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第85話 HIZA・MAKURA!!

「ところでさ、チャナママの依頼………あの封書を、誰に届けるんだっけ?」


 額を割られ、背中に何本もの矢が突き刺さった重傷のはずの龍弐さんは、すでに血が止まっているのか、全治半年以上はかかりそうな怪我のあとだというのにケロッとしながらパスタをフォークで巻いて口に運ぶ。


「チーム流星(りゅうせい)。と聞いています。団長の四牙(しが)名都(なつ)さんにお渡しする予定です」


 もうこれを見るのも何度目か。マリアももう慣れてしまって、血塗れの龍弐さんの質問に答えた。


「はい、京一くん。あーんしてください」


「いや、あの。フォークだから大丈夫ですって」


「利き腕が使えないのだから、落としてしまったらもったいないでしょう?」


「落としませんって。俺、こういうの慣れてるって知ってるはずでしょ?」


 一方で俺は、また奏さんの献身的なフォローを受けていた。


 にしてもだ。もう気が知れた仲間たちの前で、大きな姉と小さな弟のような、食事補助サービスを受けるのは恥ずかしくてたまらない。


 唯一の救いは、配信を休止していることだ。ファンも休まなければならないので、食事だけは希望がない限り配信を止めている。


 とはいえ、



「………チッ」



「おい、鏡花。今舌打ちしたよな? 俺にか? なんで!?」



「うるさいクズ死ね」



「なんでだよ!?」



 先程から鏡花が俺を睨み殺そうとしているのが、どうしても気になって仕方がない。


 この反応は御影に向けていたものだ。とうとう俺に矛先が向いた。理由はわからない。


「………あらぁ」


 俺のフォークを強奪して、完食するまでアーンの罰───双方にとっての刑罰執行中の奏さんが、さも意味ありげな笑みを浮かべる。意図は知れず。


「鏡花ちゃん。ちょっと疲れてきたので、代わってくれませんか?」


「え、なんで私が」


「そろそろ私も食べたくて。ダメですか?」


「別に、ダメってわけじゃないですけど。………わかりました。代わります」


 奏さんの無言の圧力が働く。珍しく鏡花が負けた。そういえば昨日から、奏さんに対して鏡花とマリアはどこか余所余所しいというか、あまり触れたくないものを見ているような、怯えているような目をすることが多くなった。


 原因はもちろん加虐。龍弐さんに続いて俺も犠牲になった。


 エリクシル粒子適合者だから、回復薬と治癒スキルを併用することで全治三日で済んだが、常人であれば完治すら難しいだろう。


 自分はそうなりたくないと、奏さんを避けている。それだけはわかった。


「じゃ、じゃあ………ほら。その………あーん」


「わ、悪い」


「いい、わよ。別に………」


 俺のように片手をギブスで固定したくない鏡花は、普段なら絶対にしないであろうアーンを敢行。姉を自称する奏さんならわかるが、相手が鏡花となると、奏さんに向けていたのとは違う羞恥が込み上げ、自分で食事できることも忘れ、されるがままになっていた。


「奏さんやぃ。そういうことしてると、いつかキョーちゃんに嫌われるよぅ?」


「うーん。黙れ」


「タバスコッ!? ───目ぇぇえええええええええええ!!」


 龍弐さんは相変わらず奏さんを相手に無茶をする。今度は油断したところにタバスコを眼球にもらって悶絶していた。


「これ………配信してなくてよかったぁ」


 マリアだけが安全圏にいて、俺と龍弐さんを交互に見て安堵する。確かに放送事故級だよな。


 でも俺は見逃していなかった。鏡花がアーンをする時に、マリアまでじーっと俺を凝視していたのを。


 お前まで俺に死ねというのか。女というのは本当にわからない。なにが正解なのか、わからない。


 食後の休憩に入ると、また罰と称して龍弐さんに食器を洗浄させるなかで、奏さんはニコッと笑いながら俺たちに接近した。


「前々から思ってたんですけど」


「はい? なんですか?」


 嗜虐の前触れを危ぶむマリアの表情が少しだけ硬くなる。大虐殺が始まろうものなら、マリアを抱えて、ついでに俺を捨てて逃げれるよう、鏡花は身構えた。


 だが奏さんは、それらの警戒はすべてお見通しだった。


「おふたりって本当に可愛いですよね。でも最近、おふたりが避けられているような気がします。原因はわかっているつもりです。龍弐や京一くんに対する折檻で、怖がらせてしまったのだと。でもそれは勘違いですよ。女の子に暴力を行使するつもりは、毛頭ありませんから」


