第81話 拡散する矢
片方の角を失ったことでバランスを崩すスティンガーブル。
そこに京一さんの、想像以上に柔らかい股関節から繰り出される蹴りが炸裂し、顎を穿たれて頭を上げました。天井にまだ健在な角が突き刺さります。
そして、京一さんは顎の下に組み付きました。
関節があればスキルを使える。角の亀裂を関節に見立てるところに戦闘センスを感じると同時に、コメントにもあるように、それを平然と選ぶところが頭がおかしいとしか思ません。
スティンガーブルの顎が逆方向に折り畳まれます。外されるどころか粉砕されたであろう骨を筋力だけでは支えられず、顎がダランと下がり、長い舌が垂れ下がります。
悶絶しようにも天井に角が刺さって固定されており、身動ぎしかできません。京一さんは首に触れ、「ダァァアアアッ!!」と雄叫びを上げると、自分の身長の何倍もの太さのある首と、頸椎を折り畳みました。
まだ残っていた角は根本から折れ、天井から落下。続いてスティンガーブル本体も首を折られて、ついに巨体が傾ぎます。
ズズゥン………と地響きをさせて、何人もの冒険者を仕留めてきたであろうスティンガーブルを、たったひとりで倒してしまったのです。コメントも最高に盛り上がりました。
「………っしゃ!」
「なにが、っしゃですか? 京一くん。一秒超過してます」
「げっ」
厳しいひとでした。
京一さんは以前、仰っていました。
師匠の他にも教わったひとがふたりいると。
それが奏さんなのでしょう。あとは消去法を使うまでもなく、斬鉄を可能にする龍弐さん。
つまり、奏さんは京一さんを教えることのできるほどの実力者。
「まぁいいでしょう。多少のイレギュラーに対し、迅速かつ正確に対処できました。評価に値します」
「ラッキー………あ」
「前言撤回です。やはり詰めが甘い」
許された途端に気が抜けたのでしょう。屠ったスティンガーブルの陰から、それに比べれば小柄な個体が飛び出したのを見逃す京一さん。奏さんが評価を改めたのを耳にして、恐怖します。
「マリアちゃん。こちらに」
「わ、わ………でも!」
「大丈夫。あの仔牛は私がやります。というか、もう面倒なので全部倒してしまいましょう」
耳を疑います。
私の腰を抱いた奏さんは、片手でスクリーンを操作して、ついに装備を質量化させて携えます。
サイズにして私の背丈ほど。弧を描くしなり。木製のそれなら何度か見たことがありますが、機械的なそれを目にするのは初めてでした。
強弓───あるいは長弓と呼ばれるものです。
仔牛のスティンガーブルが私たちに肉薄すると、奏さんは私を抱いたまま横に跳びます。
そして瞬時に反転。仔牛だろうとスティンガーブル。反転速度は目を見張りますが、奏さんはなんとその速度に合わせました。カメラで映す映像は、多分酷いことになっているに違いありません。
「───セッ!」
ガチュイン! と鉄と鉄が衝突する音が響きました。
なんと奏さんは、スティンガーブルの角を強弓で弾いたのです。
一瞬の駆け引き───制したのは奏さんでした。
仔牛を壁に叩き付けるほどの膂力。腕の細さでいえば私と鏡花さんと同じほどなのに、三メートルほどの体格のある超重量を上回るストレングスを発揮。
しかし、代償は大きかったのです。
「奏さん! 弓が!」
「え? ああ、これですか」
スティンガーブルの仔牛の角を叩いて無事なのが、奏さんの腕というのが信じ難い事実でした。
損傷してしまったのは鋼鉄製の強弓だったのです。グリップから曲がり、ストリングスが緩んで、のびた麺のようにへたっています。しかし、損壊した強弓を目前にしても、奏さんは平然としていました。
スティンガーブルを叩いた衝撃で壁に衝突するところを両足で衝撃を緩和させ、地面に降り立つと私を安全に降ろし、次に曲がってしまった強弓を見下ろします。
「まぁ、これくらいなら大丈夫ですよ」
「スペアがあるんですか?」
「いいえ。これだけです。そんな涙目になるほどのことでもありませんよ。心配は不要です。見ててください。曲がれば叩けばいいんです」
