第91話 身代わりになれと?
すると、後方で庇われていたマリアが前に出て、龍弐さんの腕を掴んだ。
「待ってください。なにか事情があるのかもしれません。それを聞いてから判断しても遅くない気がします」
「そりゃあ、素直に話してくれればねぇ」
「もらえます、よね?」
マリアは名都に問う。腰がまだ九十度折れている名都は、汗を鼻から滴らせながらもしっかりと首肯した。
初見であれだけ俺たちを警戒し、接近するどころか同じ空間で呼吸をすることさえ毛嫌いしてそうな態度が、こうまで一変するのにも当然理由があるだろう。名都が反撃の停止命令を出してから、周囲の連中は無表情でいたが、俺たちを攻撃する素振りは見せなかった。ただ、かといって好印象な面持ちでもない。
「無礼を許してほしい。謝ったとしても、簡単に許されることではないのは重々承知している」
あの猟犬みたいな大男が、威厳をギリギリで保ちつつ、しかし意気消沈しながら謝罪するというのは、余程の愚か者でなければ見ていて気持ちがいいものではない。だが、名都の言うとおり簡単に許せることでもない。龍弐さんが八つ裂きにするプランは名都の言動次第だ。
「ストロングショットの店長には、確かに依頼を出した。そして、その封書も預かる算段となっている」
「じゃ、なんでマリアちゃんを攻撃したわけぇ? うぅん?」
「追加で依頼を頼むためだ」
「八つ裂きにしてくれってぇ?」
「いや、俺たちの護衛だ」
「………ふぅん? チーム流星をねえ」
訝し気な目をする龍弐さん。俺たちのなかでも読心術に長けているのが彼だ。ある意味嘘発見器のような感覚をしている。
表情、佇まい、言動、語尾の癖、他様々な要素を吟味しつつ、龍弐さんは名都を舐め回すような視線で見ていた。
「八つ裂きは………お預けかぁ」
「信じてくれるのか?」
数秒の観察で、名都の言動に嘘偽りはないと判断したのだろう。凶悪な処刑プランは一時停止され、名都が顔を上げたところでさらに顔を覗き込もうとするも、奏さんに袖を引かれて回収される。
まるで少しでも身動ぎすればキスができる距離感だった。これには拠点にいるチーム流星の連中も黙ってはいない。無用なトラブルを避けるための処置だ。
「移動中、マネージャーさんにあなたたちのことを調べてもらいました」
龍弐さんの代わりにマリアが前に出る。今度は鏡花が俺の隣に立った。
「埼玉ダンジョン攻略を可能とする精鋭揃いと聞きます。しかし………上位冒険者パーティであるあなたたちが、なぜ太田ゲート手前の、桐生で籠城を?」
「………情けない話だ」
「お伺いしても?」
「依頼をする側として、情報提供は当然だ。させてもらう」
ここまでは上々。手負いの獣然としていた名都は、自らの痴態を晒す羞恥に耐えて、これまでのことを語ろうとする。
だが同時に、俺のなかでは嫌な予感がしていたんだよなあ。面倒くさそうって。
「俺たちは確かに埼玉ダンジョンに挑むべく、太田ゲートにいた。実は以前、太田ゲートではなく、上野村ゲートから入ったことがある。結果は上々。俺たちは途中で知り合ったひとりの少女をパーティに誘い、埼玉ダンジョンを少しずつ攻略していった」
「へぇ。上野村ゲートから。じゃあ低い場所から開始して、かなり苦労したんじゃなぁい? 二千メートルは登ったわけだし。モンスターの強さも段違いだったとかぁ」
「ああ、強かった。仲間は何人も負傷した。加えて上野村ゲートから入って失敗したと悟った」
「っていうとぉ?」
「あの辺りは薬草が少ない。回復薬が日に日に心もとなくなっていった」
名都が語るこれまでの経緯の告白にも、龍弐さんが合いの手同然の尋問を開始する。
だが今のところ矛盾はないらしい。まともな会話が続いた。
「素材を売って換金して、回復薬を購入すればいいじゃない?」
「それができれば苦労はしなかった。というのも、モンスターは常に群れで動くようになって、倒したとしても次の固体が湧出し、素材回収をする時間がなかった。鉱石などの採取をしようにも絶え間なく襲撃が続く。意味がわからなかった。毎日寝不足に陥り、怪我や疲れがストレスに直結し、体調不良を訴えるメンバーも少なくなかった。………まるで疫病神に憑りつかれた気分だった」
「へぇ。そりゃ災難。………奏さんや。どう思うかねぃ?」
「モンスターが群れで出現するのは不思議ではありません。ただ………絶え間なく、というところが気になりますね。埼玉ダンジョンには夜行性のモンスターがいるのかもしれません。しかしチーム流星は上位レベルの冒険者パーティ。経験も豊富でしょうし、初心者のように見つかりやすい場所を拠点にして休息をしたとは考えられません。………四牙さん。その辺りはいかがだったんです?」
「無論、メンバーの休息には毎晩工夫を凝らした。初心者がやるミスはひとつもなかった。しかしどこも奇襲を受けた。笑えてくるぞ、あれは。まるでなにかが、ここにいるぞとモンスターどもに教えているようだった。………群馬ダンジョンに敗走してからも、毎晩のように夢に出る」
嘘発見器行為に奏さんも同席する。
それでも結果は変わらない。名都は真実を告げている。
「………二週間前のことだ。その時、ヤツが現れた………ッ!!」
「ディーノフレスター、だっけ?」
「そうだ。忽然と姿を現した。モンスターの群れを蹴散らし、俺たちに襲い掛かった。明け方のことだった。あれは格が違う。俺は初めて戦慄した。アレだけには、どうやっても勝てないと」
「群馬ダンジョンに敗走したって言ったね。で、籠城。………つまり?」
「………そうだ………俺たちは今でも、ディーノフレスターに狙われている。奴は縄張りがない。気ままに動き、狩りを続けている。モンスターが県境を越えることがあるが、奴もそうだ。埼玉ダンジョンから追ってきた」
「よく逃げられたねぇ」
「途中で採用した少女がいたと言ったが………彼女が率先して、逃がしてくれた」
「………はぁ? じゃあ、なに? お前さあ………女の子見殺しにしたわけぇ?」
嘘発見器で検出されたわけではないが、龍弐さんの表情が強張る。剣呑な光を瞳に宿した。
「………結果的には、そうなる。彼女もスキル持ちだった。また会ったら友達になりましょう。と言って俺たちの身代わりに………」
「………はっ。身代わりねぇ」
唾棄するように呟く龍弐さん。
いよいよ気持ちのいい話しではなくなってきた。
こいつらは生き残るために、新参者を犠牲にした。それを自負し、反省しているようだが───その上での依頼というのは、もう決まっているようなもんだ。
「で、次の身代わりに俺らがなれって?」
「………」
名都は答えなかった。
肯定でもなければ否定でもない。
なにかに耐えるよう硬く歯を食いしばり、指を握っている。
「………相応の報酬は出す」
「俺らに命張れって言ってんだ。当然だな」
龍弐さんの口調も、語尾を伸ばさなくなった。荒々しさが目立つ。
憤っている。俺もそうだ。こいつらは、自分たちの身代わりに死ねと言っているようなものだからだ。
チーム流星のメンバーも、名都同様の表情をしている。自分たちがなにを言っているのか理解していることだけはまともと言えるが───
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明日は日曜日ですね!
たまにはこういう流れも悪くないと考えております。名都はクズか、そうではないのか………
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