第8話 中途半端な数字
スクリーンを呼び出して、片手間にインスタントラーメンを茹でる一方、マッピングプロットを呼び出すと上野村ゲートまでのルートを確認する。
だが目星いルートがどうしても検出されず、このままでは途中で右折するところを直進し、高崎方面へと進むほか無くなってしまう。
「クソッ………この前までは通れるって言ってたのによぉ。いったいなんでそうなっちまったんだ」
「ダンジョンモンスターとの戦闘でゲートが崩落した、とか言ってたわね」
「どこの馬鹿野郎どもだ」
恨めしげに鏡花を見やる。
「金剛獅子団よ」
「こんごっ………!?」
そのパーティの名を告げた直後、スープを最後まで飲み干そうとしていたマリアが驚愕し、吹き出す寸前で慌てて飲み込んだ。しかし気管に入りかけたのか、激しく咽せこむ。
「げほ、ごはっ………金剛獅子団っていえば、半年前にデビューして、最近になって名を馳せた中隊規模のパーティですよね」
「そうみたいね。先々週だったかしら。足尾辺りで三つ首の鹿全員で締め殺したって配信もあったし。周囲の被害も鑑みずにドカスカやっちゃう危ない連中って感じね」
三つ首の鹿といえば群馬ダンジョンでもトップクラスで危ないモンスターと聞く。鹿の外見をしているが肉食で、地獄の番犬を思わせる三つの鹿の首から伸びる角の切断力も凄まじく、十年前の出現報告から百以上のパーティが壊滅させられたという沿革がある。
接近すれば不安定なくらい巨大な頭部から繰り出される角で斬り殺される顛末を容易に想像できるが、三つの首を同時に絞めて殺すという、常人では考えられないし、敢然できるはずもない偉業をやって退けたというわけだ。
「………面白ぇ連中だな」
「ハァ………あんたもあの連中と同じってわけ? 野蛮人じゃない」
「うっせ。常識をぶっ飛ばして不可能を可能にしちまったんだぞ。俺はそういうのが好きなだけだ」
「………結局、野蛮なのね」
鏡花の酷評はさておき、金剛獅子団とやらに興味が出て、彼女の言い分なら配信も兼ねているのだろうし、チェックすべしとメモ帳に記載する。
「上野村ゲートが封鎖されたんじゃあ………京一さん。どうするんです?」
やっとまともな呼吸ができるほど回復したマリアが首を傾げる。
一応自己紹介は済ませたし、名を呼ぶのは構わないが、親しい間柄ではないどころか、今日会ったばかりの初対面の人間をいきなり名前呼びする度胸には驚いた。
「それ知って、どうするんだよ」
「え?」
「連れて行かねぇぞ」
「ぇえっ!?」
こいつ………こうして食事を共にすれば仲間意識みたいなのが芽生えて、パーティを組むことがすでに胸中で決定事項になっていやがったのか。
度胸が有り余るのか、それとも天然なのか。
まぁいずれにせよ、男女差別をするつもりはないし、俺はむしろ女の方が強いと思い───擦り込まれているし、偏見なく考えられる方だと思っている。
だからマリアの同行は拒否するし、仲間にするのは断るつもりだ。強さとか、そういう部類で決めているわけではない。目立ちたくないからだ。
「そ、そんなぁ………でもぉ」
マリアの目が泳ぐ。どうせ自分の配信の視聴率の上下ばかり気にした利己的な目的だ。
そんな配信者への断り文句なら、すでに用意してある。
「言っておくけどなぁ、俺を仲間にしたところで、いきなりバズれるわけねぇだろうが」
「そんなっ、京一さんの実力と言動は素晴らしいですよ! 的を射てますし、えっと、野生味があるというか………そう、往年の冒険者みたいな………」
褒めるにしても「素晴らしい」は無いだろうが。どこが素晴らしいって、そこから続く言葉もなぜか説得力に欠ける。
「俺、今日初めてダンジョンに挑んだんだぜ?」
「え、ぅぇえええぇえっぇえええええ!?」
期待どおりのリアクション。
