第84話 ほんのお詫び
前橋から桐生へ向かうには、二百年前なら国道五十号線を直進すれば、伊勢崎市を通過して桐生に入ることができる。
ただダンジョンとなると話しが異なる。超立体的構造物のなかは蟻の巣を何万倍も複雑化させたようなルートが張り巡らされており、直進できる道など珍しく思えるほどだ。
「わ、わ、わっ………」
「しっかり、しなさいよ。マリア」
「で、でで、も」
ジープの後部座席で声を震わせるマリア。鏡花も少しだけ震えている。
その理由こそダンジョンの通路にある。
群馬ダンジョンから埼玉ダンジョンへ入るためにはゲートを潜らなければならない。
ゲートとは境を示す。自然に壁が剥離、崩壊したり。モンスター同士が暴れて穿孔したり。人間が兵器を用いて貫通させたものが知られている。
そしてこのゲートというものが厄介で、そもそもダンジョンとは常に作り替えられるものらしく、養父にして上司の鉄条曰く「同じものを二度と見れると思うな」とあったように、ダンジョン攻略を生業とする配信者が攻略した道を通ると、あまりの変貌ぶりに驚愕し、混乱してしまったのを今でも覚えている。
この造り替わるシステムによって、穿孔した穴が、人間の傷が癒着し塞がるように、いつの間にか閉じてしまうのだ。
これまで大野村にあったゲートは御影の策によって塞がれて、俺たちを待ち受けていたのでこうして迂回しなければならなくなった。次の目的地が太田ゲートとなったわけだ。
上野村ゲートは割と低い場所にあったが、太田ゲートはどうやら地表に近い場所にあるらしく、ジープが走行する岩の通路は、ずっと勾配を登っていた。
普段あまり誰かが通らない。あるいはモンスターの住処となっている。このふたつによって、路面状況は最悪となっていた。凹凸が激しい悪路のせいで、ジープは常に跳ねている。奏さんのテクニックがなければ、今頃数回は壁にぶつかっていたかもしれないほどに。
喋ろうとすれば跳ねた車体に合わせて声も途切れる。ずっとこの調子だった。
「さて、伊勢崎の中央くらいまでは進みましたかね。広場に出るようですし、お昼にしましょうね」
「賛成だぜぃ。もうお腹ぺこりんこですよ俺くんは」
「あはは。面白い冗談ですね、龍弐。運転する私を放置して、ずっとジャーキーを食べていたあなたが空腹を訴えますか? 射殺しますよ?」
「そ、そうだよぉ。ちょっとした冗談だってぇ。だからそんな怖い顔しないで? 許してにゃん?」
「ふざけた謝罪は宣戦布告と受け取ってよろしいですか?」
「………ごめん」
「よろしい。罰として全員分の食事を作ってください」
「わーん」
運転席と助手席とでは、いつもどおりの漫才が行われる。成人前のふたりを知っている俺だから流せるが、鏡花とマリアにとっては親密な関係以上のなにかを女ならではのバイオセンサーで感知したのか、安全バーにしがみついて体を固定しながら、じっとふたりを凝視していた。
元国道五十号線の下。伊勢崎市の下に、また広い空間を見つける。今度は平坦な場所で、雑草などが目に入った。太陽光が差し込まないダンジョンで自然が育つのかと疑問に思ったが、学者が調査した結果、光源となる鉱石が発する光で十分に光合成ができるとか。
「危険度は………下がらないってことですかね」
「ま、そうなるんじゃない?」
ジープを停車させ、エンジンを切った奏さんが呟くと、今日の献立をスクリーンで探す龍弐さんが同意した。
「危険度って、なんのことですか?」
マリアが尋ねる。
「モンスターのことよ。肉食系と草食系がいるでしょ? モンスターは人間だけを襲うわけではない。空腹状態になれば草食系のモンスターを襲うし、飢餓状態になれば同族だって襲う。で、あれを見てもらうとわかると思うんだけど………雑草が中途半端に残ってるわよね?」
鏡花が空間のそこらに生えている雑草を指さす。
