第83話 フェアリー
「パンパカパーン!」
歌うように叫ぶマリア。まるで魔法の呪文かなにかを思わせる。
彼女がこうなるのは珍しい。
マリアは明るい性格で、誰かが落ち込んでいれば率先して励ましに行くタイプだ。だがこう舞い上がるくらいにテンションが高くなった例が少ない。
まるでイベント開催時。あるいは親に買ってくれと強請った末に、やっと手にしたおもちゃを得た子供のよう。
原因は───後者だった。なにも心配する必要がない。
「どうしたのマリア。そんなに舞い上がっちゃって」
「マリアちゃんはいつも明るくて元気だけどぉ………うーん。これは元気過ぎねぇ。見てるこっちがバテそうだわ」
朝食を食べる俺たちのなかでも、すぐにマリアの喜びの理由を聞いた鏡花。ついでにチャナママ。
マリアは通路に出ると、ルンルンと足取り軽やかにステップし、スクリーンからとある光を取り出した。俺はそれがなんなのかは知らない。知っているのは鏡花とチャナママくらいだった。
「こ、これって………!?」
「あらぁ………珍しいもの持ってるじゃない。どうしたのこれぇ?」
ふたりは差し出された手に乗るフワフワとする光を知っていた。
俺からすれば、生命由来の光ゆえ、あまり眩しくない光がマリアの手の上で浮いているという印象だ。
「以前の依頼で採取した、例の鉱物の余りを売却したじゃないですか。そうしたら社長さんがこれを送ってくださったんです!」
「これって、そんな価値があるものなのぉ?」
「はい! 私たち配信者のなかでは特に憧れるものです! 一流とされる配信者でも持っているか、持っていないかという代物ですからね」
リビングメタルの売却で、数億円以上の利益が出たはずだ。リトルトゥルー所属のなかでは最上位にランクインしたマリアに、社長が送った光。なにかのオブジェかと思ったが、全配信者の憧れとくると、もう俺たちにはついていけなくなる。
「すごい………フェアリーなんて、初めて見た」
「まだ試作段階って聞いてたけど、一部の配信者をモニターすることでデータを集めているのねぇ。もう実用化段階までこぎ着けるなんて、やるじゃなぁい」
フェアリーね。ものは言いようだ。確かに手の上でふわふわするそれは綿毛のようにも妖精のようにも見えなくもない。
「それで、そのフェアリーとやらでなにができるんですか?」
「ふふん! よくぞ聞いてくれました!」
野菜ジュースを飲む奏さんの質問に、胸を張って答える。
「これは所謂、全自動カメラです!」
「全自動?」
「はい。配信者の多くは、カメラを手に携える。あるいは体のどこかにカメラを固定するなどして、動画を撮影しています。しかしこれは全自動なので、もう手に持つ必要はないんです!」
「なら………ドローンカメラとなにが違うんです?」
奏さんの質問は、俺も真っ先に浮かんだ疑問だ。
「それも自動なんです。フェアリーは高度なAIを搭載しているだけでなく、使用者の使い方をディプラーニングすることで、抜群のタイミングや角度で名シーンを撮影することができます! もちろん、私自身がスクリーンで操作することも可能ですし、微弱な脳波を拡散して拾うことで、短時間ではありますが私は両手をフリーにした状態で意のままに操ることができます」
「なるほど。ドローンはリモコンによる遠隔操作が必須ですが、様々な制限が外れ、学習能力を秘めていることで、なにもしていなくても撮影を可能にしたわけですか」
「そのとおりです! でもフェアリーが世に広まれば犯罪も増えることが予想されます。そこで、こうしたモニターテストが行われ、私は試験的にですが使えるようになりました。もちろん、試験的ですから制限は設けられているのですが、できることはこれまでの倍に増えました。フェアリーの噂は去年からあったので、私も一度でいいから使ってみたいと思ってたんですよ! その夢がついに叶いました!」
余計な手間がかからない撮影ができるってことか。
それはそれで便利だ。例えば、マリアは撮影を仕事としている以上、戦闘ではどうしてもワンテンポ遅れることがある。しかしこれを使えば逃げることに集中できるし、ズームや接近をしなくても危険な戦闘に巻き込まれることはなくなる。
確かにこれはメリットだ。