誰だってそうだろう。初心者をパーティに入れるのはリスクがある。できるなら回避したいはずだ。
まぁ自分で言ってて悲しくなるけどな。
「へぇ。初心者なんだぁ………」
代償として、「皆殺し姫」とかいう物騒な異名を持つ、それこそ相当長くダンジョンに潜って暴れ散らかし、周囲の冒険者の印象に残るほど強烈な女の、侮るような視線は回避できなかったわけだが。
「素人クゥン? なんなら、ダンジョンについて色々レクチャーしてあげようかしらぁ?」
早速とばかりに煽りモードへ。
正直、かなり苛ついたが平静だけは保てた。
「お前はダンジョンに潜ってどれくらいなんだよ」
「十ヶ月くらいかしらねぇ」
なんだその、やっと慣れてくる一年にも満たない、半端者と呼ばれるボーダーラインである半年以上の、中途半端な数字は。
だが、こいつはたった十ヶ月で「皆殺し姫」と呼ばれるほど醸成した。異名を持つのはかなり名が広がり、功績を得た冒険者だ。関東ダンジョンは広い。広域のある空間で認識されるには一年など到底不可能だ。
なにより鏡花は配信者ではない。加えてソロ攻略。初心者である俺を素人扱いできるほどの力量と経験を有しているってことか。
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翌日の朝。
ダンジョンは閉鎖的空間だ。地上にいるのに地下にいる感覚が延々と続く。
冒険者は洞窟のなかで就寝し、起床する。よって朝日を浴びることができない。年中無休で発光する虫や鉱物がある恩恵で光源には困らないものの、時間の経過を体感することが適わず、多くが生活習慣病なり、朝日を浴びれない不快感やストレスで鬱病になるケースも出ると聞く。ある意味、監獄よりも酷い環境にあるわけだ。
それでも一度入れば簡単には戻れないのがダンジョンで、一流を目指すなら深部まで潜ると覚悟を決めた冒険者なら耐えられる。
そしてごく稀にだが、地表に出るルートも発見できるらしい。ダンジョン内とそう変わらず危険な場所ではあるが、新鮮な空気を取り込めるなら話は別だろう。
「うぅぅ………酷い匂い………」
「ほら、テント張ってあげたから汗拭いて来なさいよ」
「ありがとうございます。鏡花さん………」
毎日が生きるか死ぬかという世界にて、なんとも不釣り合いというか、緊張感のない会話をするふたりが俺の近くにいるせいか、せっかく固めた決意が瓦解しそうになる。
たかが汗を流せなかったくらいで気落ちするマリアは、やはり覚悟が決まっていないと見えた。配信者の事情は知らないが、とてもではないが東京を目指してやろうという気概が感じられない。手を組まないで正解だった。
簡易テントのなかに引っ込むマリアを見送る鏡花は、汗拭きシートを渡しながら俺を睨む。
「覗くんじゃねーわよ?」
「誰が覗くか」
一晩経っただけでこれだ。
鏡花はマリアに尽くす───というよりも甲斐甲斐しく世話を焼く姉に変貌した。仲間ではない俺を激しく敵視する。
というのも、俺には同行を断られたマリアは、世界の終わりを連想する悲痛な面持ちをしていたものの、鏡花は違った。渋々と───ではなく、どこか照れながら承諾した。これには驚いた。
皆殺し姫なんていうイカれたコードをもらうくらいの狂った奴なのかと思えば、まるで友達が欲しかったが素直になれなかった不器用な奴のリアクションをしていた。
で、面倒だなぁと思っていたマリアを引き受けてくれたのだ。これは俺にとっては幸いだったな。
ブクマありがとうございます!
嬉しくて下着姿で小躍りしてましたが、まだ通報はされておりません。ならまだやれるッ!
本日も何回か更新しようと思いますので、チェックしてくださると嬉しいです!
引き続きブクマ、⭐︎を存分に抉ってくださると作者は平日だろうが無関係で休憩などを利用し動き続きますので、よろしくお願いします!