「草食系は雑草を食べるけど、餌がまだ残っているのに完食してない。ってことは近くに肉食系のモンスターがいるってことね。襲われて逃げたんでしょ」
「ひぇ………」
「そう怖がることでもないわ。私たちなら、なにが来たって迎撃できるし。ここで野宿するってわけでもないわ。食事のために立ち寄るだけ。さ、降りましょ」
鏡花に促されたマリアは、周囲をキョロキョロとしながらモンスターの出現を警戒する。
ジープから飛び降りた俺も一応警戒はしておくが、まだ近くに危険は迫っていないと結論を出した。
モンスターはどんな種類であれ、独特の匂いを発生させる種類が多い。その匂いが薄い、あるいは嗅ぎ取れないのであれば、まだ近くにはいないという証拠だ。
「さて、シートは………あった」
五人が座るブルーシートを取り出す。
龍弐さんは全員のカセットコンロを受け取って、手ごろな料理に取りかかった。とはいえ、パスタが限界だったようで、実質稼働しているカセットコンロは三つしかない。
「京一。そっち寄越しなさい」
「こっちにもください」
「あいよ。ああ、マリアは両手使えるんだったな。フェアリーって便利なんだな」
「でしょう!?」
「お、おう」
バサバサと畳んだブルーシートを広げて、鏡花とマリアに手渡すと、感心した途端に奇襲を受けた。利便性に富むフェアリーの機能のひとつを褒めたら嬉しくなったマリアがズイと顔を寄せるので、つい顔を背けてしまう。宿で清潔にしたからか、いつも以上にいい香りがした。感情が掻き乱されるようだ。
すると、いつもはメインの調理を担当してくれる奏さんが、全力の笑顔のなかに一割の作為を混ぜた表情で、俺の手からブルーシートを強奪した。
「京一くん。私がやります」
「別に、いいですよ。慣れてますし」
「いいんです。休んでいてくださいな」
「………お、押忍」
奏さんからもズイと顔を寄せられ、視線を背ける。
奏さんからも良い香りがするし、なにより美人でお姉さん系だ。これは照れという感情からくる、照れ隠し。しかし今日に限っては、いや昨日からなんだが、別の意味で奏さんから目を背けたくなった。
なにをしようにも補助がつく。甲斐甲斐しく焼かれる世話。至れり尽くせり。もう、こうなったらどこぞの貴族かと錯覚する。
「あの。奏さん?」
「いいんですよ京一くん。今だけですから。遠慮しないでください」
「でも」
「ほんのお詫びですから。お願いですから、私になにかさせてください………」
「………ぅす」
もう、見てるこっちが心が痛くなってくる。
しおらしくなった奏さんの悲し気な目を見るだけで、昨日から落ち着かない。
「あっひゃっひゃ。わかってあげなよキョーちゃん? いやぁ、昨日は笑ったなぁ。ブチ切れた奏さんが、キョーちゃんの右腕を粉砕しちゃうんだもんねぇ! 全治三日で済むような壊れ方でよかったけどさぁ」
「う………」
パスタを寸胴鍋で茹でる龍弐さんの発言で、奏さんが落ち込んでいく。
だがそれも一瞬のこと。元々、奏さんの沸点は低い。
「マジキチ奸策デストロイ姐さんって呼ばれた程度でさぁ」
「デストロイは余計でしょう!? いや、全部余計です!! なにがマジキチで奸策ですか、リュウゥゥウウウジィィイイイイイイイイイッ!!」
「ゲッ。切れやがった」
また鬼ごっこが始まる。奏さんが強弓を取り出した時には、またギョッとした。
パスタは鏡花が茹でることになった。終わった頃には、龍弐さんはまだボロボロになって、一分後に復活した。
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日常パートです。血生臭いダンジョン生活の清涼剤といったところです。
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