「なるほどねぇ。便利な世の中になったものだわぁ。確かに利便性が高まれば、どうしても法の穴を探す連中も増えるし、犯罪も多様化してくるし。でもマリアちゃんみたいな真摯に撮影をする配信者の手に渡るなら、なにも問題ないわね。よかったわねぇ、マリアちゃん」
チャナママは宿泊費と食費、依頼の報酬の一部を差し引いた請求書を持って来ながらマリアに笑みを向ける。
請求書は龍弐さんが受け取った。スクリーンを展開し、クレジット機能を使って一括で支払いを完了させる。
請求書を一瞥したのだが、額がとんでもないことになっていた。七桁に届いていた。大半は龍弐さんの酒代だろうが。
ちなみに昨日のスティンガーブルの討伐依頼は、五等分された額が分配されている。スティンガーブルの肉はすべてチャナママが買い取ったこともあり、それなりの額が行き渡った。
ストロングショットでの宿泊費と食費の五人分はすべて龍弐さんが持っている。龍弐さんは合計額のなかから自分の報酬のすべてを引いてもらった額を支払った。
ただの大学生が一括で七桁を支払うなんて、いったいどんな経済力をしているのかと恐ろしくなってきた。
支払いを済ませた俺たちは、店の外に出る。チャナママやスタッフのオカマたちが総員で見送りに出た。スタッフはいらねぇ。俺を捕食対象としか見ていない目を向けてくる奴がいる。今の状態じゃ殺しかねない。鏡花が左腕を抑えていなければ恐怖で殴っていたかもしれねぇ。
「さて………ふたつ目の依頼は、これから取り掛かってもらうんだけどぉ………ちょっと、雲行きが怪しくなってきたのよねぇ」
「雲行き? ダンジョンに雲なんてありましたっけ?」
マリアは舞い上がってしまっているせいか、天然ぶりに拍車をかけていた。
「その雲じゃないわよぉ。メッセージを託して欲しい相手がいるって言ったじゃなぁい? その子ねぇ、今大変なことになってるのよぉ」
「仲間割れでもしたのかしら?」
基本的にこのパーティ以外の冒険者は信用しない鏡花は、シビアな現実を鼻を鳴らしながら述べる。
「うーん。そうじゃないんだけどぉ………あんたたちさ、呪物精霊って知ってる?」
「聞いたことないわね」
「そういうヤバイのが、最近出始めたらしいのよぉ。で、なにやらそのヤバイのに狙われてるんですってぇ。だからいくらあんたたちでも、近づけるようなことはしたくないのよぉ」
呪物精霊。そんなものは聞いたことがない。配信者のダンジョン攻略動画を見るようになってそれなりの期間があるが、一回も取り上げられたことがない。
ただ───ここにいる俺たちのボスは、超絶のお人好しで世話焼きだ。お節介だと疎まれるくらい。
御影の例があるが、人数と戦力が揃ってきた今、彼女に向けて「困っているひとがいる」と話してしまえば、結果などすでに知れたようなものだ。
「大丈夫ですよ、チャナママさん。私たちがそのパーティに、ちゃんとメッセージを届けます。呪物精霊は怖いものだとは理解しましたけど、困っているひとたちを見過ごすわけにはいきません!」
「そう? ………なら、お願いしようかしら」
チャナママはマリアの無謀ともいえる快諾に逡巡したが、結局は圧されて封筒を手渡す。
「この封蝋は割らないように気を付けてね。あの子、なかなかのやり手だけど疑い深くなってるから。この依頼は、彼が私にメッセージを送り、私が受け取ったら完了となるわ。報酬はリトルトゥルーさんに送っておくわね」
「わかりました。ではチャナママさん。お世話になりました」
「こちらこそ。楽しかったわ。元気でね。ああ、あと。私のお姉様に会ったらよろしくね。ウフッ」
冗談じゃねぇ。こんな魔窟、二度と来るものかよ。
と叫べれば楽だったが、奏さんが取り出したジープはすでに発進している。防壁を抜けて、俺たちは桐生方面へと進んだ。
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群馬県の前橋から、ついに桐生へと進みます。
桐生………あ、私のペンネームと同じですね。私は群馬県桐生市をとても愛しています。年に何回も行くほどです。今週の土日も桐生市で過ごします。楽しみです。
でも筆は止めません。あちらでも書きまくります。ブクマ、評価、感想で応援をしていただければ幸いでございます! よろしくお願いします!