 それってつまり、俺なら行使してもいいってことか?


 理不尽に耐えろと? ………いや、そんなの今さらか。奏さんにいくら泣き付いたところで、それは変わらない。


「そこで、私はどうしてもおふたりと仲良くなりたいので、とある提案をさせてください」


「提案ですか?」


「ええ。仲良くなるにはスキンシップが一番。ね、京一くん?」


「………ぅす」


 ああ………読めてしまった。奏さんの目論見が。


 俺がまだ小さい頃、奏さんの暴力に怯えて、近寄れなくなった時期があった。しかし奏さんは、とあるスキンシップによって、俺の認識を変えた。いやあれは、最早洗脳に近い。


 きっとアレをするつもりだ。アレからは絶対に逃げられない。捕まったら最後。二度と戻れなくなる。


 ご愁傷様。と俺は心のなかで鏡花とマリアにささやかな祈りを捧げた。






   ▼ ▼ ▼ ▼ ▼






 ズイ。と顔を寄せた奏さんは、とても綺麗な笑顔をしていました。大人の女性としての魅力。同性であっても思わずダイブしてみたくなる包容力とでもいいましょうか。魔性の中毒を思わせるフェロモンを散布し、私たちはそれに取り込まれたようでした。


 奏さんはブルーシートの上に座布団を数枚並べて、一列にしたところの端に正座します。


「さぁ、最初はマリアちゃん。ここに来てください」


「えっ………!」


 ドキッとします。


 理由は単純明快で、正座した奏さんが自分の膝をポンポンと叩いたからです。


 ひとが仰臥できるほど並んだ座布団。そして膝のアピール。これはなにを意味しているか。


 HIZA・MAKURA!!


 幼い頃は日本人である母に毎日にしてもらった、思い出深い快感。本物の枕とは違い、人間の肉体というほどよい弾力と温もりがある神器とも呼ぶべき素晴らしいスキンシップ!


「あ………ぁ………」


「さ、おいで」


 小さい頃は母がソファに座り、私が隣に座ると無言で受け入れてくれました。あの温もりを今でも思い出せます。


 抗い難い魔力の塊に、私はいつしか魅了され、気付けば───



「はい。よしよし」



「ふぁぁぁぁぁ………」



 奏さんの膝の上に頭を乗せていました。


 もちろん母のとは違う感触がしますが、そうであっても破壊力は抜群ッッッ!!


 私のなかに蓄積したストレス、鬱憤などを煮詰めた負の感情が、温められ、柔らかくなって体の外に出ていく快感。しかも奏さんの細くて柔らかい指先が顎や頭部を撫でると、甘みを帯びた快感へと変わっていくのです。超不思議。


「ちょっと………マリア、どうなっちゃったの? あんな膝枕なんかで………」


「次のターゲットはお前だ。気を付けろ。一瞬でも気を抜けば終わりだと思え。マリアはすでに手遅れだ」


「ど、どういうことよ」


「奏さんの膝枕から繰り出されるテクニックは、誰だろうと懐柔する。いいか。あれに懐柔されたら、お前は今後、奏さんを姉として認識するだろうぜ。………始まるぞ。無差別で弟と妹になっちまう施術が」


 京一さんと鏡花さんがなにか話している気がしますけど、もうなにも気になりませんでした。


 決めました。


 私、もうここに住もうと思います。奏お姉ちゃんの膝の上に。






ブクマありがとうございます!


日常パートが続きます。いつかやってみたかったんです。

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