第87話 配信自粛の刑
「あっひゃっひゃ! 懐かしいねぇキョーちゃん。キョーちゃんもああして、奏にわからされてたっけねぇ」
「今やられたらと思うと、ゾッとしますよ」
「ネットミーム化してるのに、これ以上醜態曝したら、また絶好のおもちゃになっちゃうもんねー!」
「冗談じゃない」
本当に、冗談じゃない。
満足そうにしている奏さんの膝の上で痙攣している鏡花と、その隣でやっと回復したのか、頬を紅潮させながら大きく呼吸するマリア。どちらもどんなアングルから見下ろそうと官能的になってしまう。
これを俺が受けたとしたら、またとんでもない魔改造を施されそうで怖い。社会的抹殺も同然。
「唯一の救いは、これを配信してないってこと………え?」
「どったの?」
「………ヤベェ。これ、ヤバいぞ!」
急に俺が大声を出したから、奏さんは不機嫌そうに振り返る。だがそんな凝視に怯えている場合じゃない。
毛布をスクリーンから取り出して、マリアと鏡花の下半身にかける。もう一枚は虚空へと放った。が、避けられる。
「起きろマリア! 配信されてるぞ!」
「えッ!?」
「フェアリーだ! フェアリーが勝手に配信を始めてやがる!」
「そんな!?」
思い返してみれば、食事中は配信を休止しているのに、俺たちの周囲を飛び回るのはなぜかと考えていた。全自動カメラとして開発された背景があるにせよ、高性能AIを搭載したそれは、常に学習中であるから俺たちを観察しているのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
おもむろにスクリーンを展開して、ようやく知った。遅かった。俺も最初からスクリーンを展開してみるべきだったんだ。
配信時間から考えて、一時間未満であることから、食事中からずっと撮影して配信していたに違いない。コメントがまた山のように殺到していた。
だが不幸中の幸いにして、映像がセンシティブと判断された場合に発動するインモラルブロック機能が効力を発揮し、耳かきを終えたふたりのあられもない姿や表情は映っていなかった。だが動画を確認しなければ、消えたのがどこからなのかは知れない。
マリアは大慌てでインカムを装着し、次の瞬間に半泣きになった。マネージャーの雨宮と連絡が取れるようになっているそれから、罵声が響いたのだろう。耳かきだから外すのは当然として、呆け過ぎた。
で、急いでスクリーンを展開し、「ごめんなさい!」と大声で謝りながら配信を停止した。同時にフェアリーに緊急停止命令を飛ばし、俺の捕縛から逃れていたそれが急に動きが遅くなると、ゆっくりとマリアの手のなかに戻った。
「ど、どうしましょう………」
涙目になるマリア。
試作品なだけあって、まだまともな動作や判断ができないらしい。今回は誤作動で配信してしまったとはいえ、油断していた俺たちにも責任はある。
マリアの配信者生活やいかに───
───翌日にマネージャーの雨宮から通達があった。
マリアは五日の配信の自粛というペナルティが課せられただけで済んだ。
あれから、想定していたとおりに各所から苦情が入ったらしい。
マリアは今や初心者の域を出ていないとはいえ、人気ランキング上位の配信者だ。
その注目度の高さは老若男女、多岐に至るまで。
運悪くも食事中のお茶の間を凍り付かせる光景を、まだ幼い子供に見せてしまったとか。
そりゃあ、あんなのは青少年の性癖を崩壊させるには十分な材料だ。
一方でマリアの悲鳴愛好家とかいうわけのわからないコアなファン層からは絶大な支持があったとか。ネットにクレームを書きまくる連中に対抗すべく、意味不明な持論を展開し火に油を注いだとか。
とにかく賛否両論の嵐を巻き起こした責任を誰が取るかで、事務所で騒ぎがあったそうな。
結局は数日でなんとか事態鎮静してくれるのを祈って見守ろう。という結果に落ち着いたそうで、リトルトゥルー社長と、本人の許可なく誤作動で配信を開始してしまったフェアリーの開発元とで話し合いが設けられたそうだ。
