えていた。
ゴブリンの死骸でとてもショックを受けた。だが対象が人間となると、より大きなショックとなる。それでも吐かずに、必死に俺にしがみついて耐えていた。
「………一撃だな」
足元に広がる惨状を見た龍弐さんが呟いた。
その一面には血だまりがあった。
そして、岩場や天井にぶら下がる───肉片の数々。
案内した少年が言うには、ここにいたのは大輔と加奈子というふたり。
間違いなく、ここでディーノフレスターに惨殺された。
頭部と右側面が欠損した少年の顔が、絶望を訴えるように俺たちを見ている形で転がっていた。
ブクマありがとうございます!
うわー、グロい。でもこれもダンジョン………
これまでの空気と違ってきました。こういうディープでダークなものが書きたかったんです。作者はひねくれております。
でもそんなダークな部分に少しでも魅力を感じていただけたら、ブクマ、評価、感想で作者を応援していただけると嬉しいです。明日は最低四回は更新したいので、よろしくお願いします!