そんな昭和の時代のテレビの直し方のような、雑な叩き方で強弓をパンパンと乱打する奏さん。
驚きと呆れが入り混じる感情を湛え、超旧世代の先祖の実行した迷信に一辺倒になる奏さんを見ていましたが、次の瞬間、呆れが消えて驚きが感情のすべてを覆います。
「えっ!?」
「ほら直った」
叩いただけで強弓は元通りの形状になっていました。
わけがわかりません。まるで形状記憶合金のような働きを三倍速で見ているようでした。
しかし、私の記憶の片隅に、不可能を可能にする唯一の素材が浮かびました。その素材なら、もしかして───
「リビングメタルですか!?」
「そのとおり。この弓はリビングメタルで作られています。だから曲がったとしても元に戻るんですよ。なんなら折ったとしても数秒で元通りになります。便利でしょう?」
便利の枠を超えています。限度も違います。
コメントもまた沸きました。リビングメタルという超絶レア素材を使った装備の存在は、眉唾ものです。装備にするのは不可能とまで言われた鋼鉄を装備にしてしまった。ありえない。と。
「あ、あの。奏さん。矢は?」
「ああ………そういえば出すのを忘れていました」
知識もあり、身体能力や装備も優れているのに、どこか抜けている。そんな印象に脱力しかけますが、またもや目の前でとんでもないことが起こりました。
「大丈夫。すぐ出します」
「………ぇえっ!?」
絶句するほどの速さで矢を手から出現させたからです。
スクリーンを操作したようには見えませんでした。
少しだけしゃがんで、地面を指で撫でた。その程度のモーション。それなのに地面を軽く撫でた途端に、その手には矢が握られていたのです。
「あの程度なら、五秒も要りませんね」
強弓に矢を添えて、ギリギリギリッとストリングスを絞る音が、まるで断頭台の刃を牽引するロープを引く音かと錯覚を覚えます。
ドギュッ───空気を巻き込む砲弾と化す一矢。
いったいどれだけの力で引いたのでしょう。射られた矢の後ろにいた私にも強烈な風圧が襲います。
そして、奏さんの手元から離れた矢を、最後まで目視することは適いませんでした。
《は?》
《今なにしたんだこのひと》
《矢を射たんだよな?》
《おかしいだろ。俺が知ってる弓矢じゃねえよこんなの》
《リビングメタルで装備を作るとこうなるのかよ》
騒然とするコメント覧。
無理もありません。
なぜなら、奏さんが射た矢は、仔牛の額に直撃すると、そのまま掘削して尻を貫通。そのまま壁をも掘削して深々と突き刺さり、穴の向こうに消えてしまいました。
なにより信じ難いのは、額から尻まで射抜かれたスティンガーブルが、真っ二つに割れていたことでしょう。
「じゃ、次………動かないでくださいね。京一くん。死にますよ?」
「え、マジ………マジかよ!?」
あの京一さんが戦々恐々とするほどの光景。
奏さんは素早くしゃがむと、また地面を指で撫でて立ち上がります。その手には、先程と同じ矢がありました。しかし強弓に当てた時に見たのは、矢じりの形状が少しだけ異なっていたことでしょう。
ドギュッとまた音が鳴ります。矢は京一さんの胸を狙っていました。が、そうであっても京一さんは直立を維持。大きく目を見開き、歯を食いしばって矢を凝視します。
そのまま京一さんを貫くはず───が、その少し手前で矢じりが爆散。
六つに拡散した矢じりが京一さんの体の横を通り抜け、そのタイミングを待っていた京一さんが上体を捻ると、矢本体が通過します。
「ブモッ、ゴ、ゴボッ………!?」
最後に残っていた親牛が、奏さんの拡散する矢によって引き裂かれました。
たくさんのブクマありがとうございます!
龍弐の装備は日本刀で、奏の装備は弓にしました。これがまた強い。モンハンでも弓は大変お世話になりました。
これから中盤に差し掛かりますので、ブクマ、評価、感想で作者を応援していただければ幸いでございます! よろしくお願いします!