「ハァ………」
「まぁ、そう落ち込むなって。五日の自粛で済んでよかっただろ」
「そうですけど………」
罰金を課せられたり、強制帰還命令が出されなかっただけ、まだ優しい罰だ。それでも趣味であり仕事であり、今では生活の一部たりえるものを喪失したようなマリアは、カメラもフェアリーも出せないので、いつまでも消沈している。
気持ちはわからなくもないが、配信ができなくなっただけで、依頼の受注ができなくなったわけではない。
記録はできないが、先に進むことはできる。
伊勢崎を抜けて、やっと桐生へ突入した。
だが、そこに待ち受けていたものに、俺たちは瞠目せざるを得なかった。
「話しには聞いていたけど………広いな」
「嫌な予感はしてたけどね。なんか、前より広くなってるみたい」
停止するジープから、通路の先に広がっていた空間を見る。
そこは一面、淡い緑色で染められた場所だった。
地面はひび割れ、隆起し、その下には高崎駅跡地で見た湖とは比較にならないほどの水が溜まっている。
まるで水の上に浮かぶ島々を連想させた。水が五割、陸地が五割という配分。
「………残念ですが、ここから先はジープで移動はできないようですね」
陸になっている島は楕円形をしており、なかには間隔のある場所もある。水陸両用車でない限り、ここを自動車で通り抜けることは不可能だ。
奏さんの指示で降車し、ジープを収納。ここから先は徒歩で移動することになる。
「間に合う………でしょうか?」
マリアが問う。
チーム流星は、この桐生で活動しているとチャナママが言っていた。太田を拠点としていたのが、やむない理由で後退したのだとか。
「なーに。心配ないってぇ。桐生市内の七割くらいの空間だとしてもさ、遮蔽物が多くても、乗り越えれば見渡しもよくなるし。悲観することないんじゃなぁい?」
龍弐さんは楽観的に述べるも、間違ってはいない。
なにより人間の気配が少ない。広い空間を虱潰しに歩き回るのは骨が折れるが、高い場所から探せば、あるいは早期発見に繋がるかもしれない。
「行くか」
「ええ」
まずは俺と鏡花で偵察に出る。手近な島に同時に飛び移った。
「岩だな」
「ええ。それでいて、私たちが飛び乗っても動かない。傾かないから沈まない。水はかなり深いけど、これなら問題無く渡れそうね」
徒歩になるなら、これまでの俺たちのやり方となにも変わらない。なにもかも手探りではあるが、確実に進める。自動車という優れた人類史における文明の力に頼ったが、たまには自分の足で歩くのも悪くはなかった。
「お得意の、配信者の攻略動画でここらを見たことはなかったの?」
安全性を確かめた鏡花が、龍弐さんたちを手招きしながら問う。
「上野村から入るつもりでいたからな。こっちのは見てない」
進行方向の足場を確認しながら答えた。
俺の予定としては、とっくに埼玉ダンジョンに入っているつもりだった。
だが結果としてはこれで良かったのかもしれない。
関東ダンジョンは超立体的構造物だ。最高標は一万メートルとかいう、エベレストを超える高さとまで言われている。
例え上野村から埼玉ダンジョンに挑んだとして、標高は二千メートルといったところ。埼玉ダンジョンの最上部は約七千から八千。残り六千メートルを単独で突破しなければならない。
だがこうしてマリアと鏡花と出会い、龍弐さんと奏さんが合流した。戦力が整いつつあるなかで、標高四千メートル近い高い場所にあるゲートから埼玉ダンジョンに突入しようとしている。
急がば回れとは、よく言ったものだ。
ブクマありがとうございます!
やっと桐生に入れました。
これまでは長い通路に直結した大きな広場という、一辺倒な傾向にありましたが、桐生は市内七割ほどの広さが直結した超巨大な広場。足場はほぼ水で、そこに岩が島のように浮いている、突き出ているという不思議な場所です。